「ええ?グーデリアンさんがマリーの移籍拒否?しかも"レースは男の仕事"!?」
あすかが持ってきた話題に琉奈は整備の手を止めた。
休憩中のハヤトも驚いたように顔を上げる。
「それはまた……女性の味方みたいな人が全女性を敵に回す事言っちゃったね……」
事の発端は、シュトルムツェンダーのセカンドドライバー探し問題。
ハイネルが今期でドライバーを引退し裏方に専念するという事で、自身に代わる人物を模索している事は琉奈も知っていた。
人格やら契約やらの関係で、ハイネルが候補に挙げたのが琉奈とも親しい女性ドライバー、マリー・アルベルト・ルイザ。
彼女なら契約のタイミングもよく、実力もあり人格も逸脱していないという事で皆はそれで決定だと思っていた。
だが、それに反対したのが女好きで有名なグーデリアンだと言うから驚きだ。
「ええ、それでみきさん、もうカンカン!」
「はあ……そりゃそうだろうなぁ、みきさんなら」
「絶対おかしい……それって女だからダメって事でしょ?」
レンチを持つ手がせり上がってきた感情で震えていく。
琉奈だって、女だからという事で中傷を受けた事は何度だってある。
「私はそんな事言われた事なかったけど」と笑うクレアのように超越した感性の持ち主ならともかく、
レースで働く女性が一度は言われた事があるだろう。
レースに限った事ではなく、男が大半の職場ではどうしても女は非力で見下されやすい。
さらには親しいルイザがその差別の対象にされてしまったと聞けば琉奈だって黙っていられなかった。
早々に作業を終わらせてスタッフの承諾を得るとスゴウのピットを飛び出して行った。
その様子をクレアはのほほんと眺め、ハヤトとあすかはどこか不安げな顔を残した。
「何だか……最近の琉奈さん、様子がおかしい気がしない?」
「うん……深く考え事をしてたかと思えば、今みたいに突然怒り出したり……」
感情の起伏が激しいのだ。
レース中は普段の2割増しぐらいで指示を飛ばしたり喜んでみたりするけど、
ふとした時にもの凄く思い詰めた表情で一点を見つめている。
"静"よりも"動"の方が占めているから、気付かなければ以前と変わらないように見えるだろう。
彼女の事をよく知っている分2人は早いうちから気付いていたけれど、それを問いただす事まではできずにいた。
弟妹分であるハヤトとあすかが聞いたって、彼女はきっと「何でもない」と首を振るだけだろうから。
一番親しいであろう修は常にピットにはいない、そして天然が強いクレアは気付いているのかいないのかすら不明だ。
「……何だか、遠いな」
「え……?」
「琉奈さんって、僕達の事をよく気遣ってくれるし何でも相談に乗ってくれるけど、
僕達が琉奈さんにできる事って、ないような気がする……」
「ハヤト……」
年下だからという事もあるが、それでも琉奈は誰かに頼ろうとしない。
去年のGPX後だって、少しでも楽になってもらえればと誘ってみたけど結局悩みを打ち明ける事はなかった。
琉奈にとってはハヤトがチャンプになる事が夢であり救いであるが、ハヤト達はそれじゃ物足りない。
「……いつか、琉奈さんが何処かに行ってしまっても……僕達はきっと止められない」
修行の為にと突然日本を飛び出したあの頃のように。
8・悪魔の声
KAMスタンピードのモーターホームに行くと、ちょうど休憩しているルイザを見つけた。
「マリー!」
「あら、琉奈」
彼女の緩やかな赤い髪は今は解かれて風に流れていた。
まるで琉奈が来る事がわかっていたかのように、驚いた様子も見せずドリンクを飲む。
「シュトルムツェンダーの移籍拒否されたって本当!?」
「ええ、本当の事よ」
「抗議しないの!?」
「みきもそう言っていたわね」
落ち着き払っているルイザとは対照的だった琉奈も次第に息を整えていく。
どうやらルイザはその現実を受け止めているようだったから。
「いいの、それで?」
「良いも何も、女だからダメですって言われたら仕方がないさ」
「そんな……」
"女"だからと言われて差別された事なんか何度だってある。
だけど今、実力のあるルイザに対してそれが適応されるなんて許容できない。
トップチームで走り優勝する事が彼女の夢だというのに。
「そりゃトップチームで走ってみたい、でもそこでないといけない訳じゃない。
何処でだって走ろうと思えば走れるから」
「マリー……」
「琉奈だってそうだろう?チームに拘って仕事してる訳じゃないだろう?」
「そ、それはもちろん!私を必要としてくれるなら、NASCARだって草レースだって何処でも行くよ!」
「そういう事よ」
それは確かにそうだ。
だけどこれは簡単に済ませられる問題ではない。
実力ではない要因で壁を作られるなんて絶対におかしい。
琉奈が苦い顔をしていると懐の携帯が音を立て、
ディスプレイには"城之内みき"の名前が表示されていた。
「もしもし、みき?うん、大丈夫…………え!?」
琉奈は驚いた顔で正面を見つめると、ルイザは一騒動起こるなと苦笑を漏らした。
シュトルムツェンダーのピット前に集まった一団に、誰もが何事かと振り返る。
訳がわからず棒立ちになるドライバー兼マシンデザイナーに対峙するのは、"女王様"の異名を持つアオイの令嬢。
今日子が発した言葉に、ルイザすらも目を見開いた。
「勝負!?」
「ええ。使用マシンはカート、場所は富士岡のカートコース、日時は双方の合意で」
「はあ……?」
「しょ、勝負ってどういう事!?」
意味が理解できないのはもちろんハイネルとルイザ。
「こちらのドライバーは当然マリー・アルベルト・ルイザ、そちらは無論ジャッキー・グーデリアンですわね?」
「おひょー!」
「あ、あの……」
「これは私達レースの仕事をする女性全ての権利と平等を守る為の戦いです」
今日子はハイネルが口を挟む隙すら与えない。
「レースは男の仕事だなどという馬鹿な考えをお持ちの方が、
サイバー界のトップチームの中にいるという事は私達にとっても非常に心外なんです!」
「は……はぁ…?」
「ともかく、あなた方が馬鹿になさった女の実力、とくとお目にかけて差し上げますわ」
「あぁ、いや……」
「当然のことですが、勝った方こそがこの実力勝負のレースの世界の、トップチームのドライバーに相応しいという事になりますわね?」
一気にまくし立てた後、颯爽とルイザを連れて去って行った。
思考の許容範囲を超えたのか、ハイネルは顔を引きつらせて空を仰いでいた。
「はは、ふはははは……っ」
「ああ、ハイネルさん!」
「お兄ちゃん!倒れてる場合じゃないって!」
その場に残った琉奈とリサは必死でハイネルを支える。
今日子の啖呵を聞いているうちから、こんな事になるとは何となく予想できた。
「橘……これは、どういう事だ……」
「すみません……ハイネルさんにはご迷惑かけると思いますが、皆があのようにやる気で……」
ルイザの考えとは裏腹に、女性差別だと立ち上がった今日子さんを中心に女性陣が集結した。
それについては琉奈も思う所があったので、みきからの誘いに乗った。
全く関係のないハイネルには申し訳ない話だが。
「……やっぱり皆、サーキットで働く女性としての誇りがあるんです」
「ま、今回ばかりはしょうがないよねー。グーデリアンさんがあんな事言っちゃうから!」
リサがジトリと睨むがグーデリアンは口笛を噴きながら肩を諫めただけだった。
「なのでこの勝負は負けられません、全力でサポートさせてもらいます」
ルイザの名誉の為、女としての誇りの為に。
ハイネルの体を労って琉奈が自分のピットに戻っていく頃、ようやくハイネルの中で一つの感情が生まれた。
いつものごとく、拳を振るわせんばかりの怒りが。
「グーデリアン!!それもこれも全部貴様のせいだぞ!!」
―――名雲からの"頼み事"はとんでもないものだった。
「ふざけないでよ!!」
またしても琉奈の罵声が飛んだ。
始めは言葉の意図が掴めなかったが、その奥の真意に気付くとみるみる顔色を変えて立ち上がった。
原因である男は、伝わった事が嬉しいのか薄笑いを浮かべて静かに見据えてくる。
「この期に及んでまだそんな事言ってるの!?彼を利用するだなんて冗談じゃない!!」
目の前のガラスを叩き割って殴りたい気持ちだった。
この男が拘置所で長い間考えていたのはそんな事だったのかと。
「……君はともかく、加賀君は果たしてそう思うかな?」
「な……っ!」
――「風見ハヤトに勝つ為には、ただ性能のいいマシンだけでは駄目なんだよ」――
加賀がハヤトに勝ちたいという気持ちは琉奈にも痛いぐらい伝わっていた。
あの奔放な人が出場停止処分が解除になるのを待っているぐらいだ、戦いたいのだろう。
だがたとえ新型マシンに乗ったとしてもハヤトに勝てるだろうか。
いや、もうハヤトとアスラーダは誰にも負けないだろうと客観的に見てもそう言える。
琉奈や父、そして"風見"に"菅生"にクレアが命を賭けて生み出したアスラーダだ、負けるはずがない。
だけど、互角に戦えるかもしれないと思える要素がない訳ではない。
方法や制御は違えど、同じコンセプトで作られたマシンなら。
性能が高すぎて誰も扱えなかったマシンを、いなす事ができるなら。
あのマシンと共存できる人がいるのなら。
「加賀君なら"彼"をものにできる。また、"彼"でなくては加賀君を支えられない」
「、危険すぎるじゃない!下手したら死ぬのよ!?」
「生殺しの安穏と、命賭けの勝負……どちらが彼にとっては幸福なのだろうね」
「……っ!!」
「彼は必ずこの道を選ぶ」
自分が微かに抱いていた疑問をも見抜かれて琉奈は言葉に詰まった。
確かにアルザードは間違っている。
だが"支配"ではなく"共闘"ができるとして、それが名雲柾の理論でも可能であるのなら……わからない。
名雲柾の理論が間違っているのかいないのか、その答えはまだ見つからない。
「小細工は一切なしだ、彼なら必要ないだろう?
それも君が全て監視してくれればいい。必要なら全てを君に預ける」
「そんな、今さら……っ!」
「君はメカニックとして何を望む?加賀君が望んでいる事は一つだと思うけどね」
本当に目の前の男は琉奈の弱い所ばかり突いてくる。
(この男は……どこまで私の事をわかっているの……!?)
琉奈にとって、純粋に戦いたい人や勝ちを望む人の手助けをする事が本懐だと思っている。
アスラーダは終着点であり通過点、スゴウでの自分の役割は終わった気がしている今、
別にスゴウ、もっと言えばサイバーフォーミュラでなくてはいけない事はない。
誰かがハヤトよりも強く勝利を望むなら、それに答えたいと思っていた矢先に。
琉奈はぐるぐると頭を混乱させ、またしても男の言葉に耳を貸しつつある自分に気がついて。
「っ、違う!許さない!あんたなんか絶対信用しない!!」
目の前にある壁を叩き付けた。
もう騙されたくなかった。利用されたくなかった。
「何度あんたに騙されてきたと思ってるのよ!信じられる訳ないじゃない!
何よ、今でも私が従うと思ってんの!?馬鹿にしないでよ!!」
それでも男は俯いただけ。
だが見つめ返してくる目の力は、何故か今までよりも弱かった。
「何人死んだと思ってるの!また私の罪を増やすつもり!?」
もう同じ過ちは繰り返さないと決めた。
琉奈が真実から目を逸らしていたばかりに、2人のテストドライバーと名雲柾は死んだのだ。
(これ以上、ましてや加賀さんを私達に巻き込ませるなんて冗談じゃない!)
「もう負けたのよ!?いい加減に目を覚ましなさいよ!
大体加賀さんだってその気になるかもわからないのに!誰があんたなんか信じるのよ!」
息を切らせて吐き出しきって、再び面会室には嫌な沈黙が訪れた。
この饒舌な男が次に何を言うかひたすら待ち、ようやく口を開いたかと思いきや。
「頼む」
それだけだった。
「な、によ……っ、もう、騙されないって……言ってるでしょっ!」
琉奈は脱力したようにストンと椅子に座り込んだ。
笑っているのに人を食ったようなものじゃない、狂気に溢れている訳でもない。
ハヤトが監禁されて、自分も眠らされたあの決勝戦の前日。
薄れていく意識の中で微かに見た、憂いを帯びたような目。
確かな懇願の色。
こんな表情もするのか、この人は。
……間違っているとわかっていても、止まれないのだろうか。
「彼なら兄を救ってくれるかもしれない。
そして兄を"わかっていた"君なら、彼の助けになり得る」
俺にはできなかったと、消えるような声で呟いた言葉が胸に刺さった。
アルザードを使ってでも運命に贖いたかった男、執念でその道すら間違えた男。
"兄をわかっていた"とは、アスラーダを破壊しようとした男を殴った時の事だろうか。
(響いて、いたの?……あの時の私の言葉は……?)
それを、悔いているのなら。
それでも答えを見つけたいというのなら。
「兄と共に待っている」
――貴方は何を望む?私に何を望んでいる?
「……これで終わりにする。あれがある限り、俺は終われない」
貴方は、どうしたら救われるの……?―――
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グーデリアンとの小競り合い話。
マリーの口調が安定しません。難しい。
拘置所だから会話を聞いている人いるだろうに、結構きわどい話してますが大丈夫なんでしょうか(笑)
ぼかして会話してるんですが、まぁいいんでしょう。
すいません適当で。