『1コーナーは新条!新条がトップだ!
アンリ・クレイトーの前を塞ぐ形になった加賀の一瞬の隙をついた!』

琉奈は白熱したアナウンスに作業の手を止めた。

第11戦、中国グランプリ。
いつもとは違うレース展開に、ピットから離れたここからでも周りが慌ただしくなっているのがわかる。

「新条さんが1位か……」

昨夜、新条が階段から転んで怪我を負ったと、みきに連絡が入った。
心配そうな表情で駆けていったみきを見てあの2人は大丈夫だと琉奈達は安心した。
クレアも事情を知っていて快くOKしたから、みきは随分夜遅くに帰ってきた。
それからだ、みきが晴やかな顔で作業をするようになったのは。

(……みきと仲直りしたから、新条さん元気になったのかな?)

なんて呑気な事を考えながらピットに行きモニターを見ると、どうやらそういう雰囲気ではなかった。






8・繰り返される綾






「……どうなってるの?」

1位を独占状態で走るのは新条、そして2位以下は熾烈な争いとなっている。
アンリはハヤト同様かなり順位が下だった。

「アオイの加賀さんが他のマシンを抑えてて、誰も抜けられなくてこんな状態に……」

スタッフの1人が動揺しながらも説明してくれた。

「そんなの……一歩間違えたら進路妨害でしょ?」
「それがスタート時にもアンリが強引に抑えられて……今オーナーが抗議に行っています」

彼は間違いなく賢い、操作ミスでちょっと進路を塞ぐようになってしまいました、不可抗力です、なんて事するような人じゃない。
きっと彼なら本当に進路妨害をしたのだろう。

アオイのピットを覗くと、修の他にもシュトルムツェンダーのスタッフなどが押しかけていた。

「アンリは?」
「順位はあがってます」

しかし加賀は未だ2位を保ち、他のマシンを寄せ付けない。
どういうつもりなのかはわからないが、相当無理しているようにも見える。

「あんなレースしてたらマシンがもたないよ、加賀さん……」

そう危惧していた矢先に加賀とハヤトがクラッシュし共にリタイアとなった。
それも加賀がわざと体当たりしたように見えた。



「加賀さん!」

帰ってきた加賀に琉奈は抗議の意味で険しい顔を向けた。
初めは同じように鋭い目で歩いていた加賀だったが、琉奈が呼んだとわかるとしてやったりという顔をしてみせた。

「すまねぇなあ、今日はメカニックはどこも徹夜だな」
「………」

進路妨害するなら、普通に考えればポイントリードしている加賀ではなく新条がするはずの所を、
彼、もっと言えばアオイは新条を優先した。
意味もなく、こんな事をするような人でもチームでもない。

「何か理由があるんですか?」

胸の内を探るように見上げると、彼はまいったという風に肩を竦めた。

「悪いな、今日は誰にも勝たせる訳にはいかねぇんだ」
「……新条さんが勝たなくてはいけないって事ですか?」

それには答えてくれなかったが、沈黙は肯定だと思った。

「アオイは抗議続出だな、今日子さんがすんげぇ顔で怒ってるぜ」
「……」

琉奈は加賀から呟かれたアオイのオーナーの名前にピクッと肩を強張らせた。

「私……よくわからないんですけど……今日子さんってどんな人なんですか?」
「うん?」

純粋に顔を向けられ、後ろめたい琉奈は避けるように俯いた。

「その……世間一般のイメージだと、やっぱり"女王様"って言われてるような人って感じですけど、
同じチームの加賀さんからはどう思うんですか?」
「…………」

オーナーの事を悪く言われてると思ったのだろうか、険しい目が琉奈を見据える。

「あ、侮辱している訳じゃなくて、その……本当はどんな人なのかなと思って……
やっぱり他のチームだとマスコミや評判でしか知る事ができないけど、
その人の本質は、近くにいる人しかわからないと思うから……」


彼女がどんな人なのか知りたかった。
聡明で切れ者、アオイの1人娘という絶対的な存在感、その上容姿端麗。
加えて性格も完璧であるなら、自分には勝ち目などなかったのだ。
結局無意味だったんだと琉奈は思う。

心を覗き込むような目に、琉奈は少し怯みながらも見つめ返した。
いつになく真剣な表情に、加賀はしばらく考えるように空を見上げた後フッと笑いを漏らした。

「……健気な人だよ。ドライバーの為だったら何でもやっちまう。新条を勝たせてやりたいと思うくらいにな」
「………」

(加賀さんを笑わせられるほどの人なんだ、葵今日子という人は……)

聞かなければよかったと思うのは何故だろうか、それには気付きたくないと琉奈は心の声を振り払った。

「じゃあな。アンリ見てなくていいのか?」
「……今日はピットクルーじゃないですから」

空気を戻してくれた加賀に感謝しながら琉奈は冗談めかして笑ってみた。
だけど正直、こちらも笑っていられる状況ではない。

いくら自主的に控えているとはいえ、やはりドライバーの傍にいられないのは辛い。
それがどんなドライバーであっても仲間である事には変わりないのだから。

「そうか、大変だなそっちも」
「……そうですね」

加賀を見送り、作業を続けながらも琉奈はしきりにモニターを気にしていた。



後から聞いた事だが、どうやら新条のマシンは一時トラブルを抱えていたらしい。
アンリの腕であれば抜けれる状況だったらしいが、結果はアンリが2位。
原因はアンリが真面目に抜こうとしなかった事と、最後は新条の根性勝ちであった。

悔しそうに俯くアンリを見て、琉奈はいてもたってもいられなくてアンリに声をかけた。

「残念だったわね、始めから本気で走っていれば勝てたかもしれないのに」

案の定アンリは琉奈をキッと睨み付けた。

「あんたは来るなって言われてるだろう!」
「来るなと言われた訳じゃないよ、ただ私が来てないだけ」
「目障りなんだよ!周りから噂されてるだろ!?何もわからない新人をつけねらう女がいるって!」
「…………」

琉奈は目を伏せた。

自分ではもう何を言っても伝わらないんだと。
どうしたら彼がこちらの言葉を理解してくれるのかわからない、それが悲しい。
結局いくら外野が何かを言ったところで、ただ怒りを煽るだけなんだ。

「……このままじゃあなたは勝てない、だからわざわざ来たのよ」
「余計なお世話だね!あんたに言われなくても僕は勝てる!」
「今のあなたでレースに勝てると思ってるの?あなたの考えるレースって何?ただ走るだけ?」
「フンッ、たかがレースだろ!」


……父親に愛されなくなった少年は、
自分と父親を縛り付けたレース自体が憎いのだろうか。


「今日のが本当のレースだよ。全てを賭けて走る、人の気持ちが入り乱れた場所」

走り終わった後の勝者の表情、あれは……全てを賭けて勝ち取った勝利の悦びだ。
適当にレースを走るアンリとは違う。賭けている想いが違う。

「人の気持ちに勝つのは容易じゃないよ」
「くだらないんだよ、あんたの言う事は!」
「あなた……走っていて楽しい?」
「はぁ?」


思い出して、走る喜びを。
貴方と貴方の父親が夢見た、本当の勝利を。


未だに睨んでくるアンリに背を向け、琉奈は最後に強い口調で諭した。

「まずはそこから理解しないと」



……だけどそれを私ではアンリの心に伝えられない。











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サクサクいきましょう。