―――悔しくて、悔しくて、どうしても生き残りたかった。
だけど本当は、死に場所を探していた。
そうして確かに辿り着いた、私が死ぬべき場所に。
死を共にするであろう、最後の主を。
だけどその場所は私に"生きたい"と思わせてくれた。
生きて、生き抜いて、幸せを築いて……それから死ねばいい、そう教えてくれた。
亡くしてしまった太陽をずっと探していた。
あの光のように、私を長政様の元へ導いてくれる主を求めていた。
彷徨った末に出会った人は太陽のようであり、そうでない。
何故なら私の手は、少し伸ばせば彼に届くから。
隣で歩く事を許してくれた、私を必要としてくれたから。
三成様は死に場所じゃない、生きる場所だ。
笑って、一緒に歩いて、義の世の為に共に戦える、唯一の人。
つかの間の平穏だとしても、そのかけがえのない日々を噛み締めながら。
だから、私は生きていく。
私が定めた最期の刻まで―――
40・光より出ずる姫は華
「秀吉様も……どれだけ飲ます気だ……っ」
元々そこまで酒に強くないのに、主役だからと祝宴の席で三成は散々に飲まされた。
次々と酒を注がれ、陽気な男達が思いきり騒いでくれたものだから正直うんざりといった感情しか出てこない。
頭痛と気持ち悪さを覚えながら、ようやく静かになった夜の闇で酔いを醒ます。
「……綾葉?」
同じ部屋にいるはずなのに返事がない。
振り返ると綾葉は両の目を瞑り、ふわふわと頭を上下させている。
「寝ているのか……」
綾葉も酒を飲まされていたし、さすがに疲れたのだろう。
ようやく落ち着いた所だったのだが、と少し残念に思いながらも、
自分の無様な姿を見られない点では良かったと、三成は風にあたりつつ胸を押さえた。
いくら春になったと言えど夜はまだ冷えるが、火照った頬には丁度良い。
しばらく深い呼吸を繰り返し、いくらか回復した意識が背後の綾葉を視界に入れる。
やはり意識を失ったまま一向に起きる気配がない。
頭がかくんと動くたびに、微かだが髪を彩る簪が音を奏でる。
「…………」
許したものの、許しきれない部分があるのは男として仕方のない性分だ。
祝言の時は挿してやったが、いつでも許した訳ではない。
眠りこける伴侶に近寄ると、その藤を模した飾りをそっと引き抜いた。
後で返してやるつもりだがひとまず見えないように隠してしまい、気付かない綾葉をじっと見つめた。
月明かりがぼんやりと白い頬を浮かび上がらせる。
初めて触れたいと思った時も、このように無防備に眠っていた。
あの時も充分に美しいと思ったが、今日は真っ白な衣装に身を包み、
まるで愛される為に作られた人形のように力なく座り込んでいる。
言葉にする事は躊躇われるが、綺麗だと素直に思う。
姿形はもちろん、こんなにも真っ直ぐでいられる内面が反映しているのだろう。
様々な過去を経ても、その身に血を浴びながらも純真でいられる、そんな力に惹かれた。
その彼女が今や自身の伴侶となり、白をまとってすぐ隣にいる。
三成はほぼ無意識に綾葉の頬に手を滑らせて、彩られた紅に目線を落とす。
そのままゆっくりと顔を近づけて、薄い紅色に自身の唇を触れさせた。
躊躇いながら唇を離したものの綾葉の瞳が開く様子はない。
だからもう一度、温かくて柔らかい感触を確かめるように深く味わった。
まるでずっとこの機会を待っていたかのように、満たされた気分に包まれる。
夢中で、飽きるほど長く綾葉の体温を感じていた。
それは綾葉が目を覚ます心配すら忘れてしまうほど、三成は確かに高揚していた。
「……っ――」
綾葉が身動ぎした事でようやく目を開けば、驚きの眼差しが此方を凝視していた。
あれだけ口付けを交わしていたのだから無理もない。
「三成…さま…!?」
「…………」
みるみる顔が赤くなっていく綾葉とは反対に、不思議と羞恥は湧き上がらなかった。
吐息がかかる距離で視線を交差させても、どこか冷静に瞳の揺れを見ている自分がいる。
「……綾葉」
触れたい。
もっと、溶けるほど触れたい。
こんな気分になるのは、目の前にいるのが他ならぬ綾葉だからなのだろうと三成は思う。
他の女であったらここまで欲に駆られる事もなかっただろう。
最初は興味だった、そして今は綾葉の全てが欲しいと思うほど。
頬を染め狼狽する姿に苦笑を漏らし、腕を強く引いて再び唇を塞いだ。
「、…っ……」
誘われるように触れ合ってしまったが、肝心の彼女の意思を確かめていなかった。
これは嫌だっただろうか、ここまでは望んでいなかっただろうか。
幾ばくか不安に襲われた三成が体を引き離すと、綾葉はただ俯いていた。
「……嫌か?」
静かに問いかけると驚いたような顔が見上げてきた。
わかっている、いくら想ってくれているとしても急には適応できないのだろう。
(だが決めたのだ、俺は……)
「愛してやる、お前の忘れられない想いの分まで……」
――だから、俺を許して欲しい。
そう呟くと綾葉は吹き出した。
三成が見たかった溢れんばかりの笑顔で、嬉しそうに目を細めて。
「許すもなにも……私はもう三成様しか見えませんから」
優しい人だ。
この主はこんな時にも綾葉の事を考えてくれている。
どうしたら彼の不安が消えるのだろうか、もしかしたら一生消えないのかもしれない。
だから今は、不器用なひとを抱きしめよう。
綾葉の想いが伝わるまで、彼が安心するまで。
「この先……何があろうとも私は貴方の傍にいて、貴方を想い続けます。
たとえ貴方が独りになろうとも、私は貴方だけを信じ続けます」
――貴方だけが私を幸せにしてくれるから。
「三成様に全てを差し上げます」
この心も、義も、体も貴方の物だ。
「……大仰な事を言うな」
「でも本当ですから。……三成様に、会えて良かった」
「それも既に聞いた」
そっけない言葉だったが、強張っていた主の表情は緩んで再び距離が近づいていく。
与えてくれる体温は温かくて、胸がじんわりと溶けていく。
「最後まで、貴方に添い遂げます……」
最期まで、ずっと――――
―――桜が、満開だ。
「もう、長政様ー!お市様が待ってますよっ」
「すまぬ、話が長引いてしまってな」
背中をぐいぐいと押し、中庭へ抜けると薄桃が眼前に広がった。
ふんわりと風に乗りながらその枝を揺らし、一枚の花びらが舞う。
その桜の下で静かに座っている姫は、ようやく登場した主人に淡い微笑を浮かべた。
「市、遅くなってしまった」
「いえ、私は構いません。ですが綾葉が待ちくたびれていますわ」
「そうか……綾葉も悪かったな」
「わ、私は子供じゃありませんってば。そんな事で臍を曲げたりしません!」
二人の笑い声が同時に聞こえた。
やはり子供扱いされてるのが嫌で、彼らを放って花見の準備を始めた。
主は桜が一番綺麗に見える位置に腰を下ろし、太陽を透かしながら桜を見上げる。
「……こうして、あと何回見られるのだろうな」
一面に咲く薄桃を視界に入れて寂しそうに笑った。
「いつまで市や綾葉と一緒に桜を見ていられるのだろうな」
「な、何言っているんですか長政様!これからもずっとです!」
「……そうだな、綾葉……これが永遠になればいいと、どれだけ願った事だろう」
「長政様、そのような先の事を憂いても仕方ありませんわ」
「市……、ああ……忘れていよう」
今は全てを忘れて、世界を桜色だけに染め上げよう。
「今日の団子は綾葉が作ったそうだな」
「はい!是非食べて下さい」
「……ああ、やはり旨いな。綾葉のは格別だ」
主に褒められる事がどんなに嬉しかっただろう。
その手で頭を撫でられる事が、どんなに勇気を与えてくれただろう。
時折見せる寂しそうな眼差しに胸を痛めながら、それでも幸せだった。
「桜って、すぐ散ってしまうのに……綺麗ですね」
「ああ、この潔さが私は好きだよ」
光が、長政様が私を照らす。
太陽のような眩しさでこの身を焦がすくらい、それでも光を求めずにはいられなかった。
「……ありがとう、綾葉。貴女がいるから私は笑っていられるわ」
「いえ、そんな事は……私はただ、長政様とお市様が大好きなだけです」
花が、お市様が私を包み込む。
空高くに舞い上がって、そして生き様を刻みつけながら儚く消える。
「また次の年もやりましょうね、長政様!お市様!」
「……ああ、もちろんだ」
「ええ……貴女が望むなら、何度でも」
幸せに満ちた微笑んだ二人の顔は、一生忘れない―――
「……今年も、満開の桜……」
ふわりと飛ぶ花びらが頬をかすめて落ちていく。
薄桃の花をぼうっと見上れば、視界いっぱいの桜が揺れる。
ふいに舞い上がった温かい風、
それが背中を押してくれたように感じて綾葉はくすりと桜に笑いかけた。
頷いて、そして振り返る。
「花見、しませんか?」
突然の提案だったが真っ先に応えたのは幸村だった。
「いいですね、やりましょう。さっそく皆を呼んで参ります」
「では私は此方を手伝おう」
「ありがとうございます、兼続殿」
兼続も慣れた手付きで茶器を運んできては宴の準備をしてくれる。
「まあ、今はそれほど忙しくもないからなぁ。茶菓子はいるかい?」
「はい、お願いします」
一人だけ苦笑を見せた左近だったが、"仕方ない"と結局は綾葉に賛同した。
桜の樹木に、人が集まる。
戦の世、それでも皆が笑っていられる瞬間。
「ん?三成はまだ来ておらぬのか?」
「おかしいですね、先程お呼びしたのですが……」
肝心の三成がいない。
いつもの事だが彼は率先して花見に参加しようとしない。
それはただ照れているだけなのだと皆はわかっているが。
「……もう、相変わらずな人ですね」
準備を兼続達に任せると綾葉は立ち上がった。
綾葉でなければあの偏屈は動かない、それもいつもの事だ。
主がいるだろう場所へ小走りで迎えに行く。
しばらくすれば鷲色の髪が視界に入り、次に不機嫌そうにそっぽを向いている顔が見えた。
「三成様、お花見しましょう?」
笑顔で言ってみても、三成は目を合わせようとしない。
「俺は雑務が残っている。能天気な奴等には付き合っていられぬ」
「でも、その手を休めて此処まで来てくれたんですよね?」
「…………」
本当に嫌なら部屋に籠もっていればいいのに、わざわざ少しだけ外に出ている。
彼はただ恥ずかしいだけなのだ、誘われたまま来てしまえば花見という祭り騒ぎを気に入っていると思われる事が。
もっとも、親友達には羞恥の事実なのだが彼は頑なにその態度を変えない。
だが、何だかんだ言って三成が不参加だった事は一度もない。
(素直になれない人……でも、とてもわかりやすい人)
だから愛しいと感じる。
笑っていられるのだと思う。
「皆待ってますよ。三成様、早く行きましょう?」
「……少しだけだからな」
「わかってます、少しだけですね」
そう言っていつも最後までいてくれるのだ、彼は。
ようやく重い腰を上げた三成の斜め後ろを歩く綾葉。
終始ご機嫌に笑っている伴侶を覗き見て、溜息をついた三成はおもむろに手を伸ばした。
「っ……三成、様?」
「…………息抜きだ」
よくわからない理由だったが、それでも嬉しかった。
少し乱暴で、だけど温かい想いが繋がれた手から綾葉に伝わる。
溢れた微笑みは、三成の胸にも熱を染み込ませていく。
――ひとときの幸せ
たとえ、こんな穏やかな日がなくなったとしても。
――この人がいれば、それでいい。
「お前は、桜が嫌いではなかったか?」
「……好きだったから、嫌いでした。でも今は嫌いではありません」
「言っている意味がわからぬ」
「三成様がいるから、好きだという事です」
「…………」
顔を上げれば、無数の薄桃の命が咲いている。
義を共にする仲間達が二人を待っている。
綾葉が、傍にいる。
太陽の光に愛され、花のように育てられた彼女は……満開だった。
「三成様」
「何だ」
「……ずっと、傍にいてもいいですか?」
「当然の事を聞くな」
「……、はい」
―――彼女は、桜にも負けない……藤の華だ。
花葬に誘う藤の姫
<完>
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(あとがき)
ついに完結いたしました!
今まで根気に読んでいただいた方々、本当にありがとうございました。
今回の無双夢を書くにあたって、とにかく「0から始める恋愛」を描きたくてこのような主従関係になりました。
ただの主従から始まりゆっくりと想いを膨らませていく、温かい気持ちになるような話を書こうと思いました。
すぐに恋愛に発展させたくなかったので、過去の想いをひきずっている設定ができあがりました。
おかげでシリアス部分が多くてほのぼのが少なくなってしまったので、終盤に詰め込みました。
長政様なのは私の趣味ですが、案外ピッタリ合っていた気がします。
長政様大好き!
しばらくは過去の主が長政だと言えなかったので、ずっとムズムズしていました(笑)
ヒロインとしては、長政の事は一生忘れないでしょう。忘れられる訳がないと思います。
だけどある程度気持ちを整理させて、さらに三成を愛せるようになった。
最後の描写で"過去の花見"を思い出しても笑えるようになり、その記憶に上乗せするように皆を花見に誘う。
かなりの進歩だと思いますよ(笑)
最終話は全員集合させようとして撃沈しました。
それと、祝言の場面は適当にぼかしました。
本来なら新婦の城から行列を作って新郎の城へ向かうんですが、細かくは割愛。
同じ城内で似たような形式で行っています。
続編に関しましては……検討中です。
書きたい気持ちはあるのですが、体力的に微妙です。
関ヶ原ぐらいは書きたいんですけど……それはまた重いし、どうしましょう(苦笑)
長くなりましたが、二人の成長を感じ取ってもらえたら嬉しい限りです。
よければ感想お待ちしております。
こんな拙い小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
少しでも皆様の心に染みるような話になっていたら幸いです。
2010.8.28