最終戦前、スゴウテストコースにて最終調整がなされていた。
アスラーダ調整の為にいないクレアの代わりに修の隣に立っていたのは琉奈

ガーランドが目の前を過ぎ去っていく風を受け、琉奈はサングラス越しの修を仰ぎ見た。

「アスラーダはユニオンのエンジン、これでハヤトも心おきなく走れますね」
「ああ」
「こっちはガーランド、スゴウもようやく勝ちが見えてきたかな」

テスト走行を終わらせたガーランドがピットに戻って来る。
普通だったら「お疲れ様」と駆け寄る所だが、事情が事情な為自分は行かない。

スタッフ達に囲まれて綿密なシステム調整を行っているのを遠巻きに見ていると、隣の修が静かに呟いた。

「アンリを優勝させるぞ」
「……わかってる」

それはオーナーとして当然の判断だった。
最終戦ではハヤトはアンリのサポートに回るだろう。
ダブルワンチャンピオンが新人の後方に回る……寂しい事実だったが、それはやっぱり仕方がないと思う。

勝ちだけにこだわってはいけないと思う、だけど負ける為に走っている訳でもない。
そう思っていてもドライバーの意思とは別に、上は時に冷酷な判断を下さなくてはいけない時がある。
彼の判断は恐らくオーナーとしての選択なのだろう。

「……修さん、どうしてアンリをスゴウに入れたの?」

アンリやスタッフには聞こえないように、聞き取れる最小の声で問いた。

「アンリの性格を知ってて入れたんでしょう?」
「ああ」

修やクレアはアンリの性格を把握していた。
だが今まで2人がそれについて何か行動をしたかと思えば、そうは見えなかった。
簡単に言うと野放しにしていた。

「……アンリには才能がある」
「でもだからと言って性格に難ありなのを許せるほど、超音速の騎士は甘くないでしょ?」

その名前が出ると思わなくて修は一瞬動揺して琉奈を見下ろした。
一応秘密にしてあるんだが……という文句は口には出なかったが、目がそう言っていた。

琉奈はある予想があって修にこの話題を振った。
雑誌で読んだだけでもとてもよく伝わってきた、ナイト・シューマッハの悪役振り。
ランドルの予選アタックの妨害をしたり、フライングを助長したり。

だけど結果的にハヤトはダブルワンを取り、ランドルも変わった。
シューマッハは始めからそれを狙っていたのではないか。

今も状況は違えど、ハヤトとアンリは互いに負けたくないと思っている事だろう。

「ハヤトが戻ってくるってのは誰もが予期していたのに、
そこにハヤトを憎んでるアンリを入れるなんて、出来すぎだね」

ニヤリと笑うのは琉奈
幼少から修と仲良くし、時々人からは性格が似てきたと言われるほど。
反対に修はもう降参とばかりに苦笑する。

何でもお見通しだな、と修は溜息をついた。

「……ライバルの存在は時に互いを大きく成長させる」
「それでこそ謎の覆面ドライバー」

これは超音速の騎士が2人に課した試練。
ハヤトはZEROの領域を越えて走り抜く事ができるか。
そしてアンリは、走る事、勝つ事を知ることができるか。


……全ては最終戦で決まる。






9・決意という名に縛られて






琉奈さん」
「あすか……」

夜も更けてしまったピットでガーランドを見つめながら座り込んでいると、
いつの間にか近くに来ていた声で琉奈は顔を上げた。

「こんな夜中まで何やってるんですか?」
「あすかこそ……どうかしたの?」
「ちょっと、眠れなくて」

ドライバーと共に夢を追いかけるメカニックとは違い、
傍で恋人が死闘を繰り広げるのをただ見守るしかできないあすかの心労は計り知れない。

引退まで決断させる程の大怪我、すれ違いもあったがそれでもあすかはハヤトを支える事を決めた。
しかし知覚の限界を超えた世界にいるハヤトは明らかに衰弱していて、
一歩間違えれば死んでしまう、また昨年のような怪我をするのではないか、
それを考えるだけであすかの精神も悲鳴をあげるのだろう。

帰ってくるとは限らない恋人が、何度も何度も飛び立っていく様を見ているしかできない。
19歳の若さでは耐えきれないような痛みを、彼女はじっと笑っている。

「何考えてたか、聞いてもいいですか?」

作業を進める訳でもない、物思いに耽るようにマシンを見下ろしていた琉奈

みきやクレア、あすかとも違う、どこか遠くばかり見ている姉のような存在。
いつの間にか海外に飛んで行ってしまい、そしてふらりと戻ってきた不思議な彼女の目には何が映っているのだろうか。

アンリとの亀裂が深刻化しながらも、それでも見捨てずに仕事を続ける彼女は、
何を思って此処にいるのか、どんな気持ちでマシンに触れるのかを知りたかった。

「ん……色々とね。ガーランドの事とか、アンリの事、アスラーダの事……どうして私はこんな事してるのかなぁって。
ドライバーに嫌がられてもマシンを見続けて……無駄なんだってわかってるけど」

此処にいるのをやめられない、琉奈はガーランドのボディをそっと撫でた。

思いは違えど自分も琉奈もレースという魔物に取り憑かれてる、あすかはそんな気がしていた。
あすかはハヤトから離れられない、そして琉奈もアンリとマシンから逃げられない。

「私ね、アンリの本性知った時……アンリを更正させる事が自分の使命だと思った。
こっちに戻ってきて初めてのサイバーで、初めて出会ったドライバーがアンリ……私にぴったりな因縁だった」
「……どうして?」

琉奈は笑うだけでその答えは教えてくれそうになかった。

「でも結局何も伝わらなかった……今度も、ダメだった」
「………」
「アンリを変える事ができたら、少しだけでも許される気がしたのに……」

何が、なんて尋ねるだけ無駄だ。
彼女はあすかに呟きながら、自分自身に投げかけているようだったから。

「残り1戦……私が此処に来た意味はあったのかな?」
「そんな事は……」

ドライバーと心を通わす事も必要だというのに、こうして隠れているなんて。

自嘲するように見上げて、それから琉奈はあすかを振り返った。

「綺麗になったね、あすか」
「な、何ですか急に……琉奈さんこそ」

はぐらかすような琉奈の心は、あすかには読み取れなかった。
幼馴染みだと言えるあすかの兄であれば理解できたかもしれないが、彼女はそうそう手の内を明かさない。
ただ、いつも彼女は寂しそうに笑っている。

「ハヤトの復帰で、あすかにも色んな事を強いてしまったと思う」

20歳にもならない妹に、耐える事を教えてしまった。

「私の仕事はドライバーを危険に晒す、そして危険からも守る…… レースという世界にいる以上そこから逃げられない」

メカニック、もっと言えばスタッフ次第でドライバーは勝利にも敗北にも、死にも誘われる。

「それでも……掴みたいものがある、ドライバーと一緒に。
だから私だけじゃダメなんだ、アンリにも同じ先を見て欲しい……これって独りよがりかな?」
「ううん、そんな事ないです。ハヤトも、"僕は僕の夢だけの為に走っているんじゃない"って言ってました。
今のアンリは間違ってると思うから……私も賛成です」
「……うん」
琉奈さんの言葉、ちゃんとアンリに届くと思います。だから諦めないで」
「……ありがとう、あすか」

決意の表れか髪をバッサリ切った彼女は綺麗だった、表面以上に心の強さがにじみ出ているように。
彼女はこの先もこうやって苦しみながらも、必死でドライバーを支えて生きていくのだろう。

「苦労かけるね、あすか……いつか、今度は私があすかを苦しめる気がする」
「そんな事……」
「ハヤトを助ける事もできる、でも一歩外に出れば危険に向かわせてしまう事になるから」

もしそうなったら恨んでくれて構わない、呟いた琉奈に必死で首を横に振った。
あまり冗談ではない真剣さを帯びた目に、あすかこそ琉奈が計り知れないと心底感じた。

だけど琉奈にはわかっていた、そう遠くない未来でこれが現実になる事を。







* * * * * * *







予選後、ハヤトとアンリを呼んでの最終ミーティングが行われていた。
修はそこで明日の戦法、つまりハヤトがサポートに回り、アンリを勝たせるという事を伝えた。

オーナーとしてもハヤトとしても辛い決定になった。
ハヤトが望んでいるのは加賀との真剣勝負であろうが、それすらできないかもしれない現実。

「勘違いするなよ!」

決戦前夜、琉奈がハヤトと話をしようと思っていた矢先、スゴウのモーターホームからハヤトの叫ぶ声が聞こえた。
相手はどうやらアンリのようだった。

「確かに決勝はサポートしてやる!だが僕は、お前の為に走るんじゃないからな!」


ハヤト……彼はいつだって前を向いている。


「スゴウの為にでもない……僕は、僕を応援し支えてくれる人と僕自身の為に走るんだ」
「な、殴る気!?そんな事したら……!」

ハヤトはそのまま突き放し、アンリはバランスを崩して座り込んだ。

「お前こそ何の為に走るんだ!?一度くらいその事を真剣に考えてみろ!
それもわからないようじゃ……一生、僕の前で走れやしないからな!」

それでもアンリは否定し続ける。

「何の為にだって!?勝つ為にだよ!他になにがあるっての!」


……アンリ、気付いて。
それでは貴方は救われない。


「フン、馬っ鹿みたい!」

行ってしまったハヤトを追いかけようか迷った。
だけど琉奈はそちらには行かず、未だ座り込んでいるアンリに近づいた。

「……勝つといいわ、それでアンリが満足するのなら」
「……っ!」
「だけどハヤトには勝てない。どこまで行っても敗者はアンリよ」
「いい加減ウザいんだよあんた――!」

「これだけは言わせて」

琉奈はアンリの言葉を遮るように声を荒げた。

「私は、アンリが真に勝ちたいと、走りたいと思った時は必ずサポートする」


自分を必要としてくれる人の為に、自分の力を使いたい。
自分と志を同じくし、勝利の先を目指す者の為に。


「だから望みどおり、今の貴方にはサポートしない。それじゃ」

琉奈は背を向けて歩き出した。
背後でアンリが何かを叫んでいるのが聞こえた。

「お呼びじゃないんだよ、あんたは!」
「………」


なら私は、もう必要はない。

私は……無力だ。











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あすかと話がしたかった回。
だけど、あすかの口数が少なくてあえなく撃沈。
返答に困る事ばかり言うからしょうがないんですけどね。

次回でZERO編、終えられるかな?