第6戦、ドイツグランプリ。

予選からサーキットでの話題は、帰ってきたアスラーダの話で持ちきりだった。
ガーランドに乗り換えたのに再びアスラーダを持ってきたのはどういう訳か、
そんなマスコミの取材に応じるハヤトの横で、琉奈は最後までアスラーダの調節をし続けた。

予選は結果から言うと8位だった。
スペックは上がったものの大幅に変わった訳ではないし、ハヤトがデータ取りに専念した事から妥当な順位だろう。
今までのアスラーダとの大きな違いでもある、
2段階ブーストとハヤトが編み出したコーナリングは実際に走らないとわからない。

そして、アスラーダシステム。
既に大きく成長しているハヤトとアスラーダなら、きっとバイオシステムに勝てるだろう。
これで全てが決まる、何かが変わる。

「大丈夫よ、琉奈さん。ハヤトくんを信じましょう」
「クレアさん……」

いつしか緊張で固まっていた琉奈の肩に優しい手が乗せられた。
彼女は恐らく、琉奈がアスラーダに固執する理由に薄々気付いている。
アスラーダのキーを持っていて欲しいと言われたのだって、そういう事だからだと推測していた。

「……私はアスラーダに全てを賭けました。過去を、終わらせる為に……」
「ええ、きっとハヤトくんにも伝わっていると思うわ」
「そうですね……だから、待ちます」

(奇跡を起こすハヤトを待っている……そして)

クレアがコンピューターブースに行くのを見届けて、琉奈は隣のアオイに視線をやった。
あちらのブースには既にスーツ姿の男が立っていてクルーに指示を出していた。

(もう、終わりにしよう……)

心の中で呟いた言葉が聞こえたのか、振り返った笑顔もない男と目があった。
こちらが睨み付けているのとは反対に、何を考えているのか全くわからない静かな目で見据えてくる。

「…………」
「…………」


決着を付けよう、そう聞こえた気がした。


次にはもう、男は背中を向けていた。
憎悪と執念で生きている、過去と兄に囚われた人。


(決着が付けば、貴方は救われるの……?)


アスラーダが勝つことと決着が付くことと、それは果たして結びつくのだろうか。
……それは、わからない。



様々な思惑を抱えながら、決勝のシグナルは始まりを告げた――






11・償いが終わる時






「頑張りましょう琉奈さん!」
「ペイ君……うん、頑張ろう!」

雰囲気が違うのを察してか良平が笑いかけた。
自分も緊張しているはずなのに優しい子だなと、琉奈は素直に綻んだ。

「みんなでハヤトを勝たせようね!」
「やりましょう、琉奈さん!」
「メカニック魂見せてやろうぜ!」

拳を握り締める仲間達に琉奈は思わず目頭を熱くさせた。
レースはチーム全員で戦っている。
皆が緊張して誰もが勝ちたいと思ってる、それがありありと伝わってきたから。

「じゃあ私、アスラーダの窓を拭きます!」
「あ、キャノピー?じゃあお願いね、めぐちゃん」

誰もが勝ちたくて、茹だるような熱の渦に身を投げながらレースに貢献しようと目を輝かせて。

(ああ、なんて素晴らしいチームなんだろう……)

迷惑をかけてしまったけれど、いつも受け入れてくれて。
このチームにいられて幸せだと、確かに感じていた。






―――「何を言うんですか、のおじさん!琉奈を止めてくださいよ!」

まだ学生の修さんがいきり立って父さんにそう言っていた。
だけど父は、メカニックの道に進みたいと言った私を応援してくれた。

「いいじゃないか修くん。私はいつか、娘がこのプロジェクトを引き継いでくれる事を願うよ」

ねぇ、父さん……私はいつか父さんと肩を並べられる日がくるのかな?
奔放で大らかで、たった一人の家族だった私の味方ばかりしてくれた。

「私は風見の計画に全てを賭けている。あれは、これからのレース界を大きく変える」

父さんは、アスラーダ計画の話をする時はいつも子供のような顔付きになる。

「強制はしない。何事も、琉奈の思う通りにすればいい」


私は……父さんのようになりたかった。


アスラーダに携われば、今はもういない父さんに近づける気がした―――






これは私の夢。

ずっと父の後を継いでアスラーダ計画に参加する事を夢見ていた。
風見さんが目指した、人とマシンの融合、それを実現させたくてここまできた。






『こ、これは凄いアスラーダ!2段ブーストとでも呼ぶのでしょうか!?
ブースト加速するアルザードにぐんぐん迫る!』

興奮したようなアナウンスが聞こえて、ピット内も沸きたった。

「すごい、すごい!ジェット機みたい!」

めぐみがそう言うので、確かにそうかもと琉奈は思った。

クレアが発案したこの2段ブースト、これにより一瞬だけ最高速度が上がる。
僅かな時間しかないけど、その一瞬さえあればハヤトは優位に立てる。

クレアの言葉通りに、ハヤトは怯んだ加賀を抜いた。

「やった……っ!とうとう2位だよ、あすか!」
「ええ……ハヤトが……」

本当に、奇跡を可能にするハヤトが帰ってきたのだ。
彼はもう既に、父を思って泣いていた子供じゃない。
皆の想いを乗せ、そして自分の為にチャンプを目指す大人になっていた。


その彼の手伝いを、私は少しでもできたのだろうか。






―――「こんなのは違う……こんなの"アスラーダ"じゃない……っ!」


真実に気付いたのは、柾さんが自殺した後だった。
いえ、薄々気付いていたけど向き合おうとしなかっただけだ。

「兄さんの理論は間違っていない」
「2人も死者を出しておいて、どうしてそんな事が言えるの!!」

柾さんの理論は風見さんのとは違う。
あんなマシンではドライバーは制御できず、到底扱えきれないものになるだけだ。

「作ったのは君だろう?」
「っ!!」

結局、私は道具としてしか使われていなかった。

「君は立派な共犯者だよ、琉奈

ああ、やっぱり私の想いは伝わらなかったんだ。
わかっていた、わかっていたのに。

だけど、それでも私は。

ただ、あの哀しい目を少しでも……―――






これは私の償い。

真実を見失い、現実から逃げてバイオコンピューターを作ってしまった罪。
その罪の証であるアルザードに唯一対抗しうるアスラーダで、私の過ちを打ち砕いて。

勝って……そして救って。

危険だと、罪だとわかっていてもアルザードに乗り続ける彼を。
過去と兄に囚われ、罪を生み続ける彼を。


アスラーダが勝てば、私の執着すらも消え去る気がするから。






「アスラーダ入ります!」

アルザードの後を追うようにアスラーダがピットインした。
少しでもタイムを縮めようと素早くタイヤ交換をする。
レースに出てしまえばメカニックができる事は少ない、だけど自分達はそれに全身全霊を賭ける。

「GO!」

アスラーダは走る、チームの想いを乗せて。

残り7周、目指すのはフィル・フリッツのアルザードのみ。
ハヤトは勝負を賭けるようにブースト加速し、そしてスパイラルブースト。
一気にアルザードのスリップについた。

狙ったのはレオン・アンハートが乗るミッショネルがいるコーナー。
アスラーダがインに入った事で驚いたのかミッショネルが急にアウトラインに侵入、
それを避けきれなかったアルザードがミッショネルに接触した。

「あっ……!」

あわやアスラーダも巻き込まれるかと思いきや、マシンは宙で向きを変え、2台をやり過ごすようにコーナーに戻った。

「リフティングターン……!!」

これこそ、ハヤトとアスラーダが編み出した新コーナリングだった。
あのテストの後ハヤトに事情を聞いてみると、
どうやらアスラーダがフォローしようとして手順を間違えてできた産物だったらしい。
学習型であるからこそできたミスとフォローによって、新たなものが生み出される。

「もう何て格好いいの、風見さんてば!」
「ちょ、ちょっと……!」

モニターに釘付けになっていたクルーが一様に興奮を見せ、それは琉奈も例外ではなかった。

「勝った……ハヤトが勝った……っ!」

待ちきれなくて、コース脇のコンピュータブースに駆け寄る仲間達。
一位で戻ってくるアスラーダの勇姿を見ようと、皆に負けじと琉奈も身を乗り出した。

澄み切った蒼い空が地上に降り注いだように、眩しかった。
今まで経験したどの勝利よりも、思わず目を細めてしまうほど。

(本当に、アスラーダとハヤトは……私では敵いそうもない)

だけど私の夢は叶った。
幼い頃から描いていた、父のマシンを引き継ぐという夢を、今この瞬間に。


「よく頑張ったな、お前も」
「兄さん……」
琉奈さんもね」
「……ありがとうございます、クレアさん……」

泣いているあすかを見ていると、堪えていた涙が溢れそうになる。
頑張って泣かないようにしていたのに、これじゃあ本当に……

『ゴール!優勝はスゴウグランプリの風見ハヤト!』

振られる、栄光のチェッカーフラッグ。


ああ、これで私は少しでも罪を償えたのだろうか。


目を閉じたら、一筋の涙が頬を流れた。











ピットを出ると、予想通りの男が立っていた。

「決着がついたわね。貴方の負けよ」
「…………」

珍しく苛立たしい表情を隠さない男。
この男からも抜け出さないといけない、琉奈はもう既に決心していた。

「結局アスラーダが正しかった。貴方は間違ってる」
「…………」
「これでもう、私の罪も何もかも、終わった……」

余程この結果が気に入らなかったのだろうか、憎らしげに煙草の煙ばかり吸い込んで。
だけど琉奈は構わず続けた。

「もう私は貴方とは関わらない」

ようやく過去を清算して前を向いて歩いていく、そのスタートラインに立てるのだ。
アルザードが負けた事で、男にとっても執念の結果をはっきりと示された事だろうから。
だから、もう考えないようにする。

「それじゃあ、さようなら……名雲さん」

背中を向けた所で急に腕を掴まれた。
今までにはないほどの強さと速さで一瞬驚いたけど、負けないようにと静かに名雲を見上げた。

「今度は力でねじ伏せる気?」

怒りもしない琉奈に飽きたのか、掴まれていた力は弱くなり離された。
それを静かに見届け、今度こそ振り返らずに名雲から去った。


誰かが彼を救ってくれればいい、そんな事ばかり考えながら。











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航空機では操縦席を覆うガラスのようなものはキャノピーですけど、
カーレースに当てはまるかは微妙です。多分あってると思うけど自信はありません。
めぐみは素直に「窓」と発言しそうですね(笑)