「はい琉奈さん、もう一枚!」
パシャリ、とカメラの音が聞こえて撮影はようやく終了となった。
緊張が解け息を吐きながら琉奈は苦笑いをこぼした。
「"脅威の5連勝を果たしたスゴウを支える、影の立役者"かしら?」
「やめてくださいよー?チーフでもないですし、それを言ったらクレアさんが適任です」
特集の見出しを考えるレースカメラマンの彩スタンフォードに琉奈は恥ずかしそうに手を振った。
以前から顔を見せる彼女とは顔見知りでよく世間話もするのだが、
今回は裏方の取材らしく、ドライバーではなくメカニックの琉奈に焦点を当てられた。
「でも早いうちから新しいアスラーダの制作に着手し、
忙しい時はガーランドと2台同時に作業されていたと聞きましたよ」
「それも仲間達がいたからできた事だし、勝ったのはハヤトですから」
アルザードに勝ってから、ハヤトは5戦連続で優勝してみせた。
今ではフィル・フリッツのポイントを追い抜き差を広げ、確実に総合優勝が狙える位置まできた。
ここまでくるとハヤトはもう揺るがなかった。
レオン・アンハートに動揺する事もなかったし、アルザードにももはや一歩も勝たせない。
「不調で大変な時期もあったと思うんですが、ここまでやってこられた秘訣は?」
「何だろう……ハヤトが望むマシンを作る、その一心で」
「じゃあガーランドがあったのにアスラーダの制作を中断しなかったのは、やはりハヤト君が望むとわかってたから?」
「……願望ですよ、私の。見越したのは私だけじゃないですけどね」
ほとんどはクレアの功績だ、自分は彼女をサポートしただけだと琉奈は言う。
アスラーダを見下ろす瞳は、愛しいものを見るかのように細められた。
それはただ指示に従って動いてたのではないという証拠だった。
「琉奈さんにとって、アスラーダは特別ですか?」
「……そうですね、私にとって最上のマシンです。
越えたいけど越えられない、だから追いかけて少しでも自分の力が役に立てばいいと思ってます」
「ただのマシンではない……大切なんですね、アスラーダが」
「ええ、彼は父親のようなものですから」
ふんわりと笑う琉奈につられるように彩も微笑んだ。
レースは残す所は日本と、最終戦のオーストラリアのみ。
そして第11戦、日本GPが始まる。
13・恋が人を強くさせるなら
この日のサーキットはにわかに騒がしかった。
「よう菅生、ユニオンからスポット参戦の話聞いたか?」
「ああ、かなりのタイムだったらしいな」
修と仲の良いブーツホルツが持ち込んできた話題は琉奈も聞き及んでいる。
さっき、ハヤトとあすかが微妙な顔をしながらユニオンの会見場に行ったのを見たからだ。
「そいつがどうやら新条らしいんだが、知ってるか?」
「そうなのか?」
ずっとチェックボードを見ていた修がやっと顔を上げた。
「素性などは非公開にされているが、そういう噂が出ているぞ」
「素性は非公開……」
琉奈はボソッと呟いた。
そういえば一昨年も、ユニオンからランドルが謎の覆面ドライバーとしてスポット参戦していた。
そのあからさまなゴーグルに"元ゴーグルの持ち主"が血相を変えて怒っていたのは懐かしい思い出だ。
ユニオンからの覆面ドライバー、全く同じとも言える状況に妙な因縁を感じた。
「何か嫌な予感がするのは私だけでしょうか、クレアさん……」
「あら奇遇ね、私もそんな気がするのよ」
そういうクレアは全然嫌そうじゃない、むしろ楽しそうだ。
「お、これから会見やるらしいぞ」
ちょうど近くにあったモニターに映し出されていたのは、ランドルと赤いイシュザーク。
集まる取材陣の中、ランドルは自信満々に口を開いた。
『ではご紹介しましょう。このGPから我がユニオンで走ってもらう事になった……』
フラッシュを浴びて登場したのは、非常に居心地悪そうにしている謎の覆面ドライバーと覆面メカニック。
……いや、どう見ても新条直輝と城乃内みきだった。
「っっっ!!!」
固まっていたのは修だけで、ブーツホルツすらも気の毒そうにチラチラ横目で覗いている。
『あー!新条さん!!』なんて聞こえるハヤトとあすかの声がより一層におかしくて。
「っ……あはははははっ!!!や、やっぱりーー!!!」
琉奈は堪らず指さして吹き出した。
クレアはクレアで、声も出ないぐらいに笑っている。
あのゴーグル、ランドルはユニオンの伝統にでもする気なんだろうか。
誰がどう見ても、かのナイト・シューマッハじゃないか。
「あいつ……もう我慢ならんっ!」
「ま、まあ落ち着けって菅生……っ」
「これが落ち着いていられるか!」
拳をプルプル握りしめて、今にもユニオンに飛び込もうとする修。
ブーツホルツが羽交い締めにして抑えようとするが、一昨年と違って彼のサイボーグ・アームが簡素化されたせいか、
左手だけでは抑えきれず全身で修を止めるという、互いに必死の攻防だった。
「離せブーツホルツ!今日という今日は……っ!!」
クレアはまだ後ろで笑っている。
琉奈は笑いすぎて痛い腹を抱えながら、半笑いで修の正面に回った。
「そ、そうだよ修さんっ……お、落ち着いて……っ!」
「笑いながら言うな琉奈!クレアもだ!」
怒れば怒るほど笑えるからタチが悪い。
でもこのままだと本当に殴り込みに行きそうだから、何とか呼吸を整えながら話を続ける。
「っ……まあまあ、ランドルだってあやかってるみたいだからいいんじゃない?」
「何を言う!あれは遊んでいるとしか思えん!」
「そ、そうかもしれないけど……ランドルは、修さんだって知らないんでしょ?」
「うっ……」
シューマッハの正体が菅生修だという事には気付いていない。
だから修が乗り込んでも場違い的な状況になるのは必須だ。
「だから抑えて抑えて。結局新条さんだってバレちゃったんだし」
「……っ、わかった。仕事に戻る!」
「お、おい菅生!」
怒るに怒れなくなった修は不機嫌な顔のままでピットに逃げ込んだ。
それをなだめるようにブーツホルツとクレアが後に続いた。
「あ~面白かった……久しぶりに見たなぁ、修さんがムキになって怒る所」
ああいう生真面目な人だから、感情を剥き出してムキになる事なんてほとんどない。
久しぶりに良い物を見たと、琉奈は一人満足感を得ていた。
そして修の後は追わず、久しぶりに戻ってきた新条とみきに会いに行こうと別の道を歩いた。
「みき!」
「琉奈さん!うわっ……!」
新条と一緒にいたみきとようやく対面できる機会を見つけると、
琉奈は歩み寄った勢いのままみきを抱き締めた。
「よかった、心配してたんだよ?」
「その節は迷惑かけました……」
「ごめんね、レース誘ってくれたのに行けなくて」
「いいえ、あすかから事情は聞いてましたから。何か、あれで仲直りができたとか?」
「そうそう、色々あったんだよ?」
みきは全然変わっていないようで本当に嬉しい。
年下だけどアネゴ肌のみきは、より一層の強さを身につけて帰ってきたようで、
同じメカニックの琉奈よりも大きく成長したようにも思えた。
「みき、先行ってるな」
気を使って新条は琉奈に軽く会釈するとピットに行ってしまった。
去年とは違い、彼には風格が漂っていた。
「新条さんはどう?」
「少しは鍛えられたかな~っていう感じ。荒っぽい修行してきたから」
「荒いレースの本場だからね、アメリカは」
「たぶんハヤトにも引けを取らないと思いますよ。直輝は直輝で強くなりましたから」
女だけになると、やはり気になるのは恋愛の話だ。
琉奈は少し意地悪したい気分に駆られた。
「へ~直輝だって。いつから名前で呼び合う仲になったの?」
「え!?う、まぁ色々あって……」
自分が知っているみきと新条は確か名字で呼び合っていたはずだったし、
みきもそういう仲だという事を恥ずかしそうに否定していたのに。
窮地が2人をより強く結びつけたのだろう、そんな気がした。
「いいなぁ、上手くいってるんだ」
「そう言う琉奈さんはどうなんですか?良い相手いました?」
「いませんよー?アスラーダ構っててそれどころじゃなかったし」
「そうなんですか?琉奈さんなら誰でもホイホイ付いてくると思うのになぁ」
「うん、まぁ……色々忙しくてね」
自分の中では一応整理がついた今、そろそろ前が見えるかなと思い始めてはいるけど。
そういうのはやはり時の運というものだ。
「加賀とかどうですか?ツーリング仲間なんですよね?」
「へ?あ~ないない、加賀さんとはそんなんじゃないから」
「え~結構お似合いだと思いますけど」
「……まぁ別に加賀さんに限った訳じゃなく、そういう機会があればいつかね」
そんな事を話していると、会場から予選のアナウンスが聞こえた。
「あ、そろそろ戻らなきゃ。みきもパーティー出るんだよね?じゃあまたその時にね」
「はい、積もる話楽しみにしてます」
スゴウのピットまで走っている間、琉奈はずっとみきと新条の事を考えていた。
年下ばかりが皆、輝いた未来を確信しているようで。
「羨ましいなぁ……」
呟いた後に、それを否定するように首を振った。
正直な所、今は恋愛はこりごりなのだ。
琉奈はとにかく前を見ようと、オーナー兼幼馴染みの修の元へ駆けた。
Back Top Next
彩登場、全然くだけてないですけど。
またワンクッションおきます。
次回から急展開かも。