バジュラとグレイスの脅威がなくなり、新惑星に上陸したフロンティア船団。
マクロス・クウォーターは軍規違反ではあったが、
大統領暗殺やレオン三島のクーデターの真実を突き止めたとして、特例で船団に復帰する事を許された。
政府としては新惑星の調査もしなければならない現状や、先の戦闘でかなりの戦死者が出てしまった事による人手不足もあり、
クウォーター以上に問題は山積みで、離反については寛大に見逃す判断を下したのだろう。
と言っても謹慎やら減俸やら様々な処分が各員に下されたが、
一度離れた者も希望があればクウォーターに復隊する事が許可され、S.M.Sは以前とほぼ変わらない生活を取り戻した。
ようやく辿り着いた新天地。
本物の空に山そして海、自然が生きている光景は母なる地球を思わせる。
緑や青、眩しいばかりの彩色が目に焼き付いて、その魅惑に捕らわれる。
頭上に限界などなく、閉塞されたドーム型都市船とは大違いだった。
『お疲れ様です、リチェルさん』
「ただいまー」
漆黒のバルキリーが着艦すると、モニターからルカが出迎えた。
懲罰の一部として惑星の哨戒及び調査を一手に命じられているS.M.Sだったが、
リチェルはそんな事情は物ともせず、ふわふわと笑う。
『どうですか、空は?』
「すごく気持ち良いよ。どれだけ加速してもいいんだから」
一応任務なんですけどね、と返したルカの言葉を聞いているのかいないのか、
ヘルメット越しのリチェルは満足げに目尻を下げた。
「アルトはまだ帰ってきてないの?」
『先輩はシェリルさんとランカさんの終戦記念公演の招待客ですからね、そう簡単には帰って来られないと思いますよ』
「そっか。アルトこそ飛びたいだろうにね」
以前長距離フォールドが成功した時も似たようなセレモニーがあったが、今回は本物だ。
かなり盛大な催しがアイランド1で行われており、周りもその話題で持ちきりだった。
リチェルは機体から降り、整備班とチェック項目の確認をした後、年下の部下の元に歩み寄った。
「ナナセの様子はどう?」
「順調に回復してるようです。このままいけば退院は早いと思います。
ランカさんの事を話すとよく笑ってくれますし……」
「うんうん。よかったねルカ、そういう時こそ傍にいてあげると良いよ」
「……そうですね」
グレイスとの決着が付いた直後にナナセの意識が戻ったとの知らせが入り、ルカはすぐに病室へ飛んで行った。
淡い恋の相手だが何度も見舞いに行き、今は案外に仲良くできているらしい。
だが、自分の事のように嬉しそうに頷くリチェルにルカは申し訳なさを感じていた。
彼女にとっては大事な人、自分達にとっても欠かす事のできない仲間は未だ目を閉じたままだから。
「リチェル、ちょっといいか」
「あ、はーい」
オズマに呼ばれて行ったリチェルは、相変わらず笑ってばかりいる。
色々な事があったものの、きっと彼女が本音を晒すのは限られた人間にだけなのだろう。
(だから早く戻ってきてくださいよ、ミシェル先輩……)
自分達の世界はほとんど元通りになった。
戦争は終結を迎えS.M.Sも存続され、アルトやルカなど軍に残った者達も和解した。
世間的には十分な結果だろう、だがまだ足りないのだ。
まだスカル小隊の席が1人空いている。
そして彼女には、彼が必要なのだろうから。
「リチェル!!」
「、……クラン?」
息を切らせながら格納庫に走ってきたのは、青い髪の小さな少女。
クランは真剣な眼差しで大声を張り上げ、しんと静まり返るのも構わずリチェルを射抜いた。
「――ミシェルが目を覚ました!」
「、え……」
どくん、と胸が鳴った。
今病院から連絡があったそうだ、とクランは続けるがリチェルは全身を硬直させたまま動かない。
作業をしていた男達も皆がその朗報に沸き、雄叫びのような声を上げてクランやリチェルに集まってくる。
「リチェルさん、ミシェル先輩が!行ってあげてください!」
「……ほ、本当に……?」
「ああ、本当にだ!」
クランが歩み寄るが、リチェルはどうしていいかわからない様子でオロオロしている。
すぐにでも飛び出したいのに、それを躊躇うように顔を歪めた。
「会いに行ってこい!」
「で、でも……クランが先の方が――」
「何言ってるんだ、ミシェルはお前を待ってるんだぞ!」
それでも遠慮するリチェルの両腕をクランはがっしりと握り締める。
震えているのは、はち切れんばかりの彼女の感情がそうさせるからだろう。
「前に言っただろ?それでも信じられないんだったら、ちゃんとミシェルに聞いてみればいい」
「クラン……」
「リチェル、私に遠慮しなくていい。ミシェルに会って話したい事、あるだろ?」
「…………うん……ある」
背中を押され、申し訳なさそうに振り返った先にはたくさんの仲間達がいた。
頑張れと、皆が激励の眼差しでリチェルを送り出している。
「……隊長……」
勤務中なのに此処を離れていいのだろうか、チラリと視線を向けると、
ずっと渋い顔をしていたオズマは諦めたように笑った。
「……行ってこい」
嬉しいような恐いような感情がリチェルを支配していた。
一歩を踏み出したら止まれない気がしていた。
だが仲間達や家族に支えられゆっくりとその足を踏み出すと、堰を切ったように涙が溢れた。
――会いたい、ミハエルに会いたい。
「……っ!!」
リチェルは立ち止まる事なく駆け出していた。
40・永遠の紺碧
早く会いたいのに恐かった。
目覚めていて欲しいと願いながら何度も病室を訪れて、その度に落胆していたから。
だから、今度こそは本当に彼の瞳が見られるのだろうかと。
心臓が音を立てて、手を震わせながらリチェルは扉をゆっくりと開けた。
「……リチェルさん?」
「っ……ミハエル…!!」
変わらない微笑が此方を向いていた。
起き上がれないながらもしっかりと2つの翡翠が眼鏡の奥で瞬いていて、
それだけでリチェルは涙を零した。
「よかった……、よかっ、た…っ!!」
扉を開け放ったままリチェルはその場に崩れ落ちた。
笑顔と涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆いながら、
それでも優しい表情をしているミハエルを見つめて。
「やっと逢えた……リチェルさん」
――ああ、この声だ。
もう一生名前を呼んでもらえないかもしれないとも思っていた。
長い間聞いていなかった、この耳を震わせる低く柔らかい音を。
だけどミハエルはリチェルがいつも困らせる時のように苦笑をして、シーツから手を伸ばす。
「こっちに来てくれないんですか?そこにいたら、涙を拭ってあげられない」
「……っ!!」
声にならず嗚咽ばかりが漏れ、返事もまともにできない。
この光景が奇跡のようで、ずっと見ていたいのに視界が熱い雫でにじむばかり。
だが「リチェルさん」と根気よく名を呼ぶものだから力の入らない体を動かして、
招かれた手に躊躇いながら近づいた。
様々な医療器具のチューブで繋がれたままベッドに横たわるミハエル。
声は少し掠れ気味で、だがはっきりとした意識でリチェルを見上げている。
下ろされた金髪から除く宝石のような色が、満足そうに細められて。
――彼が、生きている。
「はい、そこ座って」
触れる事も躊躇われるリチェルがベッドサイドで立ち尽くしていると、傍の椅子に促された。
本当は触って確かめたい、生きているのだと実感させて欲しい。
(だけど……こうさせたのは私だ)
「……もしかして俺がこうなったのは自分の責任、とでも思ってます?」
複雑な心境を易々と読み取られてしまい、隠しきれないリチェルは小さく頷いた。
自分を庇ったせいで彼は生死の境を彷徨う事になったのだから。
原因を作った自分が図々しくもこの体に触れてもいいのだろうかと。
「リチェルさん、顔見せて?手が邪魔で見えない」
「っ……でも…酷い顔……!」
「じゃないから言ってるんですよ。久しぶりなのに、見せてくれないんですか?」
そう困ったように聞かれると、逃げられなくなる。
有無を言わせないような態度がミハエルらしくて泣ける。
少しずつ要求が増やされ、それでも従ってしまうリチェルは恐る恐る両手を離した。
泣きすぎて引きつる息を抑え込みながら、見つめられるのが恥ずかしくて顔を逸らす。
だが溜息にも似た笑みが聞こえ、ミハエルの手がリチェルの頬に触れた。
怯えるようにビクリと反応してしまっても手は離れない。
温かい、生きている体温を感じた。
「やっぱりリチェルさんの泣き顔は綺麗だ」
「っ……!!」
親指で優しく拭われて、余計に熱い雫が止まらない。
それでもミハエルは満足そうに何度も頬を往復させて、優しく目尻を拭き取る。
「リチェルさんが危ないと思ったら勝手に体が動いてた。あの時、俺は死んでもいいと思った」
「そ…んな…っ!」
「本当ですよ?命を捨ててでもリチェルさんを守りたかった。
リチェルさん……あの時クランを守ろうとして、死んでもいいと思ってたでしょう?」
返答はしなかったが、ミハエルは肯定だとわかっているのだろう。
彼の大切なクランの為なら、命なんか惜しくなかった。
「でも俺は嫌だった。リチェルさんには生きていて欲しかった」
「そ、れは……っ!」
だからと言ってミハエルが死んでいいはずがない。
彼自身はそれでいいかもしれないが、リチェルにとってはミハエルこそ死んで欲しくない存在だ。
「それは自分も一緒だって?リチェルさんは、俺に死んで欲しくなかった?」
今度は強く頷くと、ミハエルは誘導尋問に成功したかのように意地悪く笑う。
「お互い様ですよ、仕返ししてやりました。……だから、もう簡単に死のうとしないで」
「ミ、ハエル……っ!」
まあ生き残れたのは奇跡的でしたけど、と呟いたミハエルに耐えきれなくなったリチェルは、
触れられていた手を握り返して、自身の頭を寄せた。
冗談っぽく彼は笑うが一歩間違えれば自分達は二度と会えなかったのだ。
自分も馬鹿だが彼も馬鹿だと、リチェルは縋り付くように泣き叫んだ。
「ミハエルが、死んじゃうかと思った……!」
「うん」
「もう、目を覚まさないかと思った……っ!」
「うん」
嗚咽を繰り返しながら絞り出される声に、1つ1つ優しく返事をする。
「リチェルさん、俺の為に泣いてくれてる?」
「っ……、うん」
「すげえ嬉しいけど、あまり泣かないで。この状態じゃ抱き締められない」
持ち上げてみせる片方の手には、まだ何本ものチューブが刺さっている。
ミハエルはいたって元気そうに振る舞ってはいるが、相当に重傷なのだ。
「起き上がれるようになったらいくらでも泣いて下さい。
もう恋人の関係じゃないけど、それくらいはできますから」
その言葉は一瞬にしてリチェルを冷静にさせた。
(そうだ……別れたんだ、私達……)
本来ならこうやって縋り付ける相手ではない。
クランはミハエルが自分を好きだと言っているが、リチェルにはどうしても信じられない。
今でも思う、彼はクランが好きなのだと。
暗示のように何度も自身に囁いているが、それでも確固たる証拠がいくつもあったから言える事だ。
少し寂しそうに言うミハエルに何も返せず、鼻をすする音だけが病室を支配する。
彼も重い話題の気配を察したのか、さっきまでよく喋っていたのに急に黙り込んだ。
思えば、別れを切り出してから"恋人関係だった"事については一切触れなかった。
あれからすぐに戦況が変わってそれどころではなくなったのだが、互いに何となく避けていたのだ。
「、………ミハエル」
「はい」
たとえ振り向いてくれなくてもいい、それでも言うのだと決めていた。
早く、クランに返さなければいけないのだから。
「私……ミハエルが起きたら、言おうと思ってた事があるの……」
――また手放せなくなってしまう前に、離れなければ。
「………私――」
「待ってリチェルさん。先に俺の話聞いてくれる?」
意を決したリチェルを遮ったのは他でもないミハエルだった。
困惑する表情を宥めるように髪を撫で、確かな口調で唐突に告げる。
「ごめん」
「、っ……」
「自覚したのは本当につい最近なんですけど、気付いたんだ。
他の誰でもなく、俺はリチェルさんを愛してたって」
「……え―――?」
紡がれた言葉に思考は停止する。
察しの良いミハエルの事だ、ごめんと先に謝罪するものだから、
こちらが告白する前に断りを入れたのだと思ったら。
まさかという顔をしていると、整えられた眉が少しだけ困ったように潜む。
「全く予想してなかった?まあ、俺自身も気付いてませんでしたからね」
「で、でも……私とは…っ」
「……遊びでしたよ、最初は。でも本気になってしまったんですから」
「でもミハエルは……、クランが好きなんじゃないの……!?」
「そうですね……俺もそうだと思ってた」
でも、とミハエルは真剣な表情でリチェルを見上げた。
「リチェルさんが死ぬかもしれない、その時に一瞬で自覚した」
「……っ!!」
腹部を貫かれて意識がなくなる直前、ミハエルは見た事もないような目で自分を見ていた。
そして今もあの時と同じ目で見つめられて、しかも"愛してる"とまで言われた。
誰かに愛されたいと願っていたリチェルは、気がついたらミハエルの愛を求めていた。
整理しきれない頭を酷使しながらも、リチェルの双眸に再び涙がこみあがってくる。
「……ほ……本当に、私なの…っ?」
「クランは、好きですよ。でもそれはリチェルさんがオズマ隊長に向けるような、家族愛に近いものだった。
よくよく考え直すと……俺、思ってたより貴女ばかり見てた」
「っ……!」
「そうやって俺に泣き顔見せてくれるから、愛しくて仕方がない」
ボロボロと大粒を零し、覆い隠そうとする手をやんわりとどけると、
ミハエルはこれ以上ないほど優しい眼差しで囁いた。
「だから、これからはリチェルさんを命懸けで愛したいんだけど……許してくれます?」
――信じられなかった。ミハエルが、私を好きだなんて。
でもこれは嘘じゃない。本物のミハエルが目の前にいて、笑っているのだから。
溢れ出した涙は、もう止まらなかった。
「……ずっと……ずっと、好きだった……知らない間にミハエルばかり追いかけてた……!」
「、……うん」
「傍にいて欲しくて、本気で私を見て欲しくて……!」
「うん」
「でも、遊びだってわかってたから……知られたらミハエルは離れてくって……だから、知られないようにしてたのに!」
「うん」
「辛かった、悲しかった……っ!クランが好きだってわかってたから、だから……必死で、別れたのに!」
「うん」
ベッドに突っ伏して泣きじゃくるリチェルの頭にミハエルはそっと触れる。
そこまで思い詰めさせてしまったのは自分だ、
だから彼女が全部吐き出して落ち着くまでミハエルは何度も髪を梳く。
「リチェルさん、俺にどうして欲しいですか?
俺はリチェルさんの事愛しちゃってますけど、貴女が望まない事は絶対にしないから」
至近距離で優しく諭すと、子供のように純粋な目が現れる。
言葉を吟味しているのかぼんやりと首を傾げ、そして恥ずかしそうに瞼を伏せた。
「……私を、見て欲しい」
「もう貴女しか見えてないよ」
「傍に……いて欲しい……」
「ええ、了解しました」
「……愛して、欲しい」
「それは言われなくても。俺の愛は重いですよ?」
「うん……いいよ」
――それが欲しかったのだ、ずっと前から。
「それと……」
「はい。それと何?」
「…………ミシェルって、呼んでもいい?」
「……もちろん」
人を好きになって、その相手からも自分を想ってもらえる。
こんなに幸せな事はない、リチェルは枯れない涙を流しながら僅かに微笑んだ。
「ミシェル……?」
「はい」
「、……ずっと、好きだった……っ」
「さっきも聞きましたよ。でも、すげえ嬉しい。
もしリチェルさんが俺の事好きじゃなくても根気よく振り向かせる気でいたのに、そうする必要がなくなったんですから」
ミハエルにとっても意外だったのだ、リチェルの告白は。
以前はわかってたつもりだったが、今は彼女がどう思ってるかなんてわからなくなってしまった。
だからリチェルの口から"好きだ"と聞かされた時には、内心ではかなり舞い上がっていた。
恐らく顔も素面ではなかっただろうが、相手は俯いていたから気付いていないだけで。
(本当に……いつの間にか、クランよりも好きになってたなんて……)
クランから聞かされた時は納得できなかったが、
そうであったから今までの自身の行動に合点がいったのだ。
この依り代の関係にはまり込んでいたのは、自分だった。
だがそのおかげで、こんなにも愛しい人が手に入れられた。
「愛してるよ、リチェルさん。……ありがとう、俺を生かしてくれて」
「、……ミシェル…っ!」
――私の好きな空と同じ色をした、貴方の翼。
貴方がいたから、私はあの青色の世界を飛べたんだ。
だけど貴方がいないと私の空は涙色に変わってしまう。
だから、生きていてくれてありがとう。
目も覚めるような澄み渡る青が、世界を染めていく―――
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まだ続きます。
長くなったので切りました。