そうして私は誘われるまま名雲兄弟の兄、柾さんに共感してフランスでマシン開発に参加した。

弟の京志郎さんは日本のアオイで働いていたけど、頻繁にこちらに電話をかけてきてくれた。
優しくて気を遣ってくれるこの人に、私はすぐ恋心を再起させた。

遠距離だったけど彼は電話を欠かさなかったし、月に1度はフランスまで来てくれた。
兄に似て野心家の目、だけど紳士な態度が気に入っていた。
そんな人が明らかに自分を好意的に思っていてくれるとわかるから、恥ずかしながらも拒否できなかった。

元々一目惚れだった人だ、会う度に離れられなくなっている自分を自覚した。



父から聞いていた、風見さんの理論「人とマシンの融合」は本当に興味深いものだった。
その成果であるアスラーダは既に完成していたけど、
更に上をいくマシンを開発するという事で私は後先考えずに飛びついたんだと思う。

高性能であって、でもドライバーの安全は保証される。
柾さんの理論は間違ってないと思っていた。
風見さんと父の後継者は彼だと、あの頃の私は信じて疑わなかった。

テストで既に2人死んでいるとか、闇の部分は全て秘密にされていたし、
何より風見さんと対立したなんて事も聞かされていなかったからだ。

だけど、作ったのは私。

バイオシステムに疑問を感じながらも柾さんに従ってきたのは、柾さんの理論に賛同したから、という理由だけではない。
昔一度だけ出逢って惹かれた相手、京志郎さんがいたから私は様々な事に目をつむってしまった。

メカニックとしてやってはいけない事を犯してしまったんだ。


「疲れただろう琉奈、兄さんの研究は厳しいだろう」
「そんな事ないです……名雲さんこそ」
琉奈、仕事以外は名前で呼ぶようにって言っただろう?俺と兄さんが一緒にいたらどうする気なんだ?」
「あ、ごめんなさい……えと……京志郎さん…」
「そう、いい子だ」

彼とは誘われるままにそういう関係になった。

一目惚れをしていた相手に口説かれたら従ってしまうに決まっている。
かと言って遊ばれているとかそういう事ではなく、最初は本当に大事にされていると思ってた。
優しかったし、2歳年上なだけなのに随分大人びている所が好きだった。

全てが嘘だったのに、若かった私はそれに気づけなかった。



「あの…名雲さん、ギア比はこれでいいんですか?」
「いいんだ、大丈夫」

柾さんは何も言わない。

「名雲さんが提唱するスペックは確かに高性能です。だけどあれではドライバーは制御できません」
「俺は兄さんのサポートだからね。兄が言うのなら間違いないんだろう」
「でも……」

京志郎さんは私を説き伏せる。
だけど、好きだったからその先の真実を知ろうとしなかった。

恋人同士という甘い感覚に浸っていたのは最初だけ。
この頃になると愛されていないのも薄々気づいていたし、
一度だけ覗いてしまった彼のパソコンに、たぶん彼が本当に好きな人が映っていた。

「この人……確か……」

テレビや雑誌で見たことがある……アオイフォーミュラの新社長。
大会社の令嬢らしく、とても綺麗で大人びた人。

思えば、失恋したこの時にでも早々に研究から抜けていればよかったのに、そうする事ができなかった。


だけど……それでも、もしかしたら……と甘い考えに縋り付いてしまった。


シンプルな寝室、情事の後の甘い雰囲気など皆無な中で、彼は冷めた目で煙草をくゆらせていた。
気怠い体だったけど眠る事もできず、彼が煙と共に溜息をつくのを背後に聞いていた。

愛されていない、だったら何故こんな事を続ける。
自問自答しても彼から離れるという答えからはいつも遠ざかる。

冷めたベッドにうずくまって思い出すのはふとした時に見せる彼の表情。
以前に、お兄さんの事を尊敬しているんだという事を伝えたら、
彼は笑っていた表情を少し緩め、「……ただ1人の肉親だからね」と静かに呟いた。

何を考えているのかわからない瞳。
惚れた弱みなのか、それに無性に惹かれて離れたくなかった。
思い出の中の彼は優しくて儚いのとは反対に、すぐ近くにいる彼は自分を見ていないのだとしても、この人に抱かれていたかった。

今考えればそれも計算だったのかもしれないけど、時々呟かれる言葉はどこか彼の本心のような気がして。
電話もきっと、私を研究に繋ぎ止める手段だったんだとしても。




――答えが出ないまま月日が経ち、柾さんのバイオシステム搭載型マシン、試作3号は完成した。
そして柾さんが自殺して、ようやく私は真相を全て知る事になった。


「もう無理です……抜けさせてください!私はあんな殺人マシンを作らされていたなんて!」

あのマシンは乗り手を選ぶ、ミスをすれば即死んでしまうほどの危険なもの。

柾さんの理論は風見さんのとは違う。
風見さんはこんなものが作りたいんじゃない。

「兄さんの理論は間違っていない」

確かに掴めない性格だとは思った。
兄が死んで変わったのか、それともこれが本心なのかもうわからない。

「ただドライバーの腕が悪いだけだ」
「これのどこが人とマシンの融合ですか!?人はこんなに万能ではないんですよ!?」
「このシステムを乗りこなせば最強のマシンになる。そう、乗りこなせば問題ない」
「そんな事、どうやって……!?」

歪んだ口角が笑みを作り、鋭い目で見下ろしてくる。
吠える私を壁に捕え、ねじ伏せようと圧倒的な力で押しつけてくる。

恐い……これが名雲京志郎という男の本性か。
それとも、兄に囚われた執念の狂気か。

「ドライバーの腕が足りないのなら、それを機械が補えばいいだけの事だろう。
それこそ兄の求めた人とマシンの真の融合ではないか?」
「それでは本末転倒です!マシンは人が乗るものでしょ!?マシンに乗らされているのとは違う!」


涙が止まらない。
自分と、父や風見さん達の夢が穢された気がして……悔しくて。


「そんな事までして勝って、何の意味があるの!?」
「勝たなければ意味がない、何事にも」
「……っ!」


「我々は勝者だ」


顎を掴んで上を向かせられ、勝者だと嗤う男の目が歪んだ。


「もういいだろう。恋愛ごっこは十分楽しんだだろう?」


ああ、冷たい。体の芯が氷のように冷めていく。


「君もわかっていただろう?俺が何とも思ってない事を」


ええ、わかっていた。
いじらしく写真を保存しているほど好きな本命の女がいるという事も。


「だけど、君は俺の傍にいたくてあれを作った」


ええ、そうよ。
それでも傍にいたかったのよ。
貴方がどう思っていようが、嘲笑っていようが、好きだったんだよ。


今だってこんなに必死に、私は貴方に、

伝えたかったのに。

救いたかったのに。


「君は立派な共犯者だよ、琉奈
「っ!!!」


―――パンッッ!!!


最後の最後まで私を踏みにじった男の頬に思いっきり平手打ちにしてやった。



「お世話になりました」



ああ、結局……罪と憎しみしか残らなかった。




それでも止まらないこの涙は、きっと……






序章
言葉にできない慕情――











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別れの序章から。