「内輪パーティー?」
アリィンはコーヒーカップを置いて見上げた。
「科学班だけでやるただの宴会なんですけどね」
リーバーが書類を抱えてやってきたのでそれを半分受け取った。
「でも科学班だけなら私は行っちゃいけないでしょ?」
「いいんですよ、そこまで厳密じゃないですから。
アリィンさんにはいつも仕事手伝ってもらってますんで」
「雑用ばかりだけどね」
アリィンは肩をすくめた。
「……わかった、今日の夜に食堂だね?」
「ええ、どうせ適当に騒いでますからいつでも来てくださいよ」
「暇があったら行かせてもらうね」
どうしてだかアリィンが了承すると科学班内がどよめいた。
心なしか皆さんの顔が嬉しそうに花咲いているのは気のせいだろうか。
そんな内部事情には特に首を突っ込まず、アリィンは秘かに心を踊らせた。
アリィンも楽しい酒の場は嫌いな方ではない、むしろ好きだ。
そういえば科学班の仲間達とはいつも一緒にいても、飲んだり食べたりしたことはなかった。
仕事の上での環境であるのでやはりどこか互いに一線が引かれていて。
それが、今回のパーティーでどう変わるかがアリィンには楽しみだった。
アリィンは処理を済ませた書類を両手に抱え、さりげなく室長の机に向かった。
「コムイも行くの?」
「僕は行かないよ、アリィンはみんなと楽しんでくるといいよ」
「そう……こんな機会滅多にないんだからコムイも息抜きしたらどう?」
「……僕はいいよ」
アリィンにもこの程度のコムイの心情なら理解できた。
恐らく、室長という立場にいる以上『息抜き』は許せないと思っている。
今この瞬間にも命懸けで戦っているエクソシストや探索部隊をおいて、自分だけ楽しむ事はできないのだろう。
そう、爆発する戦艦と運命を共にする艦長のような気持ちだろうか。
……って、全然関係ないって怒られそうだな。
アリィンは昔読んだ物語を思い出して、それからまた記憶の彼方に押しやった。
「じゃあ……暇ができたらさ、ちょっとでもいいから行ってみてよ」
「……わかった、気が向いたらね」
コムイは頑なに否定する事はせず、曖昧な返事をして微笑んだ。
アリィンもそれ以上の強要はできず、頷いただけで済ませた。
「あ、コーヒー入れようか?」
「……ああ、お願い」
空になってるコムイ専用コップを見かけてアリィンはそれを持ち上げた。
その時にコムイが初めて顔を上げたので上質の笑顔で返した。
「ブルマンがいい?他にも色々揃えてあるんだけど……」
「ん~~……なら、コロンビアあるかい?」
「もちろん。今から挽くからちょっと待ってて―――」
「おい」
突然新たに聞こえた声によってアリィンの言葉は遮られた。
「あら神田くん、どうしたの?」
最近、神田の不機嫌な顔しか見ていない気がする。
今もそう、司令室のドアの前で仁王立ちをするようにしてアリィンとコムイを睨み付けている。
「……どうしたんだい神田くん?」
「…………」
……何も答えないし……
「……お前…」
「え?」
「お前………ちょっとこっちに来い!」
神田は何を思ったのか大股で近づいてきてアリィンの腕を掴んだ。
「え!?か、神田くん!?私今コーヒーを――」
「んな事ぁどうだっていいんだよ!」
訳も分からずグイグイ引っ張られ、足がもつれそうになる。
助けを求めるようにコムイを振り返るが、彼に慌てた様子はない。
「コ、コムイ……コーヒーごめんっ!」
「……いいよ、行っておいで」
抑揚もなく微笑まれてしまった。
15・Miserably
「な、なに神田くん……痛い……!」
司令室を出てしばらくしてようやく解放された。
「私コーヒー入れてる途中だったのに……」
「お前何考えてんだよ!」
「え……何って……?」
……私、神田くんに怒られるような事してないわよ……?
そう首を傾げた姿が益々神田を苛立たせた。
「訳わかんねぇよお前!何で平気な顔してあいつの前に出られるんだよ!」
「あいつって……コムイ?」
「決まってんだろ!?」
神田は息を荒くさせて肩を上下させる。
その尋常じゃない剣幕にアリィンは呆気にとられる。
「好きなんだろ!?ずっと泣いてばかりいるぐらい今でもあいつが好きなんだろ!
なのに何で平気で『仲間』ごっこしてんだよ!?」
「……な……っ……」
見抜かれていた、この少年には。
一番色恋には興味なさそうな少年に、心の内を全て読まれている。
確かに、泣いてる所見られたけど……
「お前いいのかよそれで!」
「……いいのかって……私にどうしろって言うの?」
「お前……振られてるんだろ?」
「……そうだね、振られてるね」
「でも諦めきれないんだろ?」
「…………」
神田の真剣な目が同じ高さから見据えられる。
こうも的中されて、どういう行動してきたのだろうかと自分を悔やむ。
アリィンはとりあえず当たり障りのない会話で神田を落ち着かせようと試みた。
「何が言いたいの神田くん……?」
「笑ってんじゃねぇよ……俺にはテメェの嘘は効かねぇよ」
「…………」
妙に勘のいい少年にはこの笑顔が通じない、か……
「……諦めたつもりなのに、完全に諦めきれてない……まだ好き、かな……」
アリィンは顔を背けて自嘲気味に微笑んだ。
作り笑顔は相変わらず消えていないが、その赤い瞳は遠くを見ていた。
その想いをいざ口にすると、心拍数が上昇していくような高鳴りを感じた。
「……希望はあるのかよ」
「ないわね」
きっぱりと答えた事が癪に障ったのだろうか、神田の顔に一層皺が寄っていく。
「どうする気だよ……お前このままじゃどこにも行けねぇじゃねぇか……」
「……そうね……でも珍しいね、神田くんが色恋沙汰に口出すなんて」
「茶化すな」
「…………」
……随分と真剣な事で……
「どうもしないよ、ただ私が未練たらしくコムイを好きなだけ……それ以上の事はする気ない」
「……は?ずっとこのままでいる気かよ!」
「そうよ、何も期待していないし、何も伝える気もない」
神田が凄い剣幕で迫ってくる。
その勢いにけ落とされないようにこちらも睨み付けるようにして毅然として見せる。
笑顔も消えてしまったその表情が、本当のアリィンの気持ちだと思わせられる。
「……いいのかよそれで……」
「わからないよそんなの……でも、もう諦められないと思うから……」
何年経っても、心の奥にはコムイがいたから。
「もしかしたら一生このままで終わるかもしれないわね」
傍にいてもいなくても……私は今、コムイを愛してる……
「……訳……わかんね……」
そうね、神田くんには理解できないかもしれないね。
こういうの苦手かもしれないね。
……でも、神田くんだけよ、家族以外で私を見抜いたのは。
「ありがとう神田くん。じゃあ私は行くから」
「……っ……おい!」
笑顔を振りまいてアリィンは神田の横をすり抜けた。
1人残された神田は、唇を噛んで拳を握りしめた。
「あ、アリィンさ~ん!」
食堂に行くとリナリーが嬉しそうに駆け寄ってきた。
奥ではもう科学班の皆さんが酒を片手に出来上がっている。
そこにはアリィンが来ているような黒の団服や探索部隊の団服などがチラホラ伺える。
おそらく自分と同じように科学班の誰かに誘われてきたのだろう。
そのせいもあってか、随分とパーティーは大きなものになっていた。
「うわ~賑わってるね」
「ええ、こうやって騒ぐことってほとんどないから……」
「コムイは……やっぱり来てないね、せっかく誘ったのに」
「私も誘ったんですけど……」
「……まぁ、しょうがない。私達だけで楽しもう?」
「そうですね、後でお土産でも包んでいきます」
「そうしよっか」
リナリーはアリィンの手を引いてパーティーの輪に入っていった。
ちょうど中心の方にリーバーを見つけてアリィンは声を掛けようと手を上げた。
「こんばんわアリィンさん!」
「あ、あなた前の……」
「言ってなかったかもしんないっすね。俺はラビっていうんさ!」
「よ、よろしくラビくん……」
―――が、突然目の前に現れたのは、以前にぶつかった事がある眼帯をした赤髪の少年だった。
呆気にとられるアリィンの手を握ってブンブン振り回す。
「どうぞ酒です!」
「あ、ありがとう……」
「やっぱり綺麗っスね~!彼氏いる!?」
「……いないけど……」
「じゃあアリィンさん狙ってもいいっすね~!」
……酒が入ってる分、目がヤバイ……
アリィンは何とか手を解こうとするがその上に何回も手が乗せられる。
「……何してんだテメェ……」
「神田くん!」
ラビの総攻撃から少し離れた所で神田は仁王立ちをしていた。
「何だ、ユウも来てたんか~」
「……ユウ??」
「…………」
「あ、こいつの名前神田ユウっていうんさ。知らなかった?」
「へぇ~~知らなかったぁ……ユウくん?」
「なっ……!う、うるせぇ!!」
神田はいつになく顔を真っ赤にさせて目を見開いた。
「ふふ、神田くん照れてる~」
「~~~~!いい加減手放せよラビ!」
怒りに任せて神田はバッとふりほどいた。
そして宴席にあったグラスを取り、泡立つ透明な液体を一気に飲み干す。
はぁっと一息入れた所にアリィンはその顔を覗き込んだ。
「神田くんって未成年じゃなかった?」
「……うるせぇ」
神田はアリィンをジロリと睨み、未だ目がハートなラビをどこかに引っ張っていってしまった。
「……もう……あ、これシャンパンだ」
ラビからもらった酒を飲み干していたアリィンはシャンパンが並ぶグラスから一つを取って喉に流し込んだ。
「アリィンさんって結構お酒に強そうですね」
「リナリーちゃん……そうだね、弱くはないと思うよ」
ラビや神田と言い合いしている間、リナリーは科学班の人と話し込んでいたらしい。
リナリーのグラスには……おそらくオレンジジュースが入っている。
「私……お酒弱いから強い人って羨ましいなぁ~……」
「いいんだよリナリーちゃん、強くたっていい事ないんだから」
「でもこれとか本当に美味しそうだからたくさん飲んでみたいですよ~」
そう言うとリナリーはオレンジジュースとシャンパンのグラスを取り替えた。
「少しだけなら……いいですよねv」
「大丈夫?これはそこまでアルコール度強くないけど……」
「ちょっとだけです。あ、あと兄さんには内緒にしてくださいね?」
「それは……もちろん」
コムイにバレたらそれこそロケット砲持って『僕のリナリーを酔い潰して襲おうとしたのは誰だーー!!』なんて暴れそうだ。
それに、せっかくの酒の場でお酒が飲めないってのは結構寂しいものだから。
「うわ……見た目と違って甘くないです、ね……」
「ふふ、リナリーちゃんにはまだこの味はわからないかな?」
「こんなもの飲めるなんて……大人って凄いんですねぇ……」
大人だからって飲めるものじゃないよ、リナリーちゃん。
アリィンはクスリと笑いを漏らした。
「アリィンさん、リナリー!こっちこっち!」
「あ、リーバーくん!」
喧騒の中心でリーバーがこちらに手を振る。
アリィンとリナリーは手を上げてその輪の中に参加する。
「探してたんスよ~!」
「ごめんね、ちょっと話し込んでたから―――」
「やっぱりアリィンさんだろ!」
「いやいや、リナリーちゃんだって!」
「何て言おうがアリィンだ!」
「ん~~どっちも捨てがたい!」
「……な、何の話?」
突然周りから一斉に「アリィンだ」「リナリーだ」等と声が上がり、アリィンはその勢いに押されそうになった。
「……いやあの……アリィンさんとリナリーのどちらがいいかって言い合いになって……」
「…………」
何がいいかって、恐らく『女としての魅力』の度合いだろう。
男の酒の場ではよくある話だろうが、自分がそれにエントリーされていると思うと複雑な気分になる。
嬉しいような、私を引き合いに出すなという気持ちだったり。
「アリィンさん!俺は断然アリィンさんだと思いますから!」
「そ、そう……ありがとう……」
「アリィンさんは綺麗だよなぁ~ホントに『大人の女』ってのが似合ってるし、物腰も静かだし」
「何言ってるんだよ!リナリーちゃんの方が華奢で可愛いじゃないか!」
……それ……本人の前で言わないで欲しいんですけど……
アリィンはそんな秘かな怒りなどおくびにも出さず、顔を桜色に染めてリナリーに同意を求めた。
「そんな事ないよ……ちょっと恥ずかしいよねリナリーちゃん……って、あれ?」
「……リナリーならあそこッスよ」
リーバーは中立の立場らしく、どちらの会話にも参加せずこのやり取りを傍観している。
今の状況なら、確かにそれが一番適切だと私も思う。
リーバーに指さされたちょっと向こうの人だかりの中にリナリーを見つけた。
リナリーを囲む男達は上気した顔で、ここぞとばかりに話し掛けている。
たぶん、日頃からこういう機会を待っていたのだろう。
「ま~……みんなしっかりしてるわ」
近所のおばさんのような台詞を漏らし、アリィンの周りにもいる男達を適当に笑顔であしらう。
……そう……昼間のガッツポーズはこういう事ね……
「アリィンだ!」
「いや、リナリーだ!」
未だにアリィン派とリナリー派の主張は続く。
アリィンとしては嬉しくないことはないのだが、微妙に歳の事を言われてる気がして軽く落ち込んでいた。
……というか、こんな歳の離れた2人を引き合いに出さないで欲しい。
「……お前等その辺でいいだろ?どっちとも魅力的なのはわかったから……」
リーバーが間に入るが両者の確執が解消されない。
どちらも譲れない主張があるのかもしれない。
だけどこういう時はお決まりの討論会の結論、『結局、好みだから』で早く終わらせてほしかった。
「……あ、コムイ……」
人だかりの奥でも長身が目立つ。
ベレー帽を被ったコムイは「やってるね」といいながら、この騒いでいる風景を楽しんでいるようだった。
「なら室長に聞いてみようぜ!」
「ああ、どっちが女らしいかはっきりしてもらおう!」
「え!?や、あの……ちょっと待って……!」
数人が大股でコムイに近づく。
アリィンは慌ててその男達の前に回り込み、必然的にコムイに代表で話す事になった。
「来たんだね」
「ああ、少しの間だけど気晴らしにね」
「あ、あのさコムイ……」
「なんだい?」
「えと……」
私とリナリーちゃんとどっちがいい……?
アリィンは内心焦りに焦っていたが、それでも淡い期待はあった。
好奇心とは違う、本当に微かな楽しみみたいな気持ちもあった。
「私とリナリーちゃんと―――」
「!……リナリー!!」
「………え……?」
言い終わらない内に、リナリーの名を叫んでアリィンの横をすり抜けたコムイ。
振り向くと血相を変えたコムイと、兄にしがみつくリナリーのぐったりした姿があった。
「どうしたんだリナリー!?……酒を飲んだのか?」
「う~~~~ん……兄さ、ん……何か、グルグルする~~」
「当たり前だ!弱いのにどうしてこんなになるまで飲んだんだ!?」
リナリーの火照った顔から随分と酒を飲んだ事が伺える。
一気にアルコールが回ったらしく、ろくに立てないほどにまでなっていた。
「す、すみません……こんなに弱いなんて知らなかったので……」
リナリーと一緒にいた数人が真っ青な顔で俯いていた。
その顔からすると、故意に酔い潰そうとは考えていなかったのだろう。
もしくは、鋭く睨み上げてくる室長の目に恐れをなしているのか。
「リナリー大丈夫か?部屋まで歩けるかい?」
「ん~~……頑張って歩くぅ……」
そう答えつつもリナリーはコムイの首に抱き付く。
完全に酔っている、そう判断したコムイはリナリーを軽々と抱き上げた。
「……今後こういう事があったら……覚えておくから」
「は、はい……!ほ、本当にすいませんでした!!」
男達を一瞥し、コムイは食堂を出ていった。
「……これじゃあ聞くまでもなかったっスね」
アリィンは見えない所で自然と拳に力が入る。
「…………そうだね……」
私は何を期待していたんだろうか。
私はどんな反応を待っていたのだろうか。
私とリナリーちゃんを天秤に掛けさせようとした。
そんなの、勝負はとっくに決まっていたのにね。
……コムイの中には……いつも大切な妹がいたのに……
今さら……何を確かめようとしたのだろうか。
「あはは、リナリーちゃんに負けちゃったね」
アリィンは満面の笑顔を振りまいて、グラスのワインを飲み干した。
ただのパーティーなのに化粧も念入りで。
少し香水も変えてみたりして。
違う雰囲気をアピールして、私は何を期待していたのだろう。
……惨めだね、私……
Back Top Next
ラビくん再登場(笑)
こういう普通の少年を出すと場が書きやすくて嬉しいです。
パーティーなんて……んなもんあるのか?
でも結構大所帯だからこんな宴会もチラホラあったりするかも、なんて勝手な妄想。
教団はやっぱり軍隊みたいなものだと思いたい。
互いに与えられた任務は完璧にこなし、ホームでは仲間同士で鍛え合ったり。
遊ぶときはしっかり遊ぶ、そういうものであってほしいですな。