―――自分の力なんて弱くて、いつも誰にも及ばない。

可哀想な男にすら、私には諦めさせる事ぐらいしかできない。


だけどハヤトは奇跡を起こせる人だ。
ハヤトなら恐らく、アンリをそうさせたように、フリッツもあの男も救えるのかもしれない。

だから私は全力でハヤトのマシンを支え続ける。


……ねえ、ハヤトも気付いて。
貴方のパートナーは、いつでも貴方を待ってる。

彼は既に意思を持って、己の考えでサーキットを走っている。
彼にしかできない事がきっとある、彼ならハヤトの望むような勝利を導ける。

貴方と彼は、2人で1つ。2人で同じ勝利を目指す。
それが人とマシンの本当の融合なのではないだろうか。


彼にはその力がある。
だから、目覚めさせて。そして駆け抜けて欲しい。



彼の名は、アスラーダ―――






10・祈りに差す黄金色






「ふざけるな!」

スゴウファクトリー内のガレージで修の怒号が響いた。
いつにない声色に琉奈や他のクルーも何事かと作業の手を止めると、どうやらハヤトに対してのものだった。

「何を言い出すんだ今頃!」
「身勝手なのは謝ります!でも、ふざけてなどいません!」

一体何があったというのだろう。
シン、と静まりかえった一同にクレアがいつもの調子で間に入った。

「なあに、どうなさったの?大きな声を出して」
「君だって怒鳴りたくなるさ……っ、この馬鹿は今になってアスラーダを使いたいと言ってきたんだぞ!」
「え!?まぁ…!」

(え………?)

琉奈は聞こえた単語に顔色を変えた。

「すみませんクレアさん……度々勝手な事を言って……でも……!」
「っ、酷いわ…!私のガーランドではやっぱり不満だと言うの!?」

クレアがヤケに大袈裟に泣き付いていたが、そんな事よりも琉奈は放心したようにハヤトに釘付けになっていた。

(ハヤトが、アスラーダを……!?)

焦るような気持ちを抑え込むようにしつつも、期待と緊張と不安が入り交じって心臓ばかりが速く跳ねる。

「ガーランドに不満だなんて、そんな事これっぽっちもありませんよ!」
「じゃあ……どうして?」
「そうだハヤト、何故なんだ」
「その、何というか……アスラーダは僕にとって他のどんなマシンとも違う、やっぱりパートナーなんです」


――"彼"はもう風見さんの形見という存在じゃない、確かにハヤトとの絆があるのだ。
ハヤトが勝利をもぎ取れるのなら、それはアスラーダでなくてもいいのかもしれないとは感じている。

だけどハヤトは選んでくれたのだ、"彼"と共に走る事を。

たくさんの人達が賭けていった、"彼"という想いを背負う事を。


「ハヤト、乗り慣れたマシンの方がいいなんてのは、グランプリでは通用しないぞ」
「そうじゃありませんよ!今回、ガーランドに乗って一つ気付いた事があります。
ずっとアスラーダに乗っていた時は、当たり前だと気にもしなかった事なんですけど……」
「どういう事だ?」

ハヤトのあんなに強い瞳を久しぶりに見た。
勝利を望むもの、そしてパートナーに対する優しい色を帯びていて。

「例えばAという事をやろうとしますよね?無論ガーランドなら一度で狙った通りの事ができます。
そして、それはいつ何度やろうが変わる事はない。
でもアスラーダは少し違うんです。やってるうちに少しずつ変わってくるっていうか……
それは僕が変わっていくからなんですけど……アスラーダはそれに、変わっていく僕に合わせていく事ができるんです」


ああ、そうだ……それが本当のアスラーダ計画、そして成長型コンピューターの目的。
風見さん達や父が目指した、真の人間とマシンの融合。

融合というのは、体がという事じゃない。

……心が、一つになるという事。


「あいつは僕に従うだけじゃない。無論、僕を従わせようとするものでもない。
アスラーダはアスラーダで自分なりにレースを考えて、僕と一緒に戦っているんです」


今のアルザードは違う。
柾さんが目指した理論でもない。ただの、勝ちを望んだ執念の塊だ。
しかもそれはレースに対する勝利でも、勝利の悦びを欲するものでもない。


「だから僕は、あいつの力を借りたいんです!……勝つ為に!」
「……アルザードに、という事?」
「はい……!」

クレアは満足そうに頷いた(どうやら泣いていたのは演技だったらしい)。
そして琉奈の顔を見てフッと微笑むと、アスラーダが眠るガレージを開ける事を指示した。

クルー達も皆ハヤトの気持ちが伝わったようで、嬉しさを滲ませた顔で青いマシンを日の照る外へと押し出した。


――νアスラーダ AKF-0


以前のダブルワンとは違い、黄色の塗装だった所は覚めるようなアクアブルーに変更。
タイヤもホイールのエアロカバーが取り外され、輝く金色が姿を見せた。

シャーシも数カ所変わっているし、ボディもレアメタルが採用されて可変機構が大きく変わっている。
もちろんアスラーダシステム本体以外のソフトはクレアが一から作り上げたもの。

クレアと琉奈が渾身の力を込めて完成させた、新しいアスラーダだった。


「アスラーダ……!」

ダブルワンのままだと思っていたハヤトは驚きを隠せないようで、クルー達は自慢げに笑った。

「あの……乗ってもいいですか?」
「それはどうかしらね、彼女にお願いしてみたらどうかしら?」

クレアがのほほんと微笑んで示したのは琉奈
最後の関門とばかりに、琉奈は真剣な表情でハヤトを見上げた。

琉奈さん、僕をアスラーダに乗せて下さい」
「……ハヤトは、どうして勝ちたいの?」

ハヤトは少し考えた後、自信を持って笑った。

「そうですね……もちろん走るのが好きだから、走るからには勝ちたいです。
だけど僕は他にもスゴウのクルー全員の想いを背負ってるから、僕が勝つ事はいわば使命のようなものです」

「僕は一人で戦っている訳じゃない、マシンも一緒に戦っているけど、僕とマシンが走るためにクルーが戦っている。
レースとは全員が戦っているんだけど、勝ちをとれるのは僕しかいない」

……眩しいと感じた、思わず目を細めてしまうほど。

「僕は皆の為、もちろん自分の為に勝ちたい。自分の生きた証をサーキットに残したいんです」


――ああ、ハヤトは変わっていない。
見失う事は時にはあるけど、最後はいつもハヤトの先には光と未来が見える。

私が見込んだハヤト、私ではもう既に手の届かない場所にいる弟のような存在。
ハヤトの走りなら、フリッツもあの男も……そして私も……


「……わかった」

ゆっくり頷くと、琉奈は首もとからネックレスを取り出した。
チェーンで繋がっているそれは、金色の鍵の形をしていた。

「それ……アスラーダの……!」
「これは私の夢、そして償い。全てをハヤトに託す」


キーだけ外すとハヤトの掌にのせた。
光に照らされて、何度も煌めく命の鍵。


「勝って……ハヤト……っ!」
「はい……!」

性格の変わり果てたアスラーダに困惑しながらもテストコースに消えていったハヤトを、
琉奈は複雑な心境で見守っていた。

「……ありがとう、ハヤト……」


そしてハヤトは、ガーランドに乗り込んだ修とのマッチレースで新しいコーナリングを編み出した。


勝利はもう、すぐそこまで来ていた。











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短めです。
少し省略しながら書き上げました。

表記してませんでしたが、アスラーダの鍵をペンダント代わりにして隠し持ってました。
肌身離さず、ハヤトがアスラーダを欲するまでずっと。