伝説の歌姫の歌が聴こえる。
ランカの声で奏でる、愛の歌が。
バジュラ本星に立ち塞がる緑の髪の歌姫が、バジュラ達を守るように歌い続ける。
「……ランカ……?」
フォールドアウトしたS.M.Sの前には既に戦闘の爪痕が随所に残っていたが、
それよりもこの目の前に広がる現実に誰もが息を呑んだ。
さらに旗艦であるバトル・フロンティアが今にもバジュラ艦の砲撃に遭う所で。
マクロス・クウォーターの奇襲によりそれは回避されたが、巨大な歌姫の旋律が頭に響く。
かつてリン・ミンメイが戦争を止めた歌で、ランカは無数のバジュラの指揮権を握っていた。
『これ以上、貴様らの好きにはさせん!ランカも、バジュラ達も!』
兄の雄叫びなど聞こえない虚ろな目で両手を掲げる歌姫。
裏切りとも思えるその行為、だけど彼女はこんな事望んでいなかったはずだ。
たとえ真実を見つけ、自分の道を決めたのだとしても、彼女は自分達を攻撃なんてしない。
確証がなくてもリチェルは信じている。ランカはそんな事しない。
――これがランカの意思だろうか?いや、違う気がする。
認めたくないだけなのか、だけど違和感ばかりが胸を占める。
ランカの歌はこんなものじゃない。もっと、心を奮わせるような温かい音がする。
少なくともバジュラを従える為に彼女はフロンティアを飛び出したのではない。
それに、何より。
この声は……救いを求めているように聴こえるから。
22・Do You Remember Love?
マクロス・クウォーターから飛び出すと、リチェルはまず損傷しているクランの元へ向かった。
既に救援に来ていたルカ機と協力し、一方ずつ両肩に取り付いた。
「クラン大尉、怪我は!?」
『無事だが機体の制御ができない!』
剥き出しになってしまったコックピットからクランの顔が覗く。
リチェルは頷くと赤いクァドラン・レアを担いでクウォーターへ戻った。
『我々は帰ってきた!ギャラクシーの野望を、グレイス・オコナーとそれに与する者達の野望を潰す為に!』
ジェフリー・ワイルダーの真実を伝える通信が全方位に流れる。
バジュラ本星を守るランカの歌は依然として耳に届き、宇宙は爆発や様々な音が混じり合う。
それらを遠巻きに見ながら、これが最後の戦いになるだろうとリチェルは思った。
ランカを助ける為、戦争を終わらせる為、そして生き残る為。
――戦わなければならない。だから、
「クラン大尉、ミハエルの機体を使って下さい!」
『え?』
「マイクローン化すれば大尉だってバルキリーに乗れるはず」
『リチェル……』
クランは目を丸くさせて黒いバルキリーを見上げた。
クァドランは大破していて、他に乗れる機体がない以上願ってもない提案だったが、
まさかリチェルからそれを投げかけられるとは思ってもいなかった。
少し前の彼女は、あんなにも小さく蹲って泣いていたというのに。
バトロイド形態の頭部カメラが動き、リチェルが笑ったように見えた。
「……ミハエルも、戦いたいだろうから」
離れている間に彼女は随分成長していた、それはルカの目にも明らかだった。
弱い心を守りながらも儚く、それでいて強く。
子供のように泣いていた彼女は、もういない。
「それでアルトにも機体を届けて下さい。私は先に行きますから、彼に宙を翔る翼を」
『ああ……了解した!』
クランを送り届けると、リチェル機はファイター形態で一瞬にして流星になる。
それは闇を突き破る漆黒の光のようだった。
目指す先は緑の髪の歌姫。
彼女の本当の意思を知らなければ、そう思った矢先にモニターに1つの識別信号が点灯する。
『あれはランカじゃない!あのまやかしを撃て!』
撃墜されたかも、と心配されていた少年の叫びが宇宙に響き渡った。
アルトの宣言通り、ランカは虚像だった。
クウォーターの主砲によりそれは掻き消え、代わりに姿を見せたのはバトル・ギャラクシーだった。
バジュラによって撃沈されたはずの艦だが、
首謀者がギャラクシー船団から来たグレイスであるから、それさえも虚偽の報告なのだろう。
正体が露呈したバトル・ギャラクシーは即座に無人戦闘機を次々と射出させた為、
完全に敵対行動を取る船団に皆の動揺と恐怖はさらに広がった。
「これは……ゴーストV9っ!」
AIF-9Vを冠する"ゴースト"は、無人であるが故に機動力が凄まじい。
生身の人間では耐えられない限界のGも越え、搭載される人工知能によって自律行動をとる。
その為、任務を遂行するにあたって時代の最高技術を惜しみなくつぎ込まれ、
人間特有の躊躇いも生じないこの機体は圧倒的な強さを誇る。
だがその危険度故に、完全な自律型無人戦闘機は条約により禁止されているはずなのだが、
まさしく"ゴースト"のような殺人兵器がリチェル達に何機も襲いかかる。
新統合軍のパイロット達も一切反撃できずに次々と撃墜されていく。
モニターで捉えた頃には既に攻撃態勢で接近していて、逃げる事すら敵わない。
あれにばっかりは、どうあがいても有人機では不利だ。
「生身でなんて……どうやって勝てというの……!?」
――だけど、そうしなければ明日はない。ただ死んでいくだけ。ランカさえも助けられない。
(だから、勝たなければいけないんだ……っ)
ギリ、と操縦桿を握り締めていたリチェルの耳にアルトの呼びかけが聞こえる。
『今度こそランカを助け出す。だからお前の力を貸してくれ!
お前の歌で、あいつの目を覚ましてやってくれ!』
彼はシェリルと一緒に歌でランカを救おうとしていた。
それはきっと彼らにしかできないのだろう。
ランカが想いを寄せているアルトと、憧れているシェリルの歌でなければ。
だからリチェルは託す事を決めた。
自分にできるのはやはり戦う事だけだから。
「アルト……ランカをお願い」
『、リチェル中尉……?』
「私の妹を助けて。私がアルトの援護をする、絶対誰も寄せ付けないから」
『……わかった!必ず連れ戻す!』
「……、ありがとう」
アルトの意思の強い返事は、不安ばかりが押し寄せるリチェルを少しだけ安心させた。
『全機行くぞ!突撃ラブハート!』
「了解!」
各機が散開し、リチェルはスロットルを限界まで開いた。
激しいGが体を襲い、思わず呻き声を上げてしまいながらも戦闘の中に飛び込んだ。
シェリルの歌で自身を沸き立たせながら、不規則に飛び回る"ゴースト"の1機を誘い出す。
「1機ずつ、仕留めてみせる!」
赤いボディの前面に光る緑のセンサーが、無機質に漆黒の機体を捉える。
無人機であるからだろうか、その予測できない動きに薄ら寒さを覚えながらリチェルはさらに飛ぶ。
「…、ぅ……っ!」
エンジン全開のまま急旋回させ、ミサイルを"ゴースト"に撃ち出す。
だが同じようにミサイルで相殺され、その爆炎の中から現れてはリチェルに反撃する。
チャフやフレアー、攻撃支援モードを総動員させ、さらに自機ごと旋回させながら予測されにくい挙動を繰り返す。
「、く…っ!」
いくら耐Gが強化されたEX-ギアを装備していても、押し寄せるGの連続では酸欠状態になる。
さらにアーマードパックを背負っているおかげで機体が重い分、負荷は全てリチェルにかかってくる。
空気を吸い込みながらも機体は絶えず戦闘区域を流星のごとく飛んでいるのだが、
"ゴースト"はその背後にピタリと貼り付きリチェル機を追いかける。
「ま、けたくない……こんな無人機に、っ……負ける訳には!」
パイロットとして、人としての意地があった。
リチェルが後方にミサイルを撃ち出すと"ゴースト"が迎撃行動に入る。
一部は撃ち落とし、そして残りは振り払うように機体を加速させる。
リチェルはその隙に使い終わった武装パックを宇宙空間に放棄し、
速度が落ちる危険を顧みずガウォーク形態に変形させると、そのゴミの中心に弾を撃ち込んだ。
そして"ゴースト"がおびき寄せられたのをモニターの隅で確認すると、ファイター形態に戻り全速力で離脱した。
その数秒後に一瞬にして広範囲を呑み込む、MDE弾頭の爆発。
ギリギリで衝撃から逃げ切りながらリチェルは敵が消滅された事を確認した。
「……これで、1機……っ!」
弾が当たらないのなら的を大きくしてしまえばいいが、"ゴースト"1機にここまでしなければならないとは。
効率が悪すぎる、だけどそれ以上の決定打はないのだ。
苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、かなり離れてしまった戦線に戻ると、
間髪入れず次の"ゴースト"がセンサーに反応する。
闇色に襲いかかる、赤い亡霊。
「"亡霊"なら……私の方が似合ってる……っ!」
"星の亡霊"と呼ばれていたのは、自律型無人戦闘機のように感情なしに星々を飛んでいたからだ。
人間っぽさなどどこにもなく、機械のようにただ任務を遂行するだけの物質。
リチェルは、少し前までこの"ゴースト"のようだった。
背後から迫ってくる機械は今までの自分、だから勝たなくてはいけないのだと強く思う。
(亡霊は亡霊でも……私は、人間だから)
だが意思とは反して体が音を上げ始めている。
研ぎ澄ませた連続的な集中力は崩壊しそうになり、息が次第に荒れていく。
「はぁ、っ……ぁ!」
避けきれなくなった攻撃は即座に展開するピンポイントバリアで防ぎつつも、
生じた速度差により"ゴースト"との距離は近づいてくる。
本当はあまり使いたくはないが我が儘を言っていられる状況でもなく、
リチェルは再びMDE弾頭を使うタイミングを計っていた。
だが旋回を行ったその直後、遠くからのビーム砲が"ゴースト"を撃ち破った。
『リチェル!!』
「……オズマ、隊長?」
呆然と真空の星を見渡すと、見慣れたVF-25Sがそこにいた。
『1人で突っ走るんじゃない!お前には俺達がいる!』
「……っ!」
まさに青天の霹靂だった。
単独任務を行ってきたリチェルにとって、今この瞬間まで単独で動く事が当たり前だと思っていた。
だから誰かの力を借りようとも、誰かと共闘しようとは考えも付かなかった。
だけど目の前の兄は言う、1人でなくてもいいのだと。
「オズマ、隊長……」
『俺に付いてこれるな!?2人でならゴーストにも勝てる!』
「は、はい!」
さっきまで無音だったはずなのに、急にリチェルの世界に音が流れ込んでくる。
すると自然と動悸は静まり、思考は落ち着きを取り戻し始めていた。
(シェリルの歌が聴こえる……)
周りを見渡せば様々な場所で戦闘が繰り広げられている。
クランがミハエルの機体を駆使し、スナイパーライフルで敵を狙撃している。
ルカ機に付随していた3機は、自律行動をとって"ゴースト"を追いかけている。
アルトはランカが捕らえられているバトル・ギャラクシーへ飛び込もうとしている。
そしてリチェルとオズマ、2つの指揮官機は螺旋を描きながら宇宙を駆け抜け、
高機動の"ゴースト"さえも凄まじい連携で撃破していく。
全ての雑音が、身が軋む音が、機体の制御音が、歌によって1つに混ざり合う。
戦闘中にも関わらず世界が律されていくような感覚がリチェルを包み込む。
――気持ち良い。これが力というものだろうか。
贖罪でも憎しみでも怒りでもなく。
死と隣り合わせの世界で恐怖も抱いているはずのに、魂が揺さぶられながら抱くのは希望。
その力はこんなにもリチェルを熱くさせ、不安を隠してしまうのだろうか。
(勝てるかもしれない、ランカを助けられるかもしれない)
次第に数を減らしていく"ゴースト"の爆炎を見下ろしながら、リチェルはそんな期待を抱いていた。
だがそれを打ち砕くかのようにバジュラ本星から現れたのは巨大な生物。
グレイスの操るバジュラクイーンが、その悲鳴にも似た産声を上げた。
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戦闘に力入れたら長くなってしまったので分割。
最終戦なので頑張って活躍してもらいました。