1章
零距離の夢
晴れ渡る青空の下、花束を抱いて病院を見つめていたのは1人の若い女。
白い建物の玄関には何人もの見舞い客がアイドルを出待ちするかのように集まって騒いでいた。
とある者は数人で固まって泣いていたり、ある者は部屋番号を教えてほしいとナースに縋り付いている。
彼らは一様にユニコーンのマークを携えて立っていた。
自分ももしかしたら駄目だろうなと思いつつ受付に聞いてみるが、案の定部屋番号は教えてもらえなかった。
仕方ないので花束に軽くメッセージを添え、最後に父と琉奈の名前をサインした。
彼の無事を祈るのは自分と、そして恐らく天国で見守っているだろう父もだと思うから。
様子を一目見たかったけど、彼はもう既に無名だった頃とは違う。
確実にファンを感動の渦に巻き込み、必ず勝利を掴むプロとなっていた。
琉奈の父と彼の父が残したもの、そしてそれと一体になっている弟は、既に琉奈とは遠い世界の存在だった。
「待ってくれ!」
「………?」
バイクに跨りヘルメットを被ろうとしていた矢先、遠くから体格のいい男性が走って来た。
「車田さん!」
よく見知った人だとわかって琉奈は思わず叫んだ。
「久しぶりだなぁ、来てくれたのか!」
「はい……本当に、久しぶりです……っ」
「驚いたなぁ、花束に琉奈ちゃんと橘の名前が書いてあるんだからな」
バンバンと肩を叩いてくる車田鉄一郎。
彼は風見広之と菅生幸二郎、そして琉奈の父親と親友だった人だ。
小さな頃からよく遊んでもらったし、機械のノウハウを教えてもらった事もある。
「帰ってきてたのか?」
「あ、はい、まぁ……」
「修君には会ったか?彼はずっと琉奈ちゃんの事を心配していたぞ」
「え……」
琉奈は凍り付いた。
「修さん……帰ってきてるんですか?」
「ああ、来期からスゴウの監督を任せる事になったんだ」
それから車田の話をかいつまんで聞いた。
ハヤトが事故をして、自分なりにケジメをつけるのだと車田は言う。
「修君に会って来なさい、彼もきっと喜ぶ」
「……できれば遠慮したいです」
喜んで出迎えてくれる事なんて絶対にない、どうせくどくどと小言を言うのが目に見えている。
あの生真面目な男は冗談という事を知らない。
「駄目だ、ちゃんと挨拶していきなさい」
「…………はい」
父親のような存在の車田の言葉に逆らえるはずもなく、琉奈は重い足取りで病院を後にした。
1・家族と呼べるもの
「お前……っ!今までどこに行っていたんだ!」
顔を合わせて開口一番、予想通りの言葉が降ってきた。
だが菅生修相手に怯んだら負けだと長年の経験からわかっていたからワザと強気に出た。
「そ、そんなの修さんこそ!家出してみたり戻ってきたり変装してみたり!」
「ぅっ……それは仕方のない事だったんだ!」
いくら身を隠すように研究所にこもっていてもサイバーの情報はしっかり入れていた。
シューマッハなんかどう見たって修さんじゃないか!なんて雑誌に叫んだ事だって何度もある。
それを突っ込まれると弱いようで修は軽く口籠もったが、次の瞬間にはさらに怒気を強めて声を荒げた。
「それよりも今はお前の話をしている!
橘のおじさんが亡くなって戻ってきたかと思えば、またすぐ行方を眩ますとはどういう事だ!」
「しょ、しょうがないじゃない!仕事があったの!」
「親が亡くなったのに休みも取らせてくれないチームなんてロクなチームじゃないな!」
「何ですって!?」
「まあまあ、修さんも琉奈さんも落ち着いて。お互いに色々あったと思うけど今日はもう水に流して、ね?」
クレアの独特な脱力させられるような柔らかい口調で間に入られ、互いに睨み合い、仕方なくソファーに座った。
2歳年上の修とは小さな頃から兄妹のような存在だった。
だけど仲が良いのか悪いのかはよくわからず、いつも意見が衝突しては激しい言い合いをしていた。
生真面目で古風な性格なのか、琉奈がメカニックを目指すと言った時も反対したし、
日本の会社に入らず海外のカートやインディなどのチームで修行を積みたいと言った時も猛反対したし、
学校の同じクラスの格好いい男子の事を軽く話したら「まだお前に恋愛は早い!」なんて訳わかんない事言っていた。
会えば意見衝突の喧嘩ばかりの兄妹、そんな感じだった。
たぶん歳が近いせいもあって、幼馴染みと呼べる相手なのかもしれないと琉奈は思う。
……あまり嬉しくはないが。
「……修さんだって勝手に家出したクセに」
「何だと……!?」
「まあまあ修さん」
クレアが吠える修を何とかなだめようとしている。
彼女は、アスラーダプロジェクトに参加していたから琉奈の事もよく知っていると笑った。
何を喋ったのか少し不安だけど、修からも話を聞いていたらしい。
雰囲気からして修とそういう関係なのだろう。
几帳面で小言ばかりの修には、クレアのような柔らかい水のような雰囲気の人は合っているな、
なんて琉奈は他人事のように考えていた。
(……行方をくらましている間、好きな男の為に殺人マシン作っちゃって、
挙げ句の果てに騙されてましたなんて言ったら、修さんは烈火のごとく怒るんだろうな……)
「私達、ずっと貴女を探していたのよ」
「え?」
顔を上げると修はプイッとそっぽを向いた。
「今スゴウではハヤト君が重体になってしまって、来期に復帰できるかもわからないという状況なの。
だから新たにドライバーを引き入れて、セカンドチームを設立しようという話がでているの」
「体勢としてはハヤトがセカンドチームになるがな」
確かにスゴウを再建させるなら、新しく誰かを入れて走らせるという方法が一番ベストだろう。
「チームメンバーも増員しなくてはいけならないし、優秀なメカニックを必要としているわ。
貴女なら橘さんの意思を受け継いで素晴らしい素質があると修さんから聞いていたし、
アスラーダの事もよく知っていると思うのだけれど、どうかしら?」
「私をスゴウにですか?」
「ええ、私も前々から貴女にとても興味を持っていたわ」
「………」
素直に嬉しいと頷けない。
橘の娘として見出され、そして利用されていた事はまだ記憶に新しい。
この人達は私を騙したりはしない、それはわかってはいるけど不安になる。
「……父の娘だという事で私を?私はサイバーの経験はないし、安易ではないですか?」
「もちろんそれだけで決めた訳じゃないわ。貴女が乗ってきたバイク、貴女が作ったんでしょう?」
「え…どうしてわかったんですか?」
趣味がバイクいじりと言うだけあって、
あのバイクは自分が設計して部品集めも何もかも自分で行ったものだった。
「見ればすぐわかるわ、どこにもないモデルだもの。
あれほどのものを作れる腕なら是非参加してもらいたいの」
クレアはふふ、と含みのある笑いを見せた。
「……と、ここまでは建前で……本当は修さんが貴女を探していたのよ」
「え?」
「クレア!」
修はガタッと立ち上がり言わせないようにと必死だったが、
クレアは「あら、いいじゃないですか」と軽く受け流していた。
「修さんは、貴女が女性の身でありながらどこぞの馬の骨とも知れない男達の中で、
あくせく汗にまみれて整備をしているのが心配で心配で堪らなかったのよ」
「…………」
修は耐えられなくなったのか席を外して窓に向かっていた。
「もう琉奈さんも十分メカニックとしての経験を積んできたでしょうから、そろそろ地に足をつけてもらいたいって。
その点、スゴウにいれば目が届く範囲に琉奈さんがいるから安心できるし、
サイバーのマシンを整備するのはメカニックとしても名誉な事だろうってね」
「……修さん……」
琉奈は嬉しそうな眼差しで見上げたが以前彼は背中を向けたまま。
長年聞けなかった修の本音をクレアはいとも簡単に喋ってしまった。
心配してくれているのは、昔から何となくわかっていた。
だけど本当の兄妹のように、ここまで私の身を本気で案じてくれていたなんて正直思っていなかった。
「……橘のおじさんにも頼まれていたからな」
「もう、素直じゃないんだから」
そうして夕日が落ちる頃、修とクレアに連れられて琉奈はとあるガレージに入った。
そこにはボロボロになったマシンがポツンと置かれていた。
「……アスラーダ…」
父と風見さんが守ろうとしたアスラーダがこんな状態になってしまっている。
その痛ましい姿に琉奈は顔をしかめた。
「風見さんと橘さんの意思を継ぐ貴女に、このアスラーダを直してもらいたいの」
「……そうですね、アスラーダをこのままにはしておけません」
クレアの真剣な表情に琉奈も思わず強く頷いた。
「まだスゴウではアスラーダの簡易版のマシンを制作するという課題もあるわ。
できればそちらにも参加してほしい……お願いできるかしら?」
「………」
琉奈はひん曲がってしまっているシャーシを手に取った。
私がいつか、父と共に参加しようと目指していたアスラーダプロジェクトの完成形がここにある。
誰かを死なせてしまうような危険なマシンではなく、正真正銘風見さんが提唱したマシン。
遠回りをしたけど……私は、アスラーダを扱うに値するメカニックに近づけたのだろうか。
「……私で、いいんですか?」
「今まで散々自由にしてきたんだ。使えないようだったら容赦なく他のチームに移籍させる」
「………」
「もう、修さんったら……」
修さんが初めて静かに笑った気がした。
「ありがとうございます、修さん……」
まだ私の事を迎えてくれる人がいた事が、嬉しかった。
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※注釈
ZERO編は夢的展開はありません。
ですがヒロインの歩む軌跡なので、読み進めてもらえると嬉しいです。
修さんとの喧嘩が好きです。
というか結構修さんが好きなので、これからもちょくちょく出張ると思います。