私は利用された、私達は弄ばれた。

兄は秘密を知ったとして妹に殺されて。
妹は兄を殺して、その罪で軍に連行される。

それが、全てあの男の考えた筋書き。






16th






「いやああぁっ!私が……っ……私がぁっ!!」

フェリアは頭を抱えて家の中へと逃げ帰った。
はずみで転んでしまい、そのまま這い蹲るようにして突き進んだ。
翡翠の瞳は恐怖で見開かれ、涙は留まる所を知らない。


私がお兄ちゃんを殺した……!!

誰よりも自分が大事と言ってくれたお兄ちゃんを、私がっ……!!


「私が…………お兄ちゃんを!!!」


――良い子だねフェリア……――


――俺は生きていて幸せだったよ、フェリアという宝があったんだから……――


――フェリア……――


「私のお兄ちゃんを……私が私のお兄ちゃんを……っ……!!」


――すごいな、フェリアも錬金術の才能があるんだな――


――さすがお兄ちゃんの妹だ……――


――じゃあ、お兄ちゃんの得意な錬金術をフェリアにも教えてあげよう――


――いつか、フェリアが大切な人を守るためにね……――


――月光の錬金術師か……よかったな、フェリア……――


「私の錬金術でっ……お兄ちゃんに教わった錬金術で………!!!」


――これを読んでいる頃は、俺はもう生きていないかもしれない――


「いやあああぁぁぁっっ!!!」


ある部屋のドアにぶつかり、そのまま中に雪崩れ込んだ。
ここは……錬金術に関する本がぎっしりと並べられている。


ごめんなさい……ごめんなさいっ!!!


本棚から関係ない本は床に投げ捨て、資料になりそうなものはその場で読みあさった。
いらない文章のページは破り捨て、白いノートに文字を書き殴った。


謝らないと……謝らないと……!!


必死になって書き出した円陣は……人体錬成。


一秒も寝ず、家中の本を掻き集めて錬成陣の構想を考えた。
部屋中にちらばる紙くずや本には一切目もくれず何度も構築し直した。
紙がなくなった時は床や壁に式を書き、行き詰まった時には泣きわめきながら花瓶や額縁を壁に投げた。

フェリアの脳裏にあるのは、もう一度兄に会って謝る事だけ。

自分が奪ってしまった兄の命を取り戻す為。
自分が奪ってしまった兄との時間を取り戻す為。


……そして人体錬成を行った。



「………お兄ちゃん……お兄ちゃん……!?」


真理を見て、だんだん晴れていく視界から覗いたものは。


「ひっ……!!!」


……兄の形をした物体だった。


「いや……いやぁ……っ……!!」


期待した、兄の笑顔はどこにもなかった。
目のようなものがこちらを見つめ、肉のない手がフェリアに伸びた。

兄のようなものは一瞬何かを言いかけて、血を吐いて崩れた。
虚空に仰いだ手は遂にフェリアには届かなかった。


「ひ……ぁ……はぁっ……はぁっ……はぁっっ……!!」


フェリアは目の前の光景に息ができなくなり、引きつるように呼吸を繰り返した。
壁に座り込んだまま、体が麻痺して動けない。


恐怖のみがフェリアを襲った。



「可哀想に……」


バッと反射的に声のした方を向いた。
鍵をかけたはずのドアには、兄の親友がたたずんでいた。


見られた……!!


「……あ……あの、フェレスさん……これは…っ……」

何と言い繕ったらいいかわからず、ただ震えて青ざめるフェリア
自分がしでかしたこの事態をどう説明しようか、必死で言い訳を考えていた。

「可哀想にね……お兄ちゃん……」


フェレスの口角が気持ち悪いほどつり上がった。


「大事なフェリアちゃんに2度も殺されて……」
「!!!!」

フェリアは金縛りにあったように固まった。


知ってる……フェレスさん知ってる……!!!


カタカタ震える口で何とか言葉を紡ごうと声を絞り出した。

「…………な……なんでそれ……!」
「何でって?だって……僕がシオンを図書館に閉じこめたんだから」
「え…………?」

フェリアは光が差し込むドアを振り仰いだ。
フェレスの異常なまでの笑顔がフェリアの背筋を凍らせる。
今までに、こんなにフェレスが恐ろしいと感じた事はなかった。

「それ……どういう……?」
「わからない?」

どす黒い気を背後にまとわらせながら、フェレスは一歩一歩近づいてくる。
冷たい笑顔が刺すようにフェリアに向けられて、痛みを覚えた。

「僕が、フェリアちゃんがシオンを殺させるようにし向けたんだよ」
「なっ……!!!」


何で!?どうしてフェレスさんが!?
どうして友達のフェレスさんがお兄ちゃんを殺すの……!?


「シオンは知っちゃったからね、僕達の秘密を……」
「……ぅ……いぁ……っ……や……!」

にじり寄るフェレスのつり上がった唇があまりに恐ろしくて。
声を発したいのに、掠れて音が出ない。


じゃあお兄ちゃんが掴んだ秘密って……フェレスさんも絡んでいるって事!?


「時間差で手帳が届く……考えたねシオンも。でもバカだね、知らなくていい事まで知らせちゃってさ」


フェレスさんは友達なんじゃないの!?ずっと……一緒にいたじゃない……!!


「ちぇ、もう少し違うシナリオ考えてたのに大分違っちゃったよ。
でも、まぁ……こっちの方が面白いからいいよね」

座り込むフェリアを目の前でフェレスは見下ろした。
そして恐ろしく冷たい目で言い放った。

「途中までは親友だったよ。だけど……余計な事に首を突っ込むからいけないんだよ」


フェレスさんが……この男がお兄ちゃんを殺したんだ……


今までの3人の思い出がガラガラと音を立てて崩れていく。
笑い合う兄妹の傍には必ずと言っていいほどフェレスさんの姿があった。
フェレスさんと一緒に遊んだ事もあった、一緒に寝た事もあった。
彼は……もう一人の兄だと思っていたのに。


「……フェレスさんが……お兄ちゃんをっ……!!」


この男がお兄ちゃんを裏切ったんだ。
いや、最初から友達じゃなかったのかもしれない。
ずっと……私達を監視していたんだ。

この男が殺したんだ……!!!!


「フェレスさんが……お兄ちゃんを殺したんだ!!」

フェレスは鼻で笑いながらクッとフェリアの顎を持ち上げ、殺気立つ瞳の至近距離でゆっくり囁いた。

「違うよ。フェリアちゃんがお兄ちゃんを殺したんだよ」
「!!」


確かに図書館を爆発させたのは私。
だけど……元はこの男が……!!


フェリアちゃんが、あの優しかったお兄ちゃんの笑顔を消し飛ばしたんだよ」
「……も……元はと言えば……!!」
「もう一回言ってあげるよ。お兄ちゃんを焼き殺したのは、フェリアちゃんだよ……」
「!!!!」


焼き殺した……私が焼き殺した……

業火の中でお兄ちゃんはどれだけ叫びをあげたの……?

助けを呼んでも誰も来ないで、孤独の中で一人殺されて……


「苦しかっただろうね……痛かっただろうね……地獄だったろうね、お兄ちゃん……」
「……ぃ……や……」

次第に焦点が合わなくなるフェリアの瞳を眺めながら、フェレスは囁き続ける。

「優しかったのに、真面目だったのに、温かかったのに……」
「……っひ……ぁ……!」
「大事な大事な妹に殺されて……可哀想にねぇ……」
「わ……たし……わたしが……っ…!」

「そうだよ、フェリアちゃんが殺したんだよ」

フェレスは血だらけの錬成陣の中に入り、動かなくなった兄のようなものの手をとった。

「そして……また殺された……」
「…っ……!!」
「ほら……最後の最後までフェリアちゃんを守ろうとして手を伸ばして……」


フェリアは尻を床につけたまま後ずさった。

お兄ちゃんの手が私に触れようとしてる。
お兄ちゃんを殺した私に……お兄ちゃんを地獄に落とした私に……

……自分を殺した人を、まだ守ろうとしてる……


「や……めて……こ、ないで……!」


貴方を殺した私を守ろうとしないで……!
私は貴方を殺した……!
私は貴方が大事にしていた妹じゃないよ……!
私は貴方が守ろうとしてた妹じゃない……!

私は貴方の全てを裏切った殺人犯なんだから……!!


「ほらフェリアちゃん、見てみな?こんなに汚く窪んだお兄ちゃんの瞳……何て言ってる?」
「!!!!」

言われるままフェリアは震えながら人形のように動かない物体を見た。
ずっと私を捉えて離さない瞳は、そんな姿になっても言葉を伝えようとしていた。
それは、いつも微笑みながら呼んでくれた……私の名。



―――フェリア……―――



「いやあああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!!!」






フェリアは飛び出した。
おびただしい数の紙くずと兄の死体があるあの家から逃げ出した。

後ろを一度も振り返らず、山道を一心不乱に走り続けた。
何処かを目指す気はなかった、ただあの場から逃げたかったから。
人に見られない、見つからない何処か森の奥深くに逃げたかった。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!」

後ろから猛烈なスピードで何かが追いかけてくる音がする。
草が周期的に踏まれる音が無性に怖くて、涙も拭わぬまま走った。

「いや……いやああっ!!!」

段々距離が縮まっていく、捕まってしまう。

「……あっ……う……!!」

後ろから肩を抉られ、吹き飛ばされるようにしてフェリアは倒れ込んだ。
痛む場所を押さえると、掌にはべっとりと血が付着していた。

前方に何かが立ち塞がったので見上げると、それは4足歩行のオオカミみたいな男だった。
フェレスさんみたいに冷たい笑顔でフェリアを見下ろしている。

「もう、逃げられない」
「……ぅ……こないでぇ……!!!」

それでもフェリアは立ち上がって走り続けた。


死ぬことが怖いんじゃない。
殺されることが怖いんじゃない。

兄を殺したと責められることがとてつもなく怖かった。
自分の罪を認識させられることが何よりも怖かった。


「まだ逃げる、無駄……」

オオカミのような男は溜息を付きながらも、楽しそうにまたフェリアを追いかけた。

男達は決してフェリアを殺そうとはしなかった。

トカゲみたいな男、オオカミみたいに4足で走る男、
みんな少しずつフェリアを切り刻んで面白がっているようだった。


もう嫌……いっそ殺してよ!!
そしたら、私は早くお兄ちゃんに謝りに行ける!!


それでもフェリア自身の足が止まる事はなかった。

「……はぁっ……は…っ……ぁ……!!」


そうして、どれだけ走ったのだろうかわからない。
辺りは夜の闇に包まれて、もう動かない体を叩きながら懸命に歩いた。
体中傷だらけで全身が痛む。

いつのまにか男達がいない、こっちを見失ったのだろうか。

……でも、もう右も左もわからなかった。


「あっ……!」

木の根で足をつまずき、そのまま倒れ込んだ。
ちょうどそこが坂だったらしく、フェリアの体はスピードを出して人形のように転げ落ちた。
やっと平らな地面に止まったかと薄目を開けてみると、そこは整地された道路だった。


……いつのまにか街道に……っ……


「はぁっ……はぁっ……い……たい……っ……!」

「もう気が済んだかな?」
「!!!」

顔を上げると、見るだけで震え上がる笑顔がそこにはあった。
そして自分の背後にはいつのまにかトカゲ男とオオカミ男までいた。

「はぁっ……っ……ぁ…ぅ……もう……殺して……」
「ギブアップ?駄目だよ、もっと壊れてほしかったのに」
「殺……して…………」
フェリアちゃんだけスッパリ殺しちゃったら、お兄ちゃんに悪いと思わない?」
「……もう…いい………早…く……殺して……」

俯せで大きく呼吸を繰り返すフェリアの背中に、ポツポツと冷たい雨が降り注ぐ。
最初は弱かったのに、次第に雨足は強くなっていく。

「……そうだね、もう遊んでもつまらなさそうだからね」
「…………こ……ろし……て…」

うわごとのように連呼する姿を見て、フェレスは楽しくなさそうに溜息をついた。

「……最後に一つだけ言っておくよ。
君のお兄ちゃんの肉はそこのオオカミさんが美味しく頂いたから、後は心配しなくてもいいからね」
「…………」


何……?
お兄ちゃんの肉……?
食べたの……?
美味しかった……?私のお兄ちゃんを……食べたの……?


何も反応を返さない事に、フェレスは心底つまらなくなって投げやりに手を上げた。

「…………殺せ」

冷たく言い放った言葉と同時に男達が迫り来る。


私のお兄ちゃんの肉が、あのオオカミの中に……?


オオカミ男が真っ先にフェリアに飛びかかった。


………許せない、それだけは。
お兄ちゃんの肉があんな男達の養分になるなんて。
それだけは許せない……!!!!


パンッ!


「い……ああああああぁぁっっ!!!!」

真理を見て咄嗟に思い付いた、錬成陣なしの錬成。
だけど光り輝くはずだった剣は、もの凄い痛みを伴ってどす黒い血の色へと姿を変えていた。

オオカミを切り裂き、手から生えた剣を引き抜くとその全貌が明らかになった。


私の剣が……お兄ちゃんの光の剣が……血の色に……!
そう……これが罰なんだ……人体錬成を犯した私の罪なんだ……

……お兄ちゃんから教わったもの……もう何処にもないっ……!!!


フェリアは一度に多量の血を流した為、そのまま意識を途絶えさせ倒れ込んだ。

「待て」

他の男達が飛びかかろうとした時にフェレスの声がかかった。

「…………行くぞ」

周りにいた仲間達は一斉に不満そうな顔をした。
やっと追いつめた獲物を、ここで放棄すると言っているフェレスの意味がわからなかった。

「まだ……面白い事がおこりそうだからね……その罪の色、真っ赤な血……」

フェレスは倒れ込んだフェリアの髪を撫で、ニヤッと気持ち悪く微笑んだ。

「それまで殺さないでおいてあげるよフェリアちゃん、
せいぜい自分が作り出した地獄で壊れていくといいよ」

そうして男達は消えていった。











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フェレスという名前は、堕天使・メフィスト=フェレスからとりました。
『光を憎む者』と呼ばれているので、何かちょうどいいので名前を拝借。

微妙にグロくてごめんなさい、元友達が鬼畜ですいません(笑)

あの元友達にも色々と計画があったんですね。
兄を殺した事を後から持ち出して、それでヒロインを連行するつもりだったんですが、
先にヒロインは事情を知ってしまったと。
だけど人体錬成をする事は予想していなかったらしく、急遽計画を変更したんでしょう。

ヒロインを壊れさせようと大分頑張りました作者(笑)