腕を掴まれ、息がかかる程の距離で。
本性を剥き出しにした表情で射抜かれる。
言葉を掠め取られ、上手く喉を震わせる事もできず。
思考にまで侵食して、浅い眠りすら妨げる。
とろとろと静寂の世界に落ちていこうとする肉体に、
休息さえも奪おうと無理矢理響いてくる音。
―「君はただ見ていればいい、君の理論と僕の理論、どちらが正しいのかを」―
「っ……!」
ようやくコントロールを取り返した視界で呆然と焦点を定め、意識を整える。
カーテン越しの夜の暗さは前回目を閉じた時とさほど変わらず、時計も思ったより進んでいなかった。
「、……はあ……っ」
何度目か分からない目覚めに琉奈は疲れ切った深い溜息をついた。
どれだけ月日が経とうとも、いとも簡単に揺り動かされる。
感情の種類は違えど、ずけずけと入り込んで世界を独占しようとするのは今も昔も変わらない。
それこそがあの男の望みでもあるかのように操られ、踊らされる。
断ち切る術はただ一つ……そう、ただ一つだけなのだろう。
だけどこの思考さえも全て見透かされているようで、気持ちが悪い。
真意がわからない、何が目的なのか。
……そうして自分の心が毒に染められていくのが、たまらなく不快で。
「何なの……私を、どうしたいっていうの……!?」
耳を塞いでも消えない……自信家な男の、あの低い声。
3・侵蝕する毒
琉奈の様子がおかしくなったと、
スゴウのスタッフの間で囁かれるようになったのは初戦の後すぐだった。
「……琉奈さん、少し休憩しませんか?」
「ん……私はいいよ、みんなは休んでて」
近頃こんな調子で琉奈は手を休める事を拒む。
戸惑うスタッフが入れ代わりに声をかけても返ってくる返事は同じ。
「でも……」
「いいの、どうせ食べられないから」
さらに彼女は食欲がないらしく、ほとんど食事を口にしなかった。
どこか体が悪いのかと心配しても、「考える事ばかりあって喉が物を受け付けないだけだ」と言い、
食べやすいものだけでも無理矢理押し込んでいた彼女はついに最近ではほぼ水だけになってしまった。
いつも思い詰めたように一点を見つめ、眉間に皺を寄せて物思いに耽っていた彼女。
漏れるのは重苦しい溜息ばかり、座っているのも億劫な様子ですぐ席を立っては一人作業に戻る。
彼女は確かにガーランドの整備に加え、もしもの為にとアスラーダの制作も引き続き行っている。
疲労が溜まっているのは理解できる、だけど彼女は休養を一切取らず自らを痛めつけるように生活を顧みない。
あの様子ではいつ体調を崩してもおかしくない。
だけどいくらスタッフが助言しても彼女は首を横に振ってひたすらマシンに向かう。
取り憑かれた、そんな言葉がピッタリだった。
「琉奈さん……そろそろ引き上げませんか?」
「私はもうちょっとやってくよ。今ガーランドを仕上げておかないとアスラーダに集中できないから」
そうして夜も最後まで残り、翌朝も必ず一番にスタンバイしているのだ。
果たして彼女はきちんと家に帰っているのだろうか、というのが周りの人間のもっぱらの疑問だった。
ある人間によれば、彼女は汚れた作業着のままマシンの傍で、
膝を抱えて蹲るように眠っていたのを見かけた事もあったそうだ。
声を掛けると、"マシンの傍でなら少しは眠れる"と答えたらしい。
一体彼女に何が起きているのか、それを口にできたとしてもきっと答えないだろう。
何でも言い合えるオーナーやクレアはいつでもいる訳じゃない。
同じメカニック達は互いに顔を合わせながら琉奈を終始気にしていた。
あすかがいないハヤトを傍で支えられるのは旧知の仲である琉奈だけだろうという状況でも、
彼女は必要最低限な会話をするだけで、あとは物言わぬ顔でじっと見つめるばかり。
険しい視線で、機嫌の悪いハヤトを送り出しては重苦しい溜息をつく。
ここの所しばらくなかった暗雲が立ちこめていると、スタッフ達の誰もが感じていた。
だけどやはり、気付かない訳がないのだ。
「あのアオイの新社長と知り合い?」
「え……っ」
そんな時、突然クレアからそう尋ねられた。
「レアメタルを実践に使っているのはアオイのアルザードだけよ?
それに1戦を終えてから、何だか無理しているように見えるわ」
「…………」
レアメタルの事をクレアに話したのは、
まさか名雲が本当にサイバーに来るとは思ってもいなかったからだ。
レアメタルが世に出ることはないと踏んだから打ち明けたのに。
「何て言うか……同じ開発チームにいた事があって……」
「そう……それについては私から言う事は何もないわ。でも……」
クレアは心配そうな顔で琉奈を覗き込んだ。
「少しは休まないと。急いだところで、ハヤト君が希望しなければアスラーダは走らせないのよ?」
「わかってます……わかってますけど……っ」
琉奈は拳を振るわせた。
恐らくそれは焦りからくるものだった。
「クレアさんにこんな事を言うのは失礼かもしれませんが……ガーランドではアルザードに勝てません」
「………」
「あのシステムには並の性能ではとても太刀打ちできません。追い付く事もできません!」
「……ええ、この目で見たわ」
バイオコンピューターの性質は、琉奈が一番よく知っている。
"人とマシンの融合"の別理論として完成したマシン。
どうやって危険性をなくしたかまではわからないが、今のアルザードに普通のマシンで勝てるはずがない。
「あれはアスラーダでないとダメなんです!同じアスラーダでなければ、勝てないんです!」
「……アスラーダプロジェクトに、アルザードが関係しているという事?」
「……っ!」
同じコンセプトのアスラーダでなければダメ、頭の良いクレアはそれに気付いてしまった。
押し黙って俯いて、琉奈は自分の浅はかさを呪った。
「…………すみません、答えられません……」
「琉奈さん……」
「ごめんなさいクレアさん!これは私の問題なんです!」
いつかは全てを話すから今は何も聞かないで、と琉奈は必死に頭を下げた。
秘密にするものでもないのかもしれない、
だけど都合の悪い真実だけ隠して上手く嘘をつくなんて琉奈にはできそうもなかった。
それに、一人で立ち向かわなくてはいけない気がしていたから。
「私は勝ちたいんです……あの男にも、過去にも……!」
アスラーダでアルザードに勝ってくれる事で、全てに勝敗が付く。
「アスラーダを作り、アルザードに勝つことで私なりの決着を付けたいんです……っ」
幼少の頃からアスラーダに憧れて育ってきた。
いつかアスラーダに携わって、父や風見さんをサポートしていきたいと。
だけど名雲兄弟に会い、アルザードの原形を作った。
危険性を知りながらアスラーダの後継機となるんだと勝手に決めて、
好きな男の傍にいたいが為に多少の事には目をつぶり続け、最悪の事態になってしまった。
そして、目の前にアルザードが敵として現れた。
新型アスラーダを作るという事は、長年の夢だった風見さんと父の遺志を継ぐという事。
そして柾さんの理論ではなく、風見さんの理論が真に正しいのだと証明する為に。
私を騙し続けたあの男に勝つ為に。
アルザードの原形を作ってしまった過去を清算する為に。
どうしても琉奈はアスラーダでアルザードに勝ちたかった。
「……わかったわ、貴女の好きにするといいわ。……それで、答えが見つかるのね?」
「…………見つけます、必ず……」
果たして頭に響くあの声が消えるのだろうか、それは疑問だった。
だけど琉奈は気付いていた。
本当は救いたいと思っている事に……それも自分の心ではなく。
決着を付けなければいけないのは、本当は自分自身なのだと。
Back Top Next
やっぱり短め。
サイバー夢は短い話がちまちま増えそうです。
OVA見ると、1戦から4戦までを30分で終わらせてるんですよね。
尺の事情があるんでしょうがないですけど、グランプリの間も数々のドラマがあると思うので、
これからも短めですけど差し込んでいく予定です。