突然背後に気配を感じ、エドは飛び退きながら剣を振り下ろした。
剣が迫っているにもかかわらず男は避ける素振りを見せない。
そして、エドの腕は男に直撃したにもかかわらず、男には全く傷は付いていなかった。

「な……固ぇコイツ……!!」

よく見るとその男は猫でも狼でもなかった。
動きは鈍いが、体を覆うものは人間とは思えないほどの硬質。
恐らく、甲羅か何かと合成されているのだろうか。


また新しい奴が……!!


一人を倒せばまた新たなキメラが現れるといった感じで、きりがなかった。
こうしている間にもフェリアはフェレスとかいう奴に何をされているのだろうか。
気にかかるのは、フェリアを一人にしている事。
行かなければ、早く助けなければ。


「ぐっ……!!」


焦りからか攻防が鈍った隙に猫男の剣が目の前を駆ける。
慌てて避けるがそれはエドの頭上をかすめ、金色の髪が一束宙に舞った。
そして次第に額から頬を流れていく、赤い血。


……最近は赤い血を見るたびにフェリアの顔が浮かぶ。

自分の傷の痛みよりも、フェリアの心の痛みの方が心配になっていた。

目に入りそうだった血を拭い、エドは恨みともとれるような目でキメラを睨み付けた。

「さっさと終わらせてやる!!」

キメラ達はグッといつでも飛びかかれる体勢を作った。
エドもまた3人のキメラを見渡しながら打開策を練る。

「兄さん!!」
「アル!!」

顔を上げると、庭の向こうから走ってくる鎧の弟の姿が。
エドは安堵の表情を浮かべるが、視線を逸らした隙に狼女が飛びかかる。

「ぅお……!!」

飛びかかってきた体勢を生かし、そのまま巴投げの要領で狼女を後ろへ投げ飛ばす。
一方、甲羅のように固い男は目標をアルに定めた。

「兄さんに手を出すなーー!!!」


ゴッ……!


動きが鈍いため、アルの渾身の限りの拳をくらった男。
アルの鎧の力も相まって、甲羅男の頭はいとも簡単に砕けた。

「アル!上にフェリアが一人でいる!」

エドとアルは背中を互いに預け、キメラに構えの姿勢を取りながら大声をあげる。

「え!?ならすぐに行って!ここは僕が何とかするから!」
「でも……!」
「僕なら大丈夫だから!早くフェリアの所に行って!」

言いながらアルは猫男の攻撃をかわす。
エドは一瞬迷ったが、ここはアルに任せる事にした。

「……わかった……すぐ帰ってくる!!」

エドは目の前の狼女を飛び越え、屋敷の入り口に走った。
狼女はそれを追いかけようとするが、その前にアルが立ち塞がる。

「僕が相手になる!!」






18th






「聞いたよ、また錬成をしたんだってね」

フェリアは変形した銀時計を抱きかかえ、フェレスの目から逃げる事はできなかった。


あの時のように、フェレスさんは私を責め続ける。


「光の錬成はどうしたの?」


怖い。


「あれだけシオンにわがまま言って教えてもらった錬金術は?」


その笑顔が怖い。


「……何のために国家錬金術師になったの?」


――お兄ちゃんと同じ位置に立ちたかった――


だけどそれは、私が壊してしまった。
私が殺してしまった。


「そして肝心な兄を殺して……それでもフェリアちゃんは罪を被り続ける」
「わ、私は……エドを守りたくて……!」
「それで彼を守るって?」

必死で言い返したのに、フェレスは見下ろして嘲るように鼻で笑った。

「その考え方が違うよ。フェリアちゃんが彼から離れれば、彼を守る必要ないんだよ」

窓の外の喧騒に耳をやりエドの声を聞き取るフェレス。

「……わかってる?今彼が狙われてるのはフェリアちゃんのせいなんだよ?」
「……っ!」


そうだ……今エドが戦っているのは私のせいなんだ。
私がエドを戦いの中に引き込んでる。


フェリアちゃんが彼を殺すんだよ」
「私は……エドを……!」


『守りたい』

私に芽生えた願いを、フェレスさんはいとも簡単に壊す。
言いたいことが色々あるのに、自分の思いをさらけ出したいのに。

フェレスさんの言葉が頭に響く。


守りたい、だけどそれは私がいなかったら必要なくて。
私がいなかったら、エドが傷つく必要はなくて。
私がいるせいで、エドが傷つく。

私のせいで、エドが傷つく。

私のせいで……エドが死ぬ。


「何度大事な人を傷つければ気が済むのかな」
「私は……!」


もう失いたくなくて。

もう大事な人を失いたくなくて錬金術を使ったのに。

……どうして私の錬金術は誰かの役に立てないの?


うずくまってカタカタ怯えるフェリアを満足げに見下ろし、ゆっくりと足を踏み出す。

「真っ赤なフェリアちゃん……早く死んじゃったら楽なのに、どうしてまだ生きてるの?」


その足音が、私に死を降り注ごうとしている。


「自分で死ねないのなら、僕が殺してあげる」
「や、だ……こないで!」

フェリアは動かなくなった体を引きずるようにしてフェレスから後ずさる。
だけど殺気を帯びた笑顔と足音はどんどん近づいてきて、ついにフェリアの背中に壁があたった。

「死にたかったんだろう?死にたいだろう?」


死にたかった。
ずっと死にたかった。

だけどエドに会って、初めて死にたくないと思ったんだ。
初めて『生きたい』と思ったのに。


……私は生きていてはいけない存在。


「やっと、お兄ちゃんに謝りに行けるね」
「やぁっ……来ないでぇ!!」


ボロボロと溢れる涙も拭わぬまま、咄嗟に両手を合わせる。
そして激しい痛みと共に手から赤い剣が飛び出す。
迫り来る恐怖をやり過ごすようにフェレスを薙ぐが、全くその攻撃は当たらなかった。

赤い血が溶けてフェリアの腕にべっとりとまとわりつく。

「はぁっ……っ……はあっ……!」
「その血の錬成は、フェリアちゃんの罪の証なんだよ?」

掌を押さえて震えるフェリアに静かに告げるフェレス。
あと一歩フェレスの足が伸びれば、フェリアとの間に距離はなくなる。

「罪で罪を隠して……自分だけ楽になろうとしている」


どうして……生きてはダメなの?

どうして……私は生きてるの?


「ダメだよ、可愛いフェリアちゃん……シオンのように痛みと苦しみを味わいながら死んでいくといい……」
「やだっ……いやあぁっ!!」

フェリアは再び両手を叩く。

「いやぁ……いやあぁぁっ!!」

出血の痛みなど忘れて何度も何度も腕で錬成陣の円を作り、罪の剣を生み出す。
そのたびに部屋中にまき散らされる赤い血、そして泡立つ鉄の匂い。


怖い、怖い、怖い……!!!


もう何も考えられなくなった。

死にたい。死にたくない。
生きたい。生きてはいけない。
罪。怖い。血。
お兄ちゃん。エド。アル。大佐。
守りたい。必要ない

全ての思いがぐちゃぐちゃになって小さな体でせめぎ合う。
混乱して、もう考えが見つからなくて……ただ一つ迫り来る大きな恐怖だけが残った。


「あうっ……!!」

フェレスは錯乱したフェリアの剣を軽々と避け、持っていたナイフでフェリアの左腕を裂く。

「う………あっ……!」
「痛い?それが本当の血の味だよ」

ただ一つ体にできた傷を真っ赤に染まった手で押さえる。
痛みを忘れていたはずなのに、この切り傷で全ての神経が警鐘を打ち鳴らす。
ドクドクと脈打つたびに腕から血が溢れて、痛みは痺れとなってフェリアを襲う。

「本当の痛みだよフェリアちゃん。フェリアちゃんが錬成の時に感じてるのは……罪の痛みだよ」
「い……ぁっ……やめ……!」

フェレスはフェリアの腕を掴み、傷口をわざと強くなぞる。
ぱっくりと割れたそこからはどんどんと新しい血が現れて、フェリアの周りに海を作る。

「ほら、血が止まらない……それが本当の死だよ。これ以上錬成したら死んじゃうね」

優しく囁いて、なのにフェレスの細い目は異常に歪んで笑っていた。

そして持っていたナイフを、今度はその傷口に力一杯突き刺した。

「ああああぁっっ!!!!!」

フェリアの体は一瞬反り返り、床に弱々しくうずくまる。
瞳孔が見開いてるフェリアを冷たく見下ろし、フェレスは立ち上がって高らかに笑う。

「ははっ!痛いよね、苦しいよね……ならさっさと死んでしまえばいいんだよ!」

段々と聴覚も視覚もマヒしていき、自分の荒い息だけがこだまする。


……フェレスさんの笑い声が頭に反響して、もう何も感じない。
恐怖も薄れていって、視界も薄れていって……


もういや……早く楽になりたい。

逃げても逃げても罪が襲ってくるのなら。

早く死にたい。

早く殺して。


血の海に透き通る血が漂う。

「……さよなら、フェリアちゃん……」


あぁ……やっと死ねるんだ……


……さようなら、フェレスさん……お兄ちゃんの一番の友達……




――「途中までは親友だったよ。だけど……余計な事に首を突っ込むからいけないんだよ」――




どうして?どうして……?

貴方も兄を騙したのに。
貴方も兄を裏切ったのに。


「これで……罪から解放されるね」


違う……違う……

貴方も兄を騙したという罪があるのに。
貴方も罪があるのに。

ぼんやりとフェレスを見上げる。
お兄ちゃんと一緒にいた頃は、いつも優しい表情でお兄ちゃんと笑い合っていた。
だけど今は……狂喜を帯びた顔。


どうして……貴方だけ生きているの……?


ふと、違う感情がフェリアを襲い、回らない頭が一気に覚醒していく。


憎い、悔しい、怨めしい……


残り少ない体中の血が逆流して心臓に鼓動を呼び戻す。
焦点の定まらない翡翠の瞳は、フェレスだけを視界に捉えて歪む。


貴方も……死ぬべき人だ。
貴方は生かしてはおけない……
貴方も生きてはいけない……


貴方が私にそうするように……貴方だけは殺してやる……


「…………殺してやる……殺してやる」

ふと呟くようにして聞こえた小さな声にフェレスはフェリアの顔を見下ろす。
さっきまでの死期を悟ったフェリアとは一転して、鋭い瞳がこちらを睨み付けていた。

「へぇ……いい目をするね」

ゆっくりと、赤い海から起きあがる。
自由のきかない腕すらも動かして、フラフラした体で血走った目を向ける。

今動ける全ての源は恨みと憎しみ。

「貴方だけは……貴方だけは……!」
「僕を殺すの?お兄ちゃんを殺したのはフェリアちゃんなのに?」
「貴方もお兄ちゃんを裏切った!貴方もお兄ちゃんを苦しめた!!」
「じゃあ、死ぬべきなのはフェリアちゃんじゃないか」
「私が死ぬときは……フェレスさんも一緒よ!!!」


殺してやる。

殺してやる。

たとえこの血がなくなっても。
たとえこの命が尽きても。


貴方だけは。
貴方だけは殺してやる―――











フェリア!!」


兄の部屋を開けエドは茫然とした。
むせ返るような臭いと部屋中に飛び散った赤い跡。

そして見たことのないような形相でフェレスに切り掛かるフェリア

「やめろフェリア!!錬成するな!!」

止めなければいけないと、エドは本能的に思った。

腕を掴んでフェリアを引っ張っても一向に治まらない。
それよりか男であるエドを引きずるようにして、フェレスに向かって両手を叩く。

「殺してやる……殺してやる……!!」
フェリア!!」

これだけフェリアが剣を繰り出してもフェレスには一切傷はついていなくて。
異常に狂乱したフェリアの叫び声だけが空しく部屋に響く。

エドはフェリアの背後から両腕を担いだ。
そうすれば両手が合わせられなくて錬成できないはず。

「殺してやる……殺してやる……!!!」

フェリアの勢いは止まらなくて前に倒れ込む形になった。

「てめぇフェリアに何したんだよ!!!」
「……面白いよ、本当に面白いよフェリアちゃん……」

クツクツと肩を震わせて笑うフェレスに、エドはこれ以上のない憎しみを覚えた。


ふと倒れ込んでいるフェリアを見遣ると、フェリアは血だらけの片手で床に血文字を描いていた。
それは、よく見知った血の錬成陣だった。


「!!!フェリアそれは……っ!!」


六芒星の錬成陣に、火炎宝珠とサラマンダーのマーク。


恐ろしい程見開かれた瞳で、フェリアは手にもっていたライターを回した。

「!!!!」

火花とともに、部屋はもの凄い爆発が起こった。











――――「血が代価になるだと?」

大佐は事情を聞いてもあまり理解ができなかった。

「剣や石が血になるのはまだわかる……だが」
「…………?」
「血を代価にしようがない錬成はどうなるんだ」
「?」
「たとえば……これだ」

大佐は指をパチンと鳴らした。
発火布から発せられた火花で、灰皿に置かれた紙切れが一瞬で灰になった。

「この錬成は空気中の酸素濃度を調節するものだ。そしてこの発火布で火花を発生させ、爆発を作ることができる」

「だが、もしその血の代価の下でこの錬成を行ったらどうなると思う?
血を代価にしても、爆発は起こらない。必要なのは可燃物と酸素と火花なのだからな」

「わかるか?」

私は興味なさげに首を振った。

「血を代価にできない錬成は危険だという事だ。
何が起こるか解らない、もしかしたら大きな反動が返ってくるのかもしれない」

だから、気をつけろフェリア―――











「…………っく……!!」

エドは咄嗟に部屋を飛び出し、付け焼き刃の壁を錬成した。
背中をもの凄い爆風が飛び、髪の毛がチリチリと焼け付く。

フェリア!?」

爆発が落ち着き目を開けると、抱きかかえていたフェリアは全身血まみれだった。
爆発で火傷を負ったのかと思い、慌てて患部を探すが一つの刺し傷しか見当たらない。
だけど、髪の毛の先から足の先まで……全てから血が溢れていた。

フェリア!!!!」

青い顔に、真っ赤なフェリア


「アル!逃げるぞ!」

2階の別の部屋の窓からフェリアを抱きかかえながら飛び降り、戦っているだろうアルを呼び戻す。
アルは至る所に傷を作りながらも、敵であるキメラは全て地に伏せっていた。

「逃げるってどこに!?」
「どこだっていい!!とにかく奴等が追ってこないうちに!!」
「う、うん……!!」

エドとアルはとにかく森へ走った。
背後には焔がだんだんと屋敷全体を包み込み、やがて大きな火事となっていた。

血まみれの錬金術師の目はまだ覚めない。











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う、うわ~いvv(控えめにはしゃぐ)
鬼畜書くのがめちゃくちゃ楽しい(最低)

なんかもうキメラだらけでごめんなさい。
しかも安易な名前でごめんなさいごめんなさい。

大佐の錬成が使えて、もう私は満足です(悦)
ヒロインは基本的に頭がいいので、大佐の錬成陣の構築ぐらいは真似できると思います。
血の成分で火を発生させようとも考えましたが、やはり無理っぽいので反動説を使用しました。
ヒロインが最後で血まみれになったのが反動です。

あと、どこからともなく現れたライターですが、これは兄の部屋にあったものです(笑)
ちゃんと記述しろよって感じですね、すいません。