希望を胸に秘めていた琉奈に知らされたのは、
嬉しいような哀しいような……複雑な思いになるものだった。

散らばる、修理中のアスラーダの欠片が頭によぎり、静かに目を閉じた。


これを聞いたら彼はどう思うだろうか、そんな事ばかり考えながら。






3・決められていた選択






「婚約だと!?」

修だけが驚いたように席を立った。

ハヤトとあすかが呼んだのは琉奈の他に修とクレア、さらに菅生幸二郎と車田鉄一郎、
そしてイギリスからハヤトの母親も急遽帰国していた。

家族ぐるみの付き合いをしている一同が勢揃いしているから何事かと思いきや、
ハヤトはそこであすかと婚約した事を告げた。

「まあ、素敵だわ!おめでとう、あすかさん」
「いやあ、そうかそうか!よかったなハヤト!」
「本当にこんな事になるなんて……!」
「…………」

皆が口々に祝いの言葉を述べている間、琉奈は何も言えずにいた。
それは放心していた修がみるみる顔色を変えているのがわかっていたから。

「父さん!本気なんですか!」
「無論だとも、ハヤト君のどこに不満がある?ガッツもある、根性もある。いい青年じゃないか」
「冗談じゃない!俺は反対です!」

祝いの場が一瞬で凍り付いた。

(でた……修さんの反対グセ)

だけど今回の事は琉奈も、あそこまで反対しないまでも修と同意見だった。

「兄さん……っ」
「お前たちは若すぎる!まだ子供と言ったっていい歳なんだぞ!」


そう、ハヤトはまだ16歳だ。
こんなに早くなくてもいいじゃないか、とは思う。

(……どうしよう、修さんの古風で生真面目な性格が少しうつってる気がする……)


「それにハヤト!グランプリはどうする気なんだ!」
「レースは……」
「2年連続のチャンプになったからと言っても、お前などまだまだなんだ!
ドライバーとしてこれからが大事な時期だと言うのに、婚約だなんて浮かれている場合か!」

修が頭ごなしに怒鳴りつけると、あすかはムッとして声を荒げた。

「何よ!兄さんなんて一度もチャンピオンになった事ないクセに!
それにね、ハヤトはもうレースをやめるの!そんな事、もう関係ないの!」
「え……?」

それには琉奈も顔を上げた。


ハヤトがレースをやめる……?
それじゃあアスラーダはどうなるの?
あのサイバーシステムはもう既に機械なんかじゃないのに……放っておくの?


「……本当なのか?」

ハヤトはしばらく考え、そして頷いた。
それは琉奈にとってもショックな事であり、修と同じように茫然としていた。

それはそうだ、修にとっては去年、視神経の怪我で失明する事もいとわず、
残されたドライバー人生を全てハヤトの為だけに差し出したのだ。
あれだけ厳しい言葉を浴びせたのも、レースで卑怯な真似をしてみせたのも、
ハヤトが真に強いチャンプとなる為の修なりの優しさであったのに。

それを……ハヤトは婚約と引退で裏切ろうとしている。
レース誌でシューマッハの言動を知っていた琉奈にも、修の性格を考えるとそれぐらい予想できた。

「兄さんこそフラフラしてないで、早くクレアさんと婚約しないと誰かにとられちゃうわよ」
「あら、しょうがないわよね。修さんモテるから」
「兄さんが?」

クレアは嬉しそうに笑った。
この中で一番恐ろしいのがクレアだと琉奈は確信した。

「ええ、イギリスにもドイツにもスペインにも、恋人がいるのよ。
若いうちにはたくさんの人と付き合うのが大事なんですって」
「へぇ……」

琉奈はドスのきいた低い声で修を睨んだ。

「クレア、何もこんな所でそんな事……!」
「そんな人だったんだ修さんって……最低……」
「な、お前まで何を言うんだ琉奈!」
「本当なのか修?」
「いえ、その……っ!」

菅生の一声でさらにあたふたする修を笑い、一同の雰囲気は何とか和らいだ。

「……修さん2人が若すぎるという事はごもっともだと思います。でも……」
「2人で考えた末に決めた事なんだよ、どうか祝福してやってくれないか?」
「………」

ハヤトの母親と菅生に説得されても、結局修だけは最後まで了承しなかった。











「ハヤト、あすか、婚約おめでとう」

一同が解散した後、琉奈は2人に改めて祝福の言葉を述べた。

「ありがとうございます琉奈さん。
本当はもっと早くに、琉奈さんには言っておこうと思ったんですけど……」
「まぁ、いきなり言われてさすがに驚いたけどね」

2人と自分の分の紅茶を淹れ、ゆっくりと飲んでは息を吐いた。

「……婚約はいいと思うよ、遅かれ早かれそうなると思ってたし……」
「やっぱり……琉奈さんも引退する事に反対ですか?」

手放しで喜んでいない琉奈に、ハヤトは紅茶の波を眺めながら苦笑した。

「ん……反対はしないよ。でも、ハヤトはそれで良いのかなって」
琉奈さんも結局は兄さんと同じ事言うのね。 何だかんだ言って兄さんと琉奈さんって似た者同士だものね!」
「それはあんまり嬉しくないけどね」

あすかは痛いとこ突くなぁ、と琉奈は言葉を濁す。
……頑固な所はたぶん似た者同士だろうと、一応自覚はしている。

「これからどうするの?」
「……普通の生活をしようと思います。もっと学校にも行って、普通に遊んで、 それでレース以外の夢を探そうと思うんです」
「……そう」
「レースは……もう十分、やったと思うから……」


デビューしてからハヤトは栄光と挫折、友情と愛情、そして死に至るほどの事故を経験した。
普通の人間が何十年とかけて妥当な人生を見つけていくというのに、
ハヤトは誰もが夢見る頂点にいきなり2度も昇りつめてしまった。

普通ならばありえない。
でもそれを可能にしてしまったハヤトにとって、
もうその世界は十分だと満足した気になるのは致し方ない事かもしれないけど。

……でも、婚約に逃げている気がした。


「いいんじゃない?まだ若いんだし、何でもやってみるといいよ。
ハヤトはずっとレースばかりやってたんだから、普通の楽しみを知る事も大事だよ」

琉奈はあえて明るく振る舞った。
確かに少しレースから離れて、何が本当にやりたい事かを見極めるのも大事だと思う。

「私だって荒修行の為にチームを渡ってるうちに色々と経験したよ?
良い遊びとか悪い遊びとか、それこそ子供達には言えないような事もね」
「いいんですかそんな事言って?兄さんにバラしちゃいますよ?」
「あ~……それはちょっと困るからやめてね、あすか」

軽く笑いを漏らして、琉奈はハヤトを見つめた。

「ハヤトが本当にやりたいと思った事をやればいいよ。私はそれを咎めはしないし、
もし私がサポートできる事があるなら全力でハヤトに協力する」
「……ありがとうございます、琉奈さん」



……それでも結局、貴方はきっとレース以外では生きていけないはず。

何よりも楽しさと喜びを知ってしまっているから。

ハヤトはもう、「走る」という事を知ってしまったから。


きっと、貴方は戻ってくるだろう。
貴方はアスラーダに選ばれ、もう既にアスラーダなくしては生きられなくなっているはず。
彼は機械ではなく、もはやかけがえのないパートナーのはずだから。











――そして悪夢の年があけた。

相変わらずセカンドチームは空席のまま。
必ずハヤトは戻ってくると信じているみきが、ハヤトの為にセカンドチームに残りたいと告げたので、
代わりに琉奈がスゴウグランプリに参加する事にした。

みきはきっと、ハヤトとアスラーダに自分なりに決着を付けたいと思っているんだろう。
だからアオイからの誘いも断ってスゴウに残留したんだ。
その気持ちを汲んで、私はガーランドのドライバーをサポートしようと決めた。

ハヤトは帰ってくる。
そしてみき達ウィナーズメンバーならきっとハヤトを支えていける。

私はまた私を必要としてくれる人の為に、と。
琉奈はスゴウグランプリのサーキットウェアに袖を通しながら決意を新たにした。












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ZERO編はサクサク進ませます。
本当は書きたいですけど、あまり夢と関係なくなるのでやめときますね。

気が向いたら後から増やします。

……菅生パパを「菅生」と表記すると何か変な感じです。
でも車田さんは「車田」でもおかしくないから、これでいいのだろうか。