――「もう、どいつもこいつも弱い奴ばかり!女が何だってのよ!だから男って嫌い!」――
――「試衛館には行ったか?あそこにはお前が望むような奴らがいるかもしれねぇぞ」――
そして、紗矢は彼らと出会った。
「新八っつぁん!もう一本やろう!」
「お、紗矢来るか!」
一通り稽古を終えたが、体を動かし足りなかった紗矢はいそいそと防具を身につける。
また始めるか、そう思われていた二人を止めたのは道場に入ってきた藤堂だった。
「ってか紗矢、新入りボコボコにしたのお前だろ?」
「うん。稽古つけてやれって言ったのは平助じゃん」
「言ったけどさ……あれは酷いぞ」
完全に伸びてしまっている男達を一瞥し紗矢は苦笑した。
「だから女らしくないって言われるんだよ」
「総司、何か言った?」
「そんなんだから貰い手がないって言ったの」
「うるさいよ!」
ニヤニヤした目付きで沖田はいつも紗矢をからかう。
試衛館の中では年も近い二人だが、気が合うのか合わないのかわからないが、
とにかく目が合えば喧嘩ばかりしている。
「じゃあ左之さんにもらってもらえば?女の子好きでしょ」
「左之さんは無理だよ、理想が高いもん。ねー左之さん」
「あ?ま、まあな……あんまり大きい声で言うんじゃねぇよ」
「そう?じゃあ無理だね、一生」
「総司……あんたは私を怒らせたいの!?」
竹刀を振り回しても沖田はひらひらと器用に避けてしまうので、余計に怒りが増すばかり。
軽く仕合いになるほどの攻防を繰り返し、はあはあと息を呼吸を整えながら紗矢は呟く。
「結婚したら……もう此処にいられなくなるじゃん……」
誰にも聞き取られないような声量で吐き捨て、何だか悔しくて試衛館の外に飛び出した。
冗談だとわかってはいるが、時々引かれる男と女の境界線がどうしても納得できない。
紗矢はただ、剣の修行をしながら仲間達と日々を過ごしたいだけなのに。
(好きな事したいってのに、男も女もないじゃない……)
そんな鬱憤を昇華させようと空を仰いでいると、
いつも穏やかに諭そうとする山南らしき足音が近づいてくる。
「藤沢君、皆は貴女の事を心配しているのですよ」
「………」
この人の言う事は正論だ。
いつもすぐ頭に血を上らせる紗矢とは違い、冷静に言葉を羅列させる山南にはどうやっても逆らえない。
「剣を極める事はとても素晴らしい事です。ですが、現実問題としてあなたは女性です。
ずっと此処にいられる訳ではないのですよ、わかりますね?」
「……わかります、けど……」
「婚姻を交わし子供を産み育てる、それも女性にしかできない幸福の形です。
貴女には慎ましくも穏やかに生きて欲しいと皆が思っている事は、忘れてはいけませんよ」
「…………はい」
――わかっている。だけど。
こんなにも激しく、明るく充実した瞬間は、もうこの先ないのだろうと思う。
仲間達の輪の中にいるのが楽しいのだ、純粋に。
結婚したって子供を産んだって、人なんていつ死ぬかわからない。
だから今この瞬間を、紗矢は自分らしく生きていきたいだけなのに。
「よぉ、んな所で何してんだ」
「あ、歳さんだ!お帰りなさい!」
「ああ」
しばらく試衛館から出ていた土方が怪訝な表情でそこに立っていた。
それまで暗い雰囲気を背負っていた紗矢だったが、一瞬にして上機嫌になって出迎える。
「歳さん稽古しましょ!」
「はあ!?いきなり何言ってやがんだ」
背中に担いでいた荷物をひょいひょいと奪いながら嬉しそうに誘うが、
途端に嫌そうな顔で紗矢の横を通り過ぎていく。
「だって同じ人ばかり相手にしても面白くないし、歳さん出稽古ぐらいはしてきたんでしょ?」
「それはそうだが、すぐお前の相手をしてられるか!」
門人達と挨拶を交わしながら奥に上がっていく後ろを、ぶつぶつと文句を言いながら付いていく紗矢。
彼女が土方に稽古をせがむのはいつもの事で、仲間達は「またやってるよ」と笑うだけ。
「俺は今帰ってきたばかりなんだよ、頼むから少し休ませてくれ」
「……はいはい、わかりましたよ。じゃお茶持ってきます」
拗ねながらも素直に引き下がり勝手場に消えていく紗矢を、仲間達はいつも恨めしく思う。
自分達相手では、彼女は少々強引でも食ってかかってくるというのに。
「あいつ、歳さんの言う事なら大人しく聞くんだよな」
「ま、拾われた恩ってのがあるんだろうよ」
その紗矢が、あの時ばかりは土方に激しく抵抗した。
試衛館の面々が上洛浪士隊として京へ上ろうという、あの時だけは―――
紫紺 二
「まさか、こんな頭にしてまで来るとはな……呆れを通り越して感心するぜ」
「ああ、口調まで完全に男だし」
試衛館時代の幹部達が広間に集められ、紫苑はその中心で正座する。
正式に新選組に参加する旨を伝えられ、記憶の中では確かに女だった紫苑を皆はまじまじと見つめる。
斎藤はいつもと変わらないが、永倉と原田は呆けたように先程の台詞を呟きながら武士姿を眺め、
沖田は皮肉を込めた苦笑いを浮かべていた。
「どうせ土方さんが根負けしたんでしょ」
「うるせぇ」
「ま、近藤さんは喜ぶと思いますよ。此処まで来てしまったんだから折れてやるしかない、とか言いながら」
「……あの人なら言いかねねぇな……」
冗談めいた言葉に土方は盛大に溜息をついた。
「とにかく、こいつの事情は他言無用だ。他の平隊士と同じようにしごいてやれ」
「何か下手をしたら切腹だからね、紫苑?」
「当たり前だろ総司。言っとくけど、俺は弱音とか吐かねぇから」
わかりきった沖田の挑発に睨みをきかせて答える紫苑。
元々言い合いが多かった二人に土方は眉間に皺を寄せるばかり。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
そんな時に広間に入ってきたのは、給仕係かそれとも誰かの小姓にも見える小柄な人物。
誰も何も言いはしないが、その違和感に気付いた紫苑は静かに退出した後ろ姿に投げかける。
「今の人……」
「ええっと……あれはだな――」
「紫苑、とりあえずお前は様子見だ。耐えられなかったり女だと露見すれば追い出す」
「……わかりましたよ、それじゃ」
言い淀んだ永倉の言葉を遮り、皆の視線を想定していたかのように土方は話を元に戻した。
紫苑は立ち上がるとさっさと広間から出て行こうとする。
積もる話も恨み言もある程度は予想していた一同がそれを視線で追うと、紫苑はにっと笑った。
「一応俺、新人隊士なんで」
そうして、新選組に新たな隊士達が加わった。
それは池田屋事件や禁門の変など、
新選組の名が世に知れ渡るようになった大きな事件を経た、秋の事だった。
紫苑が幹部達と同郷だという事は隊士達の間にも広がり、一見中性的な容姿は周りの目を引いた。
嫉妬に近い敵意のようなものを向けられた事もあったが、紫苑は新選組の隊務を全てこなしていた。
基礎体力もあり身軽で、仕合いでも幹部級の強さを見せつけたおかげで、しばらく経つと誰も文句を言わなくなった。
彼女……彼は本当に、女である事が疑われる程に実力があった。
しかも厳しい稽古だって楽しそうに駆け回っているから恐ろしい。
「紫苑」
「一君。今日は非番?」
「ああ、新人隊士の様子を見に来た」
休みの日でも剣を握ろうとする斎藤は武士の鑑だ。
さすがに息の上がっている紫苑にニヤリと笑うと、容赦なく木刀を眼前に突き出した。
「来い、稽古をつけてやる」
「久しぶりだなぁ、一君となんて」
一通りの修練の後で疲れていない訳がない。
だけど嬉しくて仕方のない紫苑に断る理由なんかなく、吹き出る汗を拭いながら斎藤の正面に立つ。
彼と対峙すると、やはり力の差のせいか体に緊張が走る。
斎藤が試衛館に出入りするたびに稽古を申し込んでも一度も勝てた事のない彼の剣は、紫苑の憧れだ。
斎藤の居合いの瞬間を見計らいながら、じりじりと足をずらして。
今度こそは彼に勝ちたい、そんな邪念を振り払って無心に睨み返す。
「、やあ!」
「―――っ」
だが今回も勝利したのは斎藤だった。
意表をついたつもりだったのだが躱されて、いつもと同じように剣先が体に寸止めされていた。
「くそ……また負けた!何でわかったんだよー」
「気配が少しだけ其方へ流れている。それではまだ剣筋が読めるぞ」
「難しい事言ってくれるよ、毎回……」
木刀を無闇に振り回すのもいいが、この"無言の稽古"も十分にやりがいがある。
斎藤は昔から根気よく付き合ってくれて感謝しているが、悔しい事には変わりない。
「剣が変わったな」
「え?」
ぶつぶつと型を確かめていると斎藤が呟いた。
「試衛館の頃は汚れのない純粋な筋だったが、確実に人が殺せる実戦向きになった」
「……天然理心流は元々そうだったじゃないか」
「流派の問題ではなく、扱う者の意識が違う」
彼にしては珍しく、言いにくそうな顔をしていた。
「……人を殺した事がある目をしている」
「…………」
(やっぱり一君にはわかるのか……)
自分では変わったつもりはないのだが、彼が言うのだからそうなんだろう。
紫苑は苦笑して、おどけて見せた。
「そういう時は、"覚悟のある目"だと言って欲しいな」
「すまぬ、余計な事を言った」
「いいや、一君に悪意はないってわかってるから。まぁ色々あったから、江戸で」
「…………」
紫苑を"男"にさせ、新選組に入る気にさせた何かがあったのだろう。
そして、人を殺した。
「無理はするな、紫苑」
「うん、ありがとう」
此処まで来てしまった事に対しては、何も言いはしない。
だが人斬り集団の特性上早死にする事だけはやめてほしいという、斎藤のせめてもの激励だった。
そんな時、廊下を軽やかに走る音が二人の会話を途切れさせた。
「あの、斎藤さん。土方さんがお呼びです」
「わかった、すぐに行く」
名前もわからぬ隊士は紫苑に会釈をしてから、ぱたぱたと忙しそうに去っていった。
「一君、一つ聞いていい?」
「……何だ」
何を聞かれるのかわかりきっていたが、斎藤は律儀に次の言葉を待った。
「彼は……男でいいんだよな?」
「ああ」
あえて生真面目な斎藤に問いかけたが、やはり返答は同じだった。
だが彼の口から聞かされる事は信頼できる、だから"そういう事"にしておくのがいいのだろう。
変わらない人達だと、紫苑は笑った。
――「ねえ……どうして私は女なの!?女だと剣持っちゃいけないの!?」
泣きながら、騒ぎを聞きつけた人達に問いかけた。
血の海に沈む男達に突き立てた剣の反射を見つめながら、それでも止まらぬ悔しさに涙した。
頭が、ぐしゃぐしゃになりそうだった。
「こんな所で私、独りで何してるの……!?私は皆と一緒にいたかったのに!」
返り血を浴びた私は、頭に浮かんだ"大事な人"に叫んだ。
人を殺した瞬間に飛び込んできた、あの人の未来。
「嫌だよ……土方さんが死ぬ。そんなの嫌だ!」
死なせたくない、死んで欲しくない。
此処にいても何も変わらない。女だからって、侮辱されるだけ。
人を殺してしまった、もう自分は平和になんて生きていられない。
傍にいたい、私をただの仲間として見てくれながら最後には"女だから"と行ってしまった人達の傍に。
「あの人達が大切にしてくれた"紗矢"はもういらない……
あの人達と共に生きて死ぬ為なら、私は男にも人斬りにもなる……!」
だから、置いて行かないで―――
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第三者視点のつもりで、みんな名字で表記すると凄く違和感。
逆に名前で表記すると気持ち悪い人もいるけど(笑)
時期的に平助はいません。