07




『またお菓子を作ったから、よかったら食べて欲しいんだけど』と、コナンの携帯にメッセージが届いた。

あれ以来少年探偵団の仲間達はすっかり彼女が気に入ったようで。
美弥さんからのケーキがある、と言えば皆が飛び上がって集まってくる事は容易に想像できたので、
『みんなを誘って博士の家に行くよ』と返した。

「あの人、また来るの?」
「ああ。何か都合悪かったか?」

博士の家に行けば灰原が困ったように眉を潜めるが。

「別に。害がないからいいけど」
「害って……」

本気で嫌がっている訳ではなさそうだとわかり、苦笑する。
素直でない彼女らしい言葉だった。

子供達がゲームやなんやして遊んでいると、じきに来訪を知らせる音がする。
コナンがドアを開ければ、静かに佇んでいる彼女が緩く微笑む。

「ごめんね、急に連絡しちゃって」
「ううん、美弥さんありがと」
美弥お姉さんが来たー!」
「ありがとうございます!」
「今日の菓子はなんだ?」

コナンの言葉に被さるように子供達がやってきて、彼女を奥に引っ張っていく。
戸惑いながらもどこか嬉しそうに瞳が揺れているなと思った。

「お邪魔します。暇だったからまたお菓子作っちゃったので、食べてくれると嬉しいな。
阿笠さんが罪悪感なく食べられるように糖質は抑えめにしました」
「おお、それは有り難い!」

持ってきた紙製の箱から出てきたのは一見普通のガトーショコラだったが、小麦粉の代わりにおからを使った低糖質なデザートらしい。
付け合わせのホイップクリームも豆乳で作られているそうだが、言われないと見た目では全然わからないほどに美味しそうだった。
子供よりも博士の方が密かに期待に満ちた顔をしている事をコナンも灰原も見逃さなかった。

「あ、でも糖質は少ないけどカロリーはあるので、それでもあまり食べ過ぎないようにしてくださいね」
「ですって、博士」
「お、おお、わかった……」

相変わらずの灰原に彼女は苦笑しながら、子供用にもし甘味が足りなかったらとメープルシロップまで取り出した。

「本当に暇なのね。でも、ありがとう……みんな喜ぶわ」
「……うん」

素っ気なくも思える灰原の言葉にも、彼女は「ありがとう」とはにかんだ。

彼女は、灰原を子ども扱いしない。
見た目小学校低学年が台所に立って色々やっていたらやめさせたり手助けしそうなものだが、
彼女は灰原を立てて、あくまで灰原の補佐というスタンスを崩さない。

「あ、それと……隣の沖矢さんって、家にいるかな?」

振り返った彼女に訊ねられ、首を傾げる。

「昴さん?どうかな……何か用?」
「ついでに、と思っていくつか作ってきたんだけど……」

箱とは別にトートバッグを持っていたが、どうやらさらに何かを作ってきたらしい。
意外だったが、前回の事もあるのでその関連だろうかと、コナンは頷いた。

「なら家にいるか見てくるよ」
「あ、いいよいいよ、自分で行ってみるから」

隣を確認しに行こうとしたら引き止められて、慌てたように彼女が「すぐ戻ってくるから」と手を振る。
荷物を抱えて出ていった彼女の背中を、灰原が胡乱げにじっと見つめている。

「……彼女、もしかしてあの人狙い?」
「どうだろう……でも、気にしてるのはむしろ……」
「……?」

自身の本当の自宅を見つめ、コナンは彼女について思いを巡らせる。






――「で?あの人が何だっていうのよ」

彼女とファミレスで食事をした後、終始黙っていた灰原がようやく口を開いた。

「慌てて飛び出していくほどの人なの?」
「……俺もよくわかんねぇんだ」
「はあ?何それ」

コナン自身も首を捻ると、灰原が眉間に皺を寄せる。

「あの人、赤井さんの事知ってるみてぇなんだ」
「赤井って、あの切れ者とされてるFBIの人よね?死んだっていう……」
「ああ、百貨店でたまたま見かけたんだけど……多分赤井さんが死んだって事をあの時知ったんだろうな、あの人泣き崩れてたよ」

百貨店での事件の後、ジョディからも『彼の事を知っている女性と会った』と連絡が来た。
偶然居合わせて、その時に彼の事を聞かれて、そうだと答えたらしい。

「けど、俺もジョディ先生も彼女の事知らないから、どういう人か気になってたんだ」

『何者なのかしら、彼女……聞きたい事が山ほどあったのに、目を離した隙にいなくなってしまったのよ』とどこか悔しそうに溜息を漏らしていたジョディ。
その事がずっと引っかかっていたままだったが、偶然歩いている所を見つけたから思わず駆け寄っていたと説明すれば。

「なら、普通に考えれば彼と懇意にしていた女性って事になるんじゃない?」
「……普通はな」

まさかそんなはずはと思うのは、彼の過去を少しだけ知っているからだろうか。
そんな人がいるとは思わなかったのだ。確かに、いても不思議ではない人だけど。
違和感を覚えるのは、彼女がどうも遊びで男と付き合うような人には見えないからかもしれない。

ファミレスで話してみた限り、彼女は本当に普通の人だった。
良い人という単語が似合いそうな、落ち着いた人だなというのが印象だった。
少し影のある笑みを浮かべている事が多いが、子供は純粋に好きみたいで、はしゃいでいるだけで嬉しそうに笑っていた。
自ら進んで前に出ず後ろで静かに立っていて、だけど見守ってくれているというか、穏やかに微笑んでいるというイメージ。
それを装っているかもしれない線も考えてみたが、そんな二面性があるようにも思えない。

灰原はいきなり親しくするようなタイプではないが、警戒はしていなかったので組織の人間という可能性もなさそうだった。

だけど、そもそも接点が見つからない。
彼はFBIで、どうやって知り合うというのか。
しかも彼は未だにある女性の事を想っているらしいというのに。

「彼だって男なんだから、そういう女の一人や二人いたっておかしくないんじゃない?」
「そうなんだけど……」

割り切った関係、というやつなのかもしれない。
だけど彼女は"シュウ"と言った。
愛称ではあるが、ただの遊びの女に本名を名乗ったりするものだろうか。

それに、百貨店で崩れ落ちた彼女に誰よりも先に近付いたのは"彼"だった。
そしてコナンが彼女を見かけて話しかけた日よりも前から彼女とは面識があったようで。
彼女は知らなさそうだが、彼はおそらく意図を持って彼女と接している。
それとなく訊いてみても彼ははっきりとは教えてくれない。

そうまでして気に掛ける彼女は一体。
どうして彼が、彼女を気にするのかを。

(一体何者なんだ、彼女は……)

その答えはまだ出そうにない――









(なんか、お菓子が口実みたいになっちゃった……)

阿笠の家を出た所で、自分の言動を振り返って美弥は居た堪れない気持ちになる。

これでは、お菓子をあげる名目で沖矢に近付こうとしている下心ありの女みたいではないか。
聡明そうなコナンや哀にそう見られていたらどうしよう。
それは違うのだと声を大にして誤解を解いて回りたい気分だったが、それだけに戻るのも何だか変な話で。

前回ケーキを振る舞った時に、阿笠がどうやら甘いものを制限されているらしいと知ってから、
そういう人でも気兼ねなく食べられるものを作りたいと帰宅してからも考えていた。
次の約束なんてものはなかったけど、低糖質でも美味しいお菓子ならきっと子供達も喜んでくれるだろうなと思ったら自然と動いていた。

料理やお菓子作りは没頭できるから元から嫌いじゃなかったが、最近はその作りたいスイッチが入ったような気がする。
それで子供達が無邪気に笑って、美味しい美味しいと夢中になってくれる姿は今の美弥にとっては新鮮で、有意義な瞬間だった。

此処に来る道中でも、鼻歌でも歌いそうな気分で窓の外を眺めている自分に気付いた。
少し前までこんな気分になるなんて思いもしなかった。
何だか、短い期間で色んな人と出会ったような気がする。けど悪くない休日だとも感じていて。
誰かに頼る事もせずに、だけど誰かの役に立てるように生きられているならいいなと思った。

そして阿笠博士の家に行くならと、料理をついでにいくつか持ってきただけなのだ。
先日料理を教えた時に酒に合うおつまみについて話していて、彼が興味深そうにしていたのが印象的だったから。
本当にお菓子がメインだ。他意はないと自信を持って言える、はずだ。

変に動揺してしまった気持ちを抑えながら隣の工藤家のインターホンを押す。
すると押すのが早いか玄関が開くのが先か、絶妙なタイミングで沖矢が姿を見せる。

美弥さんじゃないですか。こんな所までどうかしたんですか?」
「今、子供達にお菓子を届けにきたんですけど、おつまみもよかったらと思っておすそ分けに……前に、つまみも作りたいと聞いたので」

どんなお酒が好きかわからなかったので、味付けの違うものを色々作って小さめの密閉容器に入れてきた。
門扉までやってきた沖矢にそそくさとトートバッグを開けて見せると、感嘆の声が聞こえる。

「ああ、それはありがとうございます。美弥さんの作ったものなんて期待してしまいますね」
「なんの変哲もないものばかりですけど……気に入ったものがあれば今度レシピを送ります」
「ご丁寧にありがとうございます。今夜は晩酌が楽しみだ」

ふわりと穏やかに微笑む沖矢。
彼を見つめていると何だか変な気分になる。
違和感のような、胸騒ぎのような、よくわからない気持ちになるのだ。

優しい物腰であるはずなのに時々有無を言わさないような強さも感じて、奥には底知れない何かが眠っているようで。
触れられるとそれがさらに強くなって逃げられなくなる気がするから、少し怖くて気後れしてしまう。

だからあまり関わりたくないと思っているのに、こうやってわざわざ出向いて物を渡したりしているのは何故だろう。

「どうかしましたか?」
「……いえ、それでは」
「今日は子供達と遊ぶ予定なんですか?」

はい、と容器を渡しながら小さく頷けば。

「なら、よければ帰る時送っていきましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です」

容器も洗って返さなければいけないし、お礼と言ってはなんですがと沖矢が気遣うように言った。
容器はいつでもいいのでと慌てて首を振ると、今度は捕まらないように美弥は速足で隣の家に戻ったのだった。











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前半コナン視点。

※"FBIの赤井という人"が死んだ事を、哀ちゃんが認識している明確なシーンがない為、本当は曖昧です。
知っているという前提で話を進めさせていただきますが、ご存知の方いればご一報ください。