翌日、2人で話し合いたいと琉奈が申し出ると、
同じ気持ちだったようで加賀からすぐに了承の返事が来た。

場所はアオイの本拠地でもある富士岡サーキットが一望できる高台。
ざわめく心情を表したかのように降り注いでいた雨は上がり、
眩しい朝日を身に浴びながら琉奈はバイクを走らせた。

待ち合わせの時刻には大分早いにも関わらず既に紫のバイクが駐車されていて、
慌てて駆け寄ると鮮やかな緑髪の横顔から煙草の白煙が揺れている。


気配を感じ、僅かに此方を見た彼特有の釣り上がった目は、不機嫌に顰められていた。






2・同じ明日を望みて






「昨日は……すみませんでした」

ふて腐れたように柵にもたれる加賀に近寄るなんて事はできず、
少し離れた位置から恐る恐る背中に声をかけた。

"加賀の為にスゴウを辞めた"、そういう表現をしたが彼はそれを良く思ってないに違いない。

「昨日は余計な人がいたので全部喋れませんでしたけど……此処でなら、何でも答えます」

彼がはっきりとあのマシンを拒否するのなら、それは仕方のない事だ。
ならば怒りでも軽蔑でも全て受け止めなければならない、それだけの事をしたのだから、と琉奈は決意して来た。

(いっそ、そうしてくれた方が良い……)

身構えている姿を視界の端で捉え、加賀は苛立ちを隠さずに煙を吐き出した。

「スゴウはいいのか」

呟かれたのは琉奈の身の事だった。
虚を突かれて返答が遅れたが、思っている事を素直に口にした。

「……スゴウの人達は、たぶん許してくれないと思います。だって少し前までアスラーダを作ってた人間が、
突然アスラーダに対抗する側に回ったら、裏切りって事ですよね」

わざわざシカゴまでやって来た時もこの問題で悩んでいたと、加賀は思い返す。
彼女はスゴウゆかりの人間、そして見た目にもスゴウを心から愛している様子だった。
その背中を少しなりとも押したのは自分でもあるし、彼女が決めた選択には何も言う気はない。

辞めてしまった後でも全く後悔がない訳ではないのだろう。
だが古巣からの中傷を受けてでも、彼女は敵となる事をよしとしたのだ。
何故彼女が、そこまで"凰呀"に固執しているのか。
名雲と一緒にいた彼女の様子を目の当たりにして何となく理解できたが。

「アスラーダとの決着はもう付いたから、いずれ離れようという気ではいたんです。
だけど凰呀の存在を知ってしまった。だから今度は本当の意味で全てを見届けよう、そう思ったんです」

名雲柾の理論は本当に間違っているのか、そして名雲京志郎という男が答えを出せるか。
それにはスゴウにいては見極められない、さらにバイオコンピューターの危険性を少しでも緩和させる為に。

「俺があのマシンを受け取ると見越していたのか。随分と見下されたもんだな、お前にもあいつにも」
「……すみません」
「俺が凰呀でアスラーダと戦う、全部それ前提の話じゃねぇか」
「……はい……」
「負ける事も予想通りだったってか?ふざけやがって」
「負けて良かったとは思ってません。だけど勝てないだろうとは、薄々……」

次第に強くなっていく口調に琉奈は謝る事しかできなかった。
「本当に身勝手ですみません」と、何度も顔を歪めて。

「……あの男は多分、それでも加賀さんが勝ちを望んでいるとわかっていたんだと思います。
罪も背徳も振り切って、私と名雲さんの答えを見つけてくれる人は加賀さんしかいなかった。
だから、加賀さんに託すしかなかった……!」

だが加賀が振り返る事はなかった。

何本目かわからない煙草に火を付け、呼吸を繰り返して加賀は眼下に広がるサーキットを見つめていた。
風が彼の自慢の三つ編みを揺らし、長い沈黙を引き立たせるようにさわさわと鳴いた。

「……本当は、俺の為じゃねぇんだろ?」

だからわざわざ呼び出したんだろ、と少し怒りを治めた目がそう語っていた。
ようやく直視できた彼の明るい色味の目は、琉奈達に対する侮蔑心は含まれておらず、
冗談じゃないと縁を切られる事まで覚悟していた琉奈は内心ではかなり安堵していた。
人一倍プライドの高い彼の事だ、偽善じみた助けなんかいらないと突っぱねられるかと思っていたのに。

(これだけあの男の肩を持てば、誰だって気付くよね……)

申し訳なさそうに僅かに苦笑して見せ、琉奈は秘めていた全てをさらけ出した。
全身で受け止めようとしてくれている、兄貴肌である加賀に報いる為にも。

「救って欲しい人がいるんです」

真っ直ぐな瞳で、お願いしますと呟いた。

「あいつか?」
「…………はい」

だから昨日のあの場面では本心を言えなかったのだ。
こんな事を思っているなんて、間違ってもあの男には知られたくない。

「馬鹿な事だと思ってます。でもこれがあの人にとっても最後のチャンスなんです。
凰呀で過去と決着を付けようとしてる、だから……」
「……勝てるかどうかは知らねぇぞ」

それは、凰呀に乗る事を了承する言葉だった。
歯車が回り始める事を予感した琉奈は、感謝と謝罪の意味を込めて静かに頭を下げた。

「いいんです、あの人にとっては多分負けても。凰呀がある限り終われない、だから終わらせて下さい」

今度こそ私も終わらせます、琉奈が確かな声色で告げると。
加賀は呆れにも似た溜息を付き、幾分か穏やかな表情で見つめてきた。

「何故かと聞くのは、野暮か」

何もかもわかりきった目に琉奈は思わず笑みを零した。
それは恐らく、自分に対する嘲笑だった。

「……憎んで憎んで……そのまま憎み続けていられたらよかったのに」


――どうして、こんなにも歪んでしまったのだろう。















「それじゃ、凰呀は君に預けるよ」

最終的に加賀に受け取られる事になった凰呀を輸送する為に、琉奈は再び伊豆の邸宅に来ていた。
加賀が下した判断をさも当然と笑った名雲は、やはり変わらず余裕の表情だった。

「これでまた君と僕が共犯になる訳だ」
「……加賀さんは死なせない、絶対に」

真実から目を背けてマシンを完成させてしまった罪。
だけど今度は全てを知った上で加賀に手を貸し、援助する。
以前よりも更にタチの悪い罪だとわかっている。

「僕だって別に加賀君を死なせる為にこれを渡すのではないさ。
彼なら乗りこなしてアスラーダに勝てる、そう信じているからの行為だよ」
「あんたから"信じる"なんて言葉が出てくるとは思わなかった」

胡散臭さ極まりないと不審に眉をしかめた。
だがその表情すらも楽しんでいるかのように名雲は飄々と笑って続ける。

「凰呀を生かすも殺すも君と加賀君次第だ。細工なんて一切ないから、本当に腕だけの勝負になる」

君の好きな"レース"というものができる、と皮肉を込められて。
此方の神経を逆撫でする言い方に一々反応するのにも何だか疲れ、琉奈は勝手にしろと思った。

「だから自由にするといい。凰呀は、君達になら手を貸すだろう」
「…………」
「健闘を祈る」

思わず振り返れば、名雲の笑みが僅かに消えていた。
最後の最後で本心を口にする、本当に嫌な奴だ。

("頼む"って、また言われた……)

素直に頷きたくなくて、琉奈は目線を強めて男を睨み、そして立ち去った。
きっと名雲には伝わっているだろう、琉奈が言いたかった言葉の全てが。

だから余計な会話など必要ない、自分達は共犯者なのだから。


――これが最後の、執着だ。











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2話使って凰呀は加賀さんに渡りました。