「……ごめんねリナリーちゃん、無理矢理代わってもらっちゃって」
「いえ、私もアリィンさんの方が適役だと思います」
「ふふ、ありがとう」
早く、早く、という気持ちが先行するからかアリィンの周りには張りつめた空気が充満していた。
だけど出発の直前、見送りに来てくれたリナリーを一度だけ振り返った。
アリィンはそれ以上に司令室でのやり取りを思い出して、ほぼ無意識にリナリーの顔を見つめていた。
黒い滑らかな髪、深く澄んだ瞳、少女と呼べる彼女は本当に可愛くて。
ふっと俯き加減な眼差しは、やっぱり兄妹だなぁ……と思えるほど見惚れた。
……嫉妬なんかない、だって最初から負けていたのだから。
その視線に気がついたのかリナリーは恥ずかしそうにはにかんだ。
アリィンも何となく気まずくて沈黙を破った。
「……疲れてるみたいね、コムイ」
「はい、やっぱり色々大変みたいで……」
「リナリーちゃんしかコムイを支えられる人はいないから、お願いね……?」
どうしてかリナリーは悲しそうな顔をした。
「……兄さん、今はあんなだけど昔は本当に真面目だったんです……」
その姿をアリィンは容易に想像できた。
「兄さん、教団に来てくれた時の一時期、ひどく落ち込んでた時があって……」
長かった黒髪をバッサリ切ってしまった背中は消えてしまいそうで。
「どうしてそんな顔してるのって聞いたら……」
――「誰かが泣いてるかもしれないから」――
そう、窓の外をずっと眺めていた。
「それからしばらくしたら、何か急に兄さんの態度が今みたいになったんですけど……」
それでも時々、ああいう背中を見せる。
「私は誰かの代わりに愛されてる気がするんです……」
俯いたリナリーの頭をアリィンはクスッと微笑んで撫でた。
「そんな訳ないでしょ?コムイはずっと前からリナリーちゃんだけを大切にしてたんだから」
「……私、その人がアリィンさんなんじゃないかって思うんです」
不安の色を帯びたリナリーの瞳が真っ直ぐアリィンを見上げる。
申し訳ないような表情をされてアリィンは一瞬返答に困った。
だけど紅く揺れる瞳が笑顔を崩す事はなかった。
「……なくしたものを惜しむ気持ちは誰でもあるの。それが本当にほしいものじゃなくてもね」
もう余計な期待を持つ気など一切なかった。
28・Disturbance
「…………」
終わらない書類を投げやりに処理しながら頭を占めていたのは先程の事。
神田くんが危険だと知って、血相を変えて必死になっていたアリィン。
本当に、君は神田くんが好きなんだろうね……
今回の敵は、神の使徒であるエクソシストを殺すほどのアクマ。
だからアリィンもリナリーも応援には出したくなかった。
しかし室長という役職故、そうも言ってられず送り出さなくてはならない。
……そして、考えに考え抜いたあげくリナリーを選んだ。
今思えば、この決定にも随分と私情が混ざっていた気がする。
だけどアリィンは自分の命より神田くんが大事、か……
それなら気を利かせて最初からアリィンを選んでいればよかったのだろうか。
……いや、そんな危険な目には合わせたくはなかった。
そう……リナリーよりも……
「室長~郵便です」
「あ、ありがとぉ~~~」
陽気な声を出して手紙を受け取った。
3通は特に関係のないもの、そして最後の1通……
「…………」
以前に自分がアリィンの実家に送った手紙の返事のようだった。
まさかこんなに早く返事が来るとは思っていなくて、コムイは仕事を忘れてその封筒を開けた。
宛名書きと同じように、中の文章も男っぽさが現れていた。
ここに書いてあるのは、おそらく彼女の未来の婚約者の事。
「…………っ……!!」
ある一文に、コムイは我が目を疑った。
【結婚の話はただの口約束ですよ、まだ決まったわけじゃない。
いつまでも独身じゃ可哀想だからという事で結婚する、ただの保険みたいなものです。
アリィンが本意ではない事は理解している、だから無理強いをする気は一切ない。
昔から道場にいた人間はアリィンとは家族みたいなものでね、アリィンの事ならなんでもわかる。
恐らくアリィンは誰かに本気になる事はないだろう。
今あいつは恋愛なんてどうでもいいと思っている、たぶんそちらでも随分羽振りがいいはずだ。
だがわかってやってくれ、
隠してるみたいだが、あいつは以前に2年半同棲した男を未だに忘れられないでいる】
「……そ……んな……っ!」
――2年半同棲した男を未だに忘れられないでいる――
天地がひっくり返るような衝撃に手紙を持つ手が痙攣をおこす。
それこそ数年間言い聞かせてきた事が覆されて、頭を金槌で殴られた気分だった。
約束だった別れを告げて、もうアリィンに会う事はないと思っていた。
忘れなければこの想いを、捨てなければこの未練を。
それが彼女の幸せの為だと、何年呟き続けたか。
だけど僕達はもう一度出逢ってしまった。
室長とエクソシストとして、共に世界の為に戦う仲間として。
結局僕の希望とは逆にアリィンは戦いの渦に引き込まれてしまった。
それでも僕達は再び以前のような関係には戻らない。
そう、あれは過去だから、もう終わってしまった事だから。
たとえ昔想いを共にしていたとしても、別々に生きてきた時は簡単に僕達を引き離す。
ずっと好きだった、再会してもっと好きになった……だけど時間がそれを邪魔をする。
そして、僕には君を幸せにはできないから。
昔から僕は君に無理させてばかりで。
そのくせ、僕は君に与えてやれる事など何一つないんだ。
アリィンはもう新しい恋をしているだろうと。
アリィンはもう神田くんという相手を見つけたのだろうと。
君は幸せになれるだろうと。
たとえ体だけが結びついても、表面だけは親しくしてても。
……もう、君の心には触れられない……そう諦めていたのに。
まだ信じられない、だけどもう無視はできない。
【別れた経緯までは知らないが、相当本気だった事だろう。
あいつが恋愛に冷めていても男を拒まないのは、ただ寂しさを埋めているだけなんだ。
止める事もできない、どこにも届かない寂しさを。
……誰かに本気になったのならそれでいい。
いや、誰かを本気で好きになってほしいと、私達師範代は願っている。
すまないが、アリィンをよろしくお願いします。】
「アリィン……君は……っ!」
ずっと……僕を……!?
アリィン……アリィン……っ!
今すぐにでも……君に会いたい。
「……珍しいですね、ハーディさんが手紙なんか送るの」
「そりゃあ、黒の教団直々の手紙だぞ?丁重に扱わないといけないだろ」
ハーディは黒の教団の室長から送られてきた手紙の内容を空に浮かべた。
――「……コムイ……」――
アリィンが適合者だとわかった時、あいつは一言だけ呟いた。
笑顔の他はほとんど感情を示さなかったアリィンが、あの時だけは激しい動揺を見せていた。
勘の良い奴等はわかった、それが未だにアリィンを縛り続ける男の名だと。
「………頑張りな、アリィン……」
どうせお前は向こうでも自分の気持ちなんか言えてないだろ?
上手くいってたらあんな手紙来てないだろうからな。
「せめてもの手向けだ」
……間違っても俺と結婚なんかするなよ?
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さて、オリキャラ・ハーディさんがバラしてしまいました(笑)
ホントはここ電話でやり取りしたかったんですが、普通の家に電話(というか通信機?)
がない事に気付き、急遽手紙に変更したのです。
ヒロインの気持ちを知ってしまった兄さん、どうでるかなvv
次回からは戦闘編です。