「あ、お帰りークラン」
「……うむ」
大学帰りの3人を見つけ声をかけたが、クランの返事はいつもより低かった。
わかりやすいほどの負のオーラを醸しだす青い髪の少女。
「どうしたのクラン?今日はご機嫌斜めだね」
「街でミシェルを見かけたんだが、女連れだった」
ララミアがリチェルにこっそりと教えてくれた。
「全く!幼馴染みとして恥ずかしい!男の風上にも置けない奴だ!」
クランの燻っていた怒りは突然爆発した。
「あはは、あれが趣味みたいなものだからねー」
「笑ってる場合ではない!あの不誠実さが許せない!」
小さくなった体で握り拳を震わせるので後ろのネネが動揺している。
「まあまあ、あの性格は治りそうにないよ?」
「だからと言ってこのままにしておけばまた犠牲者が増えていくばかりじゃないか!」
「ミハエルみたいな幼馴染みを持つと大変だねぇ」
気苦労が絶えないクランに同情しつつも、リチェルは呑気に答えた。
「リチェルもあいつには気をつけるんだぞ!
前だってミシェルに間接キスされてたんだ、リチェルは狙われやすいんだからな!」
「うん、わかってるよクラン」
本当にわかっているのかわからない口調で答えるリチェル。
心配なクランがもう一言忠告しようと口を開きかけた所で、タイミング悪く通路の角から怒りの原因が現れた。
「お疲れクラン、リチェル中尉も」
「………」
「ミハエルお帰りー」
ミハエルは直前の話題の張本人だと知らず、きょとんとした顔を向けるばかり。
「?どうしたんだ、そんなしかめっ面して」
「何でもない!行くぞリチェル!」
「あ、うん」
残されたミハエルは首をひねるばかりだった。
4・甘い真綿
「……留守電が2件も?」
偵察任務がないこの日はひたすら訓練に明け暮れた。
部下に当たる仲間達と格納庫を走り、射撃訓練を行い、カナリアと柔道を組み合う。
一通りのメニューを終えて着替えに入った所で、リチェルは光で知らせる携帯端末に気付いた。
表示されていたのはオズマとランカの名前、さらにランカにいたっては何度も着信履歴が残されていた。
ランカの方を気にしつつも、とりあえず隊長のメッセージを開く。
『リチェル、ランカが家出した!勤務明けに悪いがランカを探し出してくれ!
いいか隊長命令だ、絶対だぞ!!』
それは有無を言わせぬ命令だった。
いや、それ以上にランカが家出したという話に驚いて、続けてランカを選択した。
それはミス・マクロスに出場したのがバレた事、学校を停学になった事、そしてオズマと喧嘩して家を飛び出したという内容だった。
リチェルは着替えもそぞろにランカの番号を呼び出したが、何度やっても繋がらない。
「ああ~……ランカ、相談してほしかったんだろうに……」
仕方ないとは思うが、自分が仕事をしていたばかりにランカのSOSサインに気付いてあげられなかった。
リチェルは手早く報告書をまとめると、フロンティアに走った。
「――探し出せと言われてもねえ……」
手始めとしてランカが通っている学校を覗いてみたり、娘々やら、女の子が好きそうな場所に行ってみた。
しかし見慣れた緑の髪の少女はどこにもいない。
よく考えれば、広いフロンティア内で当てもなくたった一人の女の子を見つけるなど不可能に近い。
「無理に決まってるよねえ……」
そんなに心配ならGPSぐらい持たせておいてよと独りごちながら、リチェルは広場の噴水の前で座り込んでいた。
「……どうしようかな」
時刻はそろそろ夕方。
同じ高校生であるアルト達ならランカの居場所に検討がつくだろうか。
始めからそうすればよかったとリチェルが携帯電話を取りだした所で、逆に電話の着信を告げた。
画面には、ちょうどかけようと思っていたミハエルの名前が表示されていた。
「もしもし?」
『リチェルさん?今どこにいます?』
「えーっと、ランカを探しに来たんだけど……ランカは?」
『ああ、今アルト達と一緒にいます。一段落してこれから帰ろうと思ってる所なんですけど』
どうやら自分が出向いたのは完全に無駄足だったようだ。
だけどアルトが一緒にいるという事は、ランカはアルトを頼ったのだろうか。
それならばあまり心配せずともよかったかなと、リチェルは安堵の息を吐いた。
「そうなんだ、安心した。じゃあ私も帰る事にするよ」
『って事は外にいるんですね?なら夕食でも一緒にどうですか?』
「うん、いいよ。みんなで?」
『違いますよ、2人に決まってるじゃないですか』
「ああ、そっか」
それからリチェルが現在位置を教えると、しばらくして制服姿のミハエルが走ってくるのが見えた。
早かったね、なんて言おうと思っていたが、何故かミハエルは勢いをつけたままリチェルに抱きついた。
「リチェルさーん!」
「ぅわ……どうしたの?」
なりふり構わずリチェルにしがみつく様子が珍しく子供っぽかった。
「はああ、疲れた……色々と」
「……ランカ追いかけて何処まで行ったの?」
「アイランド3のフォルモまで」
「あー、それは大変だったねぇ」
偉い偉いと意味を込めて薄い金色の髪を撫でると、ミハエルはそのまま顔を上げてリチェルに口付けた。
一応ここは公共の場なんだけどな、と考えていると澄んだ翡翠の瞳が細められた。
それは既に獲物を仕留めようとする目だって事をリチェルはとっくに知っていた。
「慰めて、リチェルさん」
「……いいよ」
リチェルは柔らかい微笑を浮かべた。
数日後、リチェルはサンフランシスコエリアのとある民家のベルを久しぶりに鳴らした。
「リチェルちゃん、待ってたよ!」
「こんにちはランカ、元気だった?」
入って入ってと、嬉しそうに招き入れてくれる緑の髪の少女。
ランカは既に夕食の準備をしていたようで可愛い白のエプロンを付け、
はっと気付くと慌ててキッチンに戻り鍋をかき回している。
一品追加できるほどの食材を手土産に持ってきたリチェルは、
「手伝うよ」と言ってキッチンに並んだ。
「いいよ、リチェルちゃんは座っててよ」
「ありがとー、でも自分が持ってきた分は自分で作るよ」
「本当?リチェルちゃんの手料理久しぶりだから嬉しい!」
3人分の夕食と言えども、リチェルが来る日はいつもちょっとしたパーティーになる。
2人の時より手の込んだ料理を作り、サラダも豪華に盛りつけられる。
リチェルが来る、それだけでランカは嬉しかった。
そのパーティーはふいにオズマが言い出すので、どの時期に行われるかは決まっていない。
だから余計に貴重な日に思えてくるから、誕生日などよりも豪勢な食事になる。
オズマとリチェルが共に酒を飲みながら静かに語り合い、
そしてリチェルとランカが無邪気に笑い合うのをオズマは見守り、
オズマとランカが喧嘩を始めるのを、リチェルは楽しそうに見ていた。
しかし、この日は事情が違っていた。
「スカウトされたんだってー?」
「うん!歌手デビューさせてくれるんだって!」
「ホントに!?凄いよー凄い凄い!」
メールで知らされた時は半信半疑だったけど、こうやってランカを見ていると本当なんだと実感する。
正直、芸能界だの歌手だのスカウトなどはテレビの向こうの話で、自分には縁のないものだと思っていた。
まさか現実に上官の妹がスカウトされるなんて未だに夢のような気がしてならない。
歌手になりたいというランカの夢がすぐそこまで来ていてリチェルも興奮気味だった。
「でもお兄ちゃんはそんなうまい話ないって信じてくれなくて、怪しいとかの一点張りで許してくれないの」
「そっか、それでか……」
確かにオズマが心配するのはわかる。
芸能事務所も大手という訳ではなさそうだし、騙されて危ない目に合わされたという話はよく聞く。
仮に本物の事務所だとして、果たして内気なランカが厳しい芸能界でやっていけるのだろうか。
「この間もそれで大喧嘩しちゃって……顔を合わせても喋らないから私も許してくれるまで無視してるの!」
「なるほどねー」
つい先日、リチェルは半ば強引にオズマ宅に誘われた。
『頼む……家に、来てくれ……っ』
顔を歪ませたオズマの言葉はほぼ懇願に近い。
なにがそんなに切迫しているのだろう、あの時はわからなかったけどようやく納得がいった。
要するに会話がなくて辛いから、仲を取り持ってくれという事だろう。
「隊長の気持ち、わからない訳じゃないんだけどねー」
「……リチェルちゃんも反対?」
「ううん、私は賛成だよー。こんなチャンス滅多にないじゃない!……でも心配はしてる」
奮発して買ってきた天然物の野菜を切りながらリチェルは呟く。
「騙されてないかとか、危険な事させられるんじゃないかって」
「お兄ちゃんも言う……でも社長さん良い人だし、今度ちゃんと挨拶に来るって言ってたし」
「そっか、ならちょっと安心」
熱したフライパンに野菜を放り込むと、油のはじける音が小気味良い。
ランカは完成した料理から手際よくテーブルに並べていく。
「私は頑張ってみてもいいと思うよ、だってずっと夢だったんだから!
スカウトなんて、されたくてもされるものじゃないでしょー?」
幸運が舞い降りたんだ、それだけできっと素晴らしい事なんだと思う。
「ランカに歌手になってほしい、実は私の小さな夢」
「え、ホント?」
「うん」
ランカの赤い瞳とリチェルの瞳が優しく見つめ合う。
「……ありがとうリチェルちゃん……私ね、本当はリチェルちゃんが――」
ランカの言葉を遮るように玄関のベルが来訪者を知らせる。
その人物に見当を付けたリチェルはパタパタとドアに走った。
相手は予想通りオズマで、彼は少し苦笑していた。
「すまないな、リチェル」
「いいえーお招きありがとうございます!」
オズマと顔を合わせるとランカはあからさまにプイッと首を背け、
それでもオズマも何も言う事なく自室に消えた。
(これは……先が思いやられるなぁ……)
リチェルは1人乾いた笑みを浮かべた。
食卓は無言だった。
せっかくのパーティーなのに気まずい空気が流れ、居たたまれなくなる。
リチェルが互いに話しかければ2人とも会話を持ってくれるのに、
オズマとランカで話す気はないらしく目も合わせようとしない。
「…………」
「…………」
「………はぁ」
重苦しい雰囲気に挫けそうになるが、自分はこれを打開する為に招待されたんだ。
逃げる訳にはいかない、そして目の前の兄妹も逃げ続ける訳にはいかない。
リチェルは意を決して咳払いすると、満面の笑顔を向けた。
「オズマ隊長?まず社長さんと会ってみる所から始めたらどうですか?」
「ぐ……っ!」
「リチェルちゃん……」
不意打ちだったのか食事を喉に詰まらせるオズマ。
焦った素振りを見せたかと思いきや、恨みがましい目でリチェルを睨んだ。
「リチェル、お前っ!」
「会ってみて、その事務所が本物かどうか見極めればいいと思うんです。
どうしても気になるんだったら調べてみる手もありますしね」
ニッコリ笑ってみせるがオズマには効果はないようだった。
「ランカがスカウトされた奇跡を大切にするべきだと思います。あくまで私の意見ですけど」
「こいつを芸能界に入れるというのか!?やっていけると思うか!?」
「できるもん!!」
「お前は黙ってろ!」
ムッとしたランカは兄を無言で睨み付ける。
「……それはランカ次第だけど、やる気はあるもんね?」
「うん、私ずっと夢だったからやりたいの!」
「お前は芸能界の厳しさをわかってない!歌手として売れる奴なんてホントに一握りぐらいしかいないんだぞ!?
お前なんかあんな業界で使い回されて売れずに帰ってくるのがおちだ!」
「どうしてそうやって決めつけるの!?やってみないとわからないじゃない!」
「仕事も安定してない!努力すればいいって世界じゃない、才能が必要なんだぞ!?
お前より歌が上手い奴がどれだけいると思ってんだ!?」
「それは……っ!」
オズマの迫力に微かに怯んだランカ。
確かにオズマの言う事はもっともだ、わからない訳じゃない。
だけどリチェルはどうしてもランカの意見を尊重したかった。
「……隊長?私は……やりたいと思える事があって、それが叶えられそうな環境にいる事が、とても羨ましい」
ランカは小さな頃から夢を抱き、少し気弱かもしれないけど光を目指して努力している。
そして予想だにしなかった事に、その夢が現実のものになろうとしている。
自分はそんな希望溢れた半生じゃなかったけど、ランカにはそのままでいてほしい。
決して、自分のようにはなってほしくない。
「隊長の妹のランカだからこそ、自由に生きて欲しい」
「………」
隊長に拾われ、何不自由なく大切に育てられた子だから。
微かに悲しそうに笑うとオズマはリチェルを静かに見つめ黙り込んだ。
「それにこのご時世、どんな安定した職についたって何も保証なんてないじゃないですか。
世界自体が安定していないのに」
いつバジュラが襲ってくるかわからない。
またいつか、バジュラ以上のものがやってきてフロンティアを危機に晒すかわからない。
もしそんな事になったら安定した職なんてのは関係ない、とにかく生き残る事の方が大事になるのだから。
「だったらやりたい事やって、駄目だったら普通に就職すればいいんです。生きてるだけで幸せだと私は思いますよ?」
「リチェルちゃん……」
「はい、私の意見は以上です。出過ぎた真似をしましたー」
それっきり話さなくなったリチェルのおかげで食卓には再び沈黙が訪れた。
鋭い眼光でただ料理を見下ろすオズマ、
2人の顔色を交互に窺いつつ食事を少しだけ口にするランカ、
そして有無を言わせぬ笑顔で食べ続けるリチェル。
長い、長い時間が経ったかのようだった。
オズマは拳を震わせ怒りを落ち着かせるように酒を飲み干すと、ゴンとうるさいくらいにジョッキを叩き付けた。
「……社長を連れてこい、話はそれからだ」
「あ……ありがとうお兄ちゃん!」
「やったねランカ!……ありがとうございます、隊長」
「…………」
それでもオズマの顔色は晴れない。
まだ全部許した訳じゃないと威嚇するようにランカとリチェルを一瞥する。
だがリチェルは構わず進み出た。
「はい隊長♪これもっと食べて下さい、私が作ったんですからー!」
「……ああ」
「はい、ランカもー」
「ありがとう……リチェルちゃん…」
「いいえー食事は楽しく明るくね♪」
笑いが戻ってきたパーティーを余所に、オズマはランカの事を気にしつつリチェルを見つめていた。
少しだけ苦い顔をした、彼女の言葉を思い出しながら。
Back Top Next
ミハエルは甘える事も上手そう。
色々エピソードが書けて満足な回でした。