「どれだけ強かろうと、お前は女だ。悪いがお前は連れて行けねぇ」


そう言い残し、私は置いて行かれた。
ずっと仲間だった人に、ずっと一緒だと思っていた人達に。

私を見出してくれた彼は申し訳なさそうな顔をしながら。
だけどはっきりと境界線を示された。

いくら同じように生活して同じように剣術を習っていても、女という性別が全てを壊す。
私はどうやっても皆の中に入れないのだと、思い知らされた。


だから、私は"女"である事をやめた。


女である事が邪魔になるなら…女なんて捨ててやる―――







紫紺 一






元治元年九月、京の都。
此処は"人斬り集団"として周囲でも有名な新選組の屯所。

隊士募集の報で集められた男達の中で、一際異彩を放っていた人間がいた。
すらりと細身の体ながら剣の腕はかなりのもので、確実に急所を狙っていける速度はかなりのものだった。

大体の合格者の目星を付けた後、感心しながら原田左之助は男に近寄った。

「お前、筋がいいなあ。出は何処だ?」

逸材を見つけて楽しそうに話しかける原田とは裏腹に落ち着いた声色の男。
髪型は同じく幹部隊士の永倉新八と同等の長さであったが、雰囲気には差があった。

「江戸の片田舎です。剣はほぼ我流で習得しました」
「そうか。どこか総司あたりの剣に似てて荒っぽいが、かなり良い」

肩を叩きながら原田はその短髪の人間の顔をじっくりと見た。
男と言うには身長も低めで中性的、肌もきめ細かいので十分女としてもやっていける容姿だ。

そんな風に思っていた原田だったが、遠慮なしに触っていた手が不意に動きを止める。
この顔、どうも見覚えのある気がするのだ。

「ん?……お前は……!?」

動揺する原田を平然と見据える、妙に落ち着き払った双眸。
見れば見るほど疑惑は確信に変わっていく。

いやまさかそんなはずはない。
だが性格を考えるとありえない話ではない。

「まさかとは思うが……!」
「俺の顔が何か?」
「な、お前、もしかしなくても……!!」

驚愕に目を見開いた原田を余所に"男"は薄笑いを浮かべるだけ。

「どうした左之?珍しく素っ頓狂な声上げて」
「し、新八!お前も見ろよ!」
「ああ?」

やり取りを聞きつけた永倉新八は原田に背を押され、言われるままに短髪の人間を覗き込む。

「こいつがどうかしたのか?」
「よく見てみろって!覚えがあるだろ!?」
「あー?俺は元々記憶力が良い方じゃ―――」

細かい事に疎い永倉にもわかった。
目の前の男は、一年以上前に別れたきりの女の顔にそっくりだった。

試衛館での生活を共にしながらも、京には連れて来れなかった仲間に。

「!?」
「どうかされましたか?お二人とも、俺がそんなに珍しいですか?」
「……兄妹、とか?」
「んな訳ねぇだろ新八!」

ニヤリと笑った顔付きは男のものだったが、目や少し高めの声はどうしたって隠せない。
自信たっぷりに佇む人間を、二人は血相を変えて腕を掴み道場の裏へ連れ出した。

「お前……紗矢だろ!?」
「いいえ、俺は紫苑ですよ原田さん」
「何言ってんだ、俺達の目は誤魔化せねぇよ!何で来た!」
「新選組の隊士になる為に、それ以外に何があるんです?」

笑顔でいるのに目が笑っていない紫苑を恐ろしく感じた。

「お、怒ってんのか?俺達が無断で出てきた事を」
「当たり前だろ。よくも俺を置いて行ったよな」
「あ、あれはだな……そうでもしないと紗矢は諦めねぇって土方さんが」
「へえ……」

永倉から発せられた人物名に紫苑の温度はさらに下がった。
この女……いや男は、こんなに薄ら恐ろしい雰囲気を出せる人間だったろうか。

「ってか女のお前が新選組に入れる訳ねぇだろ!」
「俺、女に見える?」
「そう言われると……結構上手く化けてるし、華奢で声が高いなぁって事以外なら案外……」
「乗せられてどうする新八!」
「でもよ、千鶴よりかは男に見えなくもないか?」
「……そりゃ、こいつは元々男勝りだったからな」

"千鶴"という名前が気になったが、とにかく納得させなければいけない人がいる。
紫苑は狼狽えるばかりの二人の間をすり抜け、殺気すら込めた目で振り返った。

「とりあえず土方さんは何処?俺、あの人に会いに来たんだけど」

((怒ってる……絶対怒ってる……))

それは波乱な一日だった。










「お前……っ!」
「お久しぶりですね土方さん。よくも置いてってくれましたよね」

部屋に案内されると、案の定驚愕に満ちた男がいて紫苑は恨みがましい目を向けた。
だが"鬼"と呼ばれた副長はすぐに渋面に戻り、凄みのきいた声で低く言い放つ。

「……こんな所で何をしている」
「決まってるじゃないですか、新選組に入れてもらう為です」

間髪入れずに冷たく返される事もわかっていた紫苑は一歩も譲らない姿勢で食ってかかる。
試衛館時代を知っている者ならいつもの光景だが、
そこに隊士の誰かがいたなら、命を投げ出すような行為に見えるだろう。

「帰れ」
「嫌です」
「ここはお前みたいな女が来る所じゃない」
「女ではありません、男です」
「見た目男らしくしても駄目だ。俺には女にしか見えねえ」
「それは土方さんとか昔の俺を知ってる人ぐらいですよね?
まぁ女に見えようが何だろうが別にいいんです。入れて下さい」

今にも爆発しそうな土方との睨み合いが続く。

京へ上る時も、こんな風に何日も言い合いをした。
どれだけ叱りつけても諭させても紫苑は最後まで納得しなかった。

だから結局紫苑には嘘の用事を言い渡し、外出させている間に京へ来てしまった。
騙して置いて行った事は悪かったが、それを間違った判断だったとは今でも思わない。

(昔から、女だからと差別される事を嫌ってたからな……)

いくら腕に自信があっても命のやり取りがある以上、どう考えたって女が来て良い場所ではない。
後々の事を考慮すれば紫苑の為だ、良かれと思ってやった事だというのに。

それでも見た目男にして此処まで来てしまったのだから、土方は盛大な溜息をつく他なかった。

「何度も言っただろ、連れて行けねえって」
「何故駄目なんですか?俺が女だから?女ってだけで俺の全部否定するんですか?」
「…………」

紫苑の気持ちはわからないでもない。
土方も"百姓の出のくせに武士の真似事をするのか"と蔑まれた事が何度だってある。
百姓の子という身分でも武士になれる、そんな期待を胸に近藤や土方は京まで来たのだから。

「俺は皆と剣を振るいたい。そんな簡単な理由なのに、女ってだけで俺はまた排除されるんですか?
どの道場にも相手にされなかったあの頃のように」
「道場と人斬り集団じゃあ話が違うだろ!此処は人も平気で殺すし、下手すりゃ死ぬぞ!」
「同じ事です。俺は女はいらない、だから男として生きて人も斬る。だからいさせて下さい!」
「これは遊びでも何でもねえ、人も斬った事がねえ奴が偉そうな口を叩くんじゃねえ!」

稽古の延長の気分でいるなら脅してでも帰す必要がある。
だが厳しい口調で言ったにも関わらず、紫苑は動じる事もなく静かに答えた。

「……ありますよ、斬った事。それに殺した事もあります」
「……何だと?」

何故そんな事になっているのか。
だが見据えてくる表情は真剣そのもので、とても狂言だとは思えない。

再び目を見開いた土方だったが、紫苑はそれ以上は話そうとしなかった。
話したくない程の事件が過去にあったという事か、自分達が内緒で出て行った間に。

「あー……くそっ」

土方は半ば自棄に頭を掻きむしった。
試衛館でも連日連夜言い争いをして正直うんざりしていたのに、
また此処でも言い合いをしなければならないのかと思うと気が滅入る。

「……確かにお前は、女にしておくのはもったいないほど腕が立つ」

土方が最後まで悩んだのはそこにあった。
彼女は恐ろしいくらいに剣術の素質があり、それはよほど強い男以外なら伸してしまえる程。
そのせいで他の道場から嫌われ尽くしていた過去があるのだが、
確かに男であったのならこんなにも躍起になって反対しなかっただろうと思う。

そして彼女はこんな姿になってまで京に来てしまった、さらに人殺しの経験まである。
駄目押しのように今の新選組には、内密ではあるが女が一人保護されている。

(誰の為に此処まで反対してやってると思ってんだ……)

どうせ追い返したって、彼女はいつまでも付いて来るのだろう。

「……これから先も男でいるのなら、置いてやる」
「え、本当ですか!?やった……ついに土方さんに勝った!!」
「うるせえ、騒ぐな!」

もうどうなっても知らん、勝手にしろと思った。
とにかく今はこの頭を抱えたくなるような応酬を何とかしたい、土方はそんな気分だった。

「新選組の隊士となるからにはお前を男として扱うし、隊規に背けば即切腹にする」
「心得てます」
「俺はお前に"死ね"と命じるかもしれねぇぞ?」
「その必要があると土方さんが判断するのなら、少し残念ですけど受け入れます。
でも命令を下すまでに、土方さんは多少なりとも悩んでくれるでしょうから、それでいいんです」
「……お前は俺を甘く見すぎだ」
「そうですか?」

満足げに笑った紫苑は、確かによく見なければ男のようだった。
上手く真似てるのか仕草もそれらしいし、普通の女のように長かった髪はばっさりと失われている。
沖田や斎藤程度の長さですらなく、永倉のように無残な短髪だ。

「髪……切っちまったのか」
「はい、必要なかったので」

苦い顔を向けてくる土方に紫苑はくすりと微笑んだ。
男だ何だと言いながら、決意の為に髪を切った事を僅かにでも惜しんでくれている。

「此処に来るまでに色々と新選組の噂聞きましたけど、よかった。やっぱり土方さんは優しいなあ」
「はあ?何言ってやがんだお前は……」
「照れてるんですか?男に言われたのに」
「女だろお前は!」
「男として扱うって言ったの土方さんじゃないですか。それに"紫苑"としての素直な感想ですよ、おかしいですか?」
「……だとしたら余計気持ち悪いだろ」
「なら好きなように受け取って下さい。俺は嘘は言いませんよ」
「……総司が二人になったみてえだ」

頭痛の種を増やされた、そんな顔をしている土方の雰囲気はあの頃のまま。
人斬り集団の鬼副長と謳われても彼の苦労性の性格は消えていない。

昔と同じ言葉を呟かれ、「光栄だ」と返事をして早々に部屋を立った紫苑は、
嬉しさと険しさがない交ぜになったような表情で廊下を歩いた。


――あの人は、やっぱり変わらない。


「……私の好きな、土方さんのままだ」










――あの時、はっきりと彼の姿を見たのだ。


彼が銃に撃たれ、血だまりに沈んでいくその光景を。
独りぼっちで闇に消えていく、悪夢のようだった。

突然視界に飛び込んできた映像は、夢なんかではなかった。
今でも鮮明に思い出せる、そしてその度に胸が跳ね上がる。

自分の不安が映し出した、ただの幻であったならいい。
だけど、それが未来の出来事であったなら。本物の現実であったなら。

そんな未来は見たくない、起きて欲しくなんかない。

私のいない所で死んで欲しくない。
土方さんを死なせたくない。


だから私は、此所に来た。
自分を一人の人間として扱ってくれた仲間の為にありたいと。
そして彼の傍にいて、彼を守る為に。


いつか起こるかもしれない未来を、変える為に―――






狂命歌






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もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし   前大僧正行尊


さて、とうとうやってしまいました薄桜鬼夢。
どうしても書きたくて執念で始めさせていただきました。

1話からある通り、主人公は少し特殊です。
そして攻略キャラを生存させながら、全員で五稜郭を守ったらどうなるだろう、そんな主題で書いています。
千鶴とはまた違う主人公が男装しながら戦い抜いていく予定です。
同じ進み方したら面白くないですからね、そこは主人公らしく変えていきます。
ちなみに千鶴は総司ルートです。

これを書き始めたのは、全ルートを攻略した後に「これ、全員生存ルートとかあったら面白いのに…」と思ったのがきっかけです。
どれも良いEDでしたが、どうしても完全に幸せな終わりにならないのが私は少々残念でした。
いや、それはそれで本当に良かったですし、切なくて泣きましたけど、
お遊び要素でもいいから「全員でベストED!」という"もしもな"終わりも欲しかったなぁと。
新選組の作品ってどうしても重くて悲しくなるので、一度でいいから明るく終わってみたかった。
…ですけど、結局シリアスになる気がします(苦笑)

そんな経緯でこの夢小説の土台ができあがりました。
土方さん落ちなのは私の趣味ですが、五稜郭まで書くなら土方さんでないと行けないとも思ったので。
すいません、史実の"土方歳三"自体が好きなので、どうしても偏ってしまうかもしれませんが、
オールキャラで書く気ではいます。というか皆大好きです、凄い好きです。


本当に史実をねじ曲げまくります。キャラが生存したり、逆に死んでしまう人もいます。
なのでこういう展開が苦手な方は即ページを閉じる事をお勧めします

薄桜鬼自体がかなりファンタジーなので、読まれる方もご承知かと思いますが娯楽前提です。
それでも、もう1つの可能性を読んでみたいという方はお付き合いいただけたら幸いです。


願わくばこの夢が誰かに読まれ、何かが心に残るような作品になればいいな、と思います。
妃瑪2010.10.3――