18
『美弥さん、来週空いてる?一緒に来てほしい所があるんだ』
コナンからの連絡をもらって約束した、その当日の事だった。
待ち合わせの時間は夜で、そんな夜更けから何をしに行くというのだろう。
彼も、日時を決めただけでそれ以上の詳しい事は言わなかった。
最近はこんな事が多い。
警察だと偽られて誘拐された時も夜の呼び出しだったので、同じような時間帯である事に若干の不安を感じた。
だけど相手はコナンなのでそこは信用しているし、彼に頼まれたら行かないという選択肢はない。
時間になり自宅マンションの前に出ると、そこにはもう黄色の車が待っていた。
運転席には阿笠が乗っていて、車のドアの前でコナンが立っている。
「ごめんね美弥さん、こんな時間に」
「ううん、大丈夫」
一歩近付いて微笑みかけてくるコナンの表情は、まるで女性をエスコートする大人の男性のようだ。
スマートに背後の車へ促してくれる姿に格好良さすら感じて、本当に一体何処に連れて行かれるのだろうと思う。
(だけど彼は、私を悪いようにはしない)
それは直感だった。
騙されやすいから気を付けなさいと哀に忠告された。
誰を信じて誰を疑ったらいいのかわからなくなっていて、コナンに対しても少しは疑った方がいいのかとさえ思ったが、きっとその必要はない。
第一、あんなに命懸けで助けてくれたのは彼だ。だから大丈夫、彼なら信じられる。
「美弥さん?」
「何でもない、ありがとう」
嬉しそうに見下ろしてくるばかりで乗ろうとしない美弥に、コナンが窺うような顔をする。
くすりと笑ってコナンの頭を撫でると、美弥は車の後部座席に乗り込んだ。
「運転ありがとうございます、阿笠さん。この間は夕食に誘って頂いてありがとうございました」
「いやいや、楽しかったぞ!また是非一緒に食べたいのぉ」
軽快に車を走らせる阿笠は陽気に笑っているので、いつもと変わらない雰囲気に安堵する。
「それで、どこに行くの?」
もういい加減聞いていいだろうと助手席に乗るコナンに尋ねると。
「着いてから、また説明するね」
「そうなの?」
結局はぐらかされてしまった。
お祭りとか、そういう夜にしかやっていないイベントとかだろうか。
だけどそうであるなら子供達も一緒に来そうなものなのに、それはない。
最後まで秘密にしなければならないものなんだろうかと美弥は首を傾げた。
阿笠もそれに関しては何も言わず、振られる話題はただの世間話のようなものばかりだった。
車はしばらく夜の街を走る。
気まずくならない程度の会話をしていると市街地を抜けたようで、窓の外を煌々と照らしていた街の明かりが少しずつ減っていく。
このまま進んで行けば、この方角の先には港があったはずだ。
(海沿い?)
暗いのではっきりとは見えないが、車道から少し離れた向こう側には何もない闇が広がっている。
さらに奥の方で小さな光が点在しているから、たぶん海のすぐ近くまで来ているのだろう。
美弥がキョロキョロと見渡していると車は小さな公園のような、海が一望できる広場の駐車場に入り、そしてゆっくりと停車した。
「着いたよ、美弥さん」
「え、ここ?」
こんな所に何があるというのか。
日中ならまだ景色もいいだろうに、夜だから他の客もいないようで辺りは静まり返っている。
訳がわからないままコナンと一緒に車を降りる。
「会って欲しい人がいるんだ。というか、美弥さんに会いたいっていう人がいる」
「私に?」
予想もしなかった言葉に首を傾げれば、コナンはうんと頷いた。
「ここから公園の中を真っ直ぐ歩いた先にいるから……」
「誰?私の知ってる人?」
知らない人だったら流石に困ってしまうけどな、と美弥が不安げな顔をするが、コナンの話はそのまま続く。
「ボク達はここまでなんだ。帰りは送ってくれる事になってるから」
「えっ、一緒に来てくれないの?」
「うん。その方がいいと思うから」
「……会って、どうしたらいいの?どうしてこんな場所で……」
コナンは信用しているが、会わなければいけない人がそうとは限らない。
素直に了承できない美弥に、コナンがふわりと笑う。
「大丈夫、悪いようにはならないと思うよ」
暗がりでもわかる澄んだ瞳が真っ直ぐに美弥を見つめている。
「美弥さん。今度は、信じていいからね」
「?…………うん」
彼の言葉は、どういう意味なのだろう。
だけどその眼差しには一点の曇りもなくて、美弥はよくわからないまま頷いていた。
大丈夫だと念押しされて、彼が言うならそうなのかもしれないと思わせるほどの強さがあった。
視線だけで背中を押されて、躊躇いながらも人気のない公園を視界に入れる。
本当に押された訳じゃないけど、美弥が歩き出すのをずっと見守っているような目だった。
仕方なく一歩ずつ、阿笠の車から離れる。
時折後ろを振り返ればコナンがいつまでも笑っている。
そのまま歩いて、なんて言われているようで、美弥はようやく腹をくくって歩き出した。
敷地内の広場は結構な奥行があるようで、明るければ整えられた芝生が広がっていて綺麗だったろうなと思う。
舗装された小道を、所々にある街灯を頼りに恐る恐る進んでいく。
ふわりと漂う潮風で海がすぐ近くにある事はわかるが、顔を上げても静かな闇しか見えない。
それが、美弥の不安をじわじわ煽る。
こんな夜の闇に紛れて、一体誰が待ち受けているのか。
目を凝らして辺りを見渡すのも正直怖くてあまりできない。
だけどコナンの言葉を信じて、美弥はグッと堪えるようにして足を動かした。
恐らく公園を端から端まで歩いたのだろう、気が付けば反対側の駐車場まで来てしまった。
あれ、と思っていると、その駐車場にポツンと一台の車だけが停まっている。
あまり見慣れない、赤色の大きめの厳つい車だった。
その車の向こうに誰かの背中が見える。
(え……?)
暗い夜の駐車場の、遠くの街灯の明かりがその人物の姿をうっすらと映し出す。
闇に溶け込むような、あのシルエットが目に入っただけで美弥の心臓が音を立てた。
金縛りに遭ったように立ち止まった美弥を待っていたかのように、その背中がゆっくりと振り返る。
「久しぶりだな、美弥」
「……っ!?」
彼は死んだのだと何度も言い聞かせたし、思い知らされた。
助けにきてくれたなんてぬか喜びをして、変装だと気付いて絶望もした。
だから、これは絶対違うはずだと必死で否定する。
もう騙されたりなんてしない。
またしても誰かが美弥を利用しようと近付いてきているに違いない。
咄嗟に首を振りながら後ずさっても、火傷もない顔に視線が逸らせない。
「変装……?」
「そう思うのも無理はないが、お前が知る男で間違いはない」
「そんな、そんなはずない……っ、だって、みんな……!」
低く冷静な口調がまさに美弥の知る声で、息が止まりそうになる。
だけど信じたくない。
だって、死んだのだと、みんな言っていた。
そんな奇跡みたいな事あるはずがない。
今度は声すら似せてきたんだと、美弥は自分に言い聞かせて希望を何度も打ち砕く。
「世間的には死んだ事になっている。だが、こうやって生きてお前の目の前にいる」
「そんな、都合の良い事が、あるはずが……っ」
「そうだな、通常なら有り得ない事だろうがな」
そう、いなくなった人は二度と帰ってこない。それが現実だと嫌というほど知っている。
なのに彼が喋るたびに、その声色に泣きそうになっている自分がいる。
「私……また、騙されてる……っ?」
「偽物ではないという証明ならいくらでもできる」
この震えは期待なのか、恐怖からくるものなのか。
嫌だ、とそればかりを思う。
これでまた偽物だったなら、自分は今度こそおかしくなってしまうから。
零れそうなほどに目を見開かせる美弥に、寄りかかっていた車から離れて泰然と近付いてくる気配。
スラリと伸びた身長、全身が闇に紛れるような服装と黒いニット帽、そして嗅いだ事のある煙草の匂い。
全てが同じで、それを目の当たりにするといよいよ胸の音がドクンドクンとうるさいくらいに騒ぐ。
「初めてお前とホテルに行った時は、お前は緊張を紛らわせる為に缶の酒を飲み干していたな」
「……!」
「お前の料理で最初に美味いと感じたのは、そうだな……鶏肉と芋が混ざったご飯だった。あれは確か、朝のシャワーの後に食べた」
美弥と彼、二人だけしか知らないはずの記憶。
こんな話は、きっと第三者が調べたってわかりはしないはずで。
それはつまり、目の前の彼は本当に美弥と一緒にいた人だという事で。
「ほ、本当に、シュウなの……?」
絞り出した声はもう涙声になっていた。
「ああ。何なら頬をつねってくれても構わん」
「生きて、たの……?」
「ずっと言えずにすまなかった」
「っ……!」
(本当に……?)
本当に本当なんだろうかと何度も自問して至近距離に来た彼を見上げる。
違うかもしれない、また巧妙に嘘をつかれているかもしれない。
そんな不安は消えていないのに、すぐ近くにある彼の目が、美弥が知っている色で。
恐る恐る手を伸ばし、片方だけに垂らされた前髪をそっとどかす。
じっと此方を見つめてくる、夜の灯りに照らされた瞳は鋭いのに涼やかで、獰猛さを秘めているのにどこか寂しそうな色。
ずっと美弥が探して欲していた、美しい色合いの光彩がそこに浮かんでいる。
「シュウ、なの……?」
堪えていた涙が溢れた。
もしこれもまた偽りであったなら、いっその事それでもいいと思えるくらいには同じだった。
あの日、思わず「寂しいの?」と尋ねてしまった目がそこにある。
穴が開くんじゃないかと思うくらいに凝視していると、ふいに細められた瞳が降りてきて唇を掠め取られた。
ゾワリと背筋が震えた。触れ方が、あまりにも一緒だったから。
「初めからこうすればよかったか?」
「っ……!」
ふっと小さく笑ったシュウに、美弥はついに我慢できなくなって抱き付いた。
「生きてた……っ!、生きてた!」
「ああ」
死んだと思っていた人が生きていた。
こんな奇跡があるのかと、嬉しいのと様々な感情がぐしゃぐしゃになって美弥はわんわん泣いた。
硬い胸板の温かい感触、抱き締め返してくれる腕の強さ、全てが彼である事を物語っていて余計に泣けた。
周りに誰もいなくてよかったなと思うくらいみっともなく声を上げてしまった。
シュウは美弥が落ち着くまで、それを静かに受け止めていた。
ようやく泣き止んだ頃、詳しくは車内で話すと言われて赤い車のドアを開けてくれた。
左ハンドルの外車なんて乗った事なくて、右側の助手席に乗せられると意味もなく緊張する。
シュウが慣れた動作で運転席に乗り込み、エンジンをかける。
響くような駆動音にビックリしているうちに、海から普通の市街地の方へ走り出す。
「何から話すか」
動いている彼を見るだけで感動して茫然と言葉が出ない美弥に、ハンドルを握る彼が切り出す。
「俺の本名は赤井秀一だ。それは知っているか?」
「う、うん……」
「ならいい。俺はアメリカでFBIに所属している」
「FBI……」
海外のドラマとかでしか聞いた事のない名称で、美弥は馴染みのない言葉をオウム返しにする事しかできなかった。
なけなしの知識を振り絞れば、警察のように事件を捜査したりする組織だったような気がする。
「とある国際的犯罪組織を壊滅させる為に日本に来た。組織に潜入していた時期もあったが、今は外から奴らを追っている」
「そうなんだ……」
「色々あったんだが、その過程で俺は死んだ事にする必要があった」
夢物語のような、美弥にとっては現実離れした話ばかりで、凄いとも怖いとも思う余裕もない。
嘘を言っているとは全く思っていないが、まるでドラマか映画のようで実感がない。
ただ、彼が何者だろうと思った事はある。
どこか普通じゃなくて、もしかしたら危ない系の仕事の人かもしれないと思った事もある。
だからどちらかというと、美弥の予想があまり外れていなくて納得したというのが正直な気持ちだった。
「言えずに、すまなかった。お前がショックを受けている事もわかっていたが、どこに組織の者が潜んでいるかわからない状態では迂闊な事もできんからな」
「…………」
彼が死んだ事になっていたのは事実で、彼に近しい人が悲しんでいた事も知っている。
誰かが美弥を誘拐してまで彼を誘き出そうと躍起にもなっていた。
だから全て、本当の事なのだろう。
「余計に苦しませて、すまなかった」
そんな事ない、と美弥は首を横に振った。
だって彼は、杯戸中央病院で美弥に「すまない」と言った。
本当の事を言う訳にもいかない状況でも、彼はちゃんと別れの言葉として言ってくれていたのだ。
「……どうして、教えてくれる気になったの?」
美弥が気になったのはそこだった。
美弥は、言ってしまえば組織とかそういう事に完全に無関係な人間だ。
今だって説明されても、未だに現実味がないように感じているくらいの一般人だ。
割り切った関係だったのだから、彼にしてみれば美弥に余計な事を吹き込むよりも死んだままにしていた方が楽だったろうにと思う。
「差し当たった問題は解決しただろうからな。まだ組織を潰してはいないが、そろそろ伝えてもいいかと判断した」
もちろん口外はしないでもらいたいが、と付け足され美弥は大きく頷いた。
それはちゃんと誰にも言う気はない。
「それに、俺と関わってしまった事で少なからずお前も組織絡みに巻き込まれるようになってしまった。
また先日のような事件が起こる可能性もある。教えていた方が何かと動きやすい」
「……この間の事、知ってたの?」
事件とは、記憶にも新しい誘拐の事だろうと思う。
だけどあの時助けてくれたのはコナンと沖矢だ。
シュウも把握していたのだろうかと、運転席を見遣れば「ああ」と肯定が返ってくる。
「だが俺を狙っている男の前に姿を見せる訳にはいかなかったからな、ボウヤ達に協力してもらった」
「……そっか」
ボウヤとは、恐らくコナンの事だ。
此処まで連れてきてくれたのも彼だったから、元から密接な関係なのだろう。
(じゃあ、沖矢さんは?)
そこまで考えて美弥は違和感のようなものを覚えたが、情報が多くて頭に入れるだけで精一杯だった。
それに、組織絡みとシュウは言った。
どんな犯罪組織なのか美弥には計り知れないが、美弥の誘拐を指示したあの黒幕の男も組織の人間だったのだろうか。
また、そういう人達に狙われるかもしれない。
組織、という言葉の底知れない闇のようなものを感じてゾワリと恐怖が湧き上がる。
「心配しなくていい、これからもお前は必ず守る」
「……うん」
彼がそう言うなら、そうなんだろう。
端的に、だけどハッキリと告げられて美弥の気持ちは少しだけ軽くなった。
「……ここまでが、建前だ」
「え?」
「俺が、お前には明かしたいと思ったからだ」
振り返れば、シュウはどこか真面目な顔付きで正面を見つめている。
「俺の存在がお前を不要に苦しめ、泣かせた。振り回し続けたお前に対する、せめてもの誠意だと思った」
「……そんな、振り回されたなんて、思ってないよ」
確かに何度も泣いたし、もう人を頼ってはいけないとも思っていたけど、それはきっと彼のせいじゃない。
死んだ事にしなければいけないなんて予測していなかった事かもしれないし、彼だって言えずに苦しい思いをしただろう。
悪い組織が絡んでいるのなら、美弥に教える事だって危険を冒すリスクになるのかもしれないのだから。
彼の誠意は、もう充分伝わっている。
「教えてくれて、ありがとう」
運転しているから正面から向き合う事はできないけど、しっかりと彼に向き直って感謝を口にする。
無理する事のない笑みを浮かべれば、シュウは満足したのか小さく口角を上げた。
不思議な気持ちだった。
戸惑いと、嬉しさと、僅かな緊張で、未だに気持ちがフワフワしている。
ふと外の景色を眺めれば、車の速さに合わせて他の車のライトがいくつも通り過ぎていく。
エンジンの振動は思ったより大きくなくて、心地よかった。
「本当にお前は何も聞かないんだな」
隣を見遣ると、シュウが此方を見つめていた。
「疑問はいくらでもあるだろう?」
「……ある、けど……」
とりあえず聞きたかった事は大体教えてくれたし、美弥にとって大事なのはひとつだけだった。
「……生きていてくれたなら、それでいい、から」
生きていてくれてよかった。
放置する事もできただろうに、会いに来てくれた。
だから、もうそれだけでよかったのだ。
(それに……)
躊躇う事もなくキスをされた。
さっきのは本物だと気付かせる為の手段だったのだろうとはわかってはいるが、それでも嬉しかった。
彼が変わっていないという事がわかっただけで、それで。
「……少し心配になるが、それに助けられた部分もあるから複雑だな」
苦笑する声が聞こえた。
FBIで、犯罪組織を追うような立場であるなら言えない事もたくさんあるのだろう。
初めて会った頃に美弥がもっと根掘り葉掘り聞いていたら、彼は戻って来てくれなかったのかなとも思う。
いや、もっと言えば家に何度も来るような関係にすらなっていなかったのかもしれないなと、美弥も苦笑する。
「聞きたい事があったら聞いてくれ。答えられない時はそう言うが、それ以外は正直に答える」
「……うん、わかった」
どことなく以前よりも彼との距離が近くなったような気がして、美弥は小さく笑って頷いた。
それからは、静かな夜のドライブだった。
彼が家に来ていた頃と同じように、会話が多い訳でもないのに苦痛にならない穏やかな車内。
シュウの動く気配と息遣いがすぐ隣にあって、それだけで美弥の心は満たされる。
外の景色が次第に見慣れたものに戻っていく。
なんだか夢心地だった気持ちが、現実を思い出していく。
シュウとの時間が終わってしまうのだと思うと少し寂しいが、車はそのまま美弥のマンションの前に横付けされる。
「お前に持っていてもらいたい物がある」
車を停めたシュウがポケットから何かを取り出して美弥に差し出す。
手のひらに置かれたそれは、シルバーのネックレスだった。
「GPSが内蔵されている。お前が何処にいるか把握できれば、何かあった時にすぐにお前の元に行ける」
縦長のストレートバー型のチャームに、小振りの宝石が一つだけ埋まっている。
いたってシンプルな作りではあるが、女性が着けていても違和感がないくらいには可愛いデザインだと思う。
細かい説明を聞きながらチャームの底をひっくり返してみると、普通のアクセサリーにはない小さな端子の穴があった。
こんな数センチしかないような物なのにそんな機能があるんだと、美弥は感心したように眺める。
「居場所が常時わかってしまう事になるが、もちろん緊急の時にしか確認しないと約束する。それが嫌でなければ、できれば身に着けて欲しい」
「それは全然問題ないよ……ありがとう」
もし自分がすぐに動けない状況の時は仲間を向かわせる、と彼は続けた。
美弥の行動が彼に筒抜けになってしまうが、それを嫌だなんて思わない。
知られたからといって困る事もないし、悪用されるかもなんていう心配だってない。
シュウの事をほとんど知らないくせに、きっと純粋に美弥を守る為のGPSなんだろうなと思っている。
危険が増えるかもしれないのを承知で本名や自身の職業を教えてくれたのだ、だから彼は信じられる。
それに一度誘拐された身なので、もしまたそういう事があった時に気付いてくれる人がいる方が心強い。
自分の事を考えてくれている気持ちが嬉しくて、美弥は素直に頷いた。
シュウはそれ以上何も言わなくなったので、もう今日の用件は全て終わったのだろう。
やっと会えたのにあっという間で、やっぱり少し離れがたい。
「……もう、行っちゃうの?」
気が向いて、家に来てくれたりしないのだろうか。
窺うようにシュウの目を見ると、彼は小さく笑った。
「魅力的な誘いだが、今夜はやめておこう。情報が多くてまだ整理しきれていないだろう?」
「そう、だけど……」
「心配するな、もうどこにも行かん」
「……うん」
まだどこか現実味がなくて、彼に言われた言葉を全て呑み込めたかどうか自分でも定かではないのは確かだった。
しょうがないかと諦めて車を降りると、シュウが窓ガラスを下ろす。
「また連絡する」
たった一言だけ、それが美弥をこんなにも嬉しくさせる。
夜も遅いから早く家に入れと促されて、名残惜しくも素直に頷いて踵を返す。
マンションの敷地内に足を踏み入れると、それを見届けた赤い車は風のように走り去っていった。
(また、会える……)
残された言葉を何度も何度も反芻させて、そのたびに緩む頬を引き締めるようにしながら、美弥は車が消えた方角をいつまでも見つめていた。
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やっと。
もっと劇的な再会とか、色んなパターンを考えていたんですが、勢いに任せて正体を明かす人じゃないだろうな、というのが私の解釈です。
こういう事すら準備して周到にやるだろうな、と思いましてこのような展開になりました。