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シュウを見送ってから、美弥は一通のメッセージを携帯に打ち込んだ。

『ありがとう、コナン君』

きっと全てを知っていて、その上で彼と引き合わせてくれた少年。
本当はもっと感謝したい所だけど、そういうのも内緒なんだろうなと思う。

だからコナンにその一言だけを送った。それでも彼には伝わるだろうから。
携帯をキュッと握って今夜の出来事を噛み締めていると、ほどなくして返事が来た。

『よかったね』

簡潔なのに様々な言葉が集約されたであろう一言が胸にしみて、思わず笑みが零れる。

だけど、それと同時に気掛かりな事も思い出して、美弥は顔を曇らせた。






*****



「こんにちは、美弥さん。お待ちしてました」
「すみません、お邪魔します」

ふわりと微笑を携えて出迎えた沖矢に、美弥は丁寧に頭を下げる。
工藤邸の廊下を歩きリビングに通されるのも初めてではないが、今日はいつになく緊張していた。
「お構いなく」と言ったものの沖矢はキッチンに行ってしまったので、遠慮がちにソファに座り人知れず深呼吸をする。

シュウが生きていた事が嬉しくて浮かれていたのだが、喜びに浸る前にやるべき事があるのを思い出したのだ。
それが沖矢の事だった。
謝らなければ、と思っている間に色々な事が起きて、有耶無耶のまま今日まできてしまった。
助けてくれた感謝と、そして謝罪をしなければならないと。

(ごめんなさい)

膝に置いていた拳に自然と力が入る。
シュウがいなくなってしまってから、随分と沖矢には迷惑をかけてしまったなと思う。
彼はシュウではないのに、どことなく似ていると勝手に同一視してしまい、あまつさえ美弥の都合で避けた。
どうしていつも怯えたような目をするんですかと、彼は言った。
きっと気に病ませてしまった事だろうと思う。

美弥は心の中で何度も詫びた。
正直、何て言えばいいのかわからない。
少し前であったなら、シュウと沖矢を重ねてしまったと素直に言えたかもしれない。
だけどシュウが生きていた。

(これじゃあ振ってるみたい……)

改めて自分の心境を振り返ると、本当に最低だなと思う。
シュウがいないからと、シュウの代わりにして彼を頼って、だけどいざ生きているとわかったら手のひらを返すとは、なんて自分勝手な女なのか。
沖矢が美弥に好意を抱いてくれているのかわからない状態で謝るのもおかしな状況かもしれないが、だけどこのまま何事もなかったように接するのも違うと思うのだ。

できる範囲で事情を説明して、とにかく謝らなければならない。
最悪嫌われてしまうかもしれないが、それでもせめて誠実でいなくてはならない。

だから意を決して彼に話がしたいという連絡をした。
すると『ちょうど僕も話したい事があるんです』と言われた。
彼の用件が何なのかわからないが、とにかく此方が先に謝らなければならないのだ。

美弥が意気込んでいると、沖矢がリビングに戻ってくる。

「どうぞ」
「すみません、ありがとうございます」

美弥の前に置かれたお洒落なティーカップ。
その紅樺色に揺れる紅茶を見下ろして、胸が痛くなる。

(こんなにも良くしてくれるのに)

それでも彼は優しい。
結局、どう言ったところで彼を傷付けてしまうのではないかと、躊躇いが生まれる。
ただ単に自分が正直な気持ちを吐き出して謝って、楽になりたいだけではないだろうか。

今日は何も作って持ってきていない。なんだか手作りは持ってきづらかったのだ。
とはいえ手ぶらなのもどうかと思ったので有名な菓子ブランドの手土産を用意してきた。

「あの……先日は助けていただいてありがとうございました」
「いえ、お気になさらず。コナン君から連絡をもらった時は驚きましたが、貴女が無事で何よりです」
「…………」

美弥が黙り込んでしまったせいか、二人の間に妙な沈黙が生まれる。

穏やかに笑っているばかりの沖矢の真意がわからない。
彼が何者なのか、何を考えているのか、どうして銃が撃てたのか、どうして美弥を助けてくれるのか。
気になる事ばかりだけど、今美弥が言うべき事はそれじゃない。

一度目を伏せて拳を握り、それから顔を上げる。

「あの……、今まで、ごめんなさい」
「…………」

美弥の深刻な表情を見てか、正面に座る沖矢からも笑みが消える。

「こんなに、お世話になってるのに……沖矢さんを、避けるような事をしてしまいました」

緊張で声を詰まらせながらも、美弥は言葉を振り絞る。

「怖かった訳ではないんです……どちらかというと、自分が怖かったんです」

怯えていたのは彼にではない。きっと、自分の本能にだった。

「少し前まで、私の傍にいてくれた人に、沖矢さんが似ていたから……知らず知らずのうちに重ねてしまっていたんです」

罪悪感が胸に募る。
沖矢の細い目から表情は読み取れなかったが、じっと此方の言葉を真剣に聞いているようだった。

「これ以上近付いてはいけないと思いました……そうしないと、私は沖矢さんを彼の代わりにしてしまいそうになる、それが怖かった」

シュウがいなくなった事、そして戻ってきた事は、流石に言えなかった。
結局それも自身の保身なんだろうなと思いながら。

「だから、ごめんなさい……沖矢さんは悪くありません。悪いのは、弱い私です」

これで、伝わっただろうか。
精一杯の気持ちで頭を下げていると、少しの間を置いて「美弥さん」と沖矢の静かな声が聞こえた。

「僕も貴女に話があると、お伝えしていましたよね?」
「え?あ、はい……」
「僕も、貴女に謝らなければならない事があるんです」
「…………」

謝罪に対する返答が何かしらあると思っていたのに、それがなかったかのように彼が話し始める。
困惑する美弥の前で、彼はおもむろに自身の首元に指を伸ばす。

そして聞こえたのは、小さな電子音。

「俺だ、美弥
「、……えっ?」

沖矢のそれでない、つい先日久しぶりに聞いたばかりの声がして美弥は目を見開いた。
放心したように見つめていると、眼鏡の向こうの隠されていた双眸がすっと現れる。

あり得ないような現象で信じられないと思いながらも、目の当たりにした事実に美弥は恐る恐る答えを小さく呟いた。

「…………、シュウ?」
「ああ、そうだ」
「ほ、本当にシュウなの?」

近くで見ていい?と尋ねれば「もちろん」と返ってきたので、美弥は立ち上がってテーブルを挟んだ向かい側に座っている沖矢の傍に寄る。
控えめに顔を覗き込めば、茶色の前髪の間から鋭く見透かしてくるような目が此方を見上げてくる。

「ホントだ……シュウの目だ」

それは確かに彼の色で、美弥は呆然としながら自分が座っていた位置まで戻る。

「どういう、事なの……?」
「お前が会っていた沖矢昴という男は、全て俺の変装だ」
「変、装……いつから?」
「最初からだ。俺は死んだ事になっているからな、自由に動くには別人に変装する必要があった」
「そう、なんだ……」

ここ最近よく耳にするようになった変装という言葉に、美弥は半ば混乱していた。

「声まで変わるの?」
「ああ、阿笠博士の便利な発明品のおかげでな」

彼が首元のハイネックを指で押し下げると、不思議な機械的なチョーカーが見えた。
あれで声を変えているらしい。

「全然変装に見えない……でも、声はシュウだし……」

パンクしそうなほどの情報を頭に入れて、視線を彷徨わせながら少しずつ整理する。
結局、つまり、沖矢がシュウだったという事は。

「じゃあ、沖矢さんっていう人はいないって事?」
「……ああ、そういう事だ。元々存在していない」
「…………」

驚きが大きくて、美弥はうわ言のような返事ばかりを何度も呟いた。

「そう、だったの……」
「騙していてすまなかった」
「は、はは……そうだったんだ……」

どうしてか、気が付けば笑っていた。
はっと小さく息を吐くようにしながら口角を上げる美弥を見てか、沖矢の眉間に皺が寄る。

「お前に、そこまで言わせてしまってすまなかった。ある時期から俺を避けるようになっていたから、
沖矢昴に対して思う所があるのだろうとはわかっていた。だが、それが何なのかまでは知り得なかった」

彼の声色はどこか勢いを弱め、後悔を滲ませたような音をしていた。

「……安室君に、何か吹き込まれでもしたかとも思ったが……杞憂だったな」

美弥は顔を上げた。
沖矢の顔をしたシュウの目が、悲しげに揺れている。

「結局、またお前を惑わせてしまったな……」
「違うの」

咄嗟に美弥は首を横に振り、もう一度立ち上がると沖矢に歩み寄った。
何も言わない茶髪で眼鏡の大学院生の顔が、いつもとは違い少しだけ視線を下げた位置の、すぐ近くにある。

美弥は手を伸ばし、その彼の手のひらにそっと触れる。
筋張った指を緩く握ったり撫でたりして、一本ずつ丁寧に確かめる。
ああ、やっぱり、と今なら自信を持って言える。

視線を上げれば思いのほか真剣な表情をしている彼がじっと此方を見つめていて、美弥は頬を緩ませた。

「この手の感触も、温かさも、全部シュウに似てたから……ずっと戸惑ってた」

あの時からもう予感していたのだろう、これは自分を甘えさせてしまう手なんだと。
だから自分の浅ましさが怖かった。
優しくして、慰めてくれる人間なら誰にでも縋るのかと。

「だけど気のせいじゃなかった、間違ってなかった……それが嬉しい……っ」

戸惑う必要なんてなかった。無理矢理引き離す必要なんてなかった。
この手はまさしく、彼のものだったから。
申し訳なく思いながらも、どこか気になってしまっていた彼のなかに、美弥の求めていた人がいた。
そう、美弥はずっと"シュウ"を探していた。

さっきまで呆然としていたのに、もう喉が熱くて、泣いてしまいそうだった。
心置きなく触れられる、その事実が嬉しくて仕方ない。

「……許すというのか?お前を欺き続けた、薄情なこの俺を……」

罪悪感があるのだろうか、彼は眉を潜めるようにして呟いた。
だけど美弥は、騙されたとはほんの少しも思ってはいない。
驚いたし混乱もしているけど、結局最後に生まれた感情は、納得と安堵だった。
思い悩んだのはきっと美弥だけじゃなく彼もそうだっただろうから、お互い様だ。

「許すも許さないもないの。シュウが生きていてくれただけで……それだけでいい」

沖矢の――赤井の指が動き、美弥の頬をなぞる。
久しぶりの感触が気持ち良くて、美弥はその温度に顔を寄せる。

「ずっと、私の近くにいてくれたんだね……いつも近くにいて、支えてくれた」

彼は薄情なんかじゃない。
シュウが死んだと知って倒れそうになった時だって受け止めてくれた。
きっと何度も偶然を装いながら、ちゃんと美弥を気にかけてくれていた。
付かず離れず、だけどさり気なくそこにいて、笑わせようとしてくれた。

沖矢としてだったかもしれないけど、それでもその行動全てはシュウ本人の心に由来するもののはずで。

「だから、ありがとう、シュウ……」
「…………」

笑ってそう言葉にすれば、弾みで涙が零れた。

目の前の彼は驚いたように此方を見つめていて。
眼鏡の奥の目が数度瞬きをしたのち、流れるように腕ごと引き寄せられた。

ソファに座る彼の膝に乗せられる形になり、そのまま柔らかくて温かい唇に食まれる。
包まれるような触れ方が気持ち良くて、心が満たされていくような感覚。
彼にじわじわと押されて体勢がひっくり返り、気付けば美弥の背後にはソファの背があって。
逃げ場がなくなったなと思っているうちに、確かな欲を持ったそれが深さを増していく。
その先は予期していなかったので僅かに体を離そうとすれば、それをさせまいと回された腕に力が入る。
反射的に引き出される劣情に、体の奥が身震いして悦んでいる。

だけど目の前に迫る人物は、別人として見ていた沖矢の姿で。
シュウに触れられているのにシュウじゃないような気がして頭が混乱する。

「ま、待って……」
「どうした?待ってはやるが、やめるつもりはないぞ」
「……っ」

有無を言わせない低い声に、ゾクリと腰が疼く。
そんな事を言われたらもう抗えないのだけれど。

「シュウなのに……見えてるのは沖矢さんで、何か変な感じがして、恥ずかしい……」
「……なら目を閉じてろ」
「っ!」

目を閉じた瞬間、激しいくらいに甘い舌に攻め立てられる。
それは今までに何度も経験した彼の熱さで、懐かしささえ感じて安心する。

的確に弱い所にまで触れられて、かろうじて残っていた理性が奪われて溶けていく。

「わかるか、俺だと」
「、……うん」

低くて、簡潔で、だけど腰に響く声。
そっと目を開ければ、シュウの深い瞳が美弥の心を見透かしている。
操られているかのように美弥は静かに頷いた。



軽々と横抱きにされて、沖矢として使っている部屋に連れ込まれる。
ベッドに寝かされるとそのまま伸し掛かられて息もできないくらいにキスをされる。

「っ」

じっとりと唇を絡め取られて、これから喰われるんだという事をありありと実感させられる。
柔らかいのに深く吸われて、それだけで翻弄される。

もう二度と会えないと思っていた人が目の前に生きている。
もう触れられないと、肌の温かさを感じられないと思っていたのに、こんな奇跡のような事があるのだろうか。

彼が実際の所、美弥をどう思っているかなんてわからない。
だけど、彼が美弥に触れてくれる、それだけで涙が出そうなほどに嬉しかった。

(ああ、シュウの手だ)

いつの間にか、彼の手のひらの強さと体温に安心するようになってしまっていた。
この手は、現実とか辛い事とかを忘れさせて、ただ優しく温めてくれるから。
沖矢に対して、シュウのものではないからと必死で振り払おうとしていたのに、もう心置きなく委ねられる。
彼は罪悪感を覚えていたようだけれど、そんな事気にしなくていいのだ。
遠慮なんて必要なく腕が伸ばせる、美弥にとってはそれだけでよかった。

あっという間に服が脱がされて、彼の手が欲を孕んで美弥の素肌を滑る。
唇が、生き物のようにゆっくりと這う。
あえて立てられたリップ音に、美弥の羞恥が煽られると同時に快楽まで引き出される。

それを沖矢の顔で、だけどシュウの目でじっと見つめられている事に気付いてゾワリと肌が泡立つ。
この先を期待している事を見抜かれているようで、恥ずかしいのに抗えない。

(なんか、変……)

以前はもっと淡々と互いの欲望を貪っていたように思うのに、今は何かが違う。
いつもより優しく気遣われて、美弥の反応に合わせて愛撫の強弱を変えられる。
求められている、そう思わされるような触れ方に今までとは違う気分になっていく。

安心するのに、だけど確実に溶かされていく。
もっと、と思う。

「ねえ……髪の毛、触っていい?」
「ああ。あまり強く握るなよ?」

変装が崩れる、と口角を上げられて美弥もまた笑う。
指を伸ばして、さらりと沖矢の髪を初めて撫でた。
変装の髪とは思えないくらいに精巧に出来ているなと思いながら、そのまま頭を引き寄せて唇を重ねる。
変装していても彼の唇は彼のものだった。

「……沖矢の方がいいのか?」
「ううん……折角ならシュウの髪が見たいなって、思ってた」
「そうか」

ならいい、と小さく息を吐いて強い刺激を与えられると体がビクリと跳ね上がる。
それを観察するように見下ろされると、何だか初めての時のように緊張して胸の高鳴りが治まらない。

「熱い……っ」

のぼせてしまいそうなほど体が熱い。
だけどずっと、この熱が欲しかった。

手を伸ばせば、それに指を絡めて握り返してくれる。
美弥が嬌声を上げれば、彼の少し苦しそうな息遣いが聞こえる。

嬉しくて、気持ち良くて、でも壊れそうで。
現実が薄れていく。目の前の彼しか見えなくなる。

「シュウ……っ!」
「ああ、」

名前を呼べば、彼に届く。返事をしてくれる。
飛びそうな意識のなかで、このまま時が止まればいいとすら思った。






フワフワした意識でベッドに横たわりながら、シュウの腰にしがみ付いて余韻に浸る。
上体を起こしている彼はほとんど着衣を乱さないままで、伏せている美弥の髪を弄っている。

空いた手で煙草に火を付けると、ゆっくりと白煙を吐いた。
煙を吸い込んで、静かな空気のなかでぼんやりしている彼を見るのは嫌いじゃない。
どこか無防備な顔を見られるのは多分貴重な事だろうから、美弥にとってはその煙の匂いがするだけで安心するのだ。

そのまま本格的に眠ってしまいたい気分だったが、次第に小腹がすいたような気がしてきて、モゾモゾと動くと彼も同じ事を思っていたらしく。

「何か食べるか」

美弥の髪をひと撫でしてから煙草を消して立ち上がると、沖矢の顔で部屋を出て行った。
カーテンの隙間から差し込む明るさで我に返ったが、よく考えたら今は昼下がりで、明るいうちから何をやっているんだと途端に恥ずかしさに襲われる。
というか、いくら沖矢にあてがわれた部屋だとしても他人様の家で何て事をしてしまったんだと頭すら抱えたくなる。
もしかしたら本来の家主が帰ってきてしまう可能性だってあるかもしれないのに。

晒された自身の素肌を隠したくて慌てて服を着ると美弥も部屋を後にする。
後ろめたい気分で廊下を歩いていると、ちょうど浴室から出てきたらしい姿を見つけた。

「あ、あの……シャワー借りてもいい?」
「ああ、こっちだ」

案内された浴室でタオルやら色々教えられて、美弥は手早くシャワーを浴びた。
気持ちを切り替えてキッチンを覗けば、シュウが慣れた手つきで鍋からシチューのようなものを皿によそっている。

「もう出来上がってるの?」
「ああ、常に何かしら作って置いてある」

おすそ分けする必要があるからなと言われ、美弥は何の事かわからなくて曖昧な相槌を返した。
だけどそういえば、阿笠の家にいると鍋を持って突然現れたりしていた事を思い出した。
あれが沖矢だったから何も不思議には思わなかったのだが。

「……シュウが、作ったんだよね?」
「もちろん。お前に教えられた通り、基本にのっとってやっている」

今まで沖矢だと思っていたから料理のアドバイスなんかをしていたが、それがシュウだったと思うと変な感じだ。
美弥のイメージではあるが、彼が手料理とか作るような人には見えなかったから、率先してキッチンに立っている姿が意外すぎて戸惑う。

「気分転換には良い。だが、どう再現しようとしてもやはりお前の味にはならない」
「そんな……私、何も特別な事してないんだけどね」
「なら、何故だろうな。もしかするとお前が作るという事に意味があるのかもしれないな」

半分冗談のような事を言いながらテーブルに料理を並べていく。
意外によく喋るシュウに、美弥は少し驚きながら席に座る。

ほかほかと温かそうな湯気が立ち昇る、大きめの野菜がゴロゴロと入っているビーフシチューを前にスプーンを手に取る。
僅かに緊張しながら口に運ぶと、思ったより優しい味がした。

「美味しい」
「そうか」
「シュウが作ってくれたから、何でも美味しい」

なるほど、と返事をして彼も食事を始めた。
こんなものか、なんて言いながら頷いているのを眺め、静かに時が流れる。

なんて穏やかな休日なんだろう。
もうこんな時間は訪れないと思っていたのに。

「あまりお前の家には行ってやれないが、俺は此処にいるからいつでも来てくれていい」

もちろん時間ができれば行くが、と沖矢の顔をした赤井が言う。

「また美味い料理を作ってくれ。お前のが、食いたい」
「……うん」

深い瞳を見つめて、美弥は微笑んだ。






To live is to suffer, to survive is to find some meaning in the suffering.

生きることとは苦しむことで、生き残ることとは苦しみの中で何か意味を見つけることだ。











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ニーチェの名言を引用。

沖矢問題も早々に終了。忘れかけていましたがこれは大人向けです。
シチューは市販のルーです(余談)