「ずっと頑張ってきたつもりだったけど、私にはここから先はやっぱ無理かもしれない」

レース直前に、あの勝ち気なルイザがそう零したのだ。
しかもそれは、どう努力しても覆す事のできない性別の問題で。

走りたい、だけど思うように走れない。
そんな心の叫びが聞こえたようで、琉奈は眉根を寄せた。

(みんな勝ちたいんだ……その先の、光を望んでいる)

レースというものに誇りを持ちながら、純粋に勝利を求める。
"勝てれば何でもいい"、そういうものでもなく、心に秘めた想いをぶつける為の栄光。

そんな気持ちでマシンに乗っているのは、何もハヤトだけではない。
誰だって様々な過去があって、何かしらの理由があって"勝利"というゴールを探している。

(だから、スゴウでなくてもいいのかもしれない……)

少なくとも琉奈は、揺るがない思いを持つドライバーを支える事を本懐としている。
勝たせてあげたい、そう感じる気持ちが琉奈の動力源であり、同時にドライバーがもたらしてくれる光を欲している。


――琉奈自身はわかっていた。
自分は、意思を貫こうとするドライバーの強さに惹かれるのだと。


そして、いつまで経っても自分は見捨てる事ができないのだと。






9・本望と本能






「マリー、そのまま突っ切って!」
「行けぇマリー!!」

彼女は、琉奈がサイバーに来てからすぐに仲良くなった友人の一人だ。
走る事がどれだけ好きかわかっていたし、どれだけ女性という障害に苦悩していたかも知ってる。

女メカニックよりも更に過酷な、女ドライバー。
性別というハンデを抱えて非力さに悩みつつも、彼女はいつだってトップを目指す事を諦めない。
それは彼女の強い意思を秘めた目を見ていればわかる。

「、追いつかれる……っ!」
「さすがグーデリアンさんだね。このまま素直に勝たせてくれる訳ないか……」

雲行きの怪しくなってきたレース状況にみきが顔を歪ませる。
ルイザはいつだって全力で走っていた。

「まだまだ!まだ追いつける!」
「頑張れルイザさん!!」

勝たせてあげたいと思う。
でも相手はチャンピオンのグーデリアンだ、無理かもしれない。

……どちらにせよ、彼女が満足できる結果になって欲しい。
そう願いながら琉奈は2台がゴールする瞬間を見届けていた。



結果はやはりグーデリアンの勝利だったが、それでもルイザは負けず劣らず健闘した。

「ホント、よくやったよ」
「大したものよ、グーデリアンに1秒落ちだなんて」

みきと今日子が大手を振ってルイザを迎え、琉奈も含め全員が拍手を送る。
負けてしまったけど、あのレース展開を見て文句を言う者などいない。

「ありがとう……期待に応えられなくてごめんなさい」
「ううん、十分十分!」
「でも……なんか凄いスッキリした!」
「マリー……」

ルイザの表情は晴れていたから琉奈もつられて微笑んだ。
だけど本当は勝ちたかったんだろうな、とも感じた。

そんな時、対戦相手のグーデリアンが満足そうにやってきた。

「マリー!良い勝負だった!」
「慰めはいいよ」
「いや、慰めじゃないさ!みんな、ユーを讃えてるんだ」

そしてグーデリアンは言った、女性差別をしている訳ではないと。
男ですら非常に過酷で苦しいレースを、体力的にどうしても劣ってしまうルイザにこれ以上強いるような事はさせたくなかったと。
そう思う事自体が差別ではないかとも感じるが、彼は純粋にルイザを心配していたようだ。

だけどルイザは、"夢"がそこにあるのならどんな無茶をしたって飛び込むような度胸のある人だ。
今以上に厳しくて勝利を強いられる事になっても上を望みたいかという問いに、彼女は迷う事なくグーデリアンの手をとった。

一騒動経て、ルイザはトップチームに迎え入れられた。

「マリー……それでいいんだね?」
「当たり前だろ、琉奈


――彼女は選ぶ、彼女が望んできた道を。


その決意に瞬間に立ち会って琉奈は羨ましそうに微笑んだ。

「私……いつかマリーが乗るマシン、調整したいな」
「え!?という事はスゴウはどうするの!?」

リサが驚いたように、だけど何故か嬉しそうに反応した。

「……どうだろうね。私を必要としてくれるなら、どこでも行くよ」

リサとグーデリアンが隣で何やらアイコンタクトをしているようだが、
気にせず琉奈はルイザに歩み寄って笑った。

琉奈、色々と悩みがあったんだろ?」
「あ、わかってた?……うん、でも私もちゃんとけじめをつける。マリーみたいに」
「それが終わったら、だね。期待しないで待ってるさ」
「うん、そうして」

これにより、ルイザが正式にシュトルムツェンダーに移籍する事が決定となった。
来期には新型が配備され、そしてアオイも出場停止処分が解除される。

ルイザは新境地に飛び込む。そして皆も……加賀も、頂点を目指す。
誰もが持つ己の信念の為に。




――……私は、どうする?

私は何を目指す?何の為にメカニックをやるの?



「嫌だ……許さない……許したくない……」

私を踏みにじった男の言葉など、聞くものか。
あの男の過去など知るものか。

「後悔したじゃない……利用されてボロボロになってるフィルを見たじゃない」

アルザード事件を忘れるものか。
いくらトップドライバーである彼だって、きっとそうなる。

「加賀さんが危険な目にあうってわかってるのに、それを容認したら……結局私、昔と同じ事を繰り返すだけになる」

何度も言い聞かせ、自身を律して。
絶対に引き摺られないと、迫る罪を振り払いながら。

「この道は間違いに決まってる。どうしてまた罪を犯さなければならないの……!
人を殺してるんだよ、あれは。今度は加賀さんを殺すつもり?」

いつだってあの男の口車に乗せられていた、今回だってそうに決まってる。
あいつは私を利用する事しか考えていない。


――「兄さんの理論は間違っていない」――


「絶対に嫌だ……誰があいつの為なんかに!」

闇雲に駆けだして、吐き捨てた。
たとえこの"頼み"が本気のものだとしても、どうしたってドライバーの命が危うくなる。


――「君はメカニックとして何を望む?」――


――「頼む」――


――「あれがある限り、俺は終われない」――


「…………終われないのは、私も一緒か……」


ふと、思った。
私が賛同しなくても、恐らくあの男は彼にマシンを渡すだろう。

そして、命を危険に晒してでも彼がハヤトに勝ちたいと望むのなら。
恐らく受け取るのだろう。全てを賭けてでも、戦うのだろう。

ならば、彼を生かそうとするのもまた1つの道ではないだろうかと。
バイオコンピューターの事をある程度は知ってる自分が調整した方が、生還率は高くなるのではないか。

他の人間が、あの危険なマシンを扱うくらいなら……


「……馬鹿なのは……私だ……」


いつまで経っても抜け出せない。


――勝たせてあげたい。


そう浮かんだ願望は一体誰へのものか、自分でもよくわからなかった。











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ルイザとグーデリアンの騒動、こんな感じで終了。

短めです。
読み手にとってはもしかしたら「あれれ?」な方向に向かってるかもしれませんね。