作業後の気怠い体を押して覗きに来るのは、ファクトリー内の一台のサイバーマシン。
照明に照らされてキラキラと輝くのは昨シーズンまでサーキットを駆け抜けていた、黄色の差し色が映える晴天の青。
所々に小さな傷が走っているが、触れるとひんやりと吸い付くような滑らかな曲線。
贔屓目なのかはわからないが発光するような白皙のボディがより美しさを引き立たせている。
「アスラーダ……」
それが"彼"の名。父達が残した形見。
ついに父と肩を並べる事はなかったが、遺志はこのように生きている。
どんなに疲れても、どれだけ途方もない肉体労働だとしても、
美しさと強さを兼ね備えた彼を見れば一瞬にして迷いは吹き飛ぶ。
重いと思う事もあった、マシンデザイナーの彼女の苦労を見ていれば尚更。
だけど越えなければいけない、残された者達だけで次への可能性を見出さなければならない。
父の背中を見ているだけではいけないのだと、わかってはいるけれど。
――「君は本当にお父上の事を尊敬していたんだね」――
クセのある煙草を噴かせながらあの男はそう笑った。
「当たり前じゃない。ずっと父さんと、アスラーダが憧れだったんだから……」
――「それでも君は残らずに俺達と来た。どうして?」――
あの男に惹かれた理由もあったし、アスラーダの周りの仲間を見れば自分が入る余地はないとも察知していた。
だけどそれ以上に、本当は恐かったんだ。
「……越えちゃいけない気がしたからよ」
"彼"は、自分にとって聖域だ。
辿り着いてしまった夢の先に、私は何を見出すのか。
追い抜いてしまったら、私はきっと目標を見失う。
「でも、やらなきゃいけないんだ……ハヤトの為にも、自分の為にも……」
明日も早い、少しでも多く睡眠を貪らなければいけないと、
マシンをポンポンと軽く叩いて父の後押しを貰いながら立ち上がる。
ゆるゆると眠りについているその姿、今度は私達が目覚めさせよう。
"父"を振り返り、頑張るよと呟くと琉奈はライトを消した。
4・世界を壊す勇気
「コースレコードを2秒短縮ね」
「さすが修さん」
スゴウテストコースにてガーランドに乗っているのは、アンリでもハヤトでもなくオーナーの修。
視神経に傷があった為ドライバーを引退したが、医療技術の進歩により昨年手術が可能になり、
彼はテストドライバーとして走れるぐらいには回復した。
改良型ガーランドで既に"ダブルワン"のコースレコードを更新。
やはりアスラーダの再開発を急がなくてはいけないなと琉奈は改めて焦りを感じた。
「お疲れ様、修さん」
「ああ」
修を見送り、ガーランドのエンジンを開けてチェックに入る。
「さすがだね、マシンにどこも異常がみられない」
超音速の騎士としての神業のような能力はまだまだ健在だった。
だけどそれでもブランクがあるのだと思う。
ハヤトがガーランドに乗ればもっとタイムは更新できる。
(これは……歯がゆいね)
出力チェックをしながら蓄積される感情は決して良いものではない。
アスラーダは現状として設計図は上がっているものの、問題は山積みだった。
アスラーダは他のマシンとは違い、扱いが非常に難しい。
自分の担当するハード面は急ピッチで仕上げているが、
中身のサイバーシステム"アスラーダ"をどうするかはまだ前途多難な状態。
ギリギリ開幕には間に合わせる予定だが、今のままでは難しいかもしれない。
ハヤトにとっては辛いかもしれない。
通常グランプリに入る前にマシンはドライバーに合わせて十分に調整を重ねなくてはならない。
その人のクセに合わせたバランスや、ハヤトの要求に応じた設定変更など、短期間でできるものではない。
「琉奈さん、少し休んでください。琉奈さんは新型アスラーダの方もセッティングしているのに」
「いいの、大丈夫……よし。ハヤト、準備OKだよ」
「ありがとうございます」
ハヤトもアスラーダに限界を感じているに違いない。
自分のマシンを思う存分走らせられない気持ちは、メカニックには到底想像ができなかった。
思うように進まない、それはクレアの顔色を見ればすぐに察知できた。
「ごめんなさいね、琉奈さん。まだこちらは時間がかかりそうよ」
「いえ、いいんです。ソフトは本当に大変だと思いますから」
開発会議、というか互いに報告し合うミーティングの席でもクレアの顔は辛そうだった。
彼女の代わりにすこしでも自分が頑張ろうと、理解できる資料にざっと目を通していくと、
聞いたことのある名前に琉奈は目を止めた。
「クレアさん、このレアメタルって……」
「ええ、採用しようか悩んでいたけど、スゴウではまだ実用段階には至っていないの。
これを搭載すれば変形パターンもスムーズに済むから、変形時の速度ロスがなくなるんだけど……」
「…………」
琉奈はレアメタルを知っている。
風見氏と同じアスラーダプロジェクトに参加しながらも、
意見が対立して別の道を歩む事になった名雲柾が作ったマシンにはレアメタルが採用されていた。
その後の試作にもレアメタル製のボディが使われていたし、
何度も材質を間近で見て、その概要を見せてもらった事もある。
急に真剣な表情で黙り込んだ琉奈に、クレアは首を傾げた。
「私……少しですけどレアメタルの事、わかります」
「え……どういう事?」
「………」
琉奈はモゴモゴしながら俯いた。
言い出しておきながら実はこれ以上問い詰められたくはない。
経緯を話すという事は、自分がやってきた事全て自白しなければならないからだ。
「その……詳しくは話せないんですけど、以前にレアメタルを採用したマシンをセッティングした事があります。
理論も教えてもらいましたし……きっと、実用までこじつけられると思うんです!」
そんな説明で彼女は理解してくれるだろうか。
だけどハヤトとマシンの為に、このまま何も聞かず賛同だけして欲しい。
「レアメタルを完成させたらアスラーダはもっと速くなります!やれませんか、クレアさん……?」
我ながら無茶な要求だと思ったが、クレアは始めは驚きながらも、
しばらく資料を見つめ最後には頷いてくれた。
「わかったわ。一緒にレアメタルを実用までもっていきましょう」
「はい、ありがとうございます!」
「……どうして、とかは教えてくれないのよね?」
「いずれは……でも今は、すみません……」
「いいのよ」
何処か見透かしたように、だけどふんわりと微笑んだクレアに感謝した。
だがやはり無情にも、琉奈の発言はこの後思わぬ波紋を呼ぶ事になった―――
Back Top Next
また短めですが、これで間章は終了です。
ようやく次に行けます。そしていよいよ、ですね。
気合いいれます。