17・天命
「……私はかつて名雲京志郎の兄、名雲柾さんと共にバイオコンピューターの研究に協力していました」
意を決して話し出した琉奈の言葉に、修とクレアは驚いた顔をしながらも静かに聞いていた。
関わりがあると知られてしまった以上隠す事もできないし、
こうして事件は明るみになったのだから、琉奈に残された時間は恐らく多くない。
「名雲柾さんは風見さんの下でアスラーダプロジェクトに参加していた人です。
だけど意見の食い違いから柾さんは決裂、思想を貫く為にバイオコンピューターを自ら作り上げました」
「そうか、ハヤトが言っていたのはそれか」
「……はい。柾さんが亡くなった後、意思を受け継いだアルザードを完成させたと名雲京志郎は言っていました。
私もそうだと思いますし、だからアスラーダとアルザードは紙一重のマシンなんです」
マシンデザイナーであるクレアにはその意味がわかっているようだった。
「あれは普通のサイバーシステムとも"アスラーダ"とも違う。
アスラーダが状況を判断し次の行動をドライバーと共に検討するシステムなら、
バイオコンピューターは次の行動を自ら計算、それをドライバーに指示するシステムです。
さらに今回はその指示を完璧に伝える為の薬がドライバーに使われて……もっとも、これは後から知った事ですけど」
「ならアルザードは……」
「はい、簡単に言えばフィル・フリッツではなくアルザード自身がレースを走っていました」
「……そうか」
苦い表情で溜息をついた修を視界の隅に入れながら、
気持ちを落ち着かせる為に目の前に置かれた紅茶に口をつけてみたけれど、味はわからなかった。
「薄々それが危険なシステムだとわかっていたのに抜ける事もせず、
テストドライバーが死亡して、柾さんも自殺してようやく私は事の重大さに気がつきました」
それが琉奈の罪、自分の甘さ。
「騙されてやっていた事だけど、あのマシンの原型を生み出してしまった責任は私にもあります」
「騙されていた…?」
「……アスラーダプロジェクトを引き継ぐもの、それがバイオコンピューターだと説かれました。
当時の私はそれを信じてしまい、言われるままメカニックとして在籍していました」
「なら貴方には責任はないでしょう?騙されていたんでしょう?」
クレアの訴えは心に刺さった。
嬉しさではなく、自分がやってきた事の罪を思い知らされるようで。
「でも確かに作ってしまったんです、あのシステムを。
そして、それ以上に見て見ぬフリをした事が最大の罪。いくらでも真実に気づけたのにそれをしなかった」
「………」
その理由を2人は聞かなかったけど、何となく察しているのかもしれなかった。
「だからクレアさんにアスラーダの開発を頼まれた時には本当に嬉しかった。
アスラーダは子供の頃からの夢で……そして、過去を償えると思ったから」
あれほどまでに執着した。
思えば自分は、あの男のように自分の意思を実現させる事しか頭になかった。
新しいアスラーダを作り出す、その為に体さえ壊して。
「あの男がサイバーに乗り込んできた時、訴えてやめさせようと思いました。
だけど……私も同罪だから、自分が捕まるなら私も捕まると……そう、言われて」
「脅されたのか?」
「……私も意地になっていたから…………訴えるんじゃなくて、
同じコンセプトのアスラーダでアルザードに勝ちたいと、そう思ってしまって……」
クレアはアスラーダに執着した琉奈の姿を知っている。
彼女は自分に失望しただろうか、不思議な目の灯火からそれは判断できない。
「本当は危険性とかを考えたら、何を差し置いても訴えなければいけなかったのに、
私は自分の身が可愛くて、解雇されたくなくて……言えずに……」
こういう結果になってしまった。
――私は、テストドライバーを死なせてしまった名雲兄弟と何も変わらない。
「……ごめんなさい、結局私はフィル・フリッツとハヤトの命さえも危険に晒してしまいました……
すみません……本当に、すみませんでした……っ!」
琉奈が深々と頭を下げると、肩にそっとクレアの手が添えられるのを感じた。
「貴女のせいじゃないわ。それに貴女はずっと後悔してきたのでしょう?ならそれで十分だわ。ねぇ、修さん?」
「…………」
クレアの温かみは少しだけ琉奈を安心させたものの、一方で修は険しい顔を崩さない。
「お前は……名雲柾の理論が間違っていると思うか?」
「……わからない。だけどアルザードは間違ってるとはっきり言える」
システムがドライバーを支配する事はおかしいと思う。
だけどアスラーダのように、システムが全力でドライバーのサポートをするのなら……わからない。
危険だとはわかっている、だけど間違っているかと問われると……答えが見つからない。
「この事件が明るみになれば、たぶん私も共犯として名前が挙がると思います。だから、もうスゴウにはいられません」
「え?そんな事はないわ、ねぇ修さん?」
「スゴウでの私の決着は付きました。皆にも迷惑かけてしまったし、ケジメとして辞めさせていただきます」
「辞めてこれからどうする気だ」
「……インディーに戻るか、何でもいいです。メカニックとして地道にマシンを扱えるのなら」
ドライバーがいるのなら、メカニックである自分は何処へでも行ける。
それこそ、自分が本当に過去から抜け出せた証のような気がするから。
琉奈は幼馴染みでありチームオーナーの修の言葉を待った。
かつての超音速の騎士は何を思い、どんな叱責をするのだろうか。
「……琉奈、確かにお前は真実から逃げるという罪を犯した。
だがそれを乗り越え、ドライバーと共にあり続けようとするお前をスゴウは必要としている」
「え……?」
ほぼ辞める気でいた琉奈は自分の耳を疑った。
渋い顔ばかりしていた彼の事だから何か苦言を返してくるとばかり思っていたのに、まさかそう来るとは。
「アンリの例もあるからな。お前はドライバーにとって必要な人材だ」
「え……でも……」
「お前が参考人になろうと、スゴウには関係ない。
それで周囲の目が変わるような行いをお前はしていないだろう?ならば問題ない。
騒ぎを起こした罰として、チーフの座はもらえんかもしれんがな」
「…………」
「琉奈さん、貴女がどんな過去を持っていようとそれは私達には関係ないわ。
これからもハヤトくんのサポートをお願いできるかしら?」
――ああ、やっぱりここは何て温かい。
「…………ありがとう、ございます…」
いともたやすく許してくれる人達に、申し訳なさそうに頭を垂れた。
琉奈がいなくなった部屋で、クレアはくすりと微笑みかける。
不器用で言い合いばかりしている、だけど今回ばかりは素直に思いを口にした修に。
「気付いていないわね、琉奈さん。
どんな過去でも、大切な幼馴染みだという事には変わりないのにね、修さん?」
「……橘のおじさんに頼まれているからな」
「もう、素直じゃないんだから」
入れ直されたコーヒーを見つめながら修はポツリと呟いた。
気になっていたのはアルザードの事ではなかった。
「あいつは……まだあの男の事を……」
「え……?」
「…………いや」
考えすぎかと、修は薄く笑って液体を喉に流し込んだ。
これで終わりであればいい、そう思いながら。
そうして、アオイでのアルザード事件が全世界に知れ渡った。
何も知らなかった他チームや、スゴウのスタッフ達、皆がその事実に驚愕した。
これでスタッフは琉奈に対してどういう目を向けてくるのだろうか。
そんな事を思いながら記事を読み、そして目を見開かせた。
「……何で……」
【逮捕された名雲社長は、「すべて自分が命じた事」と罪を認めている】
そう書かれていただけだった。
さらに数日経っても、自分を共犯者として連れて行く人間など現れなかった。
参考人として確かに話を聞かれた時はあったが、それはハヤトと同じく監禁の被害者としてだ。
スゴウのクルーとして純粋にハヤトを追いかけ、助けようとして眠らされた。
いつの間にかそういう事になっていて、顔見知りだという事は知らされておらず、
さらにはクルーの鑑として皆に称賛までされてしまった。
あれだけ共犯だと言ってきたのだから確実に琉奈の事も話すのだろうと思っていたのに。
男と面識がある事すら、明らかにされていなかった。
「どうして……」
琉奈にも罪はあった、フィルにも罪はあった。もちろん男に荷担していたスタッフ達も。
なのに、どうして名雲はそれすら自分の罪としたのだろうか。
「これで、貴女がスゴウを辞めなくてはならない理由は何一つないわね」
「そんな…クレアさん……!」
「……そういう事だ」
「これからもよろしくね、琉奈さん?」
「…………っ」
予想していなかった事態に気持ちの整理がつかなかった。
まだスゴウにいていいのだという嬉しさと、未だに拭いきれない罪悪感と、男の真意に。
これからもアスラーダを追いかけていられる、それは琉奈にとってはどうしてか複雑な気分だった。
「……チーフの座は、ご遠慮させていただきます。お願いします……せめてもの罰ですから……」
「………………わかった」
精一杯笑顔を作ったつもりだったけど、何も言わない修も気付いているのだろう。
琉奈の、かすかな迷いに。
―――2020年、第15回GPX。
今年は色々な事があった。
執着して、苦悩して、夢を追いかけて……過去を清算しようとして。
少しは、自分の中で決着がついたのだろうか。
でもそれが未来にどう繋がっていくのかは、まだわからない。
まだ琉奈の中には罪がある、そして残っているものが後一つある。
これらが全て解決した時にやっと前へ進み出せるのかも知れない。
「やった!ハヤトっ!!」
最終戦のチェッカーフラッグをトップで受ける、青のアスラーダ。
ガッツポーズを挙げるハヤト、そして歓喜で湧き上がるクルー達。
彼がチャンピオン、皆で勝ち取ったチェッカーだ。
「風見さんが勝ったぁ!!」
「やったね!ペイ君も頑張ったね!」
「う~嬉しいです、琉奈さん!」
こうやって、来年もレースは続いていくのだろう。
今度は何が起こるかわからない、何も起こらないかもしれない。
だけど変わらずドライバーは勝利を目指し、スタッフも同じものを夢見る。
そして琉奈もメカニックとして、ドライバーの傍でマシンに全力を尽くして。
今はスゴウで、ドライバーはハヤト。
この先どうなるかはわからない、だけどそれでもいいと思う。
純粋に勝利を望むドライバーがいるのなら、自分はどこでも存在できる。
どれだけ辛くてもどれだけ不安でもドライバーのサポートをする、それが自分の性なのだろう。
勝利を掴んで戻ってきたハヤトは、修を見つけると飛びついた。
あすかとハヤトが皆に持ち上げられて空に嬉しさをぶつける。
これが本当の勝利、誰もが夢見る本当の悦び。
ふいに涙が出そうになって、降ろされたハヤトに近づくと、ゆっくりと抱きしめた。
「ハヤト……ありがとう」
――私を救ってくれて……ありがとう。
貴方は私に光を見せてくれた、最高のドライバーだから。
「アスラーダも、ありがとう……」
優しく撫でるとアスラーダのレンズが回転して、琉奈はくすりと微笑む。
――アスラーダは私の夢、そして償い。
夢は叶い、少しだけ罪を償って……私の執念を越えてアスラーダは生きる。
アスラーダとハヤトのおかげで、私は少しでも先へ進めた。
私の全てが詰まった、想いそのもののマシン……そしてドライバー。
「では写真撮りますよー!スゴウの皆さん集まってくださーい!」
「……あれ?アンリ……何か、拗ねてる?」
ガーランドをアスラーダの隣に移動させているとジットリとした視線を感じた。
どうやらそれはアンリのものだったけど、目が合うと明らさまに不機嫌な顔でそっぽを向く。
「折角入賞したのに、琉奈さんが風見先輩ばかり見てるから!」
「うっ……ごめんごめん、入賞おめでとうアンリ」
「なら風見先輩みたいに抱きしめてくださいよ」
「え!?」
そんな所まで見ていたのか。
困って周りに助けを求めたけど、クルー達は「やってやれ」と言わんばかりの顔で。
仕方ない、と琉奈はアンリをそっと抱き寄せた。
「……おめでとう、アンリ。貴方も本当に喜べる日がくるといいね」
すると満足したのか、アンリは嬉しそうな顔でガーランドの隣に立った。
世話の焼ける子だ、だけど彼も光を取り戻した可愛い子。
「大変ね、琉奈さん」
「あはは……」
「はい、撮りますよー!」
アスラーダと、ガーランド、そしてドライバーとスタッフ達。
みんな大切な仲間で、全ての感情を分け合う、同士達。
勝利も敗北も糧として先へ行く、大事なチーム。
――ねぇハヤト、今期は色々あったね……だけど貴方はこれからも前を見て。
私はいつだって、どこにいたって……弟のような貴方を見守っているから。
だから、大切なみんなに……ありがとう―――
自作したバイクを降りて佇む、一人の女がいた。
逡巡したようにしばらく空を仰ぎ、ゆっくりと拘置所へ足を進めた。
通されたガラス越しに座っているのは、かつて自分を裏切った人間。
罪が露見し、全てを背負って静かに存在していた。
「……どうして……」
その呟きに男は笑っただけ、何も答えない。
それ以上、男と女の間に会話はなかった。
女には憎しみや怒りの感情以上に、哀れに思う目が揺れていた。
「馬鹿ね……もう少し違う生き方だってあったはずなのに……」
やはり男は何も返さなかった。
視線を俯かせたまま一度も目を合わせようとせず、ただ時間だけが過ぎる。
面会時間が終わり、仕方なく女は立ち上がった。
諦めにも似た大きな溜息をついて、背中を向けたその瞬間。
「…………すまなかった」
小さく静かに、だけど確かにそう言った男に、女は我を忘れて激怒した。
それも琉奈の、性だった。
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SAGA編終了いたしました。
ここまで読んでいただいた方、本当にお疲れ様でした。
次回からはSIN編に繋がる間章となりますが、長いです。
レースよりも主にオフの話だったり、ドラマCDの話になります。