「入賞おめでとう、アンリ」

笑顔で迎えたが、彼はその可愛らしい容姿を子犬のようにシュンと落ち込ませた。
すみません、と消え入りそうな声で呟いて。

琉奈さんにマシンを見てもらえるの最後だったから、今日こそはもっと良い成績残したかったのに……」

少年は拗ねながらも、敬愛している先輩の為ならと琉奈の移動を渋々了承していた。
彼なりに琉奈への手向けにしたかったのだろう、それがうまくいかずに自分に怒っている様子だ。
何だか可愛いなと、素直に感じた。

「何言ってるの、まだ次があるじゃない。
それに担当が変わるだけなんだから、いつでもアンリの走りは見ていられるよ?」

だから今度は勝ってみせて、と頭を撫でるとしばらくしてアンリは納得したように頷いた。

「それに……」

それ以上に心配なのはハヤトの方だ。

無理が祟ったのだろうか、ハイネルとの接触により最終戦の結果は、リタイア。
その時点で総合優勝はグーデリアンに確定してしまった。
奇跡が起るかもしれないと期待していたマスコミはほとんどそちらへ行ってしまい、
今やスゴウのピットには数える程しかいない。

勝った時と負けた時とではこうも違うのかと、改めて明暗の差を突きつけられた。
悔しいがこれが現実、世界の厳しさはどこも変わらないなと琉奈は独りごちた。

視線の先には、傷だらけになったアスラーダ。

(ハヤトの為にも……新しいアスラーダを作らないと)


その日、彼はピットに戻ってこなかった。






3・敗北の歯車






ワールドチャンピオンとなったジャッキー・グーデリアンのパーティは盛大なものだった。

前年はあそこにアンリが立っていたんだけどなぁ、そんな事をしみじみと感じていた琉奈

「来年は必ず、スゴウのドライバーで幕を閉じたいですね、クレアさん」
「そうね、その為にこれからは私達が戦わなくてはならないわよ」

クレアはその透き通る空色の瞳で強く微笑んだ。

「……体、大丈夫ですか?寝ないで開発を続けてるんですよね?」
「ええ、ありがとう。でも今は私の勝負の時だから妥協はできないわ」
「でも……」

心配で何度も顔を覗き込んでいると、修の苦笑する声が聞こえる。

「クレアは意外と頑固だからな。こうと決めたからには誰にも変えられない」
「それって将来的には尻に敷かれる事になるんじゃない?」
「なんだと?」

「よう、菅生」

口調が厳しくなった時にタイミングよく声がかかった。
修の昔からの旧友のブーツホルツだった。

助かったと内心安堵の息をついていると、ブーツホルツは何故か嬉しそうに琉奈を見下ろした。

「今日はまた、可愛い子を連れてるじゃないか」
「そういえばちゃんと紹介した事なかったな。ウチの1、2を争うメカニックの琉奈だ」
「は、初めましてブーツホルツさん。琉奈です」
「ああ、よろしくな」

ブーツホルツとちゃんと対面した事はなかったが随分気さくな人だと思った。
サイボーグの体も、想像していたほど怖くない。

「俺はまた恋人を新しく増やしたんだと思ったよ」
「……違う、琉奈は簡単に言うと幼馴染みだ」

冗談めかして笑うブーツホルツに、修は拳をプルプルさせて否定する。
だが修をからかう声は止まらない。

「ハッハッハ!それなら余計に怪しい関係じゃないか、なあクレア?」
「ええ、そうですわね」
「……お前達なぁ……!」

修の堪忍袋の緒が久しぶりにキレそうになっている。
このままだと余計なとばっちりにあいそうだと、琉奈はそそくさと3人から離れた。

「じ、じゃあ私は避難……じゃなかった、失礼します!それではブーツホルツさん!」
「ああ、またな」


背後で修が何かを言っていたが、琉奈は耳を塞いで新しい食事を取りに行く事にした。


「よお琉奈ちゃん!あれ、一人?」

そんな時に声をかけてきたのは、今期チャンピオンのグーデリアン。
既に酒でできあがっているのかいつもの調子なのか、陽気に手を振り上げてやってきた。

「はい、残念ながら。優勝おめでとうございます、グーデリアンさん」
「ま、ミーの実力なら余裕だな!琉奈ちゃん、暇ならミーとちょっと付き合わない?」

なんだか急にナンパタイムに突入した。

「あっちは窮屈だから抜けてきたんだけど、残念な事に素敵なパートナーがいなくてさ、
こんな魅力的なユーとだったら疲れも一気に吹き飛ぶってもんよ!」
「あ~……お誘いは嬉しいんですけど……」

いつもの事ながら、適当に受け流す事もはっきりと断る事もできなくて対応に困る。
これが気心知れた知人とかならいくらでもあしらえるのに、
彼は仮にもトップドライバーでチャンプだから無下にするのは憚られる。

「約束だったよな?ミーがチャンプになったらお誘い受けてくれるって」
「え、そんなの覚えてたんですか……!?」

去年の授賞式に適当にあしらったのが裏目に出たみたいだ。
さてどうしたものかと琉奈が考えあぐねていると、ちょうど慌ててやって来た声はまさに天の助けだと内心感謝した。

「グーデリアン!貴様どこほっつき歩いていた!」
「ちょっと!琉奈には手を出さないでよ!」

性格が正反対すぎると有名な、シュトロゼックの名物兄妹だった。
既に頭に血を上らせているハイネルは乱暴に胸倉を掴んで吼える。

「チャンプならチャンプらしく、重役との挨拶がある事を忘れたのか!」
「忘れてないけど、あんな男だらけの所息が詰まっちまう!」
「当たり前だ!少しは節度を持てと言っただろう!」
琉奈大丈夫!?何にもされてない!?」
「だ、大丈夫だよリサ、ありがと」
、すまなかったな……」
「いいえいいえ、ありがとうございます」

琉奈はこの状況が何だか可笑しくて割増しされた微笑みを向けた。

グーデリアン&ハイネルコンビと初対面したのは去年の授賞式。
リサに紹介されて顔を合わせて、グーデリアンにはすぐ気に入られた。(というより、彼は女なら全員覚えそうだが)
そして、一見他の事には興味を示なさそうなハイネルに名前を覚えてもらったのは、かなりポイントが高い。

「優勝おめでとうございます。今期こそ負けてしまいましたが、次は絶対ハヤトは負けませんよ」
「ああ、楽しみにしている」
「あのシュティール、初めて見た時には本当に驚きました。 あんな斬新的なデザインや技術は並の人間では思い付きませんよ。
ライバルでなければ是非そのマシン機構を分解して組み立て直してみたいものです」
「それは光栄だな」

メカニックとして彼のマシンには凄く興味があるし、純粋にマシンデザイナーとしての才能に憧れている。
クレアとはまた違った天才デザイナーと一度ゆっくりと話をしてみたいと琉奈は前々から思っていた。
まだそれは叶ってはいないが、普通ならば他チームのメカニックとの接点はほとんどない。
だからこうやって個人として相手させてもらっているだけで充分に満足に値する事だった。

そこは厳格な兄を簡単に引きずり回す事ができ、
そして誰とでも友達のように接するリサの人柄のおかげかなと、密かに感謝している。

琉奈のメカニック魂が震える?」
「そうなんだって~!だってあんなマシン見た事ないんだもん!
どんな風になってるか見てみたいし、熱伝導とかも知りたいし!」

敵チームだとかハイネルがいるとか関係なく、思わず我を忘れてメカオタク発言をしてしまった。
うっとりとシュティールのシャーシを思い浮かべて、しばらくしてようやく周りの視線に気付いた。

引かれたかな、と恐る恐るハイネルを盗み見ると彼はふっと顔を綻ばせた。

「君は根っからのメカニックのようだな」
「す、すみません……」
「悪いとは言っていない。シュティールを見せてやれないのは残念だがな」

雑誌のインタビューなどを読むかぎり、彼はとても生真面目な性格だと思う。
リサが「真面目すぎて心配」なんて言っているぐらいだから、やはりそうなのだろう。
ドライバーでありマシンデザイナー、そして真面目で誠実そうな性格、
何だか自分の幼馴染みみたいだと琉奈はハイネルに少なからず興味があった。

「ではまたな、。行くぞグーデリアン」
「チェッ……じゃあまたな琉奈ちゃん!」
「失礼します、ハイネルさん、グーデリアンさん」
「じゃあね琉奈!またメールするね!」
「うん、私もまたメールする」

3人を見送ると、琉奈は軽く腹ごしらえを済ませた。
まだ時間が空いているので、さっきハヤトが険しい表情で歩いていたから様子でも窺いに行こうかと思っていた矢先。

「よお」

今度は加賀が琉奈を見つけてやってきた。

「加賀さん!4位おめでとうございます」
「おめぇ、それ褒めてねぇだろ」
「いえいえ、しっかり褒めてますよ」

ジトッという目で見下ろしてくるが、一応皮肉で言った訳ではない。

「ま、おめぇんトコのチビは7位だからな、それと比べたらマシなんだろうけど」
「あはは……」

皮肉で帰されてしまって琉奈は苦笑する。

思えばこの人とも随分仲が良くなったなと、琉奈はこれまでの事を振り返った。
昨年にバイクの事で語り合ったら意外と意気投合してしまって、
それからは時々彼のバイクをいじらせてもらっている。

先々月のオフではツーリングに行った事もあるから、たぶん確実に彼とは打ち解けているんだろうと思う。
だけど、ふいに口を付いて出てしまった言葉に、すぐに琉奈は後悔した。

「……今日子さんは来てないんですか?」
「うん?」
「いつもだったら率先してこういう場に来る人なのに、今日はいないんですね」
「ああ、何か上の奴らに捕まってんだとよ」
「そうなんですか……」

加賀はしばらく沈黙し、少し真面目な顔がこちらを向く。

「なあ、前から聞こうと思ってたんだが」
「はい?」
「どうしてそんなに今日子さんが気になる?」
「………」
「アオイのオーナーはお前ぇにとっては敵なんじゃないのか?
ま、それを言ったら俺達も敵同士になっちまうけどな」

琉奈は極力不自然にならないように笑った。

「……憧れなんです」
「へぇ?」
「今日子さんみたいになれたらよかったのにって、時々思うから……」
「ああん?別にお前ぇはお前ぇだろ?」
「それは重々わかってますよ。でも、だから憧れなんです」
「そういうもんか?」
「そういうものです」

早々に話を切り上げると、ハヤト達の所に行こうと加賀を誘った。


無意識に彼女を探していた自分を憎らしく思いながら。











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何だか色々な人と会話した回。
意外とハイネル好きです。それとリサとのコンビも。
っていうかサイバーのキャラは皆好きです。