バジュラの頂点に君臨するのは女王。
翼を広げ、今にも羽ばたきそうな姿は優美にも見えるが、その高らかな鳴き声は禍々しいもので。

『聞くがいい虫ケラ共!我々は今、全宇宙を手に入れた!
プロトカルチャーすらその力を恐れ憧れ、ついには神格化してその姿を模した、超時空生命体バジュラの力によって!』

あれはグレイスの声だ。
バジュラの女王を彼女が掌握したのなら、彼女の目的が半ば達成されてしまった事になる。
それは、銀河を網羅するネットワークにより人類をただの端末のようにリンクさせる事。
確かに"思考のない個体"となれば人間は争いも生まず、傷つけ合いもしない存在になる。

だが、それでは根本的な解決にはならない。
人が人として産まれてきたからには、最後まで悩んで決着させなければならない問題だ。

"思考のない人"のように笑いながら生きてきたリチェルには痛い程よくわかっていた。

(私は……いつでも独りだった。でもそのおかげで、大切な事にも気付いた)

"リチェル"を想ってくれている人達がいるという事、
もしかしたら両親にも愛されていたのかもしれないという事、
そして守りたいと思う人達がすぐ近くにいた事。

(こんな感情を、なかった事にされるのは嫌だ……!)

唯一の頂点が全個体を意のままに操れる。
グレイスがその頂点に位置するなんて、そんな馬鹿げた話があるものか。


――私は私だ。
辛くても、苦しくても、悲しくても、それが自分を構成している。

提督の娘でもなく、パイロットの子でもなく、今の自分が"リチェル"なのだ。


「みんな違うから……傷つきもするけど、愛する事だってできるんだから!」

自分を守る為、そして人を守る為。
リチェルは操縦桿を握り締め、黒いVF-25Sを加速させる。

そんな時だった、かつてリチェルの心を溶かした声が聞こえたのは。


――ああ、ランカの歌だ。


フォールドウェーブの強弱に関係なく、彼女の歌はリチェルを支える。
歌は人に力を与える、そして人を1つにさせる。
戦争の道具としてではなく、ただの歌が人を繋げる。

(だからまだ、人は人としてやっていける……!)

『この戦場にいる全ての兵士に告ぐ、バジュラは我々の真の敵ではない!
ギャラクシーが、バジュラの女王を乗っ取ったグレイス・オコナー達こそが我らの真の敵だ』

だから、あの偽物の女王はいらない。

『我が翼に誇りを持つ者よ、我と共に進め!』


――私には、翼がある。






39・Infinity of the Sky






リチェル、行くぞ!』
「はい!」

ランカとシェリルの歌に後押しされながらリチェルは兄の機体の背後に回った。
オズマ機の背中にぴたりとくっつきながら、エンジンを噴かしてバトル・ギャラクシーに迫る。
ギャラクシーの攻撃をくぐり抜け、隙を作る為に関節部分やミサイルの発射口を次々に破壊していく。

連携戦闘なんて、厳密に訓練した事はない。
だけど兄が次にどう動くのかが手に取るようにわかって、応えるように黒いバルキリーを操らせる。
気持ちが1つになっているのだとリチェルは思う。

2人の想いはただ1つ、ランカを助ける事。

『今だ!』

マクロス・クウォーターが変形しながら敵砲撃の雨の中に突撃する。
そのまま加速し、ピンポイントバリアを刀のように集約させてギャラクシーの腹部を抉った。

「アルト!」
『うおおおお!ランカ!!』

傷つけた穴に飛び込んだアルト機が戻ってくると、そのコックピットには緑の髪が見えた。

「、ランカ!」
リチェルちゃん……お姉ちゃん!』
「よかった……よかった!」

リチェルは安堵の表情を浮かべた。


だが喜びもつかの間、悔しげに鳴いたバジュラクイーンは両手を宇宙に掲げた。
そして高質量のエネルギー砲がアイランド1に向かって放たれた。

「―――っ!!」


――嫌だ、あそこにはミハエルがいる。


「いや……いやあああああ!!!」
リチェル!!』

今にも飛び出さんとする機体を羽交い締めにするオズマ機。
半狂乱でアイランド1へ伸ばした機械の手は、エネルギー砲の余波により焼けただれていく。


――まだ……何も言っていないのに。


彼方に放たれた砲撃は次々と付属艦を呑み込んでいく。
そして一際大きな爆発が宇宙を照らし、リチェル機の視界すら覆った。

「ミハエルが……ミハエルがぁ!!」

だがアイランド1は消滅していなかった。
辺りに散るのは無数のバジュラの欠片、聞こえた断末魔の声はそれが発したものだった。

「……バ、ジュラが……守って、くれた……?」

意思を持たないはずのバジュラ達が何重もの盾となり、その身とひきかえに人類を守っている。
その奇妙な行動にリチェルはただ呆然と、未だ健在のアイランド1を見つめた。



――あの時、ミハエルを襲ったのはバジュラだった。

多数の市民を殺し、瓦礫の中で事切れる人々を何人も見た。
そしてルカの大切なナナセも怪我を負い、ミハエルも倒れた。

彼の腹を突き破り、背中から飛び出したのはバジュラの一部。
赤い血と、青い血が折り重なって彼の翡翠の瞳を汚した。
今でもその時の光景が鮮明に思い出される。

庇おうとするランカには悪いけど、バジュラは嫌いだった。

だって、ミハエルを刺した。
もしかしたら死んでいたかもしれない、もう目を覚まさないかもしれない。

たとえグレイスの支配から逃れても、歌に反応しているのだとしても。
絶対、相容れない存在だと思っていた。


だけど……その認識は、間違っていたのだろうか――



「どうして……バジュラが……?」
『……少しは理解したのかもしれん、歌によってな』
「歌……?」

顔を上げればバジュラが目の前にいた。
だが攻撃する訳でもなくリチェルを観察し、フワリと女王へと飛んでいく。

バジュラ達が人類の味方をしてくれている、そうとしか言いようがなかった。

『俺達だって、そういうものだろ?傷つけ合っても、理解できれば受け入れられる』
「…………」

ミハエルを傷つけたのに、守ってくれた。
そして今は共に戦おうとしてくれている。

(ありがとうって、言えばいいのかな……)

『ほら行くぞ!まだ仕上げが残ってる!』
「は……、はい!」

周りを見渡せば、今も戦闘が続いている。

バジュラも人類も支配しようとするグレイス。
まだ気持ちの整理は完全にできそうにないが、あれが倒すべき敵なのは間違いない。だから、

「……行きます!アルトと一緒に飛んできます!」
『ああ、行ってこいリチェル!』

気を引き締め直した黒いバルキリーが唸りを上げる。
バジュラ達が開いてくれたフォールド断層を越え、バトル・ギャラクシーの主砲さえも越え。
目指すはバジュラクイーンに寄生するグレイス・オコナーただ1人。


父の愛した世界でリチェルは駆ける。


『く……っ!アルト、お前に託す!』
「これは、ミシェルの……!」

被弾したクランがVF-25Gのスナイパーライフルをアルトに渡した。
その見慣れた武器はミハエルが使っていたものだった。

『これはリチェルさんが――』
「いいの、私は"亡霊"だから。貴方が撃つの!」

アルトの躊躇いの声をリチェルはクスリと微笑んで遮った。
今この場で最も気迫に満ちているアルトにこそ相応しい役目だと思うから。

2人の歌姫の加護を受けるアルトだから、自分の想いも糧にしてくれるはず。
ミハエルの意思も人類の希望も、全て強さに変えて。

「私が隙を作るから、後に続いて!」
『あ、ああ……了解した!』

リチェルがバジュラクイーンへの道を切り開く。
歌に支えられながら、限界までスロットルレバーを押し込んだ。

『貴様等を援護する!』
「ブレラ・スターン!」

飛来したVF-27も加わり、3機が複雑に絡み合いながら飛んでいく。
アーマードパックの残り全弾を女王の首に発射させ、グレイスのいる核だけを分離させて。

「アルト!!」

スナイパーライフルが、全ての元凶を打ち抜いた―――















支配を解かれた女王が羽ばたいていく。
その周囲にバジュラ達が集まり、何処かへ飛び立っていった。

ランカが言うには、別銀河へ他の群れを探しに行ったのだそう。
"あなた"という意味のアイモを歌いながら、交配をする為に。

戦闘が終わったフロンティア船団はついに星へと到達する。
アイランド1やマクロス・クウォーターも同じく、マクロス船団としての悲願を達成させた。

呆けたようにバジュラが去っていくのを見上げながら、リチェルの乗るVF-25Sも海に着水する。
全身に重力がかかり、流れる波がふわふわとコクピットを上下させる。
ヘルメットを外し、乱れた髪を振り仰いでもう一度シートに体を埋めた。

頭上に広がるのは一面の蒼色。
初めての、本物の空だった。

「空……青い、空だ……」

眩しくて、輝くばかりの宝石のような世界。
言葉では形容できないほど深くて綺麗な色が、全方位に果てなく広がっている。


――飛びたい、あの空を飛びたい。


唐突にそんな欲求が生まれた。
操縦桿を握り直し、スタンバイ状態だったエンジンを始動させて離水する。
水の粒を飛び散らせながら、青を侵食する白い雲に向かって垂直に機首を上げた。

思い切りスロットルを開けて、息ができない程のGをかけて、どこまでも飛んでいく。
網膜をチリチリと焼くような刺激に目を細めて、体が自分のものではないような感覚に囚われながら。

ようやく出た答えに、リチェルは笑った。

「……わかったよ、ミハエル」

顔がくしゃくしゃになる程に表情筋を動かして笑顔を形成させ。
両眼からは熱い涙が溢れ出す。

「私……、空が好きなんだ……っ」

だから自分は、何があっても飛び続けていたのだ。
嬉しいような悲しいような、様々な感情が素直にリチェルから表に出る。


――強要され続けて、嫌だと逃げ出して、両親を死なせてしまったけれど。

本当は空が嫌いなんかじゃなかった、飛びたくない訳じゃなかった。
この大好きな空を、自由に飛ばせてくれなかった事が嫌だったんだ。


「ごめんなさい、お父さん……お母さん……!」

気付くのが遅すぎた。
どう償っても償いきれるものじゃない。

それでも、きっとあの両親が私に望む事は変わらないのだろう。


「……私、飛びます。空を愛して、命を賭けて……いつか、この空に散る」


――だからそれまで、生きる事を許して下さい。


「私……やっと、自分が見つけられた……!」

泣きながら満面の笑顔で空を飛ぶリチェルにはもう、自身を抑える箍はない。


一度だけ目を閉じ、再び開けても視界を染める色。
求め続けていた青色がそこにある。手を伸ばせば届く先に。


闇色が空に溶けて、1つになった―――











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かなり省略しながら最終戦終わらせました。
これでヒロインの心の問題はほぼ解決された、かな?

次で最終話になるかと思われます。