「すまなかった」
呟かれたその一言に、琉奈は怒りに任せてありったけの言葉をぶつけた―――
2・出口のない迷い道
「これ……!」
朝早く修に呼ばれリビングに行くと、クレアもハヤトも皆重苦しい雰囲気を放っていた。
見つめる先には、テーブルに広げられたマシンの設計図のようなもの。
「ええ、名雲社長の兄、名雲柾氏の設計図。琉奈さん……これに見覚えは?」
「……あります」
消え入りそうな声で一枚の紙を手に取った。
それは確かに、名雲兄弟の兄が最後に作ったマシンが描かれていた。
「どうして、これ……」
「知り合いに頼んで探してもらっていたものなの。ごめんなさい、貴女に内緒でこんな事して」
「いえ……」
自分の罪が目の前に晒されているようで、心臓が速く波打つ。
振り切ったつもりなのに、やはり囚われて。
「……私はボディの制作担当でしたから、もちろんシステムの詳しいプログラムは知り得なかったんですけど、
でも……このマシンのパワーバランスが変だという事には、気付いていました」
「そうね。やはりこれを見る限りでも、速さだけを追求しているようね。
だから、それを制御する為のバイオコンピューターが必要で、ドライバーもかなり高度な技術が要求される。
ハヤトくんですらこれをまともに走らせられるかどうか……」
「そんなにですか……!」
ハヤトは思わず目を見開いた。
無理もない、彼ですら制御が難しいというなら誰がこれを上手く扱えるというのだろうか。
スゴウの天才マシンデザイナーは険しい表情で紙面を睨み付ける。
居たたまれない琉奈は何とか言葉を口にしながらも、次第に顔色を曇らせていった。
「だから腕のいいドライバーを人為的に作り上げたんだと思います。
反応速度を上げ、マシンからの指示に正確に従うように開発されたのが、αーニューロ」
「人に合わせるのではなく、人を合わせるという事ね」
「……はい」
琉奈はもう一度深く頭を下げた。
「……すみませんでした」
「もういいのよ琉奈さん。もう、終わった事よ……気にしないで」
「そうですよ。もうあの人の野望は潰えたはずなんですから」
「…………うん、ありがとうハヤト…」
琉奈は設計図を苦しそうに見下ろした。
本当に……そうなのだろうか?
―――「ふざけないでよ!」
ガラス越しに琉奈の怒号が響いた。
「今さら謝らないで!謝られたら、私は何の為にここまでやってきたのよ!
今さらそんな事言われたって……許せる訳、ないじゃない……!」
いきり立っても男は波立つ様子もなく静かに座っていた。
ただほんの少しの微笑を含ませて、琉奈を見つめている。
声を張り上げてダメだと思った琉奈は、震えそうになる唇を噛みしめて椅子に座り直した。
何度も荒く呼吸を繰り返し、言葉にならないほどの怒りをやり過ごして名雲を睨み付ける。
「……それは何に対しての謝罪のつもり?」
「全てにおいて、だろうね」
それは琉奈の気持ちを踏みにじった事か。
騙してマシン開発をさせていた事か。
それともアルザードを作った事か。
アスラーダを破壊しようとした事か。
琉奈に無理矢理睡眠薬を飲ませて、眠らせた事か。
思い当たる謝罪が多すぎて、どれに対するものなのか特定できそうもない。
全てというのには、それが全部当てはまるのだろうか。
「そんなもの今さら信じれる訳……」
この男は嘘というものを平気でつく。
だけど何重にも塗り重ねられた嘘の深い奥底に、本当に微かな本音が見え隠れする。
少なくとも琉奈はそう思っている、それすらも騙されているのかもしれないが。
謝罪が本音か、それともお決まりの嘘か。
この男の真意は本当にわからない。
そうまでして、自分の心を見せないつもりか。
「……馬鹿な人……本当に、馬鹿だ……」
嘘ばかりの人。
だけど、どうして貴方は一人で罪を被ろうとしたの?
ねぇ、貴方は本当に救われた……?――――
そうして、自分は同じ事を繰り返すのだろうか……?
「どこへ行く」
「……ちょっと、軽く走りに」
愛車に乗ろうとシートに跨った所へ、修が咎めるように聞いてきた。
その険しい表情が琉奈にも余計な緊張感を持たせている。
「プレゼントもらったからね、早速調子を確かめたくて」
クリスマスプレゼントにと、ハヤトとあすかからもらったのはバイクのエンジンパーツだった。
GIO製で、限定50台しか製造されなかった貴重なレーシングバイク向きエンジンで、
以前雑誌を読んでぼやいていたのをどうやら聞いていたらしい。
値段も高いし生産数が少なくて手が出せるものじゃなかったから、憧れのように見ていただけなのに。
「少しでも琉奈さんに喜んでもらえれば」と言って、あの年下のハヤトはさも簡単に差し出した。
サイバーのチャンプの収入が凄いんだと改めて感じた瞬間だった。
「それだけか?」
「……買い物したりブラブラしたりもすると思うけど」
「本当だな?」
「嘘ついてどうするの」
「そうだな……」
だけど修は鋭く射抜くような視線をやめそうにない。
下手をしたらこのまま腕を引っ張られバイクから降ろされてしまいそうな、そんな張り詰めた空気。
いくら笑顔で吹き飛ばそうと思っても、この幼馴染みはどこか感づいている気がした。
「お前……戻ってくるよな?」
「……何言ってるの、当たり前だよ」
「……そうか」
疑いが晴れなくてもこれ以上問い詰めるのは諦めたのか、修はそれ以上何も言わなかった。
早々に逃げようとエンジンをかけ、新しい音を立てて愛車を走らせた。
サイドミラーに映る姿は、小さくなっても未だ此方を見つめていた。
「……ごめんなさい、修さん……」
試走とは名ばかりに、琉奈のバイクはただ一つの場所を目指す。
憎くて堪らない、可哀相な男のもとへ。
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短め。