6戦で優勝した後、ハヤトは生き返ったかのように勝ち続けた。
一方でフィル・フリッツの調子は悪くなるばかりで、アルザードの走りは陰りを見せる。

このままいけば、今期は絶望的だった総合優勝も夢ではない。
スゴウのクルーは誰もが沸きだった。

「どうですか琉奈さん、僕のタイムは?」
「まずまずかな、これで明日の決勝で順位が上がれば最高だね」

アンリはいつも何か話題を見つけては琉奈に話し掛ける。
琉奈はアスラーダの予選タイムを確認しながら、アンリにも律儀に接した。

「……琉奈さんがガーランドを見てくれればもっとタイムが上がると思います」
「何言ってるの、アンリについているクルーは皆最高の腕を持ってるのよ?」
「そうですけど……面白くないです」

どうも琉奈がハヤトの担当をしているのが気に入らないらしい。
琉奈は困り顔をしながら、それでも慕ってくれるアンリが可愛くて微笑んだ。

琉奈さんは風見先輩のガーランドを調節している時も、同時にアスラーダも制作していたそうじゃないですか!
風見先輩は2台分で僕には何もないなんて、不公平です……」
「……ごめんね?じゃあ今度、アンリの走りを見ながらガーランドの調節するから、ね?」
「本当ですか!?約束ですよ!」
「うん」

仕事が増えたなぁと思ったけど、それは決して不快なものではなかった。


ハヤトがアルザードに勝ってから、何となく自分が変わっている気がした。
確かにまだ気になる事はあるけど、それでもどこか気持ちが澄み渡っているというか、自然に笑えていると思う。
皆を、ハヤトを信じていて本当によかった。

「そういえば琉奈さん」
「うん?」

思考を飛ばしていた琉奈を繋ぎ止めるようにアンリが話題を変えた。

「さっきピット裏で猫を見つけたんです。どうしてあんな所に猫がいたんでしょうね?」
「え?こんな所に猫が?」

野良猫だろうか、もしサーキットに入ってしまったら非常に危険だ。

「どの辺りにいたの?」
「こっちです」

嬉しそうに案内するアンリの後を琉奈は付いていく。
いくつかのトランスポーターを抜け、積み重なった機材の隅っこに見慣れない猫がいた。

「本当に猫だ……」
「でしょう?誰かが連れてきたんでしょうか?」
「だったら早く帰してあげないと、危ないよね」

猫は人懐っこく鳴いて、しゃがみ込んだ琉奈の足下で頬をすり寄せた。
その仕草から見てもやはり誰かの飼い猫のようだ。

逃げるかな、と思いつつもそっと抱き上げてみると、思いのほか猫は嫌がらなかった。
細身で小柄な白猫は耳だけが黒い毛で覆われていて、目はパッチリとした金色をしていた。

「君、どこの子なの?」
「ニャァ」
「へぇ~人間に慣れてますね」
「……しょうがない、飼い主を探そうか」


こうして、琉奈とアンリの飼い主探しが始まった。






12・矜持だけをかざす塊






「あ、ランドルさん」
「おや、ごきげんようフロイライン」

まず出会ったのはユニオンセイバーのランドル。
彼ほどの貴族なら猫の一匹や二匹……いや、どうなんだろう。

「その猫は?」
「トランスポーターの隅にいるのを見つけたんですけど、飼い主を探していて……心当たりありませんか?」
「いや、残念だが僕にはない」
「そうですか……」

この広いサーキットで探し当てるのは大変そうだなぁと改めて感じて琉奈は肩を落とした。
ランドルはその宝石のような翡翠の瞳を瞬かせて微笑んだ。

「お困りなら僕の家で探させるが?」
「い、いいえ!大丈夫です、ありがとうございました」

好意はありがたいが、猫一匹探し回る為だけになんて家人が可哀想だ。
琉奈は深々を礼をするとそそくさと立ち去った。






次にミッシングリンクに来た琉奈達が中の様子を窺っていると、
こちらに気付いたブーツホルツがレオンを連れてやって来た。

琉奈じゃないか、どうしたんだこんな所まで」
「ブーツホルツさん!……と、アンハートさん」

アンリのいる背後から冷気が漂ってくるのは気のせいではない。
何かとハヤトと衝突するレオンはアンリにとっては敵なのかもしれないが。

「へ~猫っスか、可愛いっスね!」

琉奈に抱かれている猫を見つけてレオンは嬉しそうに近づいたが、
突然猫は牙を剥きだすと、レオンに対して威嚇の体勢をとった。

「ちぇ、何だよ。嫌われちまった」
「当たり前だ。いきなり手を出す奴があるか」

レースの事のようにレオンを説教するブーツホルツに事情を説明するが、
やはり返ってくる答えは変わらない。

「すまんな、こっちの方で猫を飼ってる奴なんて聞いた事ないなぁ」
「そうですか」

次は何処へ行こうか、そんな事を考えている琉奈だったが。

「あのまま噛まれればよかったのに」

そんな物騒な言葉が背後から聞こえた。






琉奈、そっちはどう?……ってどうしたのそれ!可愛い~!」
「あ、リサ」

リサが飛びついて猫の首を撫でると、最初はゴロゴロ気持ちよさそうにしていたが、
すぐに飽きたのかフイッと顔を逸らして琉奈の腕に顔を擦りつけた。

「何よー私はダメでも琉奈ならいいっての?」
「そうなの?ほら、リサが拗ねてるよ?」
「ニャア」

のんびり欠伸したかと思うと、そのまま琉奈の腕で寝る体勢になった。
ますますリサはが拗ねて怒るので琉奈は笑って何とかなだめた。

「それで、チームで猫飼ってる人とかいないよね?」
「う~ん、家は犬なら飼ってるけど猫は知らないなぁ」
「そうだよね……」
「この中から探すの大変だよ?全スタッフ合わせたら凄い数になるよ?」
「うん……でももうちょっと探してみる」

全チームに知り合いがいる訳ではないから、恐らく困難だろうとは思う。
だけど後ろを振り向けば犬のように不安そうに見上げてくるアンリはいるし、
腕の中にはこちらの気持ちなんてそっちのけで休んでいる猫がいる。

これも何かの縁だ、どうしても見つからなかったら主催に届けよう。
改めて意気込んでいると、今度はハイネルが姿を見せた。

「何やってるんだリサ……ああ、か」
「ハイネルさん、こんにちは」
「……何だその猫は」

ウッと身を詰まらせてハイネルはその小さな生物を見下ろした。
犬を飼っていると聞いたが、彼自身はあまり動物は好きではなさそうで、
案の定飼い主の見当がつかないという返答だった。

「すまんな。もし飼い主がわかったらすぐに知らせる」
「ありがとうございます」

他チームなのに親切にしてくれて有り難いと頭を下げると、
ふ、とハイネルの笑い声が聞こえた。

「好調みたいだな」
「あ、はい……何とかスランプから脱出してくれたようで嬉しいです」
「いや、君もだ」
「え……?」
「リサが心配していた。その様子だと君も本来の元気を取り戻したようで何よりだ」

ハヤトの事かと思いきや、まさか琉奈の不調まで知られていたとは。
リサから伝達されたのだろうが、あまり他チームの事情まで入り込みそうにないハイネルに指摘されて、
琉奈は思わず恥ずかしくなって頬を赤らめた。

「……あ、ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「まあ、スゴウが出てきて困った事になっているからな、良かったかはわからんが」

冗談交じりに笑うので、ハイネルの気遣いに感謝しながら琉奈もつられて微笑んだ。
だが、ふいに服の袖が引っ張られるので後ろを振り向くと、何故か機嫌の悪いアンリが久しぶりに口を開いた。

「行きましょう琉奈さん、仕事も残ってるんですから早く飼い主探さないと」
「う、うん……それではまた」

先を歩くアンリは呪い事のように何かブツブツ呟いていた。






「よお、琉奈じゃねぇか。どうしたんだその猫」
「加賀さん!」

顔の広い彼の事だ、もしかしたら知っているかもしれないと思ったが。

「知らねぇなぁ~」

彼でもダメか、琉奈は何度目かわからない溜息をついた。

「サーキットに動物連れてくる奴なんてそうそういねぇと思うけどなあ」
「そうですよね、何かあったら大騒動ですし……」
「……でもその猫、琉奈の腕の中がよっぽど居心地良いらしいな」
「へ?」

思わず見下ろすと金色の目が合った。
素知らぬ顔で気持ちよさそうに琉奈の胸でゴロゴロと頭をすり寄せては、また瞼を閉じようとする。

「女好きなのか、その猫?」
「でもメスですよ?」
「だけどそうしてると琉奈が飼い主みたいだな」
「…………」

確かにこれだけ懐いているのが不思議なくらいだった。
他の人には警戒するクセに、琉奈に対してはそんなものはなかった。
まるで琉奈の腕の中が指定席とばかりに我が物顔で存在している。


それからも様々な人に尋ねてみたが、結局飼い主のあては見つからなかった。


「どうしよう……やっぱり届け出た方が早かったかもね」
「すみません、僕が猫を見つけたばかりに……」
「何言ってるのアンリ。見つけてよかったんだよ、危ないんだから」

仕事は大半が終わってるとはいえ、いい加減自分もピットに戻らないといけない。
スタッフの多さを甘く見ていたと琉奈は独りごちた。

だが突然、慌てたような声が2人を振り向かせた。

「あ……っ!」

それはアルザードのドライバー、フィル・フリッツだった。
名雲京志郎と共に、罪と知ってても勝ちを望む人間だ。

そのフィルが、消耗しているであろう体を引きずりながら、琉奈が抱いている猫を一心に見つめていた。

「……もしかして、貴方の猫?」
「………」

さっきまでの焦りの色を隠すように途端に無表情になってしまったフィル。
だけど否定しないという事はきっと彼の猫なんだろう。

琉奈は溜息をつくと歩み寄り、フィルの目の前で猫を渡した。

「はい、ちゃんと逃げ出さないようにしないとサーキットは危ないよ?」
「………」
「……それと、いい加減あの男の言いなりになるのはやめた方がいい」
「………っ!」

周りに聞こえないように声を潜めて言うと、明らさまに動揺した声が聞こえた。
何で知っているんだ、と目が語っていた。

「最初は利害が一致したからかもしれないけど、辛いでしょう?
あれはね、薬で効かせるようなものじゃない」

厳しい目で見つめるとフィルは困惑して俯いた。

「貴方は機械じゃない、人間なのよ?」
「………っ」
「何の為に走っているのか、それをよく考え直して。
猫を大切にできるんだから、貴方は本当はそんな人じゃないはずだよ」

距離をとると、フィルの腕にいる猫が琉奈をじっと見つめていた。
何を考えているかわからない金色は、一瞬だけ細められて。

「それじゃ猫は返したから」

さっさと行ってしまう琉奈と、敵意を込めた目で睨みながら付いて行くアンリ。
見えなくなるまで呆然と2人の背中を見送っていたフィルはボソリと呟いた。

「僕の猫じゃないんだけど……」


フィルの頭には、ついさっきまで鋭く見据えてきた表情と、
猫に対して柔らかく綻んでいた彼女の姿が強く残っていた。


「……あの人、猫みたいな人だ……」


フィルの腕の中にいたエレノアが、呑気にニャァと鳴いた。











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エレノア!骨休めの回。
本当は絡ませたいんだけど絡ませられない人達も一瞬だけど書けて満足しています。

人によって呼び方が名字だったり名前だったりごっちゃです。
レオンは何故かレオン。