ノルウェー戦決勝、あすかがピットに現れた事によってついにハヤトはトラウマから脱する事ができた。
ハヤトは少しずつだけど確実に強くなっていく。
彼はアスラーダと自分の限界ギリギリの所で走って勝利を目指す。
ただ走りたいから、ただ勝ちたいからという意思の奥に、
全てを乗り越える不屈の精神、そして仲間との絆を深めて彼はアスラーダに乗る。
そしてアスラーダはそれに応え、常にハヤトにとって最適な道を選ぶ。
性能遅れのマシンだろうが何だろうが、ハヤトとアスラーダの目に見えない結びつきが勝利を導いていた。
(そうか……これが本当の、人とマシンの融合)
マシンが特出していてもダメ、人が特出していてもダメ。
互いが互いを補い支えていく事が、本当の勝利だ。
ブーストでさらに加速していくアスラーダを見て琉奈はそんな事を感じた。
アンリに少しでもいいからハヤトの強さの理由を理解してもらいたかった。
だけど何を思ったのか、アンリの乗ったガーランドはバランスを失いクラッシュした。
「アンリ!」
あの時、アンリは確実にハヤトを狙っていた。
ハヤトは神業ともいえる反応でそれを避け、目標を失ったアンリは勝利をも失った。
ハヤトの勝利に喜ぶ皆の輪の外、壊れたガーランドのすぐ近くで夕日の影になるようにアンリは座り込んでいた。
近づく足音でアンリは顔を上げたが、
それが琉奈だとわかるとあからさまに嫌そうな目をしてまた顔を膝に埋めた。
「そう、あなた……ハヤトが憎いんだね」
今までの奇妙な言動は、思い起こせば全てハヤトに繋がっていた。
アンリの卑屈ともとれる気弱な発言にはいつも「僕なんかより風見先輩の方が……」
と、必ず自分に同情を誘わせるものがあった。
それは新人独特の遠慮でも畏怖でも嫉妬でもなく、ハヤトに対する激しい憎悪だったのだろう。
「あんたには関係ないだろ!」
「関係あるよ。マシンをこんなにしちゃって……この子は悪くないのに」
憎しみを乗せるためにガーランドを作ったんじゃない。
「ふん、ただの機械じゃないか!そういうの気持ち悪いんだよ!」
「…………」
琉奈は静かに目を伏せる。
「どうして憎いのかは聞かない。だけどそんな気持ちで走ってたら、貴方救われないよ」
「余計なお世話だろ!レースなんて勝てればそれでいいんだよ!」
「憎しみで、結局今日のレースは勝てなかったじゃない」
「……っ!」
「マシンは自分の心を映す鏡。ただの機械、そう思ってるから貴方は勝てない」
アスラーダだけではなくサイバーシステム自体が本来はそういうものだ。
少なくともガーランドにも勝つためのプログラムがなされているのに、
ドライバーの不適切な判断、憎しみの感情によってそれが使われずに壊れていく。
「これはメカニックとしての注文。後はあなた次第よ、アンリ」
6・憎しみのかたち
ハヤトはブーストを取り戻した。
だけど性能不足を補う為にハヤトは本当に限界ギリギリで走っていた。
心配な琉奈は定期的にあすかやみきにハヤトの状態を聞いてはいたが、今日はとうとうブーツホルツとクラッシュした。
「お疲れ様、アンリ」
「………」
あれからアンリは琉奈の事をほとんど無視するようになった。
誰かの目がある時は笑顔で反応する時もあるけど、完全に琉奈は敵視されていた。
返事の返ってこないドライバーに溜息をついてガーランドの点検に入った。
仕方ないとはわかってはいても、やはり拒絶されるのは少し悲しい。
「琉奈さん」
「あ、はい、どうしたんですかクレアさん?」
「ごめんなさいね、ちょっといいかしら?」
クレアに連れられて、誰もいないモーターホームの中に入った。
「アンリと何かあった?」
「あ……やっぱりわかっちゃいましたか?」
「ええ、だってあのアンリが貴女にだけよそよそしいから」
「……何だかすみません」
琉奈は悩んだ、どこまでアンリの事を話していいのだろうかと。
「あの……クレアさんは、アンリの性格とか……全部わかってたりします?」
「ええ、修さんもね。全てをわかった上で、修さんはアンリをスゴウに入れたの」
ああ、やっぱり知ってたんだ。
あの生真面目なオーナーの事だ、きっと理由があってアンリを入れたのだろう。
妙に納得して琉奈は大きく頷くばかり。
「よくわかったわね、アンリの事」
「どうやら敏感になってるみたいでして……嬉しくないですけど」
ああいう性格の人間にはたぶん疑心暗鬼になってしまっている。
乾いた笑いを漏らすと、クレアはしばらく考えてから大きく息を吐いた。
「わかってしまった以上、いずれ貴女にもアンリの過去を話さなくてはいけないわね」
「すみません……何かほっとけない性分みたいで」
ほっとけないというより、ほとんど個人的に怒りが湧き上がっているだけだったが、
それはクレアには打ち明けられそうもなかった。
「いいのよ。琉奈さん、できればこれからもアンリを見守っていてほしいの。もちろん私達もできる事はするわ」
「はい、わかってます」
クレアはそれだけ言うと戻っていき、琉奈はしばらく立ち尽くしていた。
……アンリを見ているとあの男を思い出す。
同じように勝ちにこだわり、でもその先に悦びなど見えそうもない闇に囚われていた。
だからアンリに恨みや悲しみ、執念があるなら取り除いてやりたいと思う。
それは……アンリの為というのは建前で、おそらく過去にできなかったからというただのエゴなのだろう。
そうであったとしても今度こそは救ってあげたい、アンリだけでも救いたい。
「……騙されてたはずなのに……どうして救いたいとか思うんだろ…」
二度と会わない、あんな男にはもう会いたくもない。
でも、もし……また会ってしまったなら……私はあの男を……
自分の危険な思考を振り払うように首を振っていると、誰かが興奮して叫んでいる声が耳に入ってきた。
「ワールドチャンプが新人を殴るなんざ、許せねぇ!」
「お、おい待て、グーデリアン!」
「え……?」
モーターホームの影になるようにして無意識に隠れていると、
何やらヒートアップしている新条とグーデリアンと、2人を戸惑いながら追うハイネルのようだった。
既に声は通りすぎて小さくなってしまったが、琉奈はさっきの言葉の意味を考えていた。
ワールドチャンプ……新人……
もしやと思い3人に話を聞こうと飛び出した矢先、今度はアンリとばったり目が合った。
アンリはハッと私の顔を見て逃げて行こうとしたが、追いついた琉奈はアンリの腕を掴んだ。
「アンリ、どうしたのそれ!?」
「…………」
アンリの右頬には殴られたような跡があった。
だけど何も答えようとせずに腕を振り払うアンリ。
「……もしかして、それ……」
グーデリアンさんが言っていた「新人を殴る」って……
アンリを誰かが殴った……誰が?ハヤトが?
ハヤトがそんな事する訳がない。
ならば……それを3人に吹き込んだのは誰か?
「いい加減にしなさいよ!」
琉奈は力の限り叫んだ。
誰かを陥れる為なら何だってやってみせる、そんな根性が許せなかった。
そんな行動力があるならもっと他の事に役立ててほしかった。
「どうしてそこまでハヤトが憎いの!?」
「うるさいな!あんたには関係ないって言ってるだろ!」
「自分を傷つけてまでハヤトを陥れたいなんて、馬鹿げてる!」
今度はアンリが鋭い目で琉奈を睨んだ。
「ウザいんだよ!あんたなんかクビにしてやる!僕が言えばあんたなんかどうにでもなるだろ!」
「したければ勝手にしなさいよ!オーナーにそう言えばいいでしょ!」
売り言葉に買い言葉、そこまで言い切ってしまったら琉奈はもう取り消すなんて事はできない。
だけど取り消す気もなかった。
別にクビにされて困る訳でもないし、そうならばこれ以上アンリの卑劣な行動に腹を立てる事もない。
「悲しい人間。ドライバーのくせにそんな事でしか喜びを見出せないなんて」
いつまで経っても私は誰の役にも立たない、そんな自分すらも悲しかった。
* * * * * * *
後日、琉奈は修に呼び出された。
アンリにああ焚きつけたものの、冷静になって考えてみると何かと支障はある。
修にはまた鬼のごとく怒られるだろうし、チーム探しも楽じゃない。
むしろ女というだけで門前払いな所もある。
まさか本当に言いつけるとは思わなくて琉奈は内心ドキドキしていた。
「話というのは何ですか?」
険しい顔をしていた修は躊躇いがちに口を開いた。
「……アンリがな、お前がサーキットにいたら走れないと泣きついてきてな」
「やっぱり……」
どうせあの可愛らしい顔に涙でものせて訴えたんだろう。
「お前が自分を執拗に追いかけ回すからレースに集中できないと言っていたが、俺はそれは信じていない」
「はあ……でも執拗に追っ掛けていたのは半分間違ってない気もするけど……」
「いや、それよりももっと悪質なものが噂で広がっている」
それ以上は口を濁して言わなかった。
どうせ、いたいけな少年を狙うストーカー悪女のような人物像にでもなっているのだろう。
「クレアから聞いた。アンリの性格を見抜いて更生させようとしているのは本当か?」
「……うん、あのままでは可哀想だと思うから」
「そうか。だが色々な噂が飛び交ってしまっているのは事実だ。
幸いお前とアンリのネタはそれほど注目度はないからマスコミはすぐ沈静化するだろう。
それでもやはり今サーキットに行けば、他のチームからの批判を浴びるのは避けられそうにない」
「………」
アンリも考えたものだ、マスコミや周りから批判を受ければ琉奈は処罰を受けざるを得ない。
もしくは精神的な圧力でこちらを疲弊させるつもりだろう。
「さて、どうする?このまま噂の中心である此所にいるか、ウィナーズへ行ってハヤトを支えるか……
どちらがいい?噂がある以上、このままいるのは女の身としては少々辛いと思うぞ」
「……女だからという中傷なんて今までだっていくらでも受けて、その度に真っ向から勝負してきた。だから今回も大丈夫です」
平気だと訴えると、修さんは眉間に皺を寄せてこちらを見据えた。
「だが、お前は本当はアスラーダを見たかっただろう?」
「………」
それはそうだ。
琉奈の人生の中には必ずと言っていいほどアスラーダが存在していた。
だから出来ることならアスラーダを整備したかったし、弟のようなハヤトも見守りたいのが本音。
修はこれを機にウィナーズへの移動を打診しているのだろう。
まだ若い頃、琉奈がメカニックになると言った時、強く反対していた修はしきりに性別を気にしていた。
実は今回の騒ぎで一番心配しているのはもしかしたらこの幼馴染みなのかもしれないと、琉奈はふっと顔を綻ばせた。
「ありがとう修さん……でも私はガーランドを整備したい。アンリが嫌だと言うのなら、しばらく控えます」
「いいのか?」
ここまでされていても琉奈は放っておくなどできそうもなかった。
きっと、あの少年は誰にも愛されず孤独に生きているから。
「……私はアンリを救いたい。憎しみで走ってほしくない。
もっとわかってほしい、走るという事、勝つという事を……」
過去にできなかったから、せめてアンリだけは。
「……わかった。ではこのままスゴウで、噂については最善の処置を行う」
「はい、ありがとうございます」
修さんもわかっているのかもしれない、いい加減にアンリをどうにかした方がいいと。
じゃなかったらこんなに簡単に納得しない。
そんな事を考えていると修は紅茶を一口飲み、そして息を吐いた。
「それと……お前の噂と同時に、ハヤトがアンリを殴ったという噂が流れているが、知っているか?」
「………」
「知っているな?」
「……アンリが、自分で……」
それについて知っている事を詳しく説明した。
アンリが何らかの理由でハヤトをとても憎んでいると。
黙って聞いていた修は一言「わかった」と言うと静かに席を立ち、しばらくするとハヤトとあすかと連れて戻ってきた。
そうして修はアンリの過去を話した。
――アンリの父親はプロドライバーだったという。
父しかいないアンリにとって父が全てだった。
父の機嫌をよくする、ただその為だけに小さなアンリは早く走って、勝ち続けた。
だけどアンリがまだ12歳の時にハヤトがデビューした。
史上最年少チャンピオンもダブルワンも、夢見ていた自分達が出る前にみんなハヤトがやってしまった。
それによって父は自暴自棄になってしまい、もはや何の意味もなくなった息子を見向きもしなくなった――
父だけが全てだったアンリにとって、ハヤトの登場によって夢も父親の愛も全て失ってしまったのだろう。
ハヤトさえいなければ、注目を浴びるのは自分だったはずなのに。
ハヤトさえいなければ父は落胆する事はなかったのに。
ハヤトさえいなければ自分は愛されたのだと。
お前さえいなければ、と憎まずにはいられない。
「……そうか……だからハヤトを……」
アンリにとってハヤトという存在は、自分と父の人生を曲げてしまった人間なんだ。
父の為だけに走ってきたのに、ハヤトが父の愛さえも奪っていってしまった。
やっぱり悲しい子……アンリは愛が欲しくて泣いている子供のようだ。
だけどハヤトばかりを憎んでいては彼はきっと救われない。
アンリが勝ちにこだわるのはハヤトに勝ちたいからなのかもしれない。
……あの男と似ている、琉奈は苦虫を噛みつぶしたように顔を歪ませた。
「……わかりました。そうならば僕はなおの事、アンリに負ける訳にはいけませんね」
ハヤトはとても強い目をしていた。
「僕が無様に負ければ、なんでこんな奴にとアンリは一層僕を憎むでしょう。
そうならない為にも……残り3戦、僕はダブルワンのチャンプとして恥じないレースをします」
ハヤトは、走る意味を知っている。
勝つ為だけじゃない事を、知っている。
ハヤトならアンリを救えるのかもしれない……そんな事を思った。
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アニメ沿いなのでサクサク進むように努力はしてるんですが失敗。