13th






「へ~~都市からちょっと行くだけでこんな所があるなんてな」
「そうだね」

イーストシティから列車で北に向かうこと数時間。
都市とそんなに距離が離れている訳ではないのに、いくつか山を越えると景色はガラリと変わった。

駅から出て見渡せばそんなに発展していない街並み。
それを囲うように遠くに丘が点在し、一面原っぱな場所もある。
一言で言えば、のどかな田舎町であってどこかリゼンブールを思い出させる。

「で、レイシナって町はどこだよ?」
「もう兄さんってば、車掌さんの話聞いてなかったの?この町から歩いて1、2時間くらいの所にあるって言ってたじゃん」
「はぁ~歩きかよ?しかも……そのぐらいの距離の町にしてはここから全く見えないし……」
「この辺は山が多いから見えないんだと思うよ?」

エドは背伸びをしながら、街の外にある景色を眺めた。
ぐうたらな兄にちょっと呆れたアルの後ろには、どこか暗い表情のフェリアがいた。

「どうしたのフェリア?もしかして酔った?」
「う、ううん……何でもない……」
「大丈夫かフェリア?」

青白い顔を覗き込み、エドはう~んと思考を巡らす。

「じゃあ、聞き込みも兼ねてとりあえず宿で休んでくか?」
「え…でも……!」
「いいって。ちょうどここには図書館もあるみたいだから調べ物もしたいしな」
フェリア、休んでいこう?本当に顔色が悪いよ?」
「……うん…」

やっとの事でフェリアは首を縦に振り、一行は街の宿屋で部屋をとった。
フェリアの様子はやはりどこかおかしくて、街を歩いている時も何故かアルにひっついて離れようとはしなかった。
そのそぶりは、通りを歩く人と誰とも目を合わさないようにしているようにも見えた。

アルはエドとフェリアを部屋に残し、一人調べ物&有名な錬金術師についての聞き込みに出かけた。
エドも行くと言ったが、まだ怪我が完治していない事もあり無理矢理宿に押し込まれる形になった。

「くそ、アルの奴……これじゃどっちが兄かわかんねぇだろ……」

悪態をつきながらエドはドカッと宿のソファーに腰をおろした。

「……フェリア?座らねぇの?」

フェリアは部屋の中央で立ち尽くし、床ばかり凝視していた。

「やっぱりおかしいぞお前……どこか具合が悪い所でも……」

立ち上がりフェリアのいつもにも増して青い顔を覗き、ふと視線を下にずらすとフェリアの手が微かに震えていた。

「なっ……どうしたんだよフェリア?何かあったのか!?」
「う、ううん……何でも……」
「とりあえずソファーに……いや、ベッドで横になれ」

声までも震えたフェリアの肩を持ちベッドまで連れて行き、寝かそうとする。
だけどフェリアは寝ようとはしないで、必死にエドの袖を引っ張っていた。

「本当にどうしたんだよ……まさか奴等がいるとか?」
「何でもないから、何でもないから……こ、ここにいて……!」
「あ、あぁ……俺はずっとここにいるから……」

引き千切れんばかりの力にエドは仕方がなく一緒にベッドに座り、額ににじんだ汗を拭ってやった。
尋常ではない怯え方で、その振動が自分の腕にまで伝わってきそうだった。

どうしたものか、と困惑したエドはフェリアを抱きしめ、優しく背中を叩いてやった。

「大丈夫だから、大丈夫だから」
「……ひっ……ぅ……エドぉ……!」


フェリア……ここに来てから様子がおかしくなったよな……

……この街と何か関係があるのか?


ボロボロと大粒の涙を流しながら怯える姿を見て、そう思わずにはいられなかった。
エドは何とか落ち着かせてやろうと、頭の中で何か良い方法を巡らせた。

「……そうだフェリア、これ見てみなっ」
「え…………?」

エドは自分の荷物の中から赤と黒のインクの瓶を取り出し、すぐ傍にあった枕に互いに混ざらないようにインクをかけた。
首を捻ってその様子を不思議そうに見つめるフェリアに、見てろよと言ってエドは両手を合わせた。
両手で作られた円の後に枕に触れ、青白い稲妻がベッドに走った。

「え、な、何これ……?」
「バクだよ!悪い夢を食べるっていう動物……知らねぇの?」
「し、知ってるけど……こんな形だっけ?」

フェリアの目の前に現れたのはさっきまでの普通の白い枕ではなかった。
それはアリクイのような長い口、熊のような体つきのぬいぐるみに変化していて、
上半身はピンク色、胴体の途中から下半身は黒色に着色されていた。
エドが言うには、これは悪夢を食らうという想像上の動物・バクらしいが、こんな子供っぽい姿をしていただろうか。

「う、うるせぇ!可愛く作ってやったんだから文句言うな!」
「……そ、それでこれ作ってどうするの?」
「や、その……これ抱いて寝たらフェリアも良い夢見られるんじゃないかと思って……」

エドは次第に口を尖らせながら頬を赤く染めていった。

この方法は、エドが小さかった頃母に教えてもらったものなのである。
よく嫌な夢ばかり見ていたエドが半分泣きべそをかいて母にそのことを言うと、
『枕の下にバクを描いた絵を入れて寝ると、バクが悪い夢を食べてくれる』と微笑んだ。
バクがどういうものかあまりわからなかったけど、エドは言われるままピンクと黒で描かれたバクを書いて目を瞑った。
するとその日から嫌な夢を全く見なくなったという。

列車移動で疲れているだろうし、落ち着かせたかったからフェリアを寝かせてやろうと考えた。
だけどフェリアはよく悪夢を見ているらしく、うなされたりパニックを起こしたりする。
それで子供の頃に書いたバクを思い出したのだ。
絵を描いて枕の下に挟むより、枕をバクにしてしまった方が効果が上がる気がしてエドは錬成を行った。
記憶のままに、悪い夢を食べてくれたピンクと黒のバクを。

……こいつならフェリアに幸せな夢を見せられる、と。

フェリアはバクの枕をギュッと抱きしめて微笑んだ。
柔らかい手触りと温かい想いが込められた伝説の動物はフェリアの震えを緩和させた。
一方でエドはここにきて恥ずかしさが爆発したのか、真っ赤にさせた顔をあさっての方向に向けた。
錬金術師は科学者であるのに、子供じみた発想を持ってくるエドが可愛く思えてしまって顔が綻んだ。

「ありがとう、エド……」
「お、おぅ……」

エドが傍にいる、それを自覚しただけでフェリアを取り巻いていた恐怖は薄れ、嘘のように体中に静けさが訪れる。
この街にいるのがどんなに不安でも、ここの人々に会うのがどんなに怖くても、
エドの金色の瞳が『今』を思い出させてくれる。

「少し寝ると気分よくなるぞ……俺はここにいるから」
「……うん、ちょっと横になるね……」

フェリアはバクを抱えベッドに横になった。
それでもやっぱり不安は湧き上がるもので、エドの袖を掴んでみるとやっと少し気が楽になり自然と眠気が襲ってきた。


ずっといてくれるって言ってくれたけど……

この先にある過去と対峙した後でも……エドは私を許してくれるのかな……?

ふと、逆にそれが怖くなってしまった。











―――フェリア―――


お兄……ちゃん……?


あぁ、お兄ちゃんがいるよ。
辺りには緑の草がいっぱいあって、風でサワサワ揺れてる。
これは夢なのかな……だけど凄く頭がすっきりしてて変な感じなんだ。
私と同じ金の髪に翡翠の瞳が、笑顔で私を見つめてくる。


私……私……お兄ちゃんに謝らないと……!
2回も殺しちゃってごめんなさいって、ごめんなさいって謝らないと!


フェリア……お兄ちゃんは怒ってなんかいないよ……?」


で、でも私……!


「それよりもお兄ちゃんは……フェリアが辛そうにしてる方が嫌だな」


何で……!?全部私のせいでお兄ちゃんは……!


「お兄ちゃんは……フェリアの笑顔を見ていられて幸せだったんだよ……」


そんな!そんなの幸せって言わないよ……!


「死に方なんて関係ない……生き方が大事なんだ……」


そんなのわからないよ……!もっと幸せな生き方があったはずなのに!


フェリアにはわかるはずだ。フェリアにはもう、それをわからせるほど守りたい人がいるはずなんだから……」


だからって……私は自分のした事を許せない……!


フェリア……現実に還って、お兄ちゃんを越えなさい」


!!……ま、待って!まだ行かないで……!


「守ってやれなくてごめん」


やだ!まだ言いたい事がたくさん……!!


フェリアが俺の妹で、俺と同じ錬金術師で……それだけで俺は誇りに思っていたよ」


お兄ちゃんっ!!!


……大好きなお兄ちゃんが消えていく。
優しい笑顔のまま遠ざかって、透明になっていっちゃう。
どれだけ手を伸ばしても届かなくて、追い付くことができなくて。

天才と言われた錬金術師で、私の憧れだったお兄ちゃん。
一度も私に怒った事なんかなくて、いつだって優しくて。
あの時見るも無惨だったお兄ちゃんだけど、やっぱり今は笑ってくれて……


……ひ……っ……う……お兄ちゃん……っ……


私の味方だったあの人は、私のせいで死んでしまった。
私のせいで……私が殺してしまったんだ。
現実にはもうお兄ちゃんはいない。
……どこを探しても、もういないんだ……


最後に、お兄ちゃんは悲しそうな笑顔を作って口を開いたんだ。
何を言ってるかほとんど見えなかったし聞こえなかったのに、頭に直接響いたんだ。



―――それでも、フェリアはお兄ちゃんを越えて……生きなさい……―――














「……ハルヴァード兄妹?」

エドはそう反復した。

「うん、街の人も結構知っててびっくりしたよ」
「ふ~ん……変な名前」
「あはは……何でも、2人とも錬金術師で、光について研究してるんだって」

帰ってきたアルは一つのベッドで仲良く寝ている兄とフェリアを見て物音を立てないようにこっそり部屋に入ったが、
兄が起きてしまったので仕方なく集めてきた情報を報告した。

「それが何で俺達の為になるようなものなんだよ?」
「さぁ、それはよくわかんないけど……街の人達の反応を見る限りは悪そうな錬金術師ではないと思うよ」


『レイシナにいる錬金術師』と聞いただけで、人々は笑顔になってこう答えた。
ああ、ハルヴァード兄妹の事ね、と。

皆、口を揃えて仲が良い兄妹だとばかり言う。
特に兄は国家錬金術師らしいが、『軍の狗だから』といって罵る人もほとんどいなかった。


「日光の錬金術師、シオン・ハルヴァード?」
「『日光』の錬金術師……兄さん知ってる?」
「……いや、知らない」

エドの記憶に該当する人はいなかった。

「……はぁ……面倒くせぇけど、その日光の錬金術師に会いに行けって事だろ?」
「そうみたいだね」

アルは窓から外を覗いた。
夕日は既に傾いていて、部屋には赤い光が差し込んでいた。

「もう夕方だね。レイシナに行くのは明日だね?」
「まぁな、フェリアも疲れてるみたいだし」

エドは無骨な鋼の右手で穏やかに寝息を立てるフェリアの金髪を撫でた。
左手は依然とフェリアの腕が絡まっていて動けない状態だった。

この街に来た当初とは一転して安らかに眠り続けるフェリア
最近は大人びた顔付きが影を潜め、年相応な女の子な仕草をよくするようになった。
ぬいぐるみを抱いて目を閉じればさらに少女のように幼い姿を見せる。


……これがフェリアの本当の顔なのかもしんねぇな……


「動けないね、兄さん」
「……悪いけどアル……」
「わかってるよ、夕ご飯ちゃんと持ってきてあげるから」
「おぅ……な、なんだよじろじろ見て!」
「ん~ん、別にぃ~?」

アルから温かく見守られてるようで、エドは段々恥ずかしくなってブツブツと文句を吐いた。

「……くそっ……」

こんな恥ずかしい思いをさせるフェリアは未だ眠りの中で一向に覚める気配はなかった。
……その原因の一部は自分で作ってしまった事については、考えないとして……

グチを言っていたエドも、やっぱりフェリアを見ると自然と顔が綻んでいく。
長い髪に指を通すとサラサラと音と立てて波を作った。


……せめて、夢の中では幸せにな……











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小さな頃私はよく変な夢を見たので、その度にバクの絵を描きました。
テレビで見たのかは覚えてませんが、何故かピンク色と黒色のバクでした。
それを枕の下に入れると本当に変な夢を見なくなったんですよ。
今回はそんな私事を取り入れちゃいました(笑)
エドが子供の頃に一人でせっせとバクの絵を描いてたら可愛いな~なんて。
アルはたぶん「何してるの~?」みたいな感じでそれを覗こうとするんだけど、
エドは恥ずかしくて絶対見せなかった……というのが希望(妄想ですね、完全に……)

やっと過去と対面する時が近づいて参りました。