世界を一色に染め上げる赤い太陽。
それは闇をまとい新たな光をいざなう為の、静かな洗礼のようで。
「寂しくなるね……」
遠ざかっていく旅客機を見上げて琉奈はポツリと呟いた。
「ずっと一緒にいるものだと思ってたのに、みんなそれぞれの人生があって、別の道を行くんだよね……」
グランプリが終わり、しばしの休息の後には再び嵐のような一年が待っている。
だけど同じ月日が繰り返される事はなく、少しずつ変化を遂げて。
一人、また一人とホームから離れていく。
隣のハヤトがくすりと笑ったので、ようやく自分が変な事を口走っていたと気付いた。
「……って、しばらく日本にいなかった私が言えた事じゃないかもしれないけど」
「そうですよ、琉奈さんだってまたいつ飛んでいくかわからないのに。
残されてるのはいつも僕達の方なんですから」
「あはは……手厳しいなぁハヤトは」
飛び回ってロクに帰って来なかった自分に感傷に浸れる義理などない。
可笑しい事かもしれないが、スゴウというチームは変わらない気がしていたのだ。
「でも、ハヤトとあすかが一時期とはいえ離れるなんて考えてもみなかった。
あすかが留学したいっていう気持ちは凄いと思う、けど二人はどんな時も一緒にいるものだと……」
言ってしまえば願望だった、彼らには何があっても寄り添いあっていて欲しいと。
「よく考えれば別にそうでなくてはいけない必要なんて、ないんだけどね……」
自分でも何を言っているのかわからないと混乱ぎみに顔を俯かせていると、年下の青年の静かな微笑が聞こえた。
赤い空を眺める横顔は既に少年と呼べるものではなくて、思わず見とれた。
「長い間離れていても大切な事には変わらないし、再会すればいつだって家族みたいな存在で、
同じ距離でいられるから悲しい事なんてない」
弟のような青年は、こんなにも大人びていただろうか。
「それを琉奈さんを見て感じました」
「へ?…そ、そう?」
「琉奈さんだってそうでしょ?」
「そりゃあね……だって、結局帰ってくる場所は此処だから」
変わらない事が嬉しかった。
いつだって幼馴染み達は温かくて、真綿のように柔らかい。
だから安心して飛び出していけるのだと、そんな事を思った。
「確かに少しは寂しいですけど、あすかには夢を追って頑張って欲しいし、
別の道を歩んでいたとしても大丈夫な気がするんです」
「……そうかもしれないね」
「それよりも、あすかに負けないようにしないといけないですね。
来期もチャンプを目指してサイバーを走る……僕にできる事はそれだけですけど」
「うん、頑張ろうハヤト」
この先、何が変わらないままで、そして何が変わっていくのだろうか。
それはまだ琉奈にも、ハヤトにもわからなかった。
間章
一途に欲しい明日
1・優しい嘘
「アンリが、お前に引き続き自分のマシンの担当をお願いしたいそうだ」
「……うん」
琉奈は目の前のルビー色のワインを見つめながら頷いた。
「面と向かっては言えないらしいが、何度も謝っていたぞ」
「うん、最終戦の時にわかってた」
テーブルを挟んだ修は茶褐色の酒。
グラスをくるくる回すと綺麗な色が照明で光る。
「お前は本当によくやってくれたと思う」
「何言ってるの。修さんがわざとそう仕向けるクセに」
「フッ……そうだな」
修はブランデーを飲み干し、一年の疲れを蓄積させたような大きな深呼吸をした。
初のサイバーチームオーナーとしての責務は重いものだったのだろう。
それがようやく一息つけた、といった様子で修はソファーにもたれる。
「こうして……随分と長い間、お前とゆっくり話してなかったな」
「そうだね」
「お前が酒を飲める年齢になっていたのが一番の驚きだな」
「……おじさんクサイよそれ」
修が家出して、琉奈も各地に飛ぶようになって気がつくと6年間も会っていなかった。
あの時はまだ琉奈は16歳、修も18歳だった。
だけどこうして再び顔を合わせると、不思議と距離があったように感じられない。
琉奈は常にF1やサイバーの情報を集めていたから、修が何をしていたのかは大体把握していた。
だからかもしれないが小さかった頃と変わらない距離感と、日常的に行われる修との意見衝突。
最近では互いに大人になったのか、あまり些細なことでは怒らなくなったが。
幼馴染みと呼べる2人の為にと、今日はクレアが気をきかせて同席していない。
別にそんな改まった関係でもないのに、とは思うけど。
「もう……22になるのか」
「………」
何で今日はそんなにしんみりしているのか。
会話しにくくて仕方がない。
「お前より年下のあすかとハヤトが改めて婚約するとはな……」
「余計なお世話です」
"お前より年下"という所が強調されている気がして、こめかみがピクピク痙攣する。
「だから、その……お前は……そういう奴がいるのか?」
「……は?」
修はオーナーらしからぬ、そわそわした態度で言葉を発した。
意図が読めず呆気にとられる琉奈を余所に、手持ち無沙汰なのか修はグラスにまた酒を注ぐ。
「お前の年でもまだ結婚は早いと思う。だがあすかまでも婚約してしまった。
だから、お前はどうなんだろうと、思ってな……」
「………」
確かに彼の5歳年下の妹にも既に一生を決めた男がいるし、そして自分にだって一応クレアがいる。
だから2歳年下の幼馴染みはどうなのか、気になっているのだろうか。
今まで恋愛や結婚についてお互いに話した事はない。
だから余計に目の前の男が何を言い出すのか不審に思ったし、
こんな風に改めて真剣に切り出されるとどう返せばいいのか気恥ずかしくて困る。
「お前は昔から変わっていた。
好きな物を選べという時も、お前はいつも人気のないような余り物ばかり選んでいた。
理由を聞くと必ず、これは自分しか欲しくないからいいのだと、嬉しそうに言っていた」
「そう、だっけ……」
そんな昔の事を覚えていられるとさらに恥ずかしい。
それに自分では変わっているという自覚はないのだから、思わず反論してしまいそうになる。
「バイクを始めた事だってそうだ。
いくら橘のおじさんの影響だからって、まさか女のお前が工具を持つなんて誰も思ってなかった事だ。
おかげでハヤトまでバイクに興味を持ってしまった」
「それはいいじゃない……結果的にハヤトはドライバーの才能があったんだから」
「確かにそれはそうなんだが……」
あの時だって例の調子で修は反対した。
"もっと女らしい事をしろ!"なんて言われて、頭に来て工具を投げつけた事もあったような。
いつだって彼は琉奈のやる事にいちいち反対した。
「……心配、なんだ。お前が変な男に引っかからないか」
「………」
たぶん、彼は人一倍心配性なんだと思う。
野心家なクセして生真面目で現実的な彼は、きっと琉奈が女として平穏な人生を送ることを望んでいたのかもしれない。
「そういう奴ができたら、ちゃんと私に報告するんだぞ」
「……何で修さんに言わなきゃいけないの」
2つ年上の幼馴染みは、とても琉奈の事を大切にしてくれている。
スゴウに入れてくれた事もそうだった。
「私は橘のおじさんにお前の事も頼まれた」
「………」
「私はお前の父代わりであって、兄代わりだからな……」
(変な人は、たぶん貴方だよ修さん……)
彼のように生真面目な人、そうそういないんじゃないかと思う。
まだ学生だった頃、そんな彼に憧れていた時期があった。
成績優秀でスポーツ万能、誰もが羨む人の傍に琉奈はいた。
幼馴染みとして同じ時を過ごし、同じ物を見て育った。
あのままもう少し大人になるまで一緒にいたら、相手がどう思っていたかはわからないけど、
もしかしたら自分達はハヤトとあすかのようになっていたかもしれない。
だけど琉奈達は別の道を歩んだ。
彼はドライバーの道を行き、琉奈はメカニックの道を……同じ場所で目指す事なく。
そして2人は別の人生を見つけた。
修はクレアをとても大事に想っている。
クレアは修の傍に寄り添い、時には叱り、時には支えて。
(そして私は…………私は……)
「私ね、初恋は修さんだったよ」
「ゴフッ!!」
修は盛大に吹き出した。
「琉奈……急に、何を……っ!それに今はそんな話じゃ…!」
動揺する修を見て琉奈は満足そうに笑った。
きっとこれは、初恋の人に対する……最初で最後の、思いやり。
「だから大丈夫、変な人なんか連れてこないよ」
悲しい本音と、優しい嘘。
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骨休めと次への転換という意味も兼ねて、ワンクッション置いてみました。
修さんが飲んでるお酒を何にしようか悩みました(笑)
ブランデーが合いそうな気がしますがどうなんでしょうかね。
ちなみにヒロインはそんなに飲めません。ちびちび付き合う程度で。