14th
「な~んか……リゼンブールを思い出すなぁ……」
「そうだね、こののどかな感じがね」
森の小道を歩いて約1時間、突如視界が広がった場所に出た。
辺りを囲う木々を背景に草原が一面に生い茂り、なだらかな丘はいくつもの波を作る。
人が住んでいると思われる家はあちこちに点在してて、お隣さんの家は何十メートルも先、なんてのが普通の町だ。
コンクリートで整地されていない道路を進めば、左右に見えるのは畑ばかり。
エドとアルが育ったリゼンブールに似ていて自然と懐かしさが蘇る。
ここがレイシナである。
「……フェリア大丈夫?」
「……うん……」
顔色がいつにも増して青いフェリアは苦しそうに俯いたまま。
でもふっとエドを見上げると今度は不安を振り払うように首を振って眉をつり上げる。
たぶんフェリアの中で何かを葛藤しているのだろうか、感情の起伏が激しい。
「大丈夫だよ、行こ……?」
弱々しく笑ってエドとアルの前に進み出た。
一方で、ずっとフェリアの様子がおかしかった理由に、エドはある程度の推論を立てていた。
……ここにいる兄妹……それにフェリアが関係しているのか……?
兄を想って泣き、兄を想って人体錬成をしたフェリア。
レイシナと聞いて明らかに顔色を変えて動揺していた。
列車を降りてからの不可解な行動に、極度に怯える姿。
……そして、仲が良かったという兄妹の噂。
関係がないとは考えられない。
フェリアと出会った時のような、瞳の奥にある何かから逃げている印象を受ける。
恐らく自分の考えが間違っていないのなら、それはフェリアの過去。
「エド……?」
「……ん、何でもない。じゃあ、さっさと錬金術師に会って帰るぞ!」
「どうしたの兄さん、急に元気になっちゃって……」
思ってもないことを並べ立ててエドは作り笑いを向けた。
……とりあえず先に進めば何かわかる、敵の手がかりもつかめるかもしれない。
そう信じてエドは柔らかい風を運ぶ空を見上げた。
だけどエドは、フェリアが逃げていたものを『兄を殺した敵』と思い違えていた事には気がつかなかった。
レイシナの町でも比較的住宅が密集している場所で聞き込みを開始した。
隣街でも有名だった錬金術師なので、ここの人達ならたぶん誰でも知っているだろう。
エド達一向はこの町で唯一の宿屋らしき建物に入った。
……ここは優しいおばさんがいた宿屋……
「あの~すんません、俺達ちょっと人を探してるんですけど……」
「はい……?」
奥から出てきたのは小柄な青年だった。
……あの人はよく一緒に遊んでくれた近所のお兄さん……
「この町にシオン・ハルヴァードっていう錬金術師がいるって聞いたんだけど……」
「…………え……?」
小柄な青年は自身の耳を疑うかのようにそれだけ答え、体を強張らせた。
「……シオンは……事故で……」
もう駄目……聞いていられない……!
アルの影に隠れていたフェリアはいてもたってもいられなくなって丘に向かって走り出した。
貧血ぎみの体とは思えないほど一心不乱に駆けだしたので、慌ててエドがそれを追いかけた。
「あ……おい、フェリアっ!!」
「あ、兄さん!」
青年の話が途中だったのにエドは聞く耳持たずといった感じで赤いコートを翻した。
「兄さんってばもう……ごめんなさい、話の途中で……」
「フェリア……?今のはフェリア……何で……!?」
「え………?」
アルがぺこりと頭を下げるが、頭上からは掠れた声が漏れた。
青年の顔はさっきよりも目を見開かせ、消えたフェリアの影をずっと見つめていた。
「何でっ……シオンとフェリアは……!」
「え?あ、あの、フェリアの事知ってるんですか!?」
「知っているも何も……シオンは事故で……あいつは自殺したって……!」
「え…………?」
今度はアルが耳を疑う番だった。
「おいフェリア!一人で何処まで行くんだよ!」
とにかくあの場からいなくなりたくて夢中で走った。
だけど私の体は予想以上に弱くなっていてエドにすぐ掴まえられてしまった。
少し運動しただけでこんなに頭がクラクラしてしまうなんて、昔では考えられなかったのにな。
「どうしたんだよ急に……!」
だって……もう聞きたくなかったから。
事故だなんて話、聞きたくないから。
怖いよ、怖いよエド。
ここにいるのは……思い出が強すぎて辛いよ。
嫌でも私の犯した罪を晒されてるみたいで……
風が、空が、土が、草が、みんな私を責めるんだ。
何故お兄ちゃんを殺したのかと。
「フェリア……やっぱりお前、ここと何か関係があるのか……?」
「…………」
手が震えてる、足がガクガクいう。
何でここへ来たの?何でここへ連れてきたの?
……大佐が言いたい事はわかる、過去を見届けろって事でしょ?
――今の君なら、大丈夫だ。生きようとしている君ならば――
「エド……」
エドの真剣な顔が私を見てる。
ずっと聞かないでいてくれた、それでも信じてくれたエド。
もう、隠してなんかおけない。
ここに来てしまった以上、全部話さないといけないんだ。
「フェリア……無理するなよ?俺は、お前が話したくない過去まで聞こうとは思わないから……」
わかってるんだエドは、『ハルヴァード兄妹』が誰だか薄々気がついてるんだ。
なのに聞こうとしない……優しすぎるよエドは。
……そんな人に嘘をつき通せるほどの心を私は持っていないよ。
「…………案内してあげる」
「え、どこに……?」
「……日光の錬金術師がいた家に…」
「それって……お、おい、ちょっと待てって……!」
エドの方を見ないままなだらかな坂に向かって歩き出す。
おばさんの宿屋で聞かなくても、私は全て覚えているのに。
どこで右に曲がって、次はどう行くのか……全て覚えている。
お兄ちゃんと3人で遊んで、よく一緒に歩いたこの道。
広がる草花は変わらず咲き誇っていて、真っ直ぐ進んだ先にある一本の大木ではお兄ちゃんと背比べをした。
追いかけっこをしたりかくれんぼをしたり……いったいこの道を何往復したのかわからない。
そして斜面を登り切ると、目の前には大きな洋館が私達を待っているんだ。
「……うわ……でけぇな」
エドの素直な感想を背後で聞きながら屋敷の門をくぐった。
庭には毎日きちんと世話されているように色とりどりの花が咲いていて。
整地された庭を越え、エドと私は屋敷のドアの前に立った。
「ここがシオン・ハルヴァードの……っておいフェリア……!」
私が何の躊躇いもなくドアノブを回したのでエドは慌てた。
そんなに驚かなくても、他人の家じゃないんだから。
中は薄暗かった。
だんだん目が慣れてくるとそこは広い玄関だってことが見えてきた。
「……な、なんだこの有り様は……!!」
エドは目を見開いて立ち尽くした。
家中に本や紙くずが散らばり、歩く場所がないくらいに物が散乱していた。
以前は綺麗に飾られていたであろう花瓶や額縁も無惨に地面にばらまき割れていた。
エドが足下にあった紙に目をやると、薄汚れた足跡が無数につけられている。
どれにも数式や錬成陣が書き殴られていた。
「……ここが日光の錬金術師の家……」
フェリアは俯いたまま呟いた。
呟くフェリアを見遣りながらエドは疑問を打ち明けようか戸惑った。
ここに連れてきたという事は……つまり……
「フェリア……お前……」
エドは拳を握りしめた。
それ以上聞かない事にフェリアは自分から振り向いて笑って応えた。
「隠してた訳じゃないんだけど……私の本当の名前はフェリア・ハルヴァード……
日光の錬金術師といわれたシオン・ハルヴァードの妹」
「……そうか……ここがフェリアと兄貴の家か?」
フェリアはコクンと頷いた。
「……そして、私は月光の錬金術師と呼ばれていた……」
「『月光』……お前……元々国家錬金術師だったのか……!?」
『月光』……そう聞いてエドはハッと思い出した。
14歳の若さで国家錬金術師となった少女がいると、軍部の噂で聞いた事がある。
その少女の二つ名は、先より国家錬金術師であった彼女の兄と対になっていると。
兄妹が得意とする錬成も互いによく似ているからという理由もあるらしい、と。
道ばたで聞いた話なのでうろ覚えではあるが。
「それで……『日光』と『月光』か……」
よっぽど仲が良かったんだな……
エドが感じたのはそこであった。
唯一の肉親であったと前にフェリアから聞いた。
自分と弟の境遇に似ている所があったからかもしれない。
だけど……フェリアの兄は、もう……
この家で出迎えてくれる人はもういない。
「……ごめんフェリア……もういい……」
聞きたい事は山ほどあった。
だけどそれを聞いてもフェリアの傷が深くなるだけだし、そんな事をしても兄は帰ってこない。
「……お兄ちゃんは殺されたんじゃないの」
「え……?」
書類の山が無惨に散らばる玄関を出ようときびすを返したが、フェリアの言葉は止まらなかった。
振り返ってみると、フェリアの翡翠の瞳がしっかりこっちを見ていた。
笑っているのに泣きそうで、傷ついた瞳で。
「……私が……お兄ちゃんを殺したの……」
「な……っ……」
目を見開いて、エドは目の前にある不思議な光景に魅入っていた。
彼女は助けを求める眼差しをしながら、殺人者のように冷たい眼光を放っていたから。
恐怖に怯えながら、自分を呪い殺そうとしているのがわかったから。
エドは立ち尽くすしかできなかった。
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さて、やっと本題に入る事ができそうです。
ここからオリジナル色が強くなりますんであしからず。
エド君が随分と優しくなってますが、それはまぁ、似たような過去を持つということで(?)