「お前ぇもあの野郎も、やっぱ俺を殺す気だろ?」

冗談に聞こえない言葉に琉奈はただ苦笑を浮かべるしかなかった。
疲れ切ってマシンを降りた加賀が忌々しい表情で深い溜息をつく。

「それで、どう捉えた?」
「……凰呀の性能の方が上だと感じました」
「ま、そうだろうなあ……」

突然行われる事になった凰呀のテストに同行し、アオイのクルー達に疑惑の目を向けられながら、
さらに今日子からは隠れるように加賀の走行を見ていたが、
あれではどちらが走らされているかわかったものではない程のレベルだった。
プロのドライバー、それも数々のレースを経験しトップ級の腕を持つ加賀ですら振り回されていた。

充分に暴れ回った後で静かに眠る凰呀を見下ろし、加賀は途方に暮れた。

「どうにかなる代物じゃねぇぞ、これは……死者が出るのは当たり前だろ」
「操作性もかなりシビアにセッティングしてありましたから……」
「到底グランプリでなんか走れる訳がねぇ」

まるでサイバーシステムを切って走行しているように安定しない車体。
これでは他マシンと争うどころか、完走すらできそうにない。

(どうしろってのよ、こんなマシン……)

とんでもないマシンを託されたものだと琉奈は毒づいた。
確かに制作には携わっていたが、細かなセッティングやプログラムには関わらせてもらえなかった。
だから当時はこんなモンスターマシンに仕立て上げられているとは思いもせず、
数年ぶりに見た凰呀のシャシー、完成された"名雲柾の芸術"に琉奈ですらお手上げ状態だ。

やはりデチューンするしかないのかと思案していると、ふとテスト中の事を思い出した。

「……一度、ウィングが展開して綺麗にコーナーが曲がれた時がありましたよね?
あれは加賀さんの操作ではないですよね?」
「ああ、何だか知んねぇけど勝手に起動しやがった」

上手く減速できなくて滑るようにコーナーに突入していたが、その時だけは違った。
スピードの出し過ぎかと思われていたのに、見た事もない修正をして曲がりきったのだ。

(そうか、もう勝手に搭載されているのか……)

完成系とはそういう事かと、琉奈は一人で納得してしまった。

「……凰呀の判断ですね、それは」
「何だと?」
「多分、凰呀には正確なコーナリングがわかっているんだと思います。
進入角度や速度など、ある条件が揃ったから凰呀が判断し動いてくれたんだと……」
「な……っ」
「既に凰呀は持っているんです、コーナーを制する為の技術を。それこそアスラーダが生み出した技と同じように」

加賀の顔色はみるみるうちに怒りに転じた。
自分が意図していないのにマシンが勝手に判断する、それはドライバーとしては屈辱的な事だろう。

「なら何か!?俺はこいつに踊らされてるってのか!?
こいつの意に沿うようにハンドリングすれば、こいつが走ってくれるってか!?」
「……これが完成系と学習型の違い、なんですね。
ドライバーが的確な操作をして、そしてシステムがドライバーを補助しベストなコーナリングを行う。
それをハヤトとアスラーダは長年かけて見つけ完成させた」

彼らでなければ絶対に見つけ出せなかっただろう、新たな勝利への道。

「ハヤト達は様々なコーナリングを編み出してきました……イナーシャルドリフトに、リフティングターン、
それらはドライバーとシステムが共存しあって生み出された、確かに"アスラーダプロジェクト"の賜物」

人とマシンが融合、すなわち心を一つにするという事。
それが風見広之が提唱した理論の形。

「だけど凰呀は違って初めからベストを知っているんですけど。
凰呀が勝手に走るという訳ではなくて……ドライバーがそれを選んでくれるのを、静かに待っている気がします」

凰呀とアスラーダの決定的な違い、それは絆だ。
人間と機械の間に信頼も何もないはずだが、やはり長年乗っていればマシンの特徴というものがわかる。
そして"このくらいの操作をしてもマシンが応えてくれる"だろうという、信用を抱けるようになる。

だが、凰呀との間には何もない。
ただ冷たく任務をこなすような、淡々とした精密機器を思わせる。

彼の声が、聞こえない。

「だがどうしろってんだ!?喋らねぇじゃ、どう走ったらいいのかもわかったもんじゃねぇ!」
「システムやハード面に関しては何とかできますが、操作技術などの事になると……それは私では……」
「チッ……!」

すみませんと、苛立つ加賀に頭を下げる。
琉奈ですら凰呀が考えている事がわからないのだ、物言わぬマシンの意思を理解する事など無理な話だろう。
加賀は闇雲に頭を掻き、諦めたように明後日の方向を見て呟いた。

「しゃあねぇなぁ……あいつ呼ぶか」
「あいつ……?」
「口煩いが、そういう事に関してはプロだからな」

そして数日後、琉奈の師とも呼べる人が嵐のようにやって来た。






3・機械の心






琉奈です。昨シーズンまでスゴウグランプリに在籍していました、よろしくお願いします」
「あ、貴女……!」

案の定今日子は驚きを隠せない表情で琉奈を見つめていた。
昨年、彼女とは拘置所で逃げるように立ち去って以来、顔を合わせても互いに微妙な空気が流れていた。

だけどこれからは違う、臨時雇用ではあるが正式にアオイの一員になるのだから。

「どうして……」
「俺が引き込んだんだよ、グレイ達と一緒にな」

フリーで暇そうだったからな、と加賀は付け加える。
あえて真実を言わないでいてくれる姿勢に琉奈はただ感謝の気持ちを抱くばかりだった。
だから琉奈の位置は、加賀に呼び寄せられたグレイ達の同行者として認識された。

「加賀さんに優勝してもらう為に来ました」
「……ええ、よろしくね、さん」

思う所は色々あるのだろう、だけど今日子は思惑を振り払うようにして琉奈と握手を交わした。
これからはアオイZIPの仲間になるのだ、今は余計な事は訊かないでおこうという配慮だろう。

社長である今日子との関係が微妙であるから、クルー達と打ち解けられるか少々心配していた琉奈だったが、
自己紹介を済ませると彼らはこぞって興味津々に新入りメカニックに迫った。

「君、前にアオイのピットまで乗り込んできた人だろ?あの啖呵にはビックリしたぜ!」
「ええ……あの時はご迷惑おかけしまして」
「みきからあんたの噂は聞いていたよ!まさかスゴウから移籍してくるとはなあ!」
「どんな噂か気になりますけど、みきからも色々聞いていますよ。仕事が楽しみです」

滑り出しは好調のようで、人間関係での問題はなさそうだなと琉奈は安堵の笑みを浮かべた。
どうやら女性率も高いようで、新たな手応えが感じられそうだと期待も膨らむ。
ひとしきり質問攻めが終わると、チーフである片桐が意思の強い目で握手を求めてきた。

「一緒に仕事ができて光栄です」
「こちらこそ、片桐チーフ。アオイを支える名職人の方と肩を並べられて嬉しいです。
短い間かもしれませんがお世話になります」
「いえ、よろしくさん」

いつも隣のピットで見かけていた人と仕事ができる事に琉奈は喜びを感じていた。
あまり目立たないが彼がいてこそアオイのマシンはいつもベストな状態でいられるのだろう。
堅実に、そして確実に仕事をこなす彼とは一度ゆっくりと話したいとも思っていた。
彼らは純粋に加賀を支えようと意気込んでいて、案外上手くやっていけそうだと琉奈は安心感を覚えた。

ひとしきり挨拶を終えた後、改まった姿勢でヒョコヒョコとグレイの傍へ寄った。
彼が此方へ来た時にもう済ませていたが、もう一度きちんと言っておくべきだと考えたからだ。

「グレイさんもありがとうございます……わざわざ凰呀の為に」
「ああ?んなもん、あの馬鹿がどうしようもねぇ乗り方してるからだ」

スゴウを辞めると言っていた琉奈が此処にいても、凰呀と一緒であってもグレイは別段驚く事もなかった。
出向いて来てもらった申し訳なさで今も頭を下げたが、彼は"加賀が悪い"のだと言い琉奈を責めない。

「こいつが、ずっと気になってた奴だろ?」
「……はい……こんな危険なマシン、一度は振り切ったつもりだったんですけど」
「見捨てられなかった、それだけの事だ」
「…………」

過去の事を知ってる訳でもないのに何故そこまでわかるのかと、琉奈は半ば放心状態でグレイを凝視した。
するとそれさえも伝わったのか、彼は深く眉をしかめる。

「ふん。出来が悪いが愛しい子供を見る親みてぇな目しやがって」
「っ……そうかも、しれないです……凰呀の開発に関わってましたから」

親、言い得て妙な表現だと思った。
そう言われるとそんな感情を抱いているのかもしれない。

凰呀は琉奈の罪そのもの。
見ると複雑な気持ちになるが、だからといって壊す気にはなれなかった。

「いつも思ってたんです。どうして私はアスラーダではなく凰呀を選んだんだろうって……」
「そりゃあ当たり前だ、お前はこいつの親なんだから見放せる訳がねぇ。
どんな親だって子供が羽ばたくのを傍で見ていたいし、支えたいとも思うのが普通だろ」
「……そうですね」

ストンと、何かが胸の穴にはまったかのようだった。
親心、今自分が凰呀に対して持っているのはそんな気持ちなのかもしれない。

「どんなマシンでも生きてるんだ。だったら勝たせてやるのが親の務めだろ」
「はい」

躊躇いや戸惑いを持っていた琉奈だが、今ははっきりとグレイを見返していて。
微かではあるが強さを帯びた瞳で、湧き上がった願いを口にする。

「……一度でいい、凰呀を勝たせてあげたいです。加賀さんと一緒に」
「ああ、しゃあねぇから協力してやるよ」

そっけない態度でも言葉はとても優しいもので、琉奈は頬を緩ませて頷いた。


ただ勝利の為に、それだけを目指して。











凰呀を扱えるようににする、それがまず最優先課題だった事から第2戦は欠場という判断を取った。
ポイント云々の話よりも、まずレースとして成り立つ状態にする方が先決だった。
まともに走れなければ優勝、もっと言えばハヤトと対決するどころの話ではないからだ。

「そうじゃねぇつってんだろ!もっと踏み込め、この馬鹿!」

指導を引き受けたグレイの激しい喝が飛ぶ。
インカムで答える加賀との、あまりにも乱暴な口喧嘩にアオイクルーは皆唖然としている。

「そこは3速まで落とせっつったろ!!」
『やかましいわこのクソ親父!一々んな事考えて走ってられるかよ!』

琉奈はグレイの特性を良く知っていたからさして驚く事ではなかったので、
相変わらず仕事の事になると頑固で恐ろしい人だなぁ、と苦笑しながらモニターを見つめた。

グレイの言葉は確かに的確であったが、状況は一向に改善されなかった。
加賀には既にドライバーとしての長い経験があり、マシンを操る動作は体に染みついているはずだ。
それを暴走マシンの制御もしながら意図的に変えようとしても、そう易々とできるものではないのだろう。

埒が明かない状況に大きな溜息が聞こえ、凰呀がピットに戻ってきた。

琉奈、そっちのレベルは下げろ」
「はい」

グレイの指示通りに工具を一心に回す。
琉奈にとっては見知ったシャシーの並びであるが、
アオイのクルー達は凰呀のセッティングに慣れていないようで、そういう時はまた怒号が飛んだ。

「そうじゃねぇだろ、この馬鹿!
マシンってのはなぁ、女の子のハートみてぇにデリケートなもんなんだ!」

(懐かしいなぁ……昔、そうやってよく怒られたなぁ)

修行時代に何度も経験した言葉に琉奈は内心で笑った。
あんないかつい顔と図体なくせに言う事が繊細なのだ。

琉奈!何だその腑抜けた力の入れ方は!もっと体で回せ!」
「は、はいすいませんっ!」

とばっちりを受けて工具を落としそうになった琉奈は慌てて作業に集中する。

細かいセッティングは片桐とグレイで加賀の癖を話し合いながら決められる。
どこをどうしたら車体が安定するか、加賀がハンドリングしやすくなるか等、マシンの事はやはりメカニックの腕次第だ。
琉奈は彼らに劣らぬようにと、今までの経験を生かしながらひたすらマシンと向き合う。

(少しでも加賀さんに馴染むようにしないと……)

まだまだ二人は出会ったばかり、互いが理解できず衝突するばかり。
精一杯努力しているが、この調整でどれだけ二人が近づけるか先行きが不安だと琉奈は独りごちた。


だが次のテスト走行で、加賀は見違えるように凰呀を物にしていた。
まだ何度も振られたりもするが、それでも最初のテスト時とは比べものにならなかった。

「凄い……普通に走ってる」

それが琉奈がようやく漏らした感想だった。
しかし何故急にこんなに変わったのか、それに気付いた琉奈はグレイとほぼ同時にフィルを振り返った。

「お前ぇ、あいつに何て言った?」

グレイの呟きにフィルは両肩を持ち上げた。











「ありがとう、フィル」

グレイの手伝いで片付け作業をしていた所を、こっそりと声をかけた。

「フィルでしょ?加賀さんにアドバイスしたの」

休憩中に加賀とフィルが話をしているのを見かけた。
あれだけ困難を極めていたのに凰呀の走り方が変わったのは、恐らくそのおかげだと琉奈はすぐに直感した。
逆に言えば、的確な助言ができるのは彼ぐらいしかいないのだ。

凰呀の事情を知らないはずなのに、微笑んだ表情は全てを悟っているようだった。
いや、もう気付いているのだろう。

「システムに関してはほとんど琉奈さんが説明してたみたいだから、僕はちょっとしたコツを教えただけさ」
「コツ?」
「経験者である僕からの、バイオコンピューターとの向き合い方をね」

フィルは何でもないといった調子で柔らかく答えたが、彼にとっては凰呀は自分の人生を狂わせた元凶なのだ。
加賀にアドバイスしてくれたのは助かったが、それは嬉しくない経験があったからなのだと思うと、
琉奈は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「……ごめんね」

アルザードに乗るフィルにも散々止めろと言ったし、完全に断ち切るつもりでいたのに、
結局自分がまたバイオコンピューターを引き連れてきてしまった。

苦渋の表情を浮かべていると、優しい苦笑が聞こえた。

「でも今回は僕の時みたいな小細工はないんでしょう?」
「それは、ないけど……」
「だったらアルザードとは違う。凰呀は味方になってくれるかもしれない、そういう話を加賀にもしたんだ」

ならばあの見違えるような走行は、加賀が凰呀に歩み寄った結果だったのだろうか。

「だからそんなに謝らないで琉奈さん。僕だって、自分なりにこの結末を見届けたいんだ。
僕が使いこなせなかった、バイオコンピューターの可能性を」
「…………」

琉奈はさらに顔色を曇らせて悶々と考え込んでしまっていたが、
対照的にフィルがすっきりした笑みで此方を向くので、何とか口角を上げてみせた。


――バイオコンピューターに、凰呀に、可能性なんてあるのだろうか。


琉奈さんはどう思う?凰呀は加賀を受け入れると思う?」
「…………」

あれが本当に名雲柾が提唱した"人とマシンの真の融合"の完成型ならば。
ドライバーを使役させるのではなく、分かり合う事のできるシステムならば。

「……わからないけど…………信じて、みたい」
「そう言うと思った。本当に不思議な人だね、琉奈さんって」
「え……?」

どういう意味なのか、それは笑顔ではぐらかされて教えてはくれなかった。


凰呀は、まだ生まれたばかりだった。











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長くなりましたが、アオイチームと合流。

何度も見舞いに行ってる間にフィルとは随分仲良しになってます。
ヒロインは凰呀を選んだ負い目があるので、これ以降もずっと暗いと思います(笑)