――2020年、第15回大会。
チーム制も新たに再出発という重要な起点だったが、唯1人琉奈だけは浮かない顔でマシンを調整していた。
(どうして、あの男が……)
フリー走行と予選で見た2台のアルザード、あれにはレアメタルが使用されていた。
という事は間違いなく、兄である名雲柾のマシンを引き継いだものだ。
昨シーズンとはスタッフも大きく変わったアオイ、そこには新条もみきもいない、そして元オーナーである今日子もいない。
その代わりに中心で当たり前のように立っているのは、
「……どうして……」
久しぶりに見たあの長身、前より髪が伸びていた。
だけど野心をたっぷり秘めた瞳は変わらず、モニターを見続けている。
琉奈を騙し、淡い想いすら踏みにじった男。
もう見る事も会う事もないと思っていたのに。
「どうしたんですか、琉奈さん?顔色が悪いですよ……?」
「うん……ちょっと、寝不足だからかも……」
「後は俺達がやりますから、琉奈さんは休んでいてください」
「ごめんね……ありがと」
スタッフに気を遣われ、とりあえず琉奈は外気を吸おうと思いピットを出た。
初戦という事もあり、パドックではマスコミがドライバーのインタビューに走り、
スタッフは皆思い思いに再会を喜び、新人の紹介を交わす。
この頃アスラーダの調整も徹夜でやっていたからな、と琉奈は自分の弱さを恨んだ。
だけどやっとスゴウのモーターホームに着いた、という所で壁によりかかる人影に琉奈は目を見開いた。
「………なんで……」
2・獰猛な目に贖う猫
何故この男が目の前にいるのかわからない。
仮にもスゴウのホームの前で、何故アオイの人間が立っているのか。
そしてあろう事か男はこちらを見つけると琉奈を待っていたかのように立ち上がり、一歩一歩、あの目で近づいてくる。
「久しぶりだね」
「何で……何でここにいるの……!」
スゴウのモーターホームにいる事もそうだけど、
何故アオイの一社員だった男が社長に成り代わってサイバーに出ているのか。
「証明しに来た、と言えばわかるかな?」
琉奈が真実を知った時、この男はある事の一点張りだった。
――兄さんの理論は間違っていない――と、そればかり。
「やっぱり、あのアオイのマシンは貴方が……!」
「ああ、兄の研究を受け継いで私が完成させたアルザードだ」
笑っていたかと思えば突然名雲は琉奈の手を掴み、両手を拘束して車体に押さえつけた。
「な、何を……!」
「その事に関して君に口封じを、と思ってね」
琉奈は何か嫌な予感がして、サッと顔を青くさせた。
「君に密告でもされたら今までの苦労が水の泡になってしまうからね」
「あ、当たり前でしょう!あんな危険なマシン!」
思い切り叫ぶと、名雲はキッと琉奈を至近距離から睨み付けた。
その狂気にも似た鋭い目に琉奈は思わず身をすくませた。
「危険?あの走りにどう危険が感じられた?」
「……っ」
……この男はいつも低い声で嫌に笑う。
人を小馬鹿にしたような、自分が正しいのだとでも言いたげな言葉。
これが本性だったのなら自分はあそこまで従いはしなかったと、
琉奈は恨みがましい目で負けじと見上げ続けた。
ギリ、と音がしそうなほど握られた両手で幾度となく拒絶を繰り返しては、その度に徒労に終わる。
「誰も寄せ付けないタイム、そして完璧な走り、どこをとっても次世代型の安全なマシンだと思わないか?」
――「乗りこなせば問題ない」――
あの頃と同じ、何かを含ませたかのような言葉。
「もしかして……あれに何か――!」
「……それ以上言えば、私は君を黙らせなくてはいけなくなる」
「っ!」
唇が触れそうになる位置で、名雲は低く静かに囁いた。
本気ともとれるその発言に琉奈は恐怖と怒りを感じた。
「君が僕を訴えるならそうすればいい、だけどそうしたら君は共犯者だ。
あのマシンの一部を作った者として君も裁かれる」
「……!」
それは脅しだった。
(この男は……!)
「せっかくスゴウで築いた地位が一瞬で崩れ去ってしまうから勧めはしない。
それに今の裁判は何でも調べられてしまうよ。
君が僕達の研究に参加していた事やら、はたまた僕との肉体関係までも――」
パンッ……!と見事な平手打ちの音が響いた。
男は避ける訳でもなく平手打ちを受け、叩いてしまった後に琉奈はしまったと感じた。
頬が次第に赤くなっていく代償として、何を仕返しされるかわかったものではない。
だけど名雲は満足そうに笑い琉奈の拘束を解いた。
「……君には恐らくそんな事はできないと思うけどね」
この男は……どこまで言っても自分を侮辱する。
どれだけ必死になって努力しても、昔からこの男は自分をおもちゃとしか見ていない。
「君が何もしなくても自ずと勝者は決まる。君の理論……アスラーダが正しいというのなら、
君が何をする訳でもなくアスラーダが勝利する、違うかい?」
「………っ!」
「まぁ、もっとも今のスゴウはアスラーダですらないみたいだからね、勝敗は決まったも同然だ」
「………」
兄の理論を証明させる為にここまでやってくるのか、名雲京志郎という男は。
自分が開発に携わっていた時以上のものが、あのアルザードには隠されていると琉奈は直感していた。
止めなければ、勝たなければ……そんな意固地にも似た感情が琉奈を襲う。
「君はただ見ていればいい、君の理論と僕の理論、どちらが正しいのかを。どちらの理論が勝者となるのかをね」
(私を狂わせた男……この男にだけは、負けたくない!マシンも、自分も……!!)
悠然と去っていく名雲を見遣り、そんな事を思いながら琉奈はふらつく足取りでホームのドアを開けた。
初戦、決勝。
ハヤトはミッシングリンクの新人、レオン・アンハートとクラッシュした。
その時インカムから聞こえてきた声は相当苛立っていた。
一番の原因はアルザードの事だろう。
せっかくアスラーダを眠らせてまで投入したニューマシンで今期に挑んだのに、
前年以上の性能差が表れてしまっていたからだ。
どうやっても追いつく事すらできない、基本タイムがまるで違うから周を重ねれば重ねるほど間が開く。
そこへ周回遅れの新人に進路を阻まれては、ハヤトの怒りが爆発するのも仕方ない事なのだろう。
さっきもピットへ戻ってきたかと思えばミッシングリンクに抗議に行ってしまった。
「……ハヤト……」
琉奈は何だか随分申し訳ない気分になった。
あのマシンの原形を作ってしまったのは自分なのだから。
5歳年下であるはずのハヤトはもう19歳、立派な大人だった。
弟のような存在であるハヤトの顔を見るのが怖くなってしまったと、琉奈は思う。
苛々しているハヤトに何も言えない事と、その感情の一部に自分が関係している事を責められているようで、
自分には何かを言える資格なんてないのかもしれないと琉奈は自嘲気味に俯いた。
「いやはや凄いですねぇ、映画スターにでもなった気分だ」
記者会見の場で飄々と感嘆の言葉を述べてみせる、アオイの新社長。
そして隣にいるのがアルザードのドライバー、フィル・フリッツ。
「アルザードには有機物を媒体とした、いわばバイオコンピュータが搭載されていますが慣れない者には扱いづらい」
「…………」
バイオコンピューターは普通のサイバーシステムとは違う。
コース上の様々な情報収集の他、コースをどのラインで走ればベストなのか、
さらにはどう減速し、どうハンドリングし、どう加速すれば最適なのかも自ら算出する。
それをドライバーが忠実にトレースすれば、ベストのラインで速度ロスも減り事故さえもなくなるといった理論だった。
だけど所詮は人間、そんな事が完璧にできる訳がない。
高性能なマシンに高度なコースラインを要求されても、扱えきれずにドライバーは事故を起こす。
「彼は元々これのテストドライバーですから、十分に慣れている。それだけの事です」
だけど全くの新人と言っていいフリッツは、正確にコースを走ってみせた。
――「乗りこなせば問題ない」――
あの時言っていた言葉が何度も気にかかる。
やはりアルザードには何かある、既に疑う余地はなかった。
「風見さんや……グーデリアンさんと、同じサーキットを走れて……嬉しいです。夢でしたから……」
彼は大丈夫なのだろうか。
いくら発展型とは言ってもバイオコンピューターを乗りこなす事は容易ではない。
ベテランのテストドライバーが2人死亡したのに新人の彼は完璧なんて、そんな事ある訳ない。
「今度は、お二人とバトルができたら、って思います……」
「おおフィル、その為にはまずお二人に君のマシンに追い付いてもらわないと」
会場がドッと笑いに包まれるのを、少し離れた位置から琉奈は冷たく静観する。
……彼も騙されているのだとしたら?
知らずに乗っているんだとしたら、今すぐやめさせなくてはならない。
(私の危惧している事が本当なら、これはレースなんかじゃない……)
琉奈は記者会見場を後にし、ガーランドの事故処理にかかった。
……どうしてあんなものを作ってしまったんだろう、渦巻くのは怒りに似た後悔ばかり。
あの男の、自分に対する気持ちを知った時にチームを抜けていればこんな事にはならなかった。
だから、あれは私の罪。
ハヤトの苛立ちも私の罪。
フリッツの危険も、私の罪だ。
「勝ちたい……あの男にも、私の過去にも……っ!」
全てを、償う時が来た。
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な、ぐ、も、さん!
念願です。名雲さんってこんな感じでしたよね……?
ちなみに彼、一人称がかなりバラバラなので読みにくいと思いますが、ご勘弁下さい。