※この話には18禁相当の性描写がありますのでご注意下さい。
苦手な方はこの話だけ飛ばしてお読み下さい。
まだカーテンの隙間から朝日が差し込む夜明けよりも前。
ふと目を覚ますと、自身の体に男の腕が絡まっている事がよくある。
それは背後からだったり正面であったりするが、とにかくすぐ近くで寝息が聞こえるのだ。
今日は後ろから引き寄せられているようで琉奈の動きは封じられていた。
完全に密着している訳ではないが、相手の体温がじんわりとシーツから伝わってくる。
こっちは窮屈な思いをしているってのに、この手の主は呑気に夢の中にでも堕ちているのだろう。
(寝にくい……)
そう内心で悪態をつきながら琉奈は過去を思い返す。
その昔、同じように身ぐるみ剥がされた状態で横たわっていても、この男がこんな風にした事はなかった。
つまらなさそうに煙草を燻らせ、広いベッドで距離を空けて一人で眠っていた。
一緒に寝ているのに、彼の体温を感じた事なんてなかった。
ましてや、腕なんて。
(無防備な顔……)
何となく腹立たしくなって、起こしてもいいかぐらいに無理矢理に寝返りをうっても、
男はその得意げな目を開けなかった。
じっと、自身を抱き締めるその男の寝顔を見つめる。
湧き上がるのは恨めしさよりも、胸をふわりと温めるような熱。
どうしてこんな男に、今でもそう思う。
だけどこの人がこうやって自分を受け入れ、心に居場所を作ってくれているらしいから、
それでいいかなんて思ってしまうから十分病気だ。
(馬鹿な男に、馬鹿な私だね、本当に)
短くなって普通の会社員のようにも見える髪に手を伸ばした。
普段なら絶対にそんな事はしないが、眠っている時ぐらいにしかできないから。
男にしては若干柔らかい手触りが面白い。
ゆっくり指で梳かせればフワフワと揺れ、男の持つ鋭さは全く見受けられない。
(寝てればまともなのにね……)
覚醒すれば最後、彼はその唇を持ち上げ琉奈を挑発するような言葉を発するだろう。
そういう性格なんだとはもう嫌という程理解している。
そんな風にしか生きられないのだ、名雲という男は。
だから寝ている彼が一番平穏で安らかな表情を浮かべている。
見た事はないが、きっと過去の彼はこんな顔で寝ていなかっただろうと思う。
呑気に寝ていられるようにさせた要因に、
多少なりとも琉奈の行いが入っていると思うのはうぬぼれだろうか。
あの頃にはできなかった寝顔を眺め、時には髪を弄ったり悪戯するのが今の琉奈の楽しみ。
何度も抵抗して叱咤して、そうして男の心を解放させた後も傍にいられる琉奈だけの特権。
彼が、嫌味に此方の名前を呼ぶまで、後もう少し。
2・虚勢の向こう側
琉奈が玄関の鍵を開けると、既に黒い革靴が揃って置かれていた。
「ああ、おかえり」
「早いね」
「家でできる作業だけだったからね」
「ふぅん……」
リビングでカタカタとキーボードを叩いている名雲の横を通り過ぎ、
琉奈は帰りに買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
一旦自室で着替えを済ませ、またキッチンに立って夕食の準備を始める。
「その匂いは、今夜は和食かな?」
「うん、そう」
炒めた醤油の匂いでも嗅ぎつけたのだろう、
名雲はソファーに座ってニュース番組を眺めながら「そうか」とだけ答えた。
出来上がった料理を並べれば、二人で向かい合っての夕食になる。
名雲は、人をおちょくったり挑発したい時はいつだって歯が浮くような美辞麗句を並べ立てる。
だが純粋な本心を垣間見せるような言葉となると、途端に口が固くなる。
さっき久しぶりの和食に興味を示したなら美味いの一言ぐらい言えば多少の会話のタネにもなるだろうに。
この人はいざとなると言えない、何も言わずただフッと笑うだけ。
だがちゃんと完食する。
満足そうな顔で彼の感想はわかっていたが、そこは仕返しとばかりに聞いてみる。
「どう?美味しかった?」
「ああ、日本人だという事を思い出させるよ」
「……もっと他に何か言い方なかったの?」
そんなグルメリポーターみたいな抽象的なコメントなんか聞いちゃいない。
文句は口にしたものの本当に不服だった訳ではなく、琉奈は自然と笑っていた。
食べ終わった皿は手際よく洗って片付ける。
基本的に名雲は家事と呼ばれる類は何もしない。
一人で住んでいた時はどうしていたのかと聞いた事があったが、
彼は衣類は全てクリーニング、食事は外食か酒に合う適当なつまみ程度の生活だったらしい。
琉奈もシーズン中は忙しくて似たような生活が続く事もあるが、彼のはそれ以上だ。
悪くはない、だがそれでは何かが駄目な気がするのだ。
だからできる時は極力家事をしようと思っている。
名雲の協力は端から期待していないから、別に手伝ってもらおうという気すら起きない。
今夜は酒の気分らしい名雲はさておき、食後のコーヒーを一人分だけ淹れ、
ようやく一段落できると琉奈はソファーに深く腰掛ける。
熱い液体を少しずつ喉に流し込み、ゆっくりと息を吐いた。
「疲れているね」
ずっとパソコンを見つめていた男がそう呟いた。
え、と顔を上げると一瞬だけ此方に視線を遣り、また画面を向く。
普通にしていたというのに、何でわかったのだろうか。
言い当てられたのが悔しくて「……別に」と否定してみせたが、やはり名雲は笑っただけ。
「君にしては、ぼんやりしていると思うが。君のお眼鏡にかなう物件が見当たらなかったようだね」
「……まだ始めたばかりだし」
いつまでも無職でいる訳にはいかないと、ようやくチーム探しに乗り出した。
サイバーに固執している訳ではないから地元の様々なレーシングチームに飛び込みで顔を売りに行った。
有名どころならルノーだったり、他に事前に情報収集をしていた小さなチームにも。
だが日本人であり女である琉奈がすぐに色よい返事をもらえるはずもなく。
大体は女という理由で笑われ門前払いにされる、侮辱の言葉つきで。
琉奈もそんな実情は百も承知だ。
今までだって何度も経験してきた。
今更そんな事でショックを受けるようなヤワな精神ではないし、
サイバーを経験した今、条件としては昔の武者修行時代よりも良いはずだ。
だが、わかっていても何度も同じような変わり映えしない台詞を聞かされると流石に嫌になる。
もっと他に気のきいた言葉はないのかと呆れてさえくるのだ。
良い収穫はなかったが、何度も通い詰めればいいし、新たなチームを開拓してもいい。
今日の鬱憤はさっさと流して明日からまた頑張ろう、
そう思っていたのがどうやら名雲には見抜かれていたらしい。
あまり顔に出している自覚はなかったのに。
「……でも、女の身でどこまでやれるのかって思った」
こうなっては言い繕っても意味はない、琉奈は溜息を落とすとポツリと零す。
払拭しようとしても、モヤモヤとした陰りがどうしても残っているのは確かだった。
性別の問題、それはレース業界では常につきまとうもの。
客観的に見ても女は男より体力が弱い、体力勝負の世界でそれは大きな枷であった。
男が男として誇りを持つ仕事だけに、非力な女が入る事を拒む。
女はレースクイーンでもやっていろ、それが常套句だった。
それを何度も突き付けられると、なら仕方ないのだろうかと思ったりもする。
以前にルイザの移籍問題が起こった時も彼女は同じような事を言っていた。
差別や偏見抜きにして、ただ物理的に不可能なのかもしれないと。
女が介入する事は不可能なのかと、奇妙な納得すら感じるのだ。
受け入れてくれるチームの方が異例なのではないだろうか。
(私って、一体何なんだろう……)
望む世界から拒絶されれば、誰だって多少は弱気にだってなる。
だかそれを読み取ったかのように、また対面に座っている男が淡々と口を開く。
「機械を弄りたいだけなら、その辺りの町工場にでも行けば事足りる。
実際、同じ能力を持っているメカニックなら、男を採用する」
「……そうね」
「仲間内や身内でワイワイやりたいならスゴウに戻ればいい、
あそこはいつでも君を歓迎してくれるだろう?」
「…………」
馬鹿にされたような言い方だったが、それは事実だった。
こんな遠回りをしなくても自身を欲してくれるチームはある。
フランスに来る為に断ってしまったが。
「だが君はそうしない。君は何を望む?
味方もいないチームで、君は何を貫こうとする?」
「…………」
挑発的な目だった。
だけど琉奈にとっては最も自身に問いかける言葉になった。
「……そんなの、決まってる」
(新しい夢を見つける為に、此処まで来た)
それからクルーやドライバーと共に、栄光を掴む事。
停滞したくない、前に進みたい。
たとえスゴウから離れて苦労したとしても、勝利を強く望むチームはまだ他にあるはずだと。
こんな非力な女である自分を欲してくれるチームで、力を尽くしたい。
(最初から受け入れてくれる場所を探そうとするから疲れるんだ……)
そんなチームがないなら、作ればいいのだ。
知らないから偏見が生れる、だから見返してやればいい。
自分は、そうやって生きてきた。
女だから何だというのだろう、ドライバーを想い尽くす心は誰にも負けない。
(そうか、だから私は足掻いているのか……)
流された訳じゃない、自分でこの困難な道を選んだのだ。
あえて、一から始める為に。
父親の遺産とは別に、自分だけで手掛けるマシンとドライバーを見つけてみたいが為に。
それは用意されているものではない、よく考えなくても当たり前の真実。
スタートラインには、まだ立てていない。
「定まったようだね、君の意志は」
「……うるさい」
それを、こんな男に諭されるなんて。
悔しい、実に悔しい。
興味なさそうなフリをして何でもお見通し。
知ってても気遣うなんてしない男。
背中をさするのではなく、ドンと前に突き出してくるような。
「やってみせるわよ、認められないなら認めさせればいいんでしょ」
「君らしい考えだね、悪くはない」
レースマシンを扱うメカニックでなければ意味がない。
そこにしか、自分の望む光はないのだから。
(だけどそれをこの男に教えられると、調子が狂う)
琉奈の事を多少なりとも見て、その上で一番震い立たせる言葉を選んでいるのだろう。
嬉しい、なんて絶対口にしない。
だけど明日はこの人の好きな夕食でも作ってやるぐらいならいいかと、そう思った。
同棲と呼ばれる仲になっているというのに、
生温い空気が流れ始めたリビングには何だか気恥ずかしくていられなくなって、
琉奈は早々にシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。
だが落ち着いたと思ったのも束の間、ベッドルームに侵入してきた気配が琉奈の上にのしかかってきた。
「……何」
「いや、弱り気味な君を抱くのも一興かなと思ってね」
「…………」
少し見直しかけたのも束の間の事だった、相変わらず意地の悪い男だ。
だけど曲がりなりにも励まされてしまった手前、強く拒む事なんかできない。
いや、元々拒む気なんてあるかどうかも疑問だ。
「君のその強気な目が揺れると欲情するよ、もっと弱らせてやりたくなる」
「最低な物言いをする男ね」
「その男を選んだのは、君だろう?」
「…………」
だから嫌とは言っていないじゃないか。
口にしなかったが、きっとこの男は悟っているのだろう。
その証拠に、実に楽しそうに琉奈の首筋に舌を這わせながら、器用にシーツを剥ぐ。
「……っ」
手のひらに体は弄ばれる。
無理矢理な訳ではないが、何だか遊ばれている気がするのだ。
だって彼は、その唇で琉奈のそれを一向に塞ごうとしない。
頬や耳、首なんかは執拗に攻めてくるというのに。
「どうした?何か言いたい事でも?」
「……別に」
いつもはもういいってぐらいにキスしてくるくせに。
だけど此方からしたいなんて、口が裂けても言いたくない。
覗き込まれた視線を外せば、男はくすりと笑う。
全てはこの男の手の中だ。
(だけど、悪くないって思う私は病気だ)
「、ん……あ!いきな、り……っ!」
名雲はまだ十分に濡らしていない下肢を割り、指を滑らせる。
もう少し前置きがあるかと思っていたのに、予期せぬ順番に琉奈は慌てた。
だが片手で肩を固定されていて起き上がれず、強引とも言える動きに体が跳ね上がった。
「あ…っ、やめ…!」
「知っているかい?君の体は少々乱暴にしても満足できるんだって事を……ほら」
「っあ、ちょ……んああ!」
本当に、自分でも信じられないと思った。
溢れてきた潤滑液を指に絡ませて音を立てるようにして中へと侵入されれば、その言葉を認めざるを得なくなる。
逃げるように体をくねらせても的確に弱い場所を擦られて悲鳴が上がる。
操り人形のように、指の動きに合わせてビクビクと体がしなる。
強すぎる刺激に、全身に電流が走っているようだ。
一気に極限まで登りつめられて、そのまま意識が弾けた。
「―――っ!はっ…は、ぁ…ん、」
拘束から解放されてダラリとベッドに沈み込む。
突然全力疾走させられたように荒い呼吸を繰り返しながら、
ぼんやりした思考で終始楽しそうにしている名雲を見上げる。
満足そうに微笑した男の顔が降りてきて、ようやく柔らかい口唇に触れられた。
求めていた熱を与えられて、その甘さに酔いながら必死に応えた。
「ふ、……ぅん…っ」
渇ききっていた喉を潤すように、一心に舌を絡ませてくる琉奈。
そう、これが堪らないのだと、名雲は内心で呟いた。
普段もそうだが、ベッドでも琉奈はプライドが高い。
本気で嫌がりはしないくせに、負けず嫌いな彼女は自分から与えられる快楽を認めようとしない。
気持ち良いのに良いと言わなかったり、必死に声を押し殺そうとしたり。
だがそれは最初だけ。
昂ぶらせて果たせてしまえば、そんな虚勢は崩れ去る。
頑なまでに引き結んでいた心をほどかせて、欲に溺れた表情を見せ始めるのだ。
トロンと虚ろな目で、キスして欲しそうに見つめてくる。
そしてそれに応えてやれば、嬉しそうに体を震わせる。
そんな彼女を見せられれば、やめられる訳がない。
屈服させているというよりも、プライドの高い彼女が本能をさらけ出す程、
自分に溺れているという事実が、この上なく欲を掻き立てて。
「……琉奈」
「っは、ぁ……な、に…?」
この目を見たいが為に省いた行程を戻して、今度はゆっくりと体を撫でる。
滑らかな肌を掌と舌で感じ、柔らかな膨らみも口に含めば泣き声のような音が漏れた。
「どうして欲しい?まだ足りないだろう?」
「っ、……」
さすがにまだ恥ずかしいのか口を閉ざして、潤んだ瞳が困ったように細められる。
だが、恥ずかしさを見せるだけでも彼女にしては上出来だ。
「琉奈」
「ぁ、んあ…ぅ、あ」
濡れそぼった秘部に指を一本だけ差し込めば、もう隠せない甘い声が出る。
これも、声を出すだけ及第点なのだが、今日はもう少しだけ優しく虐めてやりたい気分だった。
弱みを見せた彼女に免じて、これでも優しくしているのだ。
根気よく待ちながら焦らしてやれば、琉奈はついに恐る恐る両手を伸ばした。
そうして此方の首に巻き付いて、引き寄せる。
「っ、…ね、ぇ……もう…っ」
「……今日はそれで許してあげるよ」
「あ、んああ!」
時には虐め尽くして泣きながら名前を呼ばせたりもするのだが、
まぁいいだろうと自身の熱をねじ込ませた。
一際大きな声で鳴く彼女が、その溶けきった心と両腕で絡みついてくる。
鉄壁の精神を剥ぎ取り、奥に潜んでいる欲と恋情を垣間見せる、
たったそれだけの事が彼女は簡単にできないから。
素直でない自分達の、少々強引な愛の確かめ方。
弱々しくもしっかりとしがみついてくる手が、
満たされているとでも言いたげな欲の孕んだ目が、
全て名雲京志郎という自分を求めている証。
「あ、はっ、ああ…な、…ぐも、さ…ぁ!」
「……っ!」
不意打ちだった。
嬌声に混ざり込んだ微かな音に、思わず息が詰まる。
「……煽った事を、後悔するんだね……琉奈」
「―――!」
ゆっくり愛してやろうと思ったのに、最後の箍が外れた気がする。
急速に腰を打ち付ければ、また彼女の目尻から涙が零れた。
そうして、同じ高みへと登って、全てを吐き出した。
だがそれで終われるはずもなく、そのまま何度も突き上げた。
――溺れているのは、俺の方かもしれない。
その証拠に、意識を手放すように眠った彼女を一瞬たりとも離していたくない。
だから今夜も逃げてしまわないように閉じ込めて、緩やかな眠りに堕ちる。
朝になれば、また彼女は強さを取り戻して此方を睨むのだろう。
たとえその奥で自分を想っているのだとしても、必死でそれを隠しながら。
いっそ眩しすぎるほどの光、だが恐らく自分はそれすらも欲しているのだろう。
早く、その口で、恨み言を並べ立てて欲しい。
病的な思考だが、壊れている自分には似合いの感情だ。
琉奈が覚醒するのは、まだもう少し先の事。
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主人公がどうして名雲さんを好きなのかを、ぼんやりとでも書きたかった回。
あとは名雲さんらしくSな濡れ場を…。
でもかなり早送りでお送りしました。
必要だと思って頑張りましたが、もう書くのが辛いよ(笑)