荒々しい――彼らの走りを形容するならばこの言葉が適切だった。
華麗さというものは彼らにはなく、まさしく獣のように相手を追い続ける。

第3戦、それが凰呀のデビュー戦。

レースができる程凰呀の扱いに慣れてきた加賀だが、まだ少し振り回され気味なのは変わらない。
今は互いの能力のおかげで個々にレースをしていても意地で何とかトップに食らいつけるだろうが、それではマシンとの溝は埋まらない。

このままでは何よりアスラーダとハヤトに勝てない。きっと、いや絶対に。
彼がハヤトに勝つ事を望むなら、やはりグレイが言っていた通りに"互いにわかり合う事"が必要だと琉奈は思う。


無理矢理マシンを走らせている状態がずっと持続する訳もなく、
レースが後半に進んでいくにつれ車体は何度もふらついたりコースアウトし、そのたびに琉奈は声にならない悲鳴を上げた。
何事もなく終わって欲しい、そんな祈るような気持ちでモニターを見上げる。

あんなモンスターマシンを渡したのは自分、わかってはいたが怖いのだ。
彼が凰呀の3人目の犠牲になるかもしれないと。

(凰呀……加賀さんを殺さないで)

有り余る力を持て余すようにドライバーを振り回し続けるマシンに、懇願の眼差しを向けた。

「信じてやれ」
「っ…………はい」

そんな隠しきれない不安を的確に読み取ってか、ぶっきらぼうに呟いたグレイに琉奈は息を詰まらせた。
弱々しく隣を見遣ると、厳しくも貫禄のある目はモニターだけを注視している。


――「信じてやらなきゃダチにはなれねえぜ」――


スタート直前の加賀への言葉が脳裏に浮かんだ。
あの時も今も、圧倒的な性能を持つ凰呀を信じてやれとグレイは言っている。

(私は、信じてあげられるだろうか……凰呀を)

失意のまま自殺した名雲柾、そして兄とバイオコンピューターに囚われた弟が生み出したもの。
誰からも見放された殺人マシンになってしまったが、元は"人とマシンの融合"を目指した完成型だ。


――あの凰呀に、原型となったアスラーダシステムが欠片でも残っているとしたら。


目の前のコントロールラインを、紫の獣が駆け抜けて行った。






5・仮初めに潜む本性






レースはアスラーダの独走状態だった。

今年GIOと提携したスゴウは長年の課題だったエンジン出力を解消し、
完璧になってしまったアスラーダに勝てる者はほとんどいなくなってしまった。

凰呀と加賀はまだ後方、無敵のアスラーダには追いつけそうにない。
だがトップで周回を重ねた青のマシンは、平素と何かが違っていた。

(アスラーダ……?)

はっきり異常がわかったのはホームストレートから次のコーナー、
ギアを落としたようには見えない進入、そして立ち上がりも悪かった。

「トラブルみてぇだな」
「……やっぱり」

スゴウの異常をいち早く察知したグレイだったが、それでも溜息が漏れる。

「今がチャンスと言いたいが、あの様子じゃあな」

加賀は後方で新条と3位争いの最中、とても追いつける余裕はない。
上手く走れなくて苦しんでいる、そんな風にも感じられる凰呀の挙動。
何度も新条のマシンに挑んでいるが、抜けられない。

「加賀さん……」

無理に追い越す事はできるのだが、制御しきれないマシンがすぐにバランスを失い、その隙にまたライバル達は前方に立ち塞がる。
その状態を見る限り、凰呀は加賀に応えていない。
力があるのに使おうとせずに乗り手を高みから冷視しているような、そんな頑なな暴れ馬。

ドライバーと共闘できない、やはり力だけのマシンなのだろうかと琉奈が目を伏せかけた瞬間。
スピード超過気味で進入したコーナーで、アウト側に膨らんでいた凰呀が突然にイン側へずれたのだ。
それはあまりにも突然で、信じられないような意表を付いた動きで新条を抜き去った。

荒々しくもしなやかなオーバーテイクに驚愕と熱狂が入り交じったアナウンスが場内に響く。
呆気にとられる一同のインカムから聞こえた加賀の悪態で、これが凰呀がやった事なのだとようやく理解できた。

『そうかよ……そういう事かよこの野郎っ!随分とこの俺を馬鹿にしてくれたもんじゃねぇかよ!』
「ちったぁわかったのか、あの馬鹿もよ」
「…………」

凰呀が望むラインまで加賀が踏み込んだ事であのコーナリングが発動したのだろう。
それは凰呀が僅かながらも応えた事になるが、それはドライバーにとっては腹立たしいに違いない。

自分の腕を試され続け、上手くできたら褒美が与えられるような感覚。
彼が怒るのも無理はない。確かに馬鹿にされているような気分にもなる。

(でもこれが第一歩……やっと、互いを認識し始めた)

"マシンの言うなりで走る"感覚が拭えないのは、完成型という特性上仕方がない。
まだ信頼関係も何もない、これからなのだ。

"共闘"という可能性はまだ消えてはいない。
現に苛立ちを隠さない加賀は、その勢いのまま不調のアスラーダとの差を縮めていた。


ストレートで一気に加速し、減速してコーナーを抜ける。
周回遅れやライバル達をやり過ごしながら、チャンスを見つけてブーストを使う。
消耗したタイヤを交換し、燃料を補給してピットから勢いよく飛び出して行く。

その一連の動作が少しずつ安定を見せ、サーキットを疾走する。
それは他のマシンと何ら変わりもない光景。

だが琉奈はその動きに次第に目が離せなくなっていた。

(走ってる……あの凰呀が……)

「どうした?」
「、いえ……」

(あの、忌み嫌われたマシンが……レースをしてる)

半ば放心したように目で追いかけながら、不思議な光景だと思った。
この世に出ることはないと思っていた濃い紫色の車体が日の目を見て、歓声を受けているのだ。
あんなに危険だと、モンスターマシンだと言ってきた凰呀が半人前にもドライバーを乗せて。
乗り手と共にトップへ食らい付こうとしている光景は、まさしくレースそのものだった。

(柾さんと……あの男が目指そうとした頂点に向かって、走ってる……)

優美さや、見る者をうっとりさせるような美しさはない。
だが乱れながらも命を賭けて必死に獲物を追う姿は、確かに輝いて見えた。

「……綺麗だな、と思って」

ポツリと琉奈が呟いた言葉の意味をグレイは正確に理解していた。
眩しいものを見る眼差しで釘付けになっているモニターには、憎らしく思っていたはずの罪の証。

「マシンに罪はねえ。あいつらは走る為に存在してんだ、そりゃ綺麗だろうよ」

分け隔て無くマシンと向き合えるグレイは凄いと思った。
彼には何でもお見通しで、いつも勝てない。

「……マシンは女の子、なんですよね?」
「ああ。高飛車で気まぐれで、だが無邪気で可愛い奴らだよ」

彼のようになれたらいいなと微笑んで、琉奈は猛々しく走るマシンを見つめた。

「……凰呀も、走りたかったんですね……」

マシンが生きている、そんな事を感じた。











結果から言うと、凰呀は初優勝を飾った。
だがハヤトとの勝負には負けた。

アスラーダとハヤトの強さは相変わらず、まだ知り合ったばかりの凰呀と加賀では太刀打ちできる物ではなかった。
何度けしかけてもリフティングターンで抑えられ、決して前を譲らせなかった。
最終ラップでも凰呀を制し、やはり勝てないのかと誰もが感じた直後、ミッショントラブルでアスラーダはリタイアとなった。
そのおこぼれという形で舞い込んできたアオイの勝利。

正直嬉しくない、マシンを降りた加賀からはそんな態度がありありと伝わってきた。
それでも生きて帰ってきただけで琉奈にとっては満足で、
ほっと胸を撫で下ろしながら「おかえりなさい」と控えめに呟くと小さな返事だけが聞こえた。

(ハヤトには負けたから……悔しいよね)

乗り手のいなくなったマシンは今は静かに眠っている。
初めてのレースを戦い終えた凰呀は、今は何を思っているのだろう。
機械だから何も思う訳がないのはわかりきっているが。

「……凰呀も、おかえり」

愛着が湧き始めているかもしれないと自覚した感情を抑え込むように、琉奈はマシンから離れた。

アオイのクルー達は優勝に喜び、すぐさま祝いの準備に取りかかっている。
復帰後の初勝利だ、皆嬉しいに決まっている。
だが加賀の気持ちもわかる琉奈はクルー達の興奮に進んで混じる事はせず、
手伝いに専念しながらパーティーの隅で彼らの笑顔を見守っていた。

「あれ、今日子さんは?」

肝心の人が見当たらないと、誰かがそう言った。
こういう祝い事は真っ先に先導しそうなものなのに、琉奈も同じように辺りを見渡すと、ちょうど此方へ歩いてくる姿があった。

だが彼女の表情が晴れていないのはどういう事か、
そんな疑問を抱いた直後、今日子は優勝トロフィーを地面に叩き落とした。

「―――っ!」

けたたましい硝子の割れた音。
この場に似合わない衝撃に皆が凍り付く。

「どういうつもり!?よりにもよってあの男のマシンを、またこのアオイで走らせるなんて!!」

知っていたのか。いや、ついさっき聞かされたという顔をしている。
激しい怒りの叫びに、誰よりも身を引きつらせたのは琉奈だった。

今日子はその剣幕のまま、つかつかと歩み出ると琉奈の肩を掴んだ。

さん、貴女知っていたのね!?だからアオイに来たの!?」
「……っ!」

後ろめたさと申し訳なさ、罪が露呈してしまった恐怖に思わず身が竦んだ。
上手く言葉にできなくても何かを言わなくては、そう口を開こうとしたが琉奈を遮ったのは加賀だった。

「前にも言っただろう?こいつは俺が呼んだんだ、あいつとは関係ない」

(、加賀さん……っ)

「そんな偶然ある訳ないじゃない!貴女は一体何なの!?何が目的なの!!」
「やめろ!」

アオイのクルーの誰もが固唾を呑んで今日子と琉奈を見ていた。
少し強い口調で止められると今日子は悔しそうに俯いた。

加賀は女2人をパーティーの場から連れ出すと、誰もいないモーターホームへと乗せた。
しん、と無音になった車内で、琉奈は全てを話さなければと決断して。
今日子は高ぶっていた感情を何とか落ち着かせ、だが吐き捨てるように嘆いた。

「貴女、あれが名雲さんのマシンだって知っていたんでしょう!?」
「……ええ、よく知っています。あれは……私が作ったも同然なんですから」
「何ですって……っ?」

琉奈は名雲兄弟の事を話した。
兄と弟の事、そして騙されていた事を。

「柾さんの理論を完成させる為に、あの男は私の気持ちすら利用した」
「それって……!」

今日子にはその言葉だけで充分だった、琉奈がかつて名雲に向けていた感情を理解するには。
だがそれは過去の話のはずだ、なのに彼女はどうして。

「それなら、どうして今あの男の手助けのような事をするの!?
貴女を利用していたんですもの、憎いはずでしょう!?」
「…………」
「凰呀は貴女にとって憎しみの対象なんじゃないの!?」

少し前まではそう思っていた。
いつから自分は、こんなに迷いを持つようになったのだろう。

「確かにアルザードは間違っていました。でも凰呀は……」


――あの暴走する力を勝利の為に、ドライバーの為に貸してくれるのなら凰呀はもしかしたら。


「……わからなくなったんです。レースを見ていて、凰呀にもそれが当てはまるのかと。
あれは純粋に走りたがってる、そう感じたから」
「そんな曖昧な理由であのマシンを走らせたの!?どれだけ加賀くんが危険な目に合うかわかっているの!?」

チラリと加賀を見れば、彼は強い目のまま何も言わない。

「わかっています。あれの危険性は私は一番良く知っています。
だから……加賀さんだから凰呀を預けようと思ったんです」

彼女が怒るのも無理はない。
彼の気持ちを利用して凰呀を選ばせたのは名雲と、琉奈のエゴだから。

(……凰呀で、答えを出して欲しかった……)

そう思う事で、あすかや今日子のように苦しむ人が何人もいる。
わかっているのに、それを押し通そうとする自分が嫌で拳を痛い程握り締めた。

「よく平気でいられるわね!ドライバーが死ぬかもしれないって思わなかったの!?」

何度も思った、今でもそう思ってる。
信じたいのに、本当は怖くて仕方ない。

「道を示したのは名雲さんと私です、長年の答えを加賀さんに託したのも私達です……!
本当にすみません!すみません……っ!」

琉奈は頭を下げて懇願した。
だからどうか、この罪を許して欲しいと。
いや、許さなくてもいいから彼と凰呀を戦わせて欲しいと。

「私はメカニックです。ドライバーとマシンの為に全力を尽くすのが仕事です。
今は……加賀さんに勝ってもらいたい、ただそれだけです……」


――彼が、あの男が、そう望むから。


「加賀さんは死なせません、絶対に。その為にアオイに来ました……だから、このまま戦わせて下さい」


そして、自分の望みの為に。











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詰め込みました。
ヒロイン怒られてばかりですね。

この苦悩がSINらしい(笑)