「ごめん、アスラーダ」
もう何度その言葉を口にしただろう。
泣き出したい程に胸が詰まって、罪悪感ばかりが押し寄せる。
もう戻れない、もう帰れない。
夢を捨ててまで、自分は何処に行こうとしているのだろうか。
「……父さん、親不孝でごめん」
アスラーダは"父"だと以前にも感じた。
確かに形見なのだから認識は間違っていない。
いくら自分達で新しいシステムを構築したとしても、これが"アスラーダ"である以上どうしても固定観念は消えない。
純白のボディに手を滑らせて、その感触を忘れないように記憶に刻み込む。
自身が最も愛したマシン、そして家族のような大切な存在。
「父さんの背中を追いかけるのと、父さんに挑戦してみるのと……どっちが正しいのかな?」
スゴウという平穏を抜けてまで、父と対抗する道を選んだ。
真っ向勝負してみたらどうなるのだろう、そんな興味が湧かないと言ったら嘘になる。
「自分の腕を試したいって言ったら……怒る?」
"アスラーダ"に勝てる見込みがあるのは、おそらくあのマシンだけ。
一度だけでいい、父を越えてみたかった―――
12・再会
「聞かないんだね、何も」
琉奈の突然の宣言により他クルー達には激しく問い詰められ、親友のリサには何故か非常に残念そうにされた。
幼馴染みはあれからずっと不機嫌で事務的な用件以外は避けるように行ってしまう。
あすかは「本当に行くんですか?」とだけ、寂しそうに呟いた。
だがハヤトは詳しくは何も聞いてこないし、態度すらほとんど変わらない。
琉奈がいなくなってもいいと思っている訳ではない事は長年の経験から読み取れるが、
それはそれで此方が気になってしまうというもの。
むしろ、なじってくれるぐらいが丁度良いと思っている。
だからついに琉奈から口を開くと、本当の弟のようだった青年はくすりと笑った。
「僕が言って留まる琉奈さんじゃないでしょ?修さんが止められないのなら、僕にできる訳がない」
「あはは、そうかもね……」
ハヤトの方が大人だったようだ。
決まってしまった事だからと彼は贖おうとせず、受け止めようとする。
いつの間に、こんなに成長してしまっていたのだろうか。
(でも、それはそれで心配かも……)
嫌だと騒ぎ立てず冷静に振る舞おうとするハヤト。
いつか大事なものすら取りこぼしてしまいそうに感じたが、もう琉奈にはどうする事もできない。
あっという間に幾度かのレースが過ぎ去っていった。
琉奈が悩んでいる間も、そして決意を固めた後もアスラーダは安定して勝ち続けた。
獲得したポイントでハヤトは既にチャンピオンになれる事が決まっている。
そして残すは最終戦のみ、明日の決勝が終われば琉奈は此処を立ち去る。
「……ごめんね、ハヤト」
「いいえ、琉奈さんは琉奈さんの道を進んで下さい。
そりゃ寂しいですけど、永遠の別れじゃないんですから」
「……うん」
別れを惜しんでいるのは琉奈の方だ。
自分よりも身体的にも精神的にも大きくなってしまった弟を見上げるが、直視できなくて目を伏せた。
「私はね、この先何があってもハヤトとアスラーダが……スゴウが好き。それだけは覚えておいて」
「……はい」
たとえライバルチームに行ってアスラーダを負かす側に回ったとしても。
「最終戦……必ず琉奈さんに勝利を贈ります。それが僕にできる最後の事だから」
「うん、楽しみにしてる」
琉奈はふわりと笑顔を作るとハヤトを抱き寄せた。
前にもこんな風に抱き締めたなぁ、なんて思い出しながらまた笑みを漏らす。
「色々あったね、貴方も私も……でもハヤトはいつだって夢を与えてくれた、最高の弟だよ」
だからありがとう、そう言葉にすると苦笑が聞こえた。
「苦しくても悩んでも、最後には幸せになってね?」
「……琉奈さんこそ、僕に道を与えてくれた。だから僕はここにいる」
買いかぶりすぎだと言いたかったけど、今はハヤトの優しさに甘えて頷くだけに留めた。
「遠くに行っても、そのままの琉奈さんでいて」
「うん。家族だもんね、またいつでも会いに来る」
「琉奈さんは本当にポッと帰ってきそうだからなぁ」
「はは……そうかもしれないね」
遠くない未来で再会するだろうとは、とても言えない。
「さてと、ハヤトはもう休んだら?」
「ええ、わかりました」
「私はもう一回マシンを見てくるよ」
これが最後になるから、そう呟くとハヤトは一瞬だけ悲しそうな顔をした。
それでも彼は表情を柔らかくさせると、真摯な目で微笑んだ。
「……今までありがとう、琉奈さん」
その心からの言葉が、琉奈の視界をにじませた。
―――『スゴウの風見ハヤト、トップでチェッカーを受けた!!』
一際大きな歓声が沸き起こる。
サーキットというフィールドの中で光を反射し、青く輝くアスラーダ。
再びチャンピオンとなって目の前を風になって消えていく。
彼らはもう負けない。
父達の理想と私の夢を乗せて何処までも走り抜ける。
……ああ、もう追いつけないほど。
だけど彼らはそれでいい。
思わず笑みを浮かべて、眩しさに目を細めた。
そして琉奈は、スゴウのユニフォームを脱いだ―――
伊豆のスカイラインを越え、景色の良い峠も過ぎた先。
一台のバイクが、その乗り手の心情を表すような低いエンジン音を連続的に唸らせる。
幾重にも分岐する小道を進み、
存在を隠すかのように生い茂る森を抜けた向こうに、豪華な作りの屋敷がある。
かつて教えられた道のりを再度迷わず辿れる自分を恨めしく思いながら、女はバイクを降りた。
重低音を聞きつけたのだろう、男が余裕の笑みを浮かべて玄関から現れる。
――できれば、もう二度と巡り会って欲しくなかった再会。
「やあ、来てくれると思っていたよ」
待っていたよ、と本気かどうかもわからない世辞を並べる男。
だが女はその眉間の皺を寄せて睨み付けるばかり。
「別に、あんたの為じゃない」
毛を逆立てた猫に、名雲は満足そうに笑った。
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ようやく終わりました。
しばらく悩みっぱなしだった間章でしたが、ギャグっぽい要素も入れられて満足しています。
次からはついにSIN編です。