05




次の休日、ケーキの箱を大事に抱えてバスに乗り込み、米花町を目指す。

穏やかな振動に揺られながら、美弥は出掛ける前の出来事を思い出して自然と頬を緩ませる。
これから出発する旨をコナンに送ったところ、『迎えに行こうか?』というメッセージが返ってきてつい笑ってしまったのだ。
きっと誰かの車に乗って迎えに来るという意味だとは思うが、まるで自分が運転するかのような文面だったから。
そもそもお菓子はお礼なのでそれには及ばないと丁寧に断っておいたが、大人だなと感心したのが少し前の事。

目的地でバスを降り、教えてもらった家を訪ねると阿笠に快く迎えられた。
博士と呼ばれているだけあってか家の間取りは普通の邸宅とは違っているようで、テレビの前では既に子供達が集まっている。

「あ、美弥お姉さんだ!」
「こんにちは。約束してたケーキ持ってきたよ」

最初に振り返った歩美に渡すと嬉しそうに飛び跳ねる。

「わーい、お姉さんの手作りケーキ!」
「やったぜ!」
「ありがとうございます!」

ゲームをして遊んでいたらしい元太と光彦もやってきて、皆でパタパタと奥まで走っていく姿が可愛くて美弥は目を細める。

「わざわざ作ってきてくれてありがとう、美弥さん」
「いいえ、この前のお礼だから」
「お茶入れるから座ってて」

コナンが子供らしくない動作で美弥を案内するとキッチンに入っていく。
部屋の中央にある珍しい円形のキッチンには、まるでお母さんのように準備をしている哀がいる。

「お邪魔します。あ、私も手伝うね」
「…………」

哀は相変わらず美弥をじっと見るだけで何かを言う訳でもない。
でもここで部外者は美弥なのだから、そんな反応でも仕方ないと思う。

「小皿と切り分ける用のナイフを借りてもいいかな?」
「……どうぞ」

そっけなく示された引き出しを開けて目当てのものを取り出し、持ってきた箱からケーキを慎重に引き出す。
子供達はケーキが気になりつつもゲームの続きも気になるようで、わいわいと忙しなく動いている。
その一方で哀はゲームには目もくれず、小さな身長で手を伸ばしながらテキパキと飲み物をグラスに注いでいる。
まだ小学生なのに凄いなと美弥は思ったが、声には出さなかった。
阿笠の家で一緒に住んでいるそうなので、きっとこのキッチンの主は彼女なのだろう。

「……それ、貴女が作ったの?」
「そうだよ」
「……プロが作ったようね」

イチゴをメインに他のフルーツもバランスよく並べて生クリームでデコレーションしたケーキを見下ろして、哀がそう零す。
中のスポンジはココア生地で、切った2段の間にもイチゴとクリームが入っている。
久しぶりにお菓子を作るとあってちょっと気合いを入れてしまったが、これでもただの趣味の範囲だ。

「そんな大層なものじゃないけどね。でも、ありがとう」
「…………」

話しかけて褒めてくれた事に喜びを感じたのも束の間、彼女はまたふいっと目を逸らす。
もしかしたら恥ずかしがり屋なのかもしれない。

「みんなの食べられるもの食べられないもの聞いてなかったけど、大丈夫そうかな?」
「……そうね、問題ないと思うわ」

アレルギーとかあったら大変だからと哀に確認をお願いすれば、彼女は律儀にケーキを見つめて頷いた。

(やっぱりお母さんみたい)

とてもしっかりしていて大人びた口調に、何だか十歳以上も年下の少女と話しているとは思えなくなってくる。
彼女は何だか子ども扱いされたくなさそうな感じがしたし、そういう会話の方が美弥としても気が楽だった。

「早く食べようぜ!」
「すぐ切るから待っててね」

喧嘩にならないように均等に切らなければとナイフの位置を吟味していると、ちょうど玄関のインターホンが鳴った。
ドアを開けに行ったコナンが誰かと話しているかと思えば、来客の人を連れて中に戻ってきたようで。
視線を上げれば、前回の時にも出くわした沖矢が鍋を持ってにこやかに立っていた。

「こんにちは。今日は美弥さんが来られると聞いたので、おすそ分けに来たのですが……」
「やったぜ、昴のにーちゃんのご飯も食べれるぜ!」
「わーい!」

沖矢の周りに子供達が集まってくる。
どうしてか哀だけは顔を顰めてキッチンに隠れ気味になるのを横目に見ながら、美弥は沖矢を見上げる。

「突然すみませんが、よければ味見してもらえませんか?
レシピ通りに作ったのですが、どうも思っていたものと違うような気がするんです」
「……そうなんですか?」

蓋を開けると筑前煮だろうか、野菜がいくつか入った煮物の良い香りがふわっと漂う。
味見をしてくれと言わんばかりに差し出されるので、美弥は小皿を借りてそれを一口含んで、咀嚼する。

「うん、美味しいですよ?特に変わった所はないみたいですけど」
「そうですか……僕が目指したいのは、もっと違う味なんですけどね」

少し前まで全く自炊した事がないと言っていたのだから、そこから煮物が作れるようになったのなら大したものだと美弥は思う。
だけど沖矢の理想には程遠いらしく、困ったように煮物を見つめている。

「以前にお世話になった方がいましてね……その方の料理が懐かしいというか、
もう一度食べたい気がしてるのですが、どうも上手く再現できないのです」

思いを馳せるように沖矢は顔を上げる。
細目の奥の色はわからなかったけれど、薄く笑っているようだった。

「後から気付いたのですが、あの味は……とても美味しかったんでしょうね」

しみじみと、呟くように発せられた彼の言葉には心がこもっていた。

「僕が作る料理と、一体何が違うんでしょうね」

彼は、記憶の味を目指しているのだ。
レシピがない状態で一から味を再現しようとするのはなかなか難しい気がする。
限りなく近づける事はできるかもしれないが、それは彼の記憶と腕次第だ。

「……料理が上手な人は、調味料一つ一つにもこだわりがありますからね。
全く同じレシピで作っても同じ味にならない事もあります」
「なるほど……」
「なーなー!それ食べていいの?」

二人で煮物を見つめて悩んでいると、痺れを切らした元太が覗き込んでくる。

「ええ。デザートではないですが、よければ食べてください」
「食べれるなら何だっていいぜ!」
「もう、元太君ってばー」

ケーキを切っている最中だった事を思い出して美弥はまたナイフを持つ。
人数が一人増えたのでそれも合わせた角度にして、小皿に取り分けた。

テーブルにはケーキと煮物、それからオレンジジュースという不思議な取り合わせになったが子供達は大喜びだった。
まず初めに、と皆は待ちかねていたケーキを口に運ぶ。

「うめー!」
「生地もフワフワで美味しいです!」
「お店のお菓子みたい!」
「ありがとう。何だか照れるね」

久しぶりにこんなに喜んでくれる人がいて、美弥は自然と嬉しくなった。
目を輝かせてケーキに齧り付いている姿を見るだけで笑みが漏れる。

「ああ、美味しいですね」
「ありがとうございます」

子供達に混じった沖矢が感慨深いような声を出した。
甘いものが好きそうにはあまり見えなかったけど、それでも口には合ったようでよかった。
阿笠も美味しい美味しいと子供のように喜び、食べ過ぎないようにと哀に釘を差されていた。
どうも健康の為にカロリーを取りすぎないよう制限されているらしい。

(今度はもっとヘルシーにしよう)

自然と次に作りたいお菓子が頭に浮かぶ。
その感覚は何だか久しぶりだった。

ケーキの次は煮物もきちんと平らげた。
沖矢は不満そうだったが、しっかり火を通しさえすれば特段して指摘するような箇所もないと美弥は思うが。
哀は「野菜の下拵えが甘いわね」なんて辛口コメントをしているので苦笑するしかない。

その後は皆に引っ張られる形でテレビ前のソファに座り、テレビゲームを一緒にした。
交代で対決をしようと誘われたものの、操作がよくわかってない美弥はいつも負けた。
「ねーちゃん弱えな!」「あの攻撃が来た時は上に逃げるんです!」なんて左右から言われながら慌ただしくコントローラーを操作する。
慣れてないのでワタワタしてしまったが、こんな経験は初めてだったので凄く楽しかった。

子供達に指示されながら必死にテレビに噛り付く一方で、そのやり取りを遠巻きに見ていたコナンはこっそりと沖矢に耳打ちする。

「昴さん、もしかして美弥さんに会いに来たの?」

身を屈めていた沖矢はくすりと笑う。

「……君達には感謝していますよ」
「え?」
「彼女を笑わせたのは、彼らが初めてかもしれない」

目を細めた沖矢が見つめる先には、ようやく勝てて屈託なく笑っている美弥がいた。

「あれが、本来の彼女なんでしょうね」
「…………」

コナンと沖矢の視線に気付かないまま、美弥は子供達とのゲームに夢中になっていた。






美弥お姉さん、また遊ぼうね!」
「待ってます!」
「お菓子も待ってるぜ!」
「うん、ありがとう。またね」

無邪気な子供達に手を振り返して阿笠邸を後にする。
最寄りのバス停まで歩きながら、ふうと息を吐く。
どこか高揚したような気分で、あっという間に過ぎてしまったなとさっきまでの時間を噛みしめる。

美弥さん」
「えっ、沖矢さん?」

バス停に着いたあたりで声をかけられて、振り返ればふわふわした茶髪が揺れていた。
どうやらここまで追いかけてきたらしい。

「あの……いきなりこんな事言ったら迷惑でしょうけど、貴女さえよければ僕に料理を教えてもらえませんか」
「え?」

本当に唐突な言葉だったので美弥は瞠目した。

「やっぱり料理の本では要領を得ない所もあるので……直接教えてもらえるとありがたいのですが……」
「…………」

思ったより真剣な表情でそう口にするので、どうやら本気で記憶の味というのを再現しようとしている事はわかった。
それは良い事だと思うが、美弥はそもそも料理のプロでも何でもない。

「でも私こそ、きちんと料理を学んできた訳ではないので、人に教えるなんてとんでもないですよ」
「いいんです。貴女の味を教えてもらいたいと思ったんです」

え、と美弥は首を傾げる。

「……私の味とその方の味付けは違うと思うので、参考にならないのではないでしょうか?」
「構いません。まず基本を教えて頂いて、アレンジできるようになったら自分で味の追及ができるかもしれませんから」
「…………」

休日の空いた時間でいいんです、と沖矢は続ける。
料理は好きだが人に教えた事なんてない。
料理教室とかでは駄目なんだろうか、だけど男性が通うには抵抗感があったりするのだろうかとも思う。

(何だか最近、こんな事が多いな)

困惑しながらも、まあいいかと思っている自分がいる。
美弥としてもどうしてもやりたくないという訳でもないし、そもそも休日は時間を持て余している。

「……私でよければ、いいですけど」
「本当ですか、助かります。ありがとうございます」

しばらく考え、了承の言葉を返した。
ならば連絡先を交換してくださいと言われ、携帯を取り出して操作をしていると、何故かくすりと笑った声が聞こえた。

「……貴女は、頼まれたら断らないのですね」
「え?」

携帯を手にしながら、どういう事かと美弥は沖矢を見上げる。

「仮に僕が、貴女を利用して酷い事をするような悪い人間だったらどうするんですか?」
「…………」

警戒心を持てと言われているのだろうか。
怪しくも見える眼鏡の奥の笑みを見つめて、美弥はきょとんと考える。
連絡先を聞かれるのは近頃は最早珍しくなくなってしまった。

もし、彼が悪い人間だったとしたら。

いつだったか似た事を考えていたような気がして、何だか可笑しくなった。
これ以上に何か悪い事が起きるなら、それはもう仕方ないなと思う。

「……その時は、殺して欲しいなと思います」
「…………」
「冗談です」

予想外だったのか流石に絶句した沖矢に、美弥は薄く笑った。











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