前提として紫苑は女だ。
いくら遜色なく男達に紛れていても剣が強くとも、身体的な問題はどうしようもない。
そんな事は百も承知だった紫苑は何かと気を使いながら新選組に在籍している。

例えば、男達は稽古が終わると何かと脱ぎたがる。
普段さらしを巻いて女性の特徴を隠している紫苑だが、脱ぐ事だけはどうしてもできない。
女だと露見すれば追い出すという警告がある以上、それだけは防がなくてはいけないのだ。

「暑ぃー!お前も脱げよ紫苑!」

などと誘ってくる男達は数知れず。
だからそういう場合は大体凄みをきかせた声で応える。

「いや、俺は暑くねぇし」

頑なに脱ごうとしない紫苑を不思議に思う者もいたが、
持ち前の強さのおかげで、未だかつて強要された事はない。

そうやって構われる事自体は紫苑は嫌いではない。
ぎゃあぎゃあと罵声を浴びせ合いながらも、何だかんだ言って仲良くしてくれる仲間達が好きなのだ。

そんな攻防も済ませた夜更けの事。

「おい、藤沢はいるか!」
「はあ、何ですか原田さん」

平隊士の部屋の襖を乱暴に開け放ち、唐突にやってきたのは二人の組長。
隊士達のいる手前、敬語で返事をすると永倉も顔を出した。
明らかに殺気をにじませて、怒っているような口調で。

「ちょっと面貸せ」

それを目の当たりにした隊士達の方が震え上がりながら、ひそひそと紫苑に詰め寄る。

「(お、おい……お前何やらかしたんだよ)」
「さあ?何かしたっけ?今日は飯に変な物入れてねぇけど」
「(入れた事あるのかよ!)」
「(い、生きて帰ってこいよ!?)」
「当たり前だろ」

隊士達に押されながら紫苑は立ち上がる。
「早く来い」という冷たい言葉に「はい、すいません」と呑気に答えながら後を追う。

切腹する前のような重い空気が漂う中を無言で歩く。
しばらく廊下を歩き、幹部達の部屋の辺りまで来た所で紫苑はくすりと笑った。

「……ありがと左之さん、新八っつぁん。でもあれじゃ俺、超問題児みたいなんだけど」

そう背中に投げかけると、刺々しい雰囲気を消して二人が振り返った。
悪戯が成功した、そんな嬉しそうな顔で。

「怪しまれるよりは良いだろ?」
「そうなんだけど……」
「隊士達にはちゃんと理由つけて弁解しろよ?お前の事心配してたみてぇだからさ」
「わかってるよ、左之さん」

原田と永倉が連れてきてくれたのは屯所の奥にある風呂場。
そう、彼らは紫苑の風呂の為にわざわざ呼び出してくれたのだ。

「まったく……過保護なんだから」
「でも俺達がいたら安心だろ?」

風呂を見張っていてくれと頼んだ事はない。
人気もない夜、そこで女が入浴していたとしてもはっきりとはわからないだろうが、
万が一という危険もあるし、一人でこそこそ使用するのは怪しまれる要因になる。
だから紫苑紫苑でどうにかして都合つけて井戸で行水をしていたのだが、
そういう事情を察した原田が提案してくれたのが事の始まりだった。

しかし一応の新人隊士が何度も幹部と接触するのは、さすがにばつが悪い。
だからと、原田や永倉が先程のように"呼び出し"をするようになったのだが。

(あれはあれで目立つんだけどな……でも、気を遣ってくれてるんだよなぁ)

男として扱ってくれればいい、そう思っていたのに時々優しくされる。
「男女とか関係なく、仲間が風呂も浴びれずに苦労してたら何とかしてやりたくなるだろ?」と、
さりげなく"女扱いでない"と揶揄しながら笑った原田。
気恥ずかしい気分になりながらも、仲間達の厚意を感じるのは素直に嬉しい。

「んじゃ、俺らその辺にいるから終わったら―――」
「っわ、馬鹿!何でもう脱いでんだ!」

二人が傍にいるにも関わらず紫苑は上半身を露わにさせた。
慌てたのは男達だけで、本人は全く意に介していない。

「新八っつぁん照れてんの?さらし巻いてるんだから別に問題ないだろ」
「いや、そういう事じゃなくてだな……!」
「せっかく見張ってくれるんだから手短かに済まさないとな」
「あー待て待て!」

(こいつ、女だって事忘れてねぇか……!?)

それは信頼しているが故に平気で肌が晒せるのだが、若い男二人には目の毒でしかない。
永倉は騒ぎながら必死に目を隠し、原田は大きく溜息をついて明後日の方を向く。

(お前が気にしなくても、俺らが気になるんだよ……)

自分達は女だと知っているんだとわかれ、原田はそう心で毒づいた。

「どうせなら二人とも一緒に浴びる?」

笑顔の誘いを全力で拒否したのは言うまでもない。






紫紺 三






紫苑が入隊してからしばらく経つと、近藤局長と共に伊東甲子太郎が江戸からやって来た。
帰ってみれば何故か隊士として存在している紫苑に近藤も驚きを隠せなかったが、
近藤は予想通りにその大きな包容力で新選組にいる事を許可してくれた。

近藤は沸き立っていたが、明らかに新選組とは違う思想を持っている伊東に幹部達は良い顔をしなかった。
平隊士達も甲子太郎の文学的な物言いに共感をし始めていたが、
紫苑は「何か好かないんだよな」の一言で誘いを全て断っていた。

伊東甲子太郎の入隊、さらに藤堂平助が江戸で集めている隊士も増員される予定を見越して、
新選組の隊編成は大きく変わる事となった。
伊東は参謀という新しい重役に就き、他の伊東派の隊士達も要職を与えられた。

一方で、誰かの隊の所属になるかと思っていた紫苑だったが。

「っていうか、何で俺が小姓なんですか」

あまりの衝撃に土方の部屋に駆け込んだ。
紫苑の新選組入りに最後まで反対していたのに、よりにもよってその副長付の小姓に命じられるとは。

「そんなにひ弱に見えます?」

おそらく紫苑の事情を考慮した上での決定、土方の気遣いも傍にいられる事も嬉しい事なのだが。
強さを証明したかった紫苑としては、"小姓"は不服だった。

守りたいと思って新選組にまで来た。
なのに、まだ"守られるべき存在"だと思われている事は不本意なのだ。

拗ねたように土方の背中を睨んでいると、大きな溜息が聞こえた。

「……副長付小姓ってのは、表向きだ」
「はあ。では本当は?」
「お前は監察方見習いだ」
「……へ?」
「監察方は人数が少ない。山崎や島田達では手が足りねぇんだよ。
とりあえずは俺の小姓もやりながら、仕事は山崎に習え」

紫苑が文句を言いに来るのも予想していたかのように、土方は平然と答えた。
女だから小姓にでもさせて、まともに外も出してもらえないようになるのかと思っていたのに、
出てきた言葉に紫苑は唖然としながらも感心した。

「何だかんだ言って、ちゃんと考えてるんですね……」
「うるせぇ。お前は小回りが利きそうだからな」
「でも驚きました、意外で」

ずっと筆をしたためていた土方が一度だけ此方を振り返った。

「だってそうじゃないですか。いくら同じ試衛館の出だからって、
いきなり入って来た自分を監察にしようだなんて」

新人の紫苑でも、よっぽど信用できる人間じゃなければ監察方を任せられない事は理解できる。
監察は必然的に隊の重要機密を知る事になり、裏切られたら自分達の身が危ない。
だからその心配がなく、命令に忠実であり、敵の目を欺く事に長けた人間でなければならない。

「もしかしたら俺、誰かに吹き込まれて何処かの藩の間者になってるかもしれないじゃないですか」
「そうなったら斬るまでだ」

それを完全に見定める為の"見習い"処置なのだろう。
「ひとまず様子見だ」という言葉に、紫苑は土方に見えないように苦笑を漏らす。
少しは仲間として認めてくれているのだろうかと、嬉しい気持ちを隠しながら。

「……わかりました。ある程度は信用されてるって事で、頑張って任務を全うしますよ」

ようやく納得した気配を読み取った土方は、紫苑に背を向けたまま言葉を続ける。

「早速だが、お前に監察方としての命を与える」
「はい」
「局中法度は頭に入っているな」
「もちろん」
「それに背いた隊士を見つけ次第、報告しろ。対象は全員だ」
「……つまり隊士達と打ち解けながら、隊規を破った者を土方さんに告げ口しろという事ですね」
「ああ」

報告された隊士は間違いなく切腹になるだろう。
たとえ仲が良い隊士でも隊規を破れば土方に"死の宣告"をしなければならない、非情で酷な命だ。

「できるか、お前に」

紫苑の報告次第で隊士達の生死が決まる。
彼は試しているのだ、紫苑が私情を抜いて人の生死に関われるのかを。
情も馴れ合いも捨て、鬼となれるかを。

そう見据えてくる鬼副長の冷酷な目が何だか可笑しくて、紫苑は口角を上げてみせた。
そんな覚悟など、もうとっくにできている。


――貴方の為に、鬼になると決めたのだから。


「……ええ、俺は斬りますよ。躊躇いなく」
「お前が斬るんじゃねぇ。判断するのは俺だ」
「…………」

間接的にはなるが、最終的な人殺しは彼だという事だ。
決意を固めていた紫苑は思わず呆気にとられた。

「……やっぱり土方さんは優しいなあ」
「ああ!?」
「だってそれ、何だかんだ言っても斬るのは土方さんじゃないですか」

なるべくなら人を斬らせないようにしてくれている、それが垣間見えて微笑んだ。
だがさらに怒りを助長させてしまったようで、凄みを利かせた睨みが紫苑を射抜く。

「特別扱いしないんじゃなかったんですか?」
「監察は直接手を下すもんじゃねぇんだよ!余計な事言ってねぇでとりあえず小姓の仕事しとけ!」
「あーはいはい。とにかく荷物まとめてきます」

(だから優しい人だって、言ってるんだよ)

人を殺すにしても"直接"ではない監察を選んでくる辺り、そういう事だと思う。
沸騰してしまった副長から逃げようと立ち上がるが、土方はいつの間にか冷静に戻って紫苑を呼び戻す。

「待て紫苑。お前は雪村と同じ部屋を使え」
「……は?小姓は普通その人と同室でしょう?」

通常は衝立を隔てて寝泊まりするはずなのに、土方はそれは嫌だと拒否したのだ。

「俺は一人がいいんだよ。お前がいるとかえって邪魔だ」
「小姓の意味がない気がしますが。もしかして気を遣ってくれたんですか?」

女が男と一緒に住むのだ、恐らく理由の半分はそこにあるのだろう。
ついに答えなくなってしまった土方に小さく溜息をついて、紫苑はひとまず了承した。

「わかりました。ですけど、いいんですか?」
「何がだ」
「彼、雪村さんでしたっけ。同室で本当にいいんですか?」
「……問題はねぇ、男同士なんだから」

少し間があったなと思ったが、紫苑は素直に頷いて見せた。











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短め。
移転前の編成変え、焦らずのんびり進ませようと思ってます。
キャラ達と万遍なく会話させようとして、話が進まないだけなんですけどね。

2010.10.22修正