04




今まで普通の生活をしていて、こんなに道端で様々な人に話しかけられる事はなかった。
不思議な事に、ある時を境に自分の環境が変わってしまったかのようだった。

「お姉さんっ、こんばんは!」

今日はついに、小学生ぐらいの男の子に声をかけられた。
慌てて走ってきたと言わんばかりに息を切らせた眼鏡の少年の顔には見覚えがあった。

「、君は……」
「ボクの事、覚えてる?」
「うん……」

シュウを見かけた病院で、彼と一緒にいた子。
そして百貨店で彼に似た人を見て崩れ落ちた美弥に駆け寄って来てくれた子。

「あの時、ちゃんと帰れたのか心配だったんだ……大丈夫、だった?」
「……もしかして、わざわざその為に声をかけてくれたの?」
「う、うん……だって、とても悲しそうな顔をしてたから」
「…………」

呼吸を整えながら、幼さを滲ませた声で見上げてくる少年。
なんて優しい子なのだろうかと思った。
見知らぬ大人が泣いていて、その人物を後日見つけたからって走って大丈夫か尋ねるなんて事、自分が彼ぐらいの年齢の時にできただろうか。

「ごめんね、心配かけちゃったんだね」

茫然自失だった美弥を放っておけなかったのだろう、車に乗せて送ってくれるとまで言ってくれたけど断ってしまった。
だから余計気にさせてしまったのかもしれないと、美弥は少年の目線までしゃがんで眉尻を下げた。

「少し、ね。だからお姉さんに会えてよかった」
「……そっか。うん、ありがとう」

申し訳ないと思う気持ちと共に、こんなあどけない少年の気遣いがどうしてか心に染みた。
完璧な容姿の探偵に似たような事を言われてもあまり心は動かなかったのに。
思わず頬が緩んで少年の頭を撫でると、照れたように目を泳がせる仕草が可愛らしかった。

「お姉さん、赤井さんと知り合いなんだよね?」
「……赤井さん、か」
「思い出させてごめんね……でも、ちょっと気になって」

上目遣いで訊ねてくる少年の言葉に苦笑する。
"赤井"と聞いても、どこか他人のように思えて何だか変な感じがするのだ。

「……私、その人の事何も知らないの」
「そうなの?それじゃあ、お仕事何してるとかも?」
「うん」
「そうなんだ……でも、そんな人とどこで知り合ったの?何も知らないのにどうやって仲良くなったの?」

躊躇いがちではあるものの、少年からの質問は途切れない。

「うーん……偶然が重なって、かな」

爛れた大人の出会いを子供に聞かせるものでもないと濁せば、少年はどことなく不満そうな顔をした。
大きな瞳をじっと見つめていると、病院で彼とすれ違った記憶が頭をよぎる。

(訊いてもいいのかな)

どうしてシュウは君と一緒にいたのかと。
この少年と彼はどういう関係なのだろうかと。

「赤井さんが何してた人とか、気にならなかったの?」
「…………」

訊いたら教えてくれるのだろうか。
だけどそれを知った所で、今更どうなるというのか。
知りたい気持ちと諦めのような絶望が混じり合って、最終的に美弥は泣きそうな顔で笑んだ。

「気になるけど……私には必要なかったから」
「…………」
「それに、もう訊いたって仕方ない」

そう、何も変わらないのだ。
美弥の前からシュウがいなくなってしまった事実は変わらない。
どんなに現実を信じたくなくても嫌でも突き付けられて、虚しさだけが残る。

(それはユキの時からそうだった)

消えそうなほど薄く笑う美弥を、少年は眉尻を下げて見上げていた。

「このお姉さん、コナン君の知り合い?」
「お、お前ら!」

いつの間にかコナンと呼ばれた少年の後ろに、四人の子供達と初老のふくよかな男性がいた。
少年がぎょっとした顔で振り返るが、どうやら少し先の路肩に停めた車から眼鏡の少年を追いかけてきたようだ。

「急に車から降りるから何かあったのかと思いましたよー」
「お、おう、知ってるお姉さんがいたからちょっとな……」
「なんだよコナンー。もうオレ腹減って死にそうなのによー」

ひょこっと顔を出した女の子に続いて、礼儀正しい少年と、体格の良い少年が寄ってくる。
その後ろからどこかの科学博士のような風体の男性がもう一人の女の子を連れて、苦笑しながらやって来る。

「しょうがないのぉ。この辺りで何か食べて行くかのぉ」
「おお、やったぜ!」

楽しそうに盛り上がっている子供達。
それをポカンと眺めていると、眼鏡の少年が美弥の袖をキュッと握る。

「お姉さんも来ない?ボクもう少しお姉さんとお話がしたいな」
「え?」
「うん、一緒に食べようよ!」
「ええ、みんなで食べるときっと楽しいですからね!」

全くの初対面なのに子供達は警戒する事もなく美弥が参加する前提で話が進んでいる。
いくつもの無邪気な目にせがまれたら、流石に拒否ができない。

「じゃ、じゃあ……」

半ば強引な流れに美弥が頷くと、あっという間に近くのファミリーレストランに行く事になった。
車を適当なパーキングに停め直した後で、改めて全員が同じテーブルに付くと興味津々に色々と質問された。

「へえ、美弥さんっていうんだ」

眼鏡の少年は江戸川コナンと名乗った。
皆は同じ小学校の1年でクラスも同じであるらしい。

"知ってるお姉さん"と言ったのに、互いの名前を今初めて知った事に子供達は首を傾げていたが。
百貨店で偶然知り合った事をコナンが掻い摘んで説明すれば、皆はすんなり納得した。

「俺達は少年探偵団なんだ!」
「少年、探偵団……」
「ええ、どんな難事件でも僕達が解決してみせます!」
「これが探偵バッジなの!」
「みんな同じの持ってるんだ、すごいね」

彼らが目を輝かせながら見せてくれたお揃いのバッジは玩具でもないちゃんとしたもののようで、意外と本格的な活動なんだとわかる。
今まで探偵というものに全く縁がなかったのに、ここ数日でよく耳にするようになったなと思う。

「困った事があれば何でも言ってください」
「うん、そうするね。ありがとう」

知らない大人にも物怖じせず何でも相談してくれと胸を張っている姿は子供らしく無垢で、だけど何だか頼もしくも見えた。

美弥自身、子供は好きだった。
だからこそ子供を持つ事に憧れもあったので、ほんの少しだけ羨ましさを感じながら。
だけど元気な子供達を見ていると純粋に可愛いなと思う。

美弥さんはこの辺りに住んでるの?」
「そうだよ」

コナンという少年は住んでいる家や、仕事は何をしているのかなど、およそ子供らしくない事ばかり聞いてきたが美弥は素直に答えた。
普通の会社員だよ、と言うと彼は何かを考え込んでいて、どうしてそこに引っかかるのか美弥には理解できなかった。

そしてグループの中で一人だけ、赤みがかった茶髪の大人しそうな少女だけは何も聞いてこなかった。
最初に子供達が美弥の周りに集まった時も、彼女だけは離れた位置から此方を見ているだけだった。
目が合うとフイっと顔を背けられるので、どうやら人見知りなのか彼女は警戒心が強いらしい。
だけど初対面なのだから普通はそういう反応だろうなと思うので、美弥も無理には関わろうとしなかった。
むしろ邪魔してるのは美弥の方だとも言える。

「おお、これ美味ぇー!」
「本当だぁ!」
「これにして正解でしたね!」

運ばれてきたハンバーグに食らいついた元太が声を上げた。
光彦や歩美も同じものを食べては目を見開いて喜びを露わにしている。

「こっちのポテトもうめぇぞ!」
「ソースとよく合いますね!」
「これこれ、もっと静かに食べるんじゃ」
「はーい……」

阿笠に窘められ明らかに肩を落とした子供達を見て、美弥は堪らず笑いだした。

美弥さん?」
「ごめんね。こんなに楽しい夕食、久しぶりだなと思って」

窺うような顔をしたコナンに美弥は目を細める。
今の美弥にとって食事とはただ生きる為に摂取するものだったのに、美味しい美味しいとはしゃぐ子供達が何だか眩しかったのだ。
ああ、食事ってこんなに楽しいものだったんだと、忘れていた気持ちを思い出させてくれるようだった。
美弥が食べているのはハンバーグではなく和風出汁のあっさりしたうどんだったが、いつもより美味しい気がした。

「僕達もお姉さんと一緒に食事ができて楽しいです」
「歩美もー!」
「うん、ありがとう」

事情を知らない子供達は無邪気に笑い返してくれて。
コナンだけは複雑な表情をしていたが、最後には笑っていた。

その後も元太がおかわりを繰り返し、大人顔負けの量を食べきったおかげで会計はかなりかさんでいた。
これは大人として自分の分とさらに少し多めに出した方がいいなとレジに向かうと、阿笠に止められた。

「いいんじゃ、女性に払わせる訳にはいかん」
「いえ、そんな。せめて自分が食べた分は払います」
「遠慮する必要はない。ここはワシの顔を立てると思って!」
「…………」

ここまで言われたら引き下がるしかなく、「すみません、ごちそうになります」と頭を下げれば阿笠が笑う。
見栄っ張りね、と呟かれた声の主を辿れば、阿笠の背後に灰原哀という少女がいた。
冷静で、まるでお母さんのような口調は子供っぽくなく、それはそれで可愛いなと美弥は思った。

外に出れば、元太が腹をさすっている。

「はあ~食った食った!」
「元太くん食べ過ぎですよ」
「けど、食後に甘いもんでも食いたくなってきたなぁ」

どうやら彼の胃袋は無限らしい。

「元太くんまだ食べるの?」
「流石にやめた方がいいと思いますよ!」
「ええ!?いいじゃんかよー別にぃ……」

仲間達に止められ、少し不貞腐れながら元太は肩を落とす。
元気があっていいなとは思うが確かに今日はやめておいた方が賢明だろう。
ならば、と美弥はくすりと笑って元太に視線を合わせた。

「なら、今度お菓子作るから食べてくれる?デザートはそれまでのお楽しみって事でもいいかな?」
「ええ!ねーちゃんが作ってくれるのか!?」
「お姉さん作れるの!?」
「ちょっとしたものならね。今日一緒にご飯食べてくれたお礼に作ってくるね。
阿笠さんも、お礼にもならないかもしれませんけどよろしければどうぞ」
「おお、すまんのぉ!」

賑やかな食事に誘ってくれた感謝と、阿笠にも食事代を払ってくれたお返しのようなものだ。
大した事でもないが、子供達が目を輝かせてくれたので美弥は嬉しくなった。

今度のお休みに作って持って行くねと約束すれば、元太は満足してくれたようだ。
「デザートデザート♪」と歌いながら歩く姿を微笑ましく感じていると。

「おや?」
「あれ?昴のにーちゃん!」

ちょうど向こうからやってきたのは美弥も知っている茶髪の青年だった。
どうやら子供達とも面識があるようで、彼の登場に皆が声を上げる。

「どうしてこんな所にいるの?」
「近くにお気に入りの本屋があるからこの辺りはよく通るんですよ。それで買い物してから帰るのが日課なんです」
「へー、そうなんですか」

子供達に言葉を返しながら、青年が美弥に細目を向ける。

「こんばんは、こんな所でお会いするとは思いませんでした。子供達とお知り合いですか?」
「ねーちゃんとはさっき会ったんだ!」
「コナン君がお知り合いだったようで、一緒にご飯を食べたんです」
「うん、みんなで食べたんだよ!」
「そうですか」

美弥が何かを言うよりも先に口々に答える子供達に青年はニッコリと笑う。
コナンはどことなく戸惑ったような表情で青年を見上げている。

「昴さんこそ……美弥さんと知り合い、なの?」
「そこのスーパーでたまに会うんですよ。自炊してるのに料理の事がわからない僕に、色々教えてくれるんですよ」
「……そうなんだ」

苦笑するコナンを余所に、青年が美弥に向き直る。

「ちゃんと自己紹介した事はなかったですね。沖矢昴といいます。阿笠博士の隣の家で居候させてもらっているんです」
「ああ、そうなんですか……」

だから阿笠や子供達とも知り合いなのかと納得した。
そういえば自分も名乗った事はなかったなと、美弥も頭を下げる。

美弥です」
美弥さん、ですね」

確認するように名前を呼び、沖矢は穏やかに笑った。











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やっと主人公登場。
この後また家まで送る送らないの話になって、遠慮してそそくさと帰ったのは余談です。