ここで月光の錬金術師が生まれて、死んだ。

光に包まれていた兄妹はもういない。

兄に愛された私はもういない。

本当の私はもういない。






17th






「そうして雨の中に取り残された時……ちょうど大佐に拾われた」

書類の散らばる家の中を歩き回りながらフェリアは話を続ける。
散乱した部屋をいくつも見せられるたび、エドは言葉を失いただ後ろを付いていくしかなかった。

「大佐ね、用事があって偶然にこのあたりに来てたんだって」

しばらくして大佐にそう告げられた。
嘘みたいな話だったけど、本当に偶然だった。
あの時大佐が来なかったら私は一体どうなっていたのだろう。


「……そうだったのか……だからフェリア、ずっと苦しそうに……」

エドはやっとの事でポツリと呟いた。

「でもそれ……フェリアは悪くないじゃないか……」

そう言うが、フェリアは暗い部屋を見たまま振り向かない。

「そうだろ?だって命令って言ったって……騙されたんだろ?」
「……でも私が殺した事には代わりない」
「でもお前が自分を責める事じゃない……!」

エドはフェリアの肩を掴み、グッと一回転させて翡翠の瞳を覗いた。

フェリア、お前のせいじゃない……!」

だけどフェリアは首を振り続ける。

「私が悪いの……私が殺したの……!」
フェリア、自分を責めなくていいんだよ!」
「わからないよエドには……自分のたった一人の肉親を、自分が殺してしまった気持ち……エドにはわかる!?」
「…………!」

エドはたった一人の肉親を思い浮かべて身を凍らせた。

確かに……たとえ不可抗力だったとしても……

もし俺がアルを殺してしまったなら……俺は自分を呪う……


「……わかるよ……」


もしそうなったら、フェリアのように人体錬成もしてしまうかもしれない。
魂だけでなく、アルそのものを蘇らせようと。


「だけど……俺はお前にそう言ってやる事しかできない……」
「…………」
「そうだろ?兄貴が死んだのはお前のせいじゃない……兄貴とお前を騙した奴が悪いんだ」

ようやくフェリアはゆっくりと顔を上げてエドを見つめた。
金の瞳は強くたたずんでいたけど、それは恐怖とかを呼び起こすようなものではなくて。
どこまでも温かい光だった。

「……ありがとう……エドがそう言ってくれて……」


過去を知っても、エドは私の味方をしてくれる……
大佐と同じように、私の心配をしてくれる……

……あの男とは違って……

フェリアは心を覆い尽くす過去の記憶を消し去るように笑顔を作った。
少し無理をしていたけど、エドはそれを汲み取ったのかそれ以上何も言わなかった。

そして最後にとある部屋の前へエドを招いた。


「……ここは?」
「……お兄ちゃんの部屋」

人体錬成をする時もここには一度も入らなかった、フェリアはそう告げながらドアをゆっくりと開いた。

「…………!」
「これは……!」

綺麗に整頓されているはずの部屋は、無惨にも他の部屋と同じように広い空間中に本が散乱していて。
大切にしていた兄の部屋の記憶も、あの男に砕かれていた。

「酷いなこれは……」
「……お兄ちゃんの思い出も……全部持ってかれちゃったね……」

フェリアは困ったように薄く笑ったけど、きっと心では泣いている。

「これは……フェリアを狙う奴等がやったのか?」
「……たぶん―――」


「そうだよ」
「「!!!」」

突然部屋の外から声がして、2人はバッと振り返った。
そこには、あの時と同じようにして気持ち悪く笑った兄の親友がたたずんでいた。

「おかえり、フェリアちゃん。帰ってくると思っていたよ」
「い……や…ぁ……いや……」

優しい表情とは裏腹に冷え切った視線を向けてくる男に、フェリアは目を見開いて首を振りエドのコートを掴んだ。

「過去を完全に消し去って生きるなんて……フェリアちゃんには無理だろうからね」
「……あんたがフェリアの兄貴の親友だったって奴か!?」
「『だった』とは酷いなぁ、今でも大切な親友だよ……ねぇフェリアちゃん?」

猫なで声にフェリアは肩を震わせて声を失い、エドの後ろに隠れるばかりであった。
エドはフェリアが男の視界に入らないようにフェリアの前に立つ。

「てめぇ……フェリアと兄貴を狙って何が目的だ!」
「…………」

フェリアに対するような笑顔ではなくて、鬱陶しそうな瞳でエドを一瞥するだけ。
兄の親友であったはずのフェレスはフェリアだけを捉えていた。

「答えろ!!」

無視され続け、声を荒げるエドをようやくフェレスは背筋が凍るような目で睨み付けた。
その細くて鋭い気迫は、戦いの場数を踏んできたエドでさえ狼狽えざるをえなかった。
そして、フェレスは急ににっこりと満面の笑顔を浮かべて言い放った。

「ただ苦しんで死んでくれたらそれでいいだけだよ」

さらりと答えるフェレス。
エドは怒りで歯をギリッと噛みしめる。


この男のせいでフェリアはこんなに……!!


フェリアの震えがコートを通して伝わる。
それを感じるたび、どれほど目の前の男が憎らしい事か。

「楽しいよ?フェリアちゃんがどんどん壊れていく姿を見るのは」
「っ……この野郎!!」

エドは未だに壁に寄りかかって腕を組むフェレスに突進した。
鋼の腕を剣に変え、首を落としたい衝動のまま床を蹴る。



――その時、けたたましい音を立てて部屋の窓ガラスが割れた。
そして現れた黄目の男は口にくわえていた剣を左手に持ち替え、あっという間にエドの背後についた。

「っ!!!」
「エド!!」

剣を避けることもできず、自分の鋼の剣で何とかそれを制した。
力で相手を押しのけ、怯んだ隙に男に向かって剣を薙いだ。


なっ……!!


男は剣を避けることも、自分の剣で応戦することもなく正面から迫り寄り、鋼の剣に噛み付いた。
一瞬右手が動かなくなり、エドは男をどかそうと足を振り上げる。
しかしその足ごとエドの体は宙に浮いた。


『一瞬の隙のうちに殺せ。できなければフェリアから引き離せ』


壁に寄りかかって無感情にこちらを眺めている男から受けていた命令であった。
首襟を掴まれエドは窓辺まで強く引っ張られるのを感じた。

「!!エドっ!!!」

窓から入ってきた奴に捕まったと思った次の瞬間、視界一面が空の青色と地面の緑色だった。






「ぇ……エド!!!」

この兄の部屋は2階。
フェリアは青ざめた顔でガラスの割れた窓に走ろうとした。

「彼は優しいかい?」

だけど後ろからフェレスが不気味な声色で聞くので、フェリアはビクッと肩を揺らして足を止めた。
低く淡々とした響きが絡みつき、窓の下を確かめる事はできなかった。

「それはそうだね。だって同じ傷を持つ人同士だからね」

フェリアは部屋の中央で俯いて、益々酷くなる全身の震えを抑えようと必死だった。

この部屋にはただ1人。
助けてくれる人も守ってくれる人もいない……
いるのは、この世でもっとも憎くて、この世でもっとも逃げ出したい存在。

私の事は何を言われても言い返せない。
だけど……!


吹き出る冷や汗を抑えるようにしてフェリアはゆっくりと背後を振り返った。
フェレスはフェリアの心を試すようにさらに話を続ける。

「同じ過去を持つ人を助ければ、自分の罪が和らぐ気がするからだよ」

そうやって私の気力を削いでいくのが向こうの作戦だってわかっているのに、淡々と告げられる言葉が重くのし掛かる。
頭上から大きな石で押し潰されているみたいで、気持ちが下に沈み込んで息が苦しい。


……そうかもしれない。
エドが私に優しくしてくれるのは、私がエドと同じように人体錬成をしたからなのかもしれない。


フェリアちゃんを守ってくれるのは、自分に罪悪感があるからだよ」


……そうかもしれない。
エドが守っているものは、自分の過去なのかもしれない。
私を守っている訳ではないのかもしれない。


「可哀想に……同情で守ってもらってるなんてね」


そうかもしれない。
エドにあるのは同情かもしれない、罪悪感かもしれない。
私はそれほどエドに必要とされてないのかもしれない。


「結局、フェリアちゃんは独りぼっちなんだ」
「……そうかもしれない」


ずっと俯いていたフェリアはようやく口を開いた。
絞り出した言葉を聞いてフェレスは口元を歪めた。


そうかもしれない。
フェレスさんの言う通りかもしれない。

エドはただ大佐の命令で私と一緒にいるんだ。
……自分でもわかっているのに、胸がチリチリと焼け付くように痛いのはどうして?


「…………だけど……」

フェリアはフェレスを睨み付けた。
過去も過ちも全て知っている男を直視するのはまだうまくできない。
まだ恐怖心が全身を襲ったままだけど、吐き出す言葉に迷いはなかった。

「それでも……エドの事を悪く言わないで!」


それでもエドは優しくしてくれた。
どんな理由でもエドは傍にいてくれた。

それだけで、私はどれだけ救われただろうか。

私の事は何を言われても全て紛れもない事実。
だけどエドだけは、エドとアルだけは。


「エドとアルの事を悪く言わないで!!」
「……へぇ、少しは強くなったって訳だ。じゃあ、それに免じて彼等の事は聞かないでおいてあげるよ」

一瞬驚いた顔を見せたが、フェレスはすぐに作り笑顔に戻した。


……おもちゃに反抗されたけど、まだいくらでも壊す方法はある。


ほっと深く息をついたフェリアを見て、フェレスはまた何かを思い付いた。

「そうだ、フェリアちゃんに渡したいものがあったんだ」
「!!!」
フェリアちゃんが忘れていったシオンの銀時計だよ」

フェレスがポケットから取り出したのは、溶けて変形している国家錬金術師の証だった。
すぐさまフェリアの脳裏にあの時の記憶が蘇る。


あの銀時計は、兄を殺したという何よりの証拠。


「はい、返してあげる」

フェレスはフェリアの前に放り投げた。
ゴトッという音とともに、どうにかして止められていた時計の蓋が開かれていた。


『太陽はいつも月とともに』


私達兄妹が、日光の錬金術師と月光の錬金術師だった証。


「あっ……!!」

フェリアは床に投げ出された銀時計に反射的に飛びついた。
一瞬戸惑いを覚えたが、恐る恐るそれを手にとった。

刻を止めた時計の針。
これが……兄の……


「お兄ちゃんが妹に殺された時間だね」
「!!」

心を読み取るようにフェレスが応えた。
フェリアは顔中に深い皺を作ってフェレスを見上げた。


裏切った兄の親友。
憎くて、どす黒い感情でどうにかなりそうなほど血がざわめく。
だけども反対に、自分の罪とその笑顔が怖くて、申し訳なくて背筋が凍りそうなほど怯えてしまう。

こんなに睨み付けても、記憶の片隅にある優しかった頃のフェレスさんが、今の冷たい笑顔と重なって残像を作り出す。
そして隣には……微笑んだ兄がたたずんでいた。


「……っ……!!」


いつも兄と一緒にいて、兄の傍にはフェレスさんがいて。
兄のように遊んでくれた、兄のように微笑んで頭を撫でてくれた。
そのフェレスさんに兄の笑顔が浮かぶ。

そして、フェレスさんが口を開けば重なって兄が私に語りかける。


「「なんでお兄ちゃんを殺したの?」」


フェレスさんが私を責めれば、お兄ちゃんも私を責める。


「や……っ……!!!」

息を吸い込む事もできなくなり、フェリアは身を引きつらせた。
瞳孔は限界まで開き、兄の笑顔にさらに全身が震えあがっていく。

あの時の光景が蘇る。

『あの時』も、こんな体勢でフェレスさんを見上げていた。
血まみれの手を必死に隠すようにして、人間ではなくなっていた兄を必死に隠すようにして。

フェリアは弱々しい手で銀時計をぎゅっと握った。














……一瞬、自分は死んだのかと思うぐらいエドの体中から血の気が引いた。
空と地面がグルリと一回転して、重力がどこからかかっているのかも判断できなかった。

しかし体はとっさに男の体を突き放していて、足から地面に着地した。
じんじんする足をどうにか動かし状況を理解しようと頭を働かせる。
近くでは背中から落ちていく男が、身軽にくるっと宙で向きを変えてうまく地面に降り立った。
……まるで猫のように。

エドは自分が落ちてきた2階を見上げた。


やばい……フェリアが一人だ……!


猫目男を無視して走り出したが、エドのコートに鋭い爪がささるのがわかった。

「っ…………!」

振り返りざまに猫男を切り込もうとするが、猫男とは反対の方向からコートを引っ張られるのを感じた。
引き裂かれる音とともに、自分が飛び出した勢いのままエドは後ろに倒れ込む。

「……くそっ!」

正面から飛び込んでくる猫男に蹴りを入れ、ボロボロになったコートを脱ぎ捨てながら立ち上がる。
背後にはエドを睨みつける女がゆっくり近づいてきた。
足を速めるに従って、女は足を4本使って迫ってきた。

「そうか……あんたらみんなキメラだ、な!!」

言い終わらないうちにオオカミ女に土をかける。
目に入ったらしく失速してしきりに目を押さえている。

「付き合ってる暇はねぇんだよ!!」


そう、部屋にはフェリアがいる。


苛立ちが募る。
キメラと言っても、見かけはほとんど人間と変わらない。
ものも喋らず、ただ命令にしたがうだけの捨て駒。

ふと、付近の草の茂みから何かが飛び出してきた。

「邪魔なんだよ!!」

先制攻撃をしかけるが、いとも簡単に避けられる。
それは右目を失い、右手までも正常に機能していないトカゲ男だった。
傷から、以前に寝込みを襲ってきたキメラだという事がすぐに理解できた。

「またかよ……しつこいぞトカゲ野郎!」

じりじりと体勢を立て直すと、キメラ達もゆっくりとエドの周りを囲っていく。
猫男、狼女、トカゲ男が少しずつ連携をとりつつあるようだった。


まずいな……3対1か……


何かをきっかけに、キメラ達は一斉にエドに飛びかかった。

「……くっ!!」

全身で何とかそれを避け、手で、足で、剣で応戦するがやはり分が悪い。
誰かに切り込めば、別の誰かが切り込んでくる。
エドの体にも次第に傷が増えていった。

「い……いい加減にしろよっ!!」

負ける訳にはいかなかった。

一瞬の隙をつき、エドは両手を合わせ地面に手をついた。
青白い稲妻を放ちながら地面の土は硬く鋭さを増し、無数の針となってキメラ達の真下から飛び出す。

「…………っ!」

片目しか見えていないトカゲ男の体に数本刺さり、赤い血が吹き飛ぶ。
他のキメラは間一髪の所で飛び退け、防御の構えをとっていた。
エドは近くの岩まで走り寄り、自分の鋼の剣を戻す代わりに細い石の棍を錬成する。
そしてすぐさま一番弱っていると思われるトカゲ男に向かった。

血をボタボタを流しながらもトカゲ男は爪を繰り出す。
棍は剣よりも幾分か複数の相手に対して戦いやすくなる。
両端を素早く振り回し、時折背後にくるキメラをそれで制する。


くそ……早く行かねぇと……!!


エドの額には段々と油汗が浮かびあがる。
焦燥感が治まらず、眉間の皺が一層深みを増す。

トカゲ男が横から抉るように爪を薙ぐ。
エドはそれを鋼の腕で受け止め、空いてる左手を右腕に当て円を描いた。
そしてその手をトカゲ男の腕に叩き付ける。


ザシュッ……!


嫌な音を立ててトカゲ男の腕は四散した。
以前に謎のイシュヴァール人のスカーにやられた、錬金術の分解の段階で留めた技。
エドの顔にも血飛沫がへばり付く。

「グギャ……ァ!!!」

さすがにこれには堪えたのか、腕を破壊されもがくキメラ。

フェリアが待ってんだよ!!」

トカゲ男の頭上に石の棍が力の限り振り下ろされた。
石はその場で砕け散り、そしてトカゲ男もついに倒れた。


やっと一匹……!!


息を切らしながら、再びエドは右手に鋼の剣を錬成した。











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長くなったので前後に切ります。
まだまだヒロインを苛めます、これからです。
ちょっとエドの性格が崩壊してるかもしれませんが、何とぞお慈悲を。

このストーリーを書くにあたって色々と勉強をしました。
錬金術って一体なんなのだ!?みたいな所から、
血の構成成分まで細かく調べあげました。
血の成分のアレを錬成であ~してこ~して……みたいに(笑)

次回書くつもりですが、大佐の焔の錬成についても深く考えてみました。

酸素自体は燃えなくて、だけど『燃える』為には、可燃物(例えば布)の周りに酸素がないといけなくて。
それで火があって初めて燃えると……(中略)……布だけあっても酸素がなくちゃ燃えない。
じゃあ、その酸素濃度が濃ければよりよく燃えて、爆発っぽい現象にもなるらしいと。

という事は、大佐はあの錬成で酸素濃度を調節してるだけなんだよね、なるほどなるほど。

……これは2次小説なんだからアバウトにしようよ(心の叫び)