東方司令部で一度だけ彼女とすれ違った事があった。
長い金髪を風になびかせながら翡翠の瞳が輝かんばかりに瞬いていた。
隣の男もまた金髪に翡翠の瞳、穏やかな眼差しが彼女に見下ろされていた。
さっきまで忘れていたはずだったのに、今はその光景が静止画像のようにはっきりと残っている。
15th
「お兄ちゃん、私も国家錬金術師になりたいなあ~!」
「フェリア……本気で言っているのかい?」
お兄ちゃんは国家錬金術師で、『日光』なんて格好いい二つ名も持っていた。
太陽の光を圧縮させて作った光の剣を見せてくれたりしてとても格好よかった。
私のただ1人の肉親、私の大好きなお兄ちゃん。
何でも真似した、何でも一緒がよかった。
「いいじゃないかシオン、フェリアちゃんも良い才能を持ってると思うけど?」
「勝手な事を言うなよフェレス……フェリアが本気にしたらどうする気だよ」
フェレスさんはお兄ちゃんの一番の友達。
軍のどこかの機関にいる軍人さんなんだけど、よく遊んでくれたんだ。
「私国家錬金術師になりたい!お兄ちゃんみたいに格好いい二つ名がほしいな!」
「……そうか……」
この時はまだ、兄のどことなく悲しそうな顔付きの理由なんか気にしていなかった。
この広い家で、十数年2人で生きてきたんだ。
両親も錬金術師だった事もあって、部屋中に錬金術の本や資料が山ほどあった。
物心ついた時には、もう私は錬金術を使っていた。
兄がそうするように、兄と同じ事がしたくて、ほとんど何も考えないで錬金術に没頭した。
お兄ちゃん!お兄ちゃん!
そう野山を駆け回った、草原に転がった。
部屋に行けば兄がいて、おいでと笑いながら手招いてくれて。
部屋に籠もりっきりの兄の手を引っ張っては、家の外でピクニック気取りでお弁当を広げた事もあった。
兄の大きな胸に飛び込めば、兄はいつだって柔らかい笑顔で頭を撫でてくれた。
そしていつも家に遊びに来たフェレスさんも温かく見守ってくれて、もう一人のお兄さんっていう感じだった。
お兄ちゃん大好き~!
それが小さな頃の私の口癖だった。
兄はどんな時でも優しい眼差しで、空を見上げて語る時は遠くを眺めた不思議な瞳で。
憧れだった、誇りだった、好きだった。
私の全てはお兄ちゃんだった。
「お兄ちゃん!私合格したよ!国家錬金術師になれたんだよ!」
「……そうか、よかったな……」
兄は何か言いたげで、だけど私の意思を尊重して何も言わなかったんだ。
いつもそう、わがままを言っても兄は悲しそうな顔をしながらも優しく微笑んで承諾してしまうんだ。
だから、逆にわがままを言ってはいけないんだと感じていた。
兄は……私の為なら何でも許してしまうんだと、私の為なら何でもしてしまう人なんだと。
でもこの夢だけは叶えたかったんだ。
兄に少しでも近づきたかった、兄と同じ目線に立ってみたかったんだ。
「私の二つ名……『月光』だって!」
嬉しかった、兄と対になれた事が。
「……お前も国家錬金術師になってしまったのか……」
だから、そう言って私の頭を撫でてくれる兄の本当の言葉の意味なんか知らなかった。
「お前なら……軍の狗なんて呼ばれずに、純粋なままでいられるのかもな……」
「え……?」
「何でもないよ……俺がお前を軍人になんてさせないから……」
今思えば、国家錬金術師なんて危ない事ばかりだ。
戦争となれば、命令となればそれを遂行しなくてはならない。
殺人を犯さなくてはならない。
兄は、私の銀時計を『自分が預かる』と言って返してくれなかった。
何でと聞いたら、『家では必要ないし、こんな大事な物なくしたら大変だ』なんてあしらわれた。
代わりに自分の銀時計を取り出して『お前のはこれだ、俺とお前で一つの銀時計だ』、そう言いながら裏蓋に文字を刻んだ。
あの時は2人で1人の錬金術師なんだって単純に嬉しくてそれを了承してしまった。
兄の銀時計は私ので、私の銀時計は兄のなんだって。
そして、何処へ行っても兄は私に国家錬金術師を名乗らせてくれなかった。
……兄は、私から国家錬金術師を遠ざけようとしていたんだ。
私が二つ名を持っていると、世間には知らせようとしなかった。
兄は隠していたんだ、いざとなったら自分が罪を被る意思で。
戦争とか殺人とか、汚いものから私を守ろうとしたんだ。
そんなの書類の上とかでは隠し通せるはずがないのに、それでも必死で。
……そこまで私を国家錬金術師にさせたくなかったのなら始めから反対すればいいのに。
私の意思を尊重しなくたっていいのに、駄目なら駄目って言えばいいのに。
……兄は私の為なら何でもしてしまうんだ。
それも、私のわからない所で私が悲しまないように、その為なら何でもしてしまうんだ。
そして、それに気がつけないほどあの頃の私は子供だったんだ。
「フェリア……行ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい!お土産よろしくね~!」
いつもの、普段と変わらない会話だった。
「…………フェリア」
「何?」
……いつもと変わらないはずだった。
「……いや、いいんだ」
「???」
お兄ちゃんはゆっくり私の頭を撫でたんだ。
いつもの見送りのはずなのに、どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?
「フェリア……」
「何ってば~?」
「…………ごめん……」
「え……?」
お兄ちゃんが消えそうだった。
優しい笑顔がそのまま太陽に溶けてしまいそうだった。
だんだん姿が小さくなっても、お兄ちゃんは何度も何度も私を振り返った。
私もその背中が何度も何度も頭をよぎって。
最後に、お兄ちゃんは笑顔で手を振った。
「……図書館を解体?」
自室で研究をしていた私の所にフェレスさんが仕事を持ってきた。
この小さなレイシナの町にも、古いけど図書館が一軒あった。
「そう、そろそろ老朽化が深刻になってきたからね。
錬金術使えば解体も楽だと思ってフェリアちゃんに頼みに来たんだけど……」
確かにあの図書館はもう古かった。
木造の建物は歩くだけでギシギシ鳴き、壁には穴なんかも空いていた。
今お兄ちゃんは出張で中央に行っている。
だからこそ私に来た依頼なんだろうし、フェレスさんから直々の話だから断らない理由はなかった。
「うん、わかった」
そう答えたらフェレスさんは薄く笑った。
実行は翌日。
図書館は住宅のない町はずれにあるから、何の遠慮もいらない。
バーンと燃やしちゃった方が後片付けも楽だから、綺麗にやっちゃってくれ。
フェレスさんがそう言うので、私は大規模な錬成式を構築した。
お兄ちゃん直伝の光の錬成を行えば、爆発させる事なんか簡単だった。
……何も、疑う事はなかった。
そして当日。
兄はいない、出張から帰ってくるのは1週間後だと聞いた。
フェレスさんから皆に話がされるという事で、私は特に誰にもこの話はしていない。
そもそも期日が明日と急だったので、錬成式を考えるのに手一杯で家の外から出ていない。
図書館の周りに錬成陣を描くだけの、簡単な作業だった。
太陽光を集め、その光のエネルギーを圧縮、一気に放出させる仕組み。
……そして、図書館は爆発した。
閃光を辺りに散らし、一瞬にして建物は黒煙を上げた。
次第に広がる赤い炎が全てを燃やして、最後には灰だけになった。
この時、何故か焼け付く炎が胸をチリチリ締め付けさせたけど、その理由はわからなかった。
「…………え……?」
突然の事に目の前が真っ暗になった。
フェレスさんが私に伝えた事……それは兄の死。
何で……?
どうして……?
出張中に誤って線路に転落して、ちょうどその時に列車が……そう苦しそうにフェレスさんは言った。
フェレスさんがちょうどこっちに依頼をしに来ていた時らしい。
ごめん……と何度も謝りながら。
「嘘……嘘っ……!」
「ごめんフェリアちゃん……」
「そんなはずない……そんなはずないよっ……!!」
フェレスさんの胸を何度も叩いた。
涙でうまく喋れない、膝がガクガク震える。
「お兄ちゃんがっ……私を置いていくはずないの……!!」
世界で一番フェリアが大事だよ……
そんな愛の告白みたいな事言うお兄ちゃんが勝手に死ぬはずない。
誰よりも、お兄ちゃんは私を悲しませないのに。
ずっと一緒にいるよフェリア……
「ずっと一緒にいるって言ったもん!!お兄ちゃんが嘘ついた事ないもん……!!」
「……ごめん……」
「嫌だ……っ……嫌だよ!!私を独りにしないでよぉっ!!」
「僕だって信じられない……あいつがこんなに早くっ……!」
フェレスさんも拳を振るわせていた。
私は玄関に座り込み、大声を上げて泣いた。
「い……やぁ……っ……ぅ……お兄ちゃん……!」
「あいつ言ってた……フェリアちゃんが可愛くて可愛くて仕方がないって……
自分が守ってやらないといけないんだって……!」
「なら……なんでぇっ!!」
私を独りにしないで。
「……っう……お兄ちゃんっ!!!」
お兄ちゃんがいない人生なんて……考えられない。
あれから何時間経ったのだろう。
玄関に座り込んで、帰るはずがない人を待ち続けている。
涙は止まらない、だけど考えは止まってしまった。
涙を拭う気さえ起きなくなってしまった。
よくわからない、なんかもうどうだっていい。
お兄ちゃんが私の全てだったのに、目標がお兄ちゃんだったのに。
それを失ってしまったら、私は今まで何のために生きてきたのだろう?
何のために錬金術を習ってきたのだろう?
何のために国家錬金術師になったんだろう?
このだだっ広い洋館に、私一人だけになってしまった。
私の月光は……もう輝かない。
反射して光る為の太陽が、もう傍にいないから。
私は……お兄ちゃんの光をもらって反射していたのに。
「……あぁ……もうすぐ迎えに来るんだっけ……」
中央で行うというお兄ちゃんのお葬式。
喪服に着替えて行かなくてはいけない。
……でも、立ち上がる気力などなかった。
このまま私の命さえ消えてもいいと思った。
その時、ノックと共にドアが開いた。
宅配のおじさんは私を見て一瞬驚いたけど、私に宅配物を届けるとすぐに行ってしまった。
「……私に宅配……?」
開ける気なんかなかったけど、送り元の名前がなくてちょっと不審に思った。
袋を破ると、中からは古びた手帳が。
「手帳?……こ、これはお兄ちゃんの……!!」
どこかで見たことあると思ったら、それは兄がいつも持ち歩いていた手帳だった。
至る所に附箋が貼ってあり、決して中は見せてくれなかった代物。
そしてその中に、『フェリアへ』と書かれた文章がある事に気がついた。
私は慌ててその文を読んだんだ。
―――フェリアへ
この手帳がフェリアによって読まれている事を切に願う。
部屋に手紙を置く事も考えたけど、後日に宅配で送った方がフェリアの手に直接届くと思ってこの方法をとった。
奴等に見つけられても困るからね。
これを読んでいる頃には、俺はもう生きてはいないかもしれない。
ずっと秘密にしていたけど、俺は軍の機関に不審な点があって前から調査をしていたんだ。
これには上層部も絡んでいるらしくて、深刻な事態が軍には起きている。
……そして、俺はある秘密を掴んでしまった。
その事でたぶん俺は影で命を狙われている。
軍の秘密を掴んだ人間なんか生かしてはおけないからね。
その秘密が何なのかは……フェリアには教えない。
これを知ってしまえばお前も狙われると思うから―――
「……秘密……じゃああれは事故じゃないの……?」
―――……本当は、お前に国家錬金術師になんかなってほしくなかった。
この秘密は錬金術師と関係していたし、今の軍に入る事がどれほど危険かは十分わかっていたんだ。
でも、俺はフェリアの喜ぶ顔が見たくて……つい反対できなかった。
フェリア……お前は生きるんだ。
これを読んだら、すぐにこの手帳は燃やせ。
何も知らないままなら、お前まで殺される事はないと思うから――
「お兄……ちゃんは……殺されたの……?」
―――フェリア、お前を守ってやれなくてごめん。
ずっと一緒にいるって約束したのにな。
……でも俺がいなくなっても、お兄ちゃんが傍にいなくても、フェリアはやっていけるよな。
フェリアは強い子だから、俺の大事な妹だから。
お前は……立派な月光の錬金術師なんだから……―――
「む……り……っ……そんなの無理だよぉ!!」
私は強くない、私は立派じゃない。
お兄ちゃんがいなかったら、私は右も左もわからない。
「お兄ちゃんは殺された……軍の秘密を握って……!」
同時に激しい殺意が浮かんだ。
真面目なお兄ちゃんを、優しいお兄ちゃんを、誰かが殺した……!
事故なんかじゃなくて……殺したんだ……!!
このどす黒い感情を怨みと言うのだと、初めて知った。
―――あぁ、やっぱり何かがおかしい。
命令で中央に来たのに、またすぐに『レイシナの図書館へ行け』という命令が来た。
何だかたらい回しにされてる気分だ。何処で俺を殺そうか上は考えてるのかもしれない。
……もうあまり時間はないみたいだ。
もし今回も生きて帰って来られるなら、早めに家に帰ろうと思う。
そうだな……明日ぐらいに。
まぁ、これが俺以外の人に読まれているのなら俺は帰ってきていないと思うけど。
じゃあレイシナに戻るよ。
用事が済んだらすぐに家に帰る。
……最後にこれだけ言っておく。
俺は生きていて幸せだったよ、フェリアという宝があったんだから。
フェリア……お前は俺の分も生きて。
俺がいないけど、それでもお前は幸せになるんだよ……
太陽の兄から月の妹へ シオン・ハルヴァード―――
「レイシナの……図書館に……行く……?」
フェリアが目にしたのは一つの文章。
『明日くらいに戻る』と。
郵便の日付は3日前。
つまり、兄がレイシナの図書館に行ったのはおととい。
私が図書館を爆発させたのが……一昨日。
嫌な想像が頭をよぎったけどすぐさま首を振った。
「そんな、まさか……そんなはず……ない……」
……なら何故、兄は帰ってこない?
「ま……さか……」
でも中央で殺された可能性の方が大きい、遺体は中央にあるとフェレスさんは言ったんだから。
「そうだよ……単なる偶然だよ……!」
……なら何故、わざわざ命令内容が『レイシナの図書館へ行け』なのか?
偶然と思ってるなら、何故こんなに体が震えているのか?
「そ、そんな訳ないよ……た、確かめて来ればいいんだよ……!」
痛い心臓の音を抑えて、フェリアは止まらない笑い声で家から飛び出した。
外は温かい気候のはずなのに、どうしてこんなに寒いんだろう。
不安になる事なんてないのに、第一その目的がわからない。
フェレスさんが列車事故だって言ったのにどうしてそれを疑うの?
何でフェレスさんがそんな嘘を付かなくちゃいけないの?
図書館は灰と黒い炭が広がっていて酷い有様だった。
ここまで爆発させる錬成じゃなかったのに、随分と派手に壊れていた。
黄色いスロープが図書館であった場所を囲い、『立ち入り禁止』と書いてあった。
「!ちょっと君、入っちゃ駄目だよ!」
ここに新しく建てる予定の図書館の調査にでも来ているのだろうか、青い軍服を着た人達が炭を掘り起こしていた。
フェリアは軍人の制止も聞かず、スロープの中へ入った。
「駄目だって!それに炭と灰しかないぞ!?」
「いいの!勝手にやってるだけですから!」
フェリアは所かまわず灰の山を掘り返した。
「ない……ないよねっ……!?」
どこを探しても、見たことがあるような代物はなかった。
一番恐れていた結果は免れたようで、フェリアは自分に安心させるように深呼吸を繰り返した。
よかった……っ……私じゃない……!
灰で汚れた手で胸を抑えたので、服にはくっきりと黒い手の跡が残った。
その時、炭の奥で何かがキラッと光った。
「…………なに?」
フェリアは脆い炭の木をどかし、その光った物体を手にして立ち尽くした。
血流が一気に沸騰したかのように心臓が全身を打ち付けた。
「銀……時計……!」
熱で溶けていて、ほとんど国家錬金術師の証は原形を留めていなかったけど。
その大きさ、黒ずんでいるけど確かに銀色だったものが手の中にある。
フェリアは震える手で恐る恐るフタを開けようとした。
だけどやっぱり上手く開けられなくて、爪が剥がれそうな強さで思いっきりこじ開けた。
「!!!!!」
裏フタには一言、『The sun is always with the moon……』と。
――太陽はいつも月と共に――
「……ぅ……あ……っ……!」
フェリアは首を横に振り続けた。
頭では否定しようとしているのに、瞳孔が開ききった瞳からは黒ずんだ涙が溢れ出した。
これは……っ……お兄ちゃんの……銀時計……!!
――お前のはこれだ、俺とお前で一つの銀時計だ――
そう言ってお兄ちゃんは裏フタに文字を刻んだ。
「い……や……ぁ……っ………ひ……!」
声にならない呻きが焼け落ちた図書館の中央で響いた。
否定したくても、この溶けた銀時計の所有者はいつも肌身離さず持っていた、ただ1人のみ。
これが意味する事は…………
「いやああああああああっっ!!!!」
私が……お兄ちゃんを殺した。
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あ~推理ぽいっていうか、そういう筋道を作るのが凄く大変でした(汗)
何で宅配として手帳を送ったか、とか。
それは後で軍人さん達に資料を押収されないように、という配慮だったり。
裏設定がびっしりです(笑)
……とりあえず苦労しました、ヒロインだけが兄を殺した事に気付くという事に。
この辺の全貌は、また後ほど。