05
会社終わり、同僚と連れ立って指定された居酒屋に移動する。
狭い階段を上がって大人数向けの座敷に顔を出すと、既に何人かは席に付いていた。
「橘ちゃん、来たんだー!」
「久しぶりじゃん!」
「あはは、どうも……」
会社の飲み会なんて久しぶりだった。
今までも定期的に催されていたのだが、美弥の身の上を知っているからか、皆誘うのを遠慮していたらしい。
ちらっと話だけは耳に入ってきていたけど、美弥も騒ぐ元気はなかったのでいつも辞退していた。
だけど今回は自分の部署の人と、あと別部署の飲み会好きな人達ぐらいと知った人ばかりだったし、行ってもいいかなという気になった。
不参加ばかりなのも申し訳ないと思っていたので密かにお邪魔するつもりだったが、美弥がいるのを知った会社の人達には驚かれた。
けれど温かく迎え入れてくれたので、それに少し喜びを感じながら乾杯のコールに混じった。
「少しは元気出たみたいだね」
「うん、ごめんね。いつも気を遣わせちゃって」
「そんな事いいんだよー。今日は楽しく飲もう!」
「ありがとう」
優しい同僚達ばかりで有り難いなと思いながら弱めのアルコールを口に運ぶ。
もちろん色んな人がいるので「男なんていくらでもいるよ!」と言う人もいるけどそれはその人なりの励ましだと思うし、基本的には美弥に気を遣ってくれる人ばかりだ。
ユキが事故に遭って、気が動転しながら会社に電話した時、こっちの事はいいよと言ってくれた。
その後もバタバタしていたり精神的にショックが大きかった時も、充分な期間仕事を休めたのは皆のおかげだ。
「橘さん来れるようになったんだね、よかった」
「乾杯しよう」
「あ、はい、乾杯」
こっちのテーブルにやってきた先輩達が間に入り、男女混じって酒を飲んで談笑する。
この前の仕事の話だったり、誰々さんがどうしたとか、誰と誰が付き合っているとか。
冗談が飛んで、時折どっと笑いが起きて場が盛り上がる。
話題の中心に積極的に入っていくタイプではないけど、皆が食事をつまみながら楽しそうに笑っているのを眺めながらうんうんと頷く。
(なんか、これが現実って感じ)
ユキがいなくなってから今まで、どこか現実離れしたような事ばかり起きた気がする。
精神的に参っていたので自分でも何をしていたのかはっきり覚えていないくらいだ。
小学生の友達がたくさんできて、事件にも何度か巻き込まれて、FBIや探偵という職種の人達とも知り合って。
赤井に出会った事、それが一番現実離れしている気がする。
彼なんか表向きには死んだ事になっていて、今は変装して違う人間として生活しているなんて、その辺の人にこの話をしたって絶対映画か何かの物語だと思われるに違いない。
一緒にいる事が多くなって、美弥もその映画の登場人物であるかのように混じっているけれど、所詮自分はただの一般人。
毎日同じ時間に会社に行って代わり映えしない仕事をこなして、帰りがけに皆で飲んで騒ぐ。
そんな普通の生活が本来の美弥の世界。特異なあちらとは違う、こちら側の住人だ。
「最近、良い事でもあった?」
「え?」
「会社でもよく笑うようになった気がするけど、何かあったのかなって」
隣に座った一人の先輩男性がそんな事を聞いてくる。
ただの世間話として話を振ってくれたんだとは思うけど、美弥は答えに困った。
良い事といえば良いのかもしれないけど、もしかしたら良くなかったのかもしれないと、今になって思う。
気まぐれで傷を舐め合っていただけだったのに、いつの間にか依存していて。
結局、また独りになるのが怖くなっている。
「うーん……今の生活に慣れたのかもしれないですね。飲み会にも参加できるようになったので……」
「そうなんだ」
実際何があったなんて言えないから当たり障りのない返答をして、美弥はグラスに入った甘いアルコールを一気に流し込んだ。
事故当時に比べたら会社で笑っている事は多くなったかもしれないが、今はどちらかというとそうでもない。
バーに入り浸っていた時のように、どうしてか飲みたい気分になっている。
だけどそれに気付かない先輩の言葉はまだ続く。
「橘さんの気が向いたらでいいんだけど、せっかくなら今度どこか遊びに行こうよ。外に出て楽しい事をするのも良いと思うんだけど」
「…………」
気が向いたら、それは"シュウ"に言われた言葉。
あの時は本当に、気が向いた時に来てくれればそれでよかったのに。
(どうしてこんなに欲張りに……)
隣の人に誘われているのに、胸に占めるのは彼の事ばかり。
考えないと決めたのに、どうして自分の気分は塞いでいるのだろう。
「……まだ、あんまり外に出る気分にはなれなくて、ごめんなさい」
「……そっか、それはしょうがないよね」
先輩には悪いけれど、他の誰かと遊びに行こうとは思えない。
子供達とは違って、若い男性と二人で出掛けたらそれが別の意味を持ってくるのは、美弥でも何となくわかるから。
ボロボロになっていた頃だったらわからないけれど、今はもうそれができない。
曖昧に答えてもいけないとはっきりと断れば先輩は残念そうに苦笑した。
それでももう少しやんわりと言えばよかったかもしれないと、美弥の胸に罪悪感が残る。
萎んでしまった会話から目を逸らすように、お代わりで運ばれてきたアルコールをジュースのように飲み干した。
ふわふわと思考が浮ついている。
アスファルトの路面を確かめるように歩きつつ、夜風が火照った頬を掠めていく気持ちよさに目を細める。
「橘ちゃん、結構飲んだね」
「そう?大丈夫なんだけどね」
一人で歩いて帰れると主張したものの、送るよと頑なに言われて同僚の子と先輩が付き添ってくれる事になってしまった。
挟むように美弥の左右に二人がいて、若干覚束ない足取りを見守られている。
けれど星司のバーで飲んでいた時だって一人で帰っていたのだ。
それに比べたら全然酔っていないと思うのだけど、どうも心配されているらしい。
「橘さん一人にすると危ないから」
「ありがとうございます」
素直にぺこりと頭を下げると、どうしてか先輩に苦笑された。
「……あれ?パトカーが止まってる」
「ホントですね。あそこのレストランで事件でもあったのかな?」
二人が同じ場所を見てそう言うので美弥も視線を上げると、道路沿いのイタリアンレストランの前に確かにパトカーが止まっている。
素敵な店だとは以前から思っていたけど少し高級だから行った事はない店から出てきたのは、どうしてか見知った顔達。
「あれ、美弥さん?」
「……コナン君?哀ちゃんも」
こんな夜更けに、さらに大人な雰囲気のレストランと小学生という珍しい組み合わせ。
目を瞬かせて不思議そうな顔をするコナンに近寄って美弥も首を傾げる。
「パトカー来てるけど、何かあったの?」
「あ、うん、中で事件があって……もう解決したんだけど」
「そうなんだ……コナン君は本当によく事件に遭遇するんだね」
コナンと一緒にいると、いつも非日常的な事が起こる。
事件とか、小学生からはおよそ聞かない単語なはずなのに彼からは当たり前のように発せられて、やっぱり現実離れしてるなと思ったら何だか笑えてくる。
手を伸ばしてコナンの頭を撫でまわすと、彼はとても困惑した表情を浮かべた。
「美弥さん……もしかして酔ってる?」
「そうかな?結構普通だけど」
「……酔ってるね」
くすくすと笑えば冷静に断定された。
その隣にいる哀はじっと此方を見つめてくるが、なんだか酒に酔った大人には痛く感じるような胡乱げな目付きだった。
「で?あなたはそんなに酔うほど何してたの?」
「会社の飲み会だったの」
「ふぅん……」
哀がチラリと美弥の背後に視線を移すと、同僚達が口を開く。
「あ、どうもー。橘ちゃんと同じ会社の人間です。橘ちゃん、あんまり飲まないのに今日は結構飲んだみたいで、家まで送ってるんだよ」
「へえ、そうなんだー」
手をヒラヒラさせて笑っている同僚に反応を示さない哀の代わりに、コナンが子供らしい口調で返事をする。
「橘さん、親戚の子達とか?」
「あ、いえ、そうではないんですけど、仲良くさせてもらってるんです」
「へーそんな付き合いがあるんだ」
普通は身内か親戚の子供だと思うだろう。
だけどそのどれでもない返答に、先輩の驚いたような感心したような声が聞こえた。
説明しているその一方で、コナンと哀はどこか険しい表情で何かを耳打ちしあっている。
二人が並んでいると身長は低いのに顔付きが全然子供に見えなくて、けど仲が良いなぁなんて思っていると、コナンがそっと美弥に近付く。
「す、昴さん呼ぼうか?」
「…………」
声を潜めたその言葉に美弥の笑みが固まる。
宙に浮いたような楽しい気分から一転して現実に帰されたようだった。
「……いい。あの人は、そういうのじゃないから」
「え、でも……」
「私達は何でもないから」
酔っぱらっているからってわざわざ呼び出して迎えにきてもらうなんて、そんな事できる訳がない。
仮に頼んだとしたら来てくれるかもしれないが、美弥がそうしたくない。
そう、彼と美弥はそういうのじゃない。
コナンの目にはそう見えるかもしれないが、普通の恋人なんかじゃない。
(あ、付き合ってる事にするんだった……)
そういう取り決めをしていたはずなのに、咄嗟に口から否定が出てしまった。
訂正した方がいいのだろうかと思ったが、目の前の少年は大体の事情を知っているから、そんな必要はないような気がする。
もしかしたら仮初である事すらも知っていそうだ。
だからなのかわからないが、澄んだコナンの目を見ていると本音が漏れ出てしまう。
「お互いの傷を埋め合うだけ、それだけ」
「…………」
ああ、子供相手に何を言っているんだと思う。
酔っているせいだとはわかっている。
(ほら、困ってる)
いつもは頭の切れる子が、次に何を言うべきか悩むような顔をしている。
「……そんな事、ないと思う」
「ありがとう……ごめんね」
子供にフォローさせてしまったと、美弥は反省の意味を込めてまた頭を撫でた。
なんだか気持ちが弱っている。
これ以上彼らと一緒にいたら自分はまた変な事を口走ってしまうかもしれないから、早々にこの場から立ち去ろうと手を離す。
「じゃあ、またねコナンく――」
「ならボク達が美弥お姉さんを送るよ!」
「、え?」
急に思い付いたようにコナンが声を上げた。
「美弥さんのおうち知ってるし、ボク達ももう帰るところだから!いいよねおじさん!」
「え?お、おう……」
コナンが勢いよく振り返ると、店から出てきていた男性が突然話を振られて困惑している。
よくよく見れば、一度会った事のある有名な名探偵、毛利小五郎だった。
後ろにいる同僚達も気付いたようで、眠りの小五郎だ!なんて驚くような囁き声が聞こえる。
「あれ?あんたは確か……」
「橘美弥です……前にテニスコート近くの別荘でお会いしました」
「ああ、そうだったそうだった!えっと今日は……会社の飲み会の帰りか何かか?」
三人を見比べて状況を少しずつ理解しようとしている小五郎の目の前でコナンが飛び跳ねる。
「ボク、美弥お姉さんと帰りたい!」
「ああもう、わかったわかった!」
鬱陶しそうに頷く小五郎にすみませんと頭を下げると、彼は美弥にはスマイルで「俺は若いお嬢さんは誰でも大歓迎だぜ」と答えた。
結局コナンの勢いに同僚と先輩も押される形になり、美弥はコナン達に預けられる事になった。
「じゃあ、お願いしようかな。またね橘ちゃん」
「うん、ごめんね。先輩も、ここまで送って来てくれてありがとうございます」
「いいって。また会社でな」
「眠りの小五郎とどうやって知り合ったのか、また教えてね」
「う、うん」
気を悪くした様子もなく、冗談も混じりながら同僚達は駅の方へ戻って行った。
それを見送っている美弥の背後では、子供達がまた何かをコソコソと話している。
「なんでそんなに必死になるのよ」
「仕方ねーだろ、お前ぇだって心配してたじゃねーか」
「心配っていうか、いつの時代も酒に酔った女性が男に一番狙われるものだから」
「……お前ぇいくつだよ」
二人が子供らしくない会話をするのはいつもの事だ。
なんかごめんね、と大人しく向き直れば、哀が呆れたような顔をして両手を腰に当てている。
「今回は女の人もいたからいいけど、あなた意外と脇が甘いのね」
「……はい」
小学生に諭されて、美弥は素直に頷いた。
もう……と姉のような顔をする彼女を見つめていると、ふと"シェリー"という単語を思い出した。
哀がシェリーと呼ばれていて、組織と何かしらの関係があるとFBIの人達は話していた。
それと同時に否が応にも思い出してしまう、組織に殺されたという彼の恋人を。
(誰かに聞いたら、教えてくれるんだろうか)
彼の恋人がどんな人だったのかを。
知りたい、だけど知りたくない。
その人がどんなに素敵な人だったか知ってしまったら、きっと嫉妬してしまうから。
「どうかした?私の顔に何かついてる?」
「……ううん」
哀に気付かれて咄嗟に首を振ると、逃げるように歩き出す。
慌てて追いかけてくるコナンが美弥を見上げる。
「さっきの男の人、美弥さんと仲良いの?」
「うーん、普通の先輩だけど……色々と、良くはしてくれるよ」
「そうなんだ……」
なにやら難しい顔をしているコナンのつむじを見下ろし、そして静かな空に息を吐く。
ふわふわと、街灯で照らされた道を歩く。
こんな夜はふと、誰かに会いたくなる。
思い浮かべたのは一体誰だったのだろう。
Back Top Next
※酔っぱらってるので、夢主の思考はとっちらかってます。