04




美弥、今日は俺の仲間が来る。悪いがその間だけ構ってやれない」
「えっ、そうなの?」

出掛ける前に連絡をした時には来客の話はなかったが、工藤邸に足を踏み入れると赤井に最初にそう切り出された。
急に来る事になったのだろうか、とにかく予定があるなら自分はまた今度にするよ、と遠慮しようとしたが。

「時間はそうかからないから気にしなくていい。お前にも会わせておきたいしな」
「……私、いていいの?」

一般人に聞かせられない秘密の話とかもあるんじゃないかと思うが。
ああ、と実にあっさりとした答えが返ってくるので美弥は頷くしかなく、躊躇いながら家に入った。
仲間という事はFBIなのだろうかとか、そんな人と対面して自分はどういう対応をすればいいのかとか、緊張しながら待つ事しばらく。
やがて訪ねてきた客人達と顔を見合わせ、互いに言葉を失った。

美弥は仕事仲間と聞いて彼女が来るとは予想していなかったし、彼女の方もまさかこの場に美弥がいるとは思っていなかっただろう。
気まずいような申し訳ないような気持ちでペコリと頭を下げれば、今までにも何度か顔を合わせた事がある金髪の外国人――ジョディが驚きの声を上げた。

「こ、こんにちは……」
「あ、あなた……どうして此処に!?」
「えっと……」

どう説明したものかと隣の沖矢を見遣れば、彼はどうとでもないという反応をした。

「既に知り合いなら話は早い。彼女は美弥だ」
「それは知ってるけど……というか、貴方の事知ってるの!?」
「ああ」

沖矢の顔をしているが変声機を通していないので、美弥が変装や正体を把握している事に気付いてジョディはさらに瞠目する。

「ジョディ達と同じくらいのタイミングで教えた」
「そうなの……って、そうじゃなく!」

頭を抱えたジョディは言葉通り混乱していて。
彼女と一緒に来た強面の外国人――百貨店で一度話した事がある気がする男性は言葉も出ないのか放心したように此方を凝視してくるので、なんだか心苦しい。
余計な口を出す事もできずに、恐縮してやり取りを見守るので精一杯だった。

「……あなた達、そういう関係だったのね?」

ようやくある程度の結論が出たのかジョディは大きな溜息をつき、そうならそうと言ってくれれば、と零す。

("そういう関係"じゃないんだけどな……)

彼女が思っているようなものではないから何も言えなかったのだが、赤井はそれでもさらりと答える。

「便宜上、沖矢昴の恋人という事になっている」
「何よそれ……もう、色々急だわ」

彼女はきっと、当たり前のように隣にいる美弥と赤井が付き合っていると解釈しただろう。
だけど厳密に言えば、赤井とは未だに何でもない関係だ。
それを口に出せばもっとややこしくなってしまうので、素直に沖矢の恋人という事で美弥は引きつった笑いをするしかない。

「彼女、何者なの?」
「何者でもない、ただの一般人だ。これからも顔を会わせるだろうから会わせただけだ」
「ああ、そうなの……まあ、大体わかったわ」

状況を呑み込むように何度も頷くジョディに美弥が抱くのは後ろめたさ。

(突然、彼女面する女が一緒にいたら驚くよね……)

彼女は赤井が好きなのだろうと、あの花見の時に感じた。
その好きの種類が思慕なのか恋慕なのか、美弥の目では何となく後者のような気がしていた。
だから、自分のような女が居座って大きな顔をしている事を本当は快く思っていないかもしれない。

そもそも美弥は不純な動機で赤井の傍にいるのだから、あまりジョディの目は真っ直ぐ見られない。
自分が汚れていると、卑怯な人間だと自覚させられるから。

「よろしく、美弥。私の事は……もう知ってるわよね。高校に潜入していた事があるから先生って呼ばれる事もあるけど、こっちが本業よ」
「アンドレ・キャメルです……」
「……よろしくお願いします」

キャメルと呼ばれた男性とも握手を交わす。
美弥が負い目を感じている一方で、気持ちが落ち着いてからのジョディは大人の対応だった。
上辺だけだとしても、こんなよくわからない女に笑いかけてくれる彼女は凄いなと思った。

美弥、二人は俺と同じFBIだ」
「……そう、みたいだね」
「言ってなかったの?」

若干怒り気味のジョディが赤井に詰め寄るので、それには美弥の方が慌てた。

「すみません……そんな気はしていたんですけど、私がはっきりと聞かなかったので……」
「……それぐらい説明しときなさいよ、シュウ」

ジョディが小言を漏らすが、これは深く聞かない美弥が悪いような気がしているから、二人に内心でごめんなさいと呟いた。

「そろそろ始めるぞ」

挨拶は終わりだとばかりに赤井がリビングに入って行こうとするので、美弥は彼の袖を小さく引いた。

「私、外した方がいいよね?」
「構わん。好きにしていろ」
「…………」

好きにしていろと言われても、リビングで彼の隣に並んで話を聞いたら顰蹙を買う気がする。
その言葉は嬉しいがこの場ではどうみても部外者で、美弥にいる場所なんてない。

ジョディも赤井の言葉に驚いた顔をしていたがもはや諦めたらしく、何も言わずにソファに腰掛けている。

「……私、キッチンにいるね」

とりあえずコーヒーでも淹れようと、リビングを出てキッチンに移動した。
手持ち無沙汰な美弥がパタパタと出て行ったのを見届け、ジョディは声を抑えるようにして正面の赤井を覗き込む。

「ねえ、彼女大丈夫なの?一応機密情報だらけなんだけど……」

潜めた声量で言うが、沖矢の顔をした赤井はくすりと口角を上げた。

「問題ない。あいつはたとえ聞き出そうとしても簡単に口を割らない」
「……そうなの」

やけに自信たっぷりな顔をするので、ジョディはそれ以上何も言えなかった。






これはどういう状況なんだろうと、美弥はキッチンのシンクの前で立ち止まる。

彼の知り合いに紹介されて挨拶して、彼のテリトリーに入れてもらえる。
そんな覚えのある経験と似ていて、重なる。
ユキに色んな所に連れて行かれて、当たり前のように一緒にいさせてくれたあの頃のような。

(まさかね……)

沖矢の正体、そして赤井が生きている事を知っているのはリスクになる。
何かあった時の為に、FBIの仲間に協力してもらう為に紹介されたのだろうと思いたい。
きっと、違うはずだ。
脳裏に蘇りそうになった横顔から逃げ、固まってしまった手を動かしてコーヒーをドリップする。

良い香りのするカップをリビングに持っていくと三人は難しい顔で情報交換のようなものをしていたので、美弥は各々の傍に置くと早々にキッチンに戻ってきた。
そして、さあどうしようかと頭を捻る。
元々は二人分の昼食を作るつもりだったのだけれど、予定を変更した方がよさそうだ。
食べるかどうかもわからないし、仕事に集中して食べる暇があるかも定かではないから、片手で食べられそうな軽食ぐらいがいいかもしれない。
それなら気軽につまめるだろうし、何なら持って帰ってもらってもいい、そう思い立って美弥は持参した食材を確認する。

(とりあえず、ご飯はおにぎりにしようかな)

あるもので何ができるか考えるのは苦じゃない。
それで美味しいと言ってもらえる事が美弥にとっては結構な幸せだった。

塩鮭があるのでそれを焼いて軽くほぐして、塩昆布と刻んだ小ねぎと白ごまと一緒にご飯に混ぜたもの。
もう一つは、かつお節を醤油やみりんで味付けしてご飯に混ぜ、サイコロ型に切ったチーズも入れてフライパンで焼き色を付けた、焼きおにぎり。
違う味付けのおにぎりが2種類と、持ってきていた常備菜と、だし巻き卵も付け足した。
ゆっくり食べられそうな雰囲気なら味噌汁も出そうと思って用意は済んでいる。

出来上がったものを自分なりに満足しながらトレイに乗せて運んでいると、ちょうど廊下を歩いている沖矢と出会った。

「シュウ、おにぎり作ってみたけど、みんな食べるかな?」
「ほう、美味そうだ。あいつらも喜ぶだろう。俺もすぐ戻る」
「うん」

褒められた事に気を良くした美弥はリビングに向かう。
ドアを開けようとすると、自然と中の二人の会話が聞こえてくる。

「あの女性……赤井さんの彼女って事ですよね?」
「私達にわざわざ会わせたって事は、そういう意味なんだと思うわ」

不意に自分の話題だったので入るタイミングを失ってしまい、何だか聞き耳を立てているような状況になってしまう。

「けど、シュウ……彼女の事はもういいのかしら」
「彼女って……あの殺されたっていう、赤井さんの恋人だった……?」
「ええ……」

聞こえた単語に美弥はビクリと固まった。

「結構引きずってるように見えたけど、いつの間に新しい女性と出会ってたのかしらね」
「ジョディさん……」
「いいのよ……私とはもう終わってるから。私が言える事はないわ」

(恋人が、殺された……?)

浮ついていた気持ちが一気に現実に引き戻されたかのような感覚に、持っていたトレイが僅かに揺れる。
そしてジョディの口ぶりから察すれば、以前に赤井と付き合っていたという事で。
切なくなるような声で名を呼んでいた彼女の、彼への気持ちはまだ、なくなってはいない。

「それにシュウが組織を壊滅させようと躍起になってるのは、彼女を忘れてないって事なんだろうし。こんな、シェリーがいる家の隣に居候までして……」
「けど、どうして赤井さんはあのシェリーと呼ばれてる子をあんなに気にかけているんでしょうか……彼女は、一体何者なんですか?」
「私もよくはわからないわ。シェリー……灰原って子が組織とどんな関係があるのか。でも……もしかしたら亡くなった彼女と、何かしら関わりがあったのかもしれないわね」

(恋人は組織に殺されて、彼女とは元々付き合っていて……)

情報量が多くて付いていけない。
哀がシェリーと呼ばれている事とか、それが何を意味しているのか、気になる事は色々あったけれど。
とにかく、自分が此処に立っているのがとても居た堪れない。
彼女面して軽食なんて用意して、一体どんな顔をして部屋に入ればいいというのか、恥ずかしさすら感じる。
今この瞬間だけでも、自分は完全なる部外者に違いなかった。

(シュウはまだ、その恋人の事を想ってるのかな……)

いや、疑問に思う必要もなくそうなのだろう。
大切な恋人と単純に別れたのでなく死別したのなら、その気持ちはよく理解できる。
殺したのが組織だというのなら必要以上に恨んでしまうのもわかる。

美弥だって未だに、というかこれからもユキを忘れるつもりなんてない。
だから彼だって、死んでしまったという恋人が一番に違いない。

(わかってる、のに)

どうして自分はショックを受けているのだろう。
嫌な胸の痛みを感じて、そんなはずはないと美弥は自分を否定する。

何を今更、と思う。
美弥だって似た境遇なのに、どうして自分は面白くないと思っているのか。
お互い様なのに、こんな感情はおかしい。

美弥、入ってもいいぞ」
「え、あ……うん」

いつの間にか戻って来ていた沖矢が背後にいてドアを開けてくれるので、耳に入ってしまった言葉を忘れるようにして、美弥は無理して笑顔を作った。

「あの……お腹空いてたら、もしよければ食べてくださいね」
「あ、ありがとう……」

会話を聞かれただろうか、という怪訝な表情をしているジョディ。
聞いていないはずの美弥は、じっと見つめてくる彼女の視線に肩をすくめて苦笑してみせる。
気まずかったのか誤魔化したかったのか、キャメルが取り繕うようにおにぎりを手に取って、食べ始める。

「!?お、美味しいです、すごく……」
「よかった。ありがとうございます」

キャメルがとても驚いた表情をするので、上手くできたかなとそれだけは満足だった。
そうやって、笑顔でその場を乗り切った。






*****



「どうした?」
「え?」

窺うような言葉を投げかけられて視線を泳がせれば、赤井の瞳がじっと此方を見ていた。
背中にある柔らかいスプリングの感覚、彼の向こうにある天井は見慣れた自宅の物。
そう、FBIの秘密の会議が終わった後はいつものように過ごして、夜には家まで送ってもらって、そのままベッドに流れていたのだった。

「上の空だな」
「……そんな事ない」

見透かすような深い色が美弥の心を探る。

「そうか?」
「っ」

余計な雑音を遮断するように耳を食まれて、脳に直接響く音にゾクゾクして指がシーツを滑る。
今がどういう状況なのかを思い出させられて、目の前の彼に集中しようと美弥は手を伸ばして黒髪にしがみ付く。

「シュウ……っ」

そう口に出して、ふいに昼間のジョディの声が耳に蘇る。
彼女がシュウと呼ぶたびに、小さなモヤモヤが積み重なっていく。

別に、自分だけが呼ぶ特別な呼び名だなんて思っていない。
だけど他の人は皆"赤井さん"と呼び、彼女だけが"シュウ"と呼ぶ。
もしかして近くでいつもそう呼ばれていたから、美弥が名前を聞いた時に咄嗟に答えたんじゃないかとも思う。

(私は、特別なんかじゃない)

彼にとって美弥は、数いる女のうちのただの一人なのかもしれない。
彼には忘れられない大切な人がいる事を、どうして失念していたのだろう。
きっとこんな風に、慈しんでいた相手がいた。

「今日はどうした、本当に」
「……どうもしないよ?」

美弥を組み敷く赤井が動きを止め、両手で美弥の頬を包んで顔を覗き込んでくる。
美弥としてはいつも通りのはずなのに、彼にとってはそうではないらしい。

「昼間相手してやれなかった事を気にしてるのか?それともいきなり会わせたのが悪かったか?」
「ううん……シュウの仲間の人達に紹介してもらえて嬉しかったよ」

薄く笑ってキスをすれば、まだ腑に落ちない様子でいたが、彼はそれ以上は何も言わなかった。

気にせず抱いてくれればいい。
その方が助かるのに、彼が気にしてくれる事が嬉しくて、そして苦しい。
どうしてだろう、優しくされればされるほど胸に何かが込み上がる。

(違う、これは違う)

自分は何も望んでなんかいない。肌寒い体を温めてくれるだけでいい。
何も考えたくない、考える必要なんてない。

たとえこれが体だけの関係であっても、抜けられないのだから。
彼の心に自分が存在していないのだとしても、美弥はもう彼なしでは生きられない。
彼に望まれる限りどうしたって応えてしまう。そういう体になってしまった。

そう、現実から逃げて依存しているだけ、それ以上の感情はない。
彼の体温が温かい、ただそれだけでいい。

ああ、胸が痛い。

(もし、シュウに手放されたら……私はどうなってしまうんだろう)

ジョディのように割り切る事なんて、きっとできない。
彼の気遣うような腕に抱かれながら、美弥は気が付いてしまった恐怖に怯えた。











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※ジョディやキャメルは、哀ちゃんがシェリーだとは認識しているけれど、その正体などは知らないらしいです。
なのでシェリーについてどう思ってるか、何となく想像して書きました。