「……っ……ここか!?」

神田は乱暴にドアを蹴破った。
次から次に襲ってくるアクマをやり過ごしながらやっと辿り着いた寂れた洋館。
普通の状態でもあまり常識は通用しないが、
疲労が増した今の神田にはドアを大人しく開けるような穏やかさはない。


バァン!!


そこはとある屋敷の物置のような小部屋だった。
中には粗大ゴミと言わんばかりの汚い机やタンスが押し込めてあり、
その一番隅には簡素なベッドが置かれていた。

「こいつは……!」

そのベッドに寝かされていたのは、ラシャンと全く同じ容姿の少女だった。
酷く衰弱していて、頬は痩せこけていた。
碧い髪に青白い肌というはっきりした色彩のない顔はまるで死人を思わせる。

「……これが本当の私……後は、お願い……」
「お、おい!」

神田が止めるのも甲斐なく、ラシャンは悲しそうに姿を消した。
溜息を付いた神田はゴミの山を押しのけながらベッドへと近づいた。

「本当の……そうか、こいつが本物か」

力なくダランと外に投げ出された腕に触れることができた。
普通の人間のように温かい体温がそこにはあった。

「…………ん……」

濃い碧の瞳がゆっくりと開かれていく。
その虚ろな表情は天井を見つめ、ゆっくりと視線を移動させ神田に焦点を合わせる。

「……さっさと起きろ、早くしねぇとまたアクマが来る」


……そんな状態にしたのはお前だろ、そんなことを心で毒付く神田。


しかし予想に反して、ラシャンは抑揚のない声で呟いた。

「…………あなた……誰……?」

「……はぁ?……んのヤロ……いい加減にしろよ……」

最後の台詞は本当に心の叫びだった。






30・Punishment






列車から降りて、教団から同行した探索部隊もアリィンもその異常な光景に愕然とした。

「どうしてこんなにアクマが……!?」

青空が見える所なんて一握りであとは全て黒い点が敷き詰められている。
確かにコムイは大量だと言ったけど、まさかこれほどとは思わなかった。

「……って、弱音吐いててもダメか!」

アリィンは街の中心に走った。

「ギャハハハハ!に、に、人間だぞぉぉ!!」

1体のアクマがアリィンを見つけて叫ぶと、他のアクマ達も歓喜に震えるように雄叫びをあげる。
先を争って飛びかかってくる異形の者達にアリィンはイノセンスを発動させた。

「はあっ!!」

棍が弧を描くと粒子の波動が虚空を薙ぎ、3体のアクマが逃げ遅れてその半月に両断される。
すぐさま体勢を整えて斬り込み、また1体。

「ホントに……キリがないっ!」

アリィンの棍秋桜は近距離用の武器だ。
そこから繰り出される波動は中距離まで届くが、それでもこれだけの数は消費しきれない。
それよりか次第に集まるアクマ達で、満足に棍も振るえなくなってくる。

「早く神田くんと合流しないといけないのに……っ!」

悪態と共にまた2体。

「カオスブレード!!!」

地面を削りながら波動はアクマの塊に直撃する。
少しアクマ達と距離ができた所でアリィンは高く跳び、後退する。

屋根に上がると、街のほとんどがアクマに埋め尽くされているの光景が目の当たりになる。
その異常な数にアリィンは下唇を噛みしめ、そして迷いを打ち払うと自分自身に頷いた。

「いくよ……っ!」


第二解放『カナフ』


アリィンの呼びかけで棍はその姿は溶けるように変形する。
真っ直ぐだった柄は少しずつ細部を変化させながら大きく半円を描き。
粒子の刀身は弦のように細くなり両端を結ぶ。

それは弓となっていた。

弓の中心を握ると、手のひらに現れるのは光の矢。
光の弦と矢、強く力一杯引き締めて照準を定めた。

「カオスを導け、カナフ!!」

イノセンスから放たれた猛スピードの光の矢は粒子の尾を引き、遠くアクマの中心を貫く。
その莫大な力にアリィンは思わず笑みが零れた。

「よし……良い感じ!」

この遠距離武器なら、一度に大量のアクマを相手にできる。
そうこうしている間に、空や地を飛んでいたアクマが獲物を見つけて一斉に飛びかかってくる。

アリィンは再び光の矢を引き締めた。

「人間だあああ!エクソシストだあああ!!」
「お、お、お腹すいたよぉぉぉぉ!!」
「ヒャハハハハハハ!!」

様々な事を言いながら迫る異形のアクマ。
この街を埋め尽くすアクマは全てがレベル1のようで、1体に対して威力が小さくても難なく倒せる。

アリィンのルビー色の瞳が闇のアクマと光のイノセンスに映える。
艶やかな黒髪は風になびき、弓を扱うその姿は独特な東洋をイメージさせる。
静かに、だけど妖艶で、強い紅の瞳は空を見据えた。

「ミシュファー!!」

その言葉により、今度は矢が放射状に拡散された。
無数の光はそれぞれが虚空で矢を形取り、そして個々にアクマを射抜いていく。

「ギャアアアアア!!」
「グガアアアアア!」

凄まじい爆煙の中で数十体のアクマが同時に光に消えた。

「ミシュファー!!」

数え切れない雨となってアクマ達に降り注ぐ天上の光。

これを幾度となく繰り返すと、空は少しずつではあるが青さを取り戻す。
確実に減っていくアクマ達に比例して、アリィンの疲労は次第に増していく。

「……っ……!」

この弓形の対アクマ武器は直接的にアリィンの精神力が必要となり、
何度も精神エネルギーの塊である矢を飛ばせば気力は減っていく。

大方アクマが減った所で、アリィンは大きく息を吐いてこの拡散攻撃を止めた。


「……はぁっ……早く神田くんを探さないと!」

屋根から飛び降りて裏路地へと入り込んだ。











「くそっ、キリがないぞ!神田殿は一体どこに行かれたんだ!」
「応援が来てくれるからそれまで持ちこたえろ!」

神田と行動を共にしていた探索部隊だったが、
イノセンスの適合者の本体が存在していると推測される屋敷でアクマの攻撃に遭い、
神田と分断されてしまっていた。
残された探索部隊2人は結界装置で必死にアクマに対抗するが、それが破られるのは時間の問題。
しかも神田とは連絡が取れないような状況だった。

「でもこのままじゃ……!」
「……クッ……俺達は所詮ただの人間だって事か……っ!」

殺された多くの探索部隊、そしてエクソシストだったジェイスアイゼンの死体が並べられる中、最後の2人は死を覚悟した。


「合図と共に結界を解除して!」

ただの人間2人には、それが女神の声だと心から思った。


「今よ!解除して!!」

言われるまま結界装置に解除コードを送る。
身動きが取れなかったアクマは再び雄叫びを上げる。

「いけっ!!」

力の言葉と共に、天から光の矢がアクマに突き落とされる。

「ギャアアアアアア!!」

いとも簡単にアクマは粉となり、探索部隊の目の前には黒い団服を着た女神が降り立つ。

「大丈夫ですか!?」
アリィン殿……!!」
「は、はい……ですが残ったのは俺達2人だけで……!」
「……そう……」

アリィンは横に並べられた人間達を一瞥し瞼を伏せた。


ジェイスさん……


ジェイスはアリィンが教団に入ったばかりの頃、気さくに話し掛けてくれた人だった。
エクソシストとしての心構えや、休日の息の抜き方など、何でも教えてくれた。
アリィンを女として接するのではなく、純粋にエクソシストとして見てくれた。

「…………っ!」

思い出に浸っていた頭を乱暴に振り回してアリィンは再び弓を手にした。

幸いここ付近には数体のアクマしかいなくて、連続で矢を打ち出すだけで済んだ。
とは言っても、さすがに疲労の色は段々と蓄積されていく。

「神田くんは……?!」
「それが……この屋敷の中に入っていったきり別れてしまって……」

アリィンは背にしていた屋敷を振り返り奥歯を噛みしめた。
神田が入っていったという屋敷はその原形を留めておらず見事に崩れ落ちていた。

「……っ……無事だよね……?!」


私達を闘いに駆り出す神にさえも祈りたい気分だった。










「はぁっ……っ……!」

崩れかかった空き家で身を潜め、外に意識を集中させる神田。
抱きかかえていたラシャンを横に寝かし、一時の休息を得る。

神田と会ったことなど全く記憶になかった本体のラシャンは再び眠りについていた。
壁に寄りかかり息を整えていると、ラシャンが寝ているのとは反対側に同じ容姿の少女がすうっと現れる。

「……ごめんなさい……」
「……お前は記憶があるのか」

どういう事だ、と問い詰めたい気分だったが今はそうも言ってられない。

「うん……私はどうしてか全部記憶があるけど、本当の私はただ夢を見てるだけだから夢は覚えてなくて……」

神田の両サイドにはラシャンが2人いて、その奇妙な光景に頭が混乱しそうになる。
ラシャンはぐったりと寝ている本当の自分の髪を撫でた。
こうやって自由に動き回れる自分は何も触れる事ができなくて、それがどこか悲しい。

薄暗く冷たい空気が張りつめる家の外に耳をすませば、異形の者の雄叫びが聞こえる。

「……ごめんなさい……私のせいで人がいっぱい死んで、あんなのも呼んじゃって……」

ラシャンが辛そうな表情で俯いたのを神田は横目で垣間見た。

「私、昔からこういう風で……最初は普通の人よりただ眠る量が多かっただけなのに……
眠くて、どんどん眠くなって……目が覚めてる方が珍しいくらいになって……
気がついたら、私は幽霊のように飛び回ってた」

ただの夢だと思ってた。

「最初は自由に動けて楽しかった……だけど、やっぱりこの姿だと気持ち悪いみたいで……」

飛び回ったり、体はすり抜けていたり、しかも他人の夢の中にまで入る事ができた。
街の人達にとってこれは現実で、当然の如く私を化け物のように扱った。

「お化けの上に、ちょっと不安に思ったりしただけで周りにおかしな事ばかり起こって……だから……」

誰にも、親にも受け入れられず、拒絶され、あのゴミのような部屋に押し込まれた。

「……これからはお前は独りじゃない、似たような人間ばかりいる」

少女を少しでも安定させようと、神田にとっては歯が浮くような言葉を口にした。
でもよく考えてみると、ただ1人の女にはそんな台詞ばかり言っていたような気がして、
今さらながら恥ずかしい気持ちが湧き上がる。


……何言ってたんだ俺………


「でも私……貴方の仲間、殺しちゃった……ごめんなさ…い……っ…」
「あ~……わかったからもう泣くなって!お前のその負の感情はアクマを呼び寄せるんだよ!」
「……ぅ…っ……ごめんなさい」
「怒ってねぇしお前のせいじゃねぇよ……チッ、本当に泣きたい奴は意地でも泣かねぇクセに」
「え……?」
「何でもねぇよ」

神田はフイとそっぽを向いた。

「……これからどうするの?」
「外は敵だらけ、おまけにこっちは1人、しかも寝たきり人間付き、退路もナシ」
「じゃあ……私達死ぬの?」

不安そうな声のラシャンとは反対に神田は強い目で立ち上がった。

「んなとこで死ぬ気はねぇよ」


そう、こんな所では死ねない。


「お前……気持ちが不安定になってジェイスの動きを止めたんだろ?」
「う、うん、たぶん……」
「……それ、もう一回できねぇか?」
「え?」

キョトンとした碧い瞳で見上げるラシャン。

「お前の力でアクマの動きを止めろ、その隙に俺がアクマを全滅させる」
「え?で、でも外はすごいアクマの数だよ?それに……私、どうしたらいいのかわからない……」
「数は約50……やるしかねぇだろ。失敗は『死』だ」
「そんなっ―――!」



ドォンッッ!!!



「見つけた……エクソシスト、そしてラシャン……」

爆発と共に壁にできた大穴から、地の底から響くような静かで低い声。
優しいアフールだったもの……いや、レベル2のアクマが神田とラシャンを見下ろしていた。

「…………っ!」
「怯えるな!行くぞ、付いてこい!」
「で、でも……!」
「お前の力を役立ててみろ!俺の命を守ってみせろ!!」
「そんな……っ!」

神田は静かに眠る実体の少女を抱き上げ空き家を跳びだした。
精神イメージのラシャンはそれに続くように宙を浮いた。

「ヒャハハハ!!いたぞおおおお!!!」
「お、お、お、俺が先だああああ!!!」

獲物を見つけてアクマは歓喜に溢れて迫ってくる。
黒い雲が神田とラシャンの周りを纏うように飛び回る。

「ひっ……!」
「怖がるな!その意志を逆に利用しろ!」
「できないよそんな事……!」
「無理なら死ぬまでだ!」
「…………っ!」

近寄るアクマをなぎ倒しながら見渡しのよい一軒の屋上で神田は少女を降ろした。
ここにいろ、それだけ言うと神田は軽々とアクマに向かって飛翔した。

「いや……いっぱい……悪魔がいっぱい……!」

1人取り残されて――正確には本体と精神イメージの2人だが――ラシャンには再び恐怖が蘇る。

「あそこにもいるぞおおお!!」
「腹減ったあああ!!!」

「やっぱり殺しておくべきだったかなぁラシャン……だけど君のおかげで1人エクソシストが減ったしねぇ……」
「……ひ…っ!」

カタカタと手が震えてくる。
恐くて、味方がいなくて、ラシャンは人形のような自分を抱きしめる真似をする。

「……っ……落ち着いて……落ち着いて……!」


――「それは化け物の力じゃねぇ。神に与えられた特別な力だ」――


私の……力……神様がくれた、特別な力……!


アクマ、そしてアフールが迫り来る。
遠くでは神田がアクマに取り付かれている。


やらなきゃ……私がやらなきゃ……!


「こ、来ないで……止まって……止まってぇぇぇぇ!!!」



「「「……っぐ……!!!」」」



「……よしっ!」

一瞬だけ何かに阻まれるようにアクマ達の動きが停止し、
待っていたと言わんばかりに神田は次々とアクマを破壊していく。
一度に4、5体を倒し、気がつけば30体は減っていた。

「……す、凄い……!」
「やれたじゃねぇか!最初からこうすればよかったな!」

珍しく神田が嬉しそうに振り返った。

「ラシャァァァンッッ!!!」
「…………っ!」

今まで余裕で神田とアクマの戦いを眺めていたアフールが次第に焦燥感を露わにする。
数えられるほどまで減ったアクマを見渡し、右手を伸ばしながらラシャンに迫る。

「チッ……!」

怯えた色を見せるラシャンを背後に隠し、神田はアフールに斬りかかった。
しかしアフールがかざした手のひらから湾曲した波が広がり、防御壁となって神田の攻撃を受け流す。

「消えろ!!」

六幻から風圧も味方につけた波動が繰り出されてアフールはさらに防御壁を強める。
神田の力にさすがに湾曲障壁は軋み始めるが、砕ける瞬間に跳ね返すようにしてそれを相殺した。

「クッ……!」

届かない攻撃に神田は奥歯を噛みしめた。

「アフールの事……友達だと思ってたのに……!」

背後にいたラシャンの言葉はもう友達に対して使う口調ではなかった。
そしてアフールであったアクマも既に人間ができるような顔付きではない。

「あはは!その『友達』に裏切られる気分はどんな感じなんだ!!」
「……許せない……私を騙してたなんて……」
「君の力は利用価値があった……だけどもう必要ない!!」

残ったアクマとアフールが一斉攻撃を仕掛けるが、怯むことなくラシャンは敵を睨み付けた。

「……許せない……!!!」

その一声によりアクマ達は再び金縛りにあう。
唯一レベル2の能力を引き出すアフールだけはラシャンの精神攻撃をも跳ね返し、再度狙いを定めた。

「化け物のラシャァァァン!さあ大人しく退治されるがいいよ!!」
「化け物は……テメェだろっ!!」


「ミシュファー!!!」

神田とアフールが対峙する中、女神の光の雨が降り注ぐ。
次の瞬間には全てのアクマ達の断末魔の叫び。

「な…………これは……っ!?」

目を見開く神田と同様、アフールも事の次第が飲み込めていないようだった。
遠距離から一瞬のうちに全てのレベル1が倒されてしまったのだから。

「神田くん!遅くなってごめん!!」

その声にさらに神田は驚きを隠せない。
流れるような黒い髪、透き通る白い肌、そして青空に映える深紅の瞳。
太陽を背にして女神がその姿を見せる。

アリィン!!な……何でお前がここに!?」
「ジェイスさんがやられたって聞いて、私が応援に来たの!」
「んな話聞いてねぇし!それでその応援が何でお前なんだよ!」
「……私が行くって言ったのよ」

普段なら感謝するべき援軍。
だけど神田にしては一番大事な人が前線に出てきて嬉しいはずがない。
しかも、記憶に新しいアリィンの表情は任務に出る直前の少女の泣き顔だったはずなのに。
それが次に会った時は勇ましく武人の顔で、そのギャップには混乱せざるを得なかった。

「私はエクソシストだから!」


危険だろうが何だろうが闘う、それが私に与えられた運命の力。
再び逢える運命をくれた神への唯一の恩返し、そして悲しみと怒りと憎しみと。
全ての感情を私のイノセンスに込めて。


「神田くんは私を守ってくれると言った、だから私は神田くんを助ける」


弱い人間の、せめてもの恩返し。


「……お、俺はお前なんかに助けられたかねぇよ!」
「何よ、人の厚意ぐらいちゃんと受け取ってよ」

そう言い合いながらも神田とアリィンは最後のアクマ・アフールに攻撃をしかける。
弓形なのでアリィンは後衛としてサポートに、神田が主に斬りかかる。

それを軽く受け流しながらアフールは不機嫌そうに呟いた。

「……またエクソシストが増えた……」
「……あなたがジェイスさんを殺したのね」
「だったらどうする?」

アリィンは力一杯引き締めた弦を放った。

「……貴方を無に還すだけよ!!!」

しかし光の矢は波動障壁の中に飲み込まれる。

「くっ……防御に徹したアクマって事か……!」
「こいつには並な攻撃は効かねぇよ!」
「わかってる!神田くんはそのまま続けて!」

再び矛先をアフールの中心に向ける。

「瞬時に変形自在な盾を作る、か……だけど弱点が見え見えよ!!ヘレル!!!」

再びアリィンの弓から跳びだした光の尾はアフールに接近する。
神田の攻撃を止めていたアフールは矢に対処する為に湾曲障壁をさらに広げる。

しかし、矢は突如現れた小さなブラックホールのような渦の中に消えた。

攻撃が失敗したのかとアフールは一瞬笑顔を見せた。
だから気がつかなかった、アフールの背後に出現したブラックホールの存在を。

「……ぅぐ………あ……!!!」

神田には見えていた、遠くに現れた小さな渦から飛び出す一輪の花のような矢が。
そして光の矢はアクマに気付かれる事なく、障壁のない背中を貫いた。

「…………っ!」

アフールの体から突き破ってこちらに向かってくる矢を避け、
神田は勢いの弱まった湾曲障壁を突き破り、アフールを引き裂いた。

「……っぐああああ…!!!!」


苦しみ悶えるアクマは弱々しく地上に逃げた。
神田とアリィンはすかさずそれを追いかけようとする。

………が。


「……危ねぇだろお前!!」
「えぇ!?」

神田が露骨に不機嫌な顔でアリィンにくってかかる。

『ヘレル』というアリィンの第2解放の技は矢をどこへでも転移させる事ができる。
放った時のスピードのまま次元を跳躍し、先程のようにアクマの背後から出現させられる。
意表を突く為に何も言わなかったから、確かに神田が怒るのも無理はない。

「……でもダメージを与えられたんだから文句はなしよ!」
「ふん……!」

腑に落ちないと訴えながらも、神田は駆け出す前に屋上にへたれ込んでいるラシャンを振り返った。

「お前はそこにいろ、すぐに仲間が助けに来る」
「……う、うん……!」

アリィンに付いてきた探索部隊が近くにいる事を確認して、地を蹴ってアクマを追う。
一瞬だけ神田の振り返った屋上を見るアリィン……だが、よく見ると同じ容姿をした少女が2人いる。

アリィンは初めてラシャンの存在に気がついた。

「……ねぇ神田くん、私そろそろ老眼かな……?」
「笑えねぇ冗談言ってんじゃねぇよ、あいつがイノセンスだ」
「……まあいいや、後でちゃんと説明してよね」

まだ状況が理解できなかったが、今はのんびり話している暇はなかった。

「……ぐあ……ぅう……っっ!!」

背中と肩、痛む傷を押さえながら瓦礫の陰に潜む。
異形の顔は苦しみに歪み、もはや人間だった姿を留めていない。

「…………っ!!」

空が輝いたかと思えばそれは全て光の雨。
壁も瓦礫も突き破るその槍のような矢にアフールはその場を跳びだした。

「随分手こずらせた割には最後はあっけないな!」
「くそぉ……くそおおおっ!!」

すかさず、使徒とは思えない悪役台詞の神田が六幻を振り上げる。
アフールも何とか防御をするが、どんどん勢いを失っていくのが目に見えて解る。

「エクソシストめぇぇ!!!」

障壁を消滅させると同時に、形成した鋭い刃が神田の頬ギリギリをかすめる。
それを見抜き、そのかつて左腕であったものを切り落とす。

「ぅああああああ!!!」

人間ともアクマともとれない叫びが街の通りに響き渡る。

「やるよ、神田くん!」
「好きにやれ!」

後方でずっと機会を窺っていたアリィンはチャンスとばかりに弓を構えた。

だけどほんの一瞬、アフールが苦しもがく姿を目にして眉をしかめた。

自我を持ち、策略を立て、多くの命を奪った殺戮兵器。
だけど、本当は大切な者の死という悲しい物語の悲しき呪縛。
人の涙が作りし人形。

その決してひと思いにとは呼べないなぶり殺しに、微かに指の力が弱まる。

しかしすぐにアリィンはその思いを打ち消して、強い瞳をアクマに向けた。

「……貴方は人間を殺しすぎた……だから、破壊する!!」

矢の矛先はアクマではなく天上。

「コスモスに導かれよ、弱き魂!!」


イノセンスから放たれた光の矢はその場で拡散し、空高くに現れた幾多の渦に引き込まれ転移する。
それを見届けてアリィンはアクマを見据えて叫ぶ。

「エイン・ソフ!!」

次の瞬間、アクマを取り囲むように全方位に小さなブラックホールが穴を開ける。

「!!!」

ようやくその状況に気がついたアフールだが時は既に遅かった。
防御する間もなくアフールの頭に、胸に、背中に、腕に、足に、一斉に光の裁きが突き刺さる。

そして同時に神田も六幻の波動を繰り出した。

「消え去れ!!!」
「グギャアアアアアアアアア!!!!!」


「クソォ……クソオオオオオオォォ!!!!」


光の中でアフールが叫ぶ。


「エクソシスト……エクソシスト死ねえええええぇぇぇ!!!!」

怒りに狂い最後の力を振り絞って、引きちぎった右腕ごと湾曲障壁をアリィンに放った。

「!!!!!」

あまりに巨大な波動に周りの家までも粉々に吹き飛んでいく。
避けきれないと判断したアリィンは咄嗟にイノセンスを棍に戻し、同じく地面を抉るような波動を打ち出した。


しかしその湾曲障壁の全てを相殺する事はできず、
アリィンは風圧に飛ばされ、住宅街の瓦礫に背中からその体を打ち付けた。



ザシュッ!!



「っっっっ!!!!!!!!」











…………アリィン……アリィン……!!


……あ……神田くんの声。


「……だいじょう……ぶ……」


どうしてだろう、笑顔が止まらないよ。
人って苦しみも痛みも何もかも越えてしまうと可笑しくなるって本当だね。


「っ……っっっ!!!!!!」

張り付いていた背中を引き剥がせば、脳髄から足の先まで電気がほとばしって手足が痙攣する。

だけど私って笑顔取り繕うの上手いから、平気な顔で瓦礫の山から這い出ると
神田くんも探索部隊のみんなも、碧い瞳の女の子も安心した顔してる。

一歩一歩踏み出す度に、体から力が抜けていく。
目線を上げると顔中に脂汗が浮いてるのがバレちゃうから俯いて、だけど笑顔で。


心配させるなよ……!


もう神田くんの声が幻聴みたいに聞こえる。
あ~どうしよう……目まで霞んできちゃった。

頑張って前を窺うと、他の人がいるからなのか神田くんはそれだけ言って私に背中を見せた。
いつもの神田くんだったらしっかり顔を覗き込みそうなのに。
だけど今はその神田くんの背中が有り難かった。

……余計な心配はかけたくないから……大丈夫、私はエクソシストだから……


もう自由がきかなくなった足を引きずるようにしても、次第にみんなとの距離は広がっていく。


……そうか、もうダメかもしれない……


「…………神田くん……」


こんな時にまで笑顔、どんな時も自分を偽って。

純粋だった体を汚して、男を誘惑して、生きる意味をなくして。


今さら真っ当に生きようと思っても……もう遅いんだ。

……もう……私は汚れすぎたんだ。


「……だから……バチがあたったのかもしれないね……」


「……はぁ?何言ってんだよおま―――」



ドサッ…………!



神田が振り向くより早く、アリィンは地面に倒れ込んだ。
状況が飲み込めないでいると、アリィンの周りにはみるみる紅い海が広がっていく。

「な…………っ!!」

駆け寄って抱き寄せてみれば、突き破られた背中の穴からは止まらない血が噴き出して。

アリィンが歩いてきた軌跡は途切れない血が語り、そしてアリィンが打ち付けられたであろう瓦礫の壁には、
真っ赤に染まった太い鉄クズの棒が刺さっていた。

アリィンッッッッ!!!!!!!!」
















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長い……戦闘編は1話で終わらせるはずだったのに長~い2話に……
ヒロインの第二解放の最初で最後の披露です(笑)
武器から何の影響を受けてるのかがわかってしまうかも……

さて、第二解放など、この辺の名称は全てヘブライ語です。
なんか好きなんですよね。
アフールは「濁った」、「眠る」っていう意味のヤシァンを変形してラシャン。
カナフは「翼」、ミシュファーは「裁く、救う」の意味のミシュパトの変形。
ヘレルは「輝く者(明けの明星)」……となってます。

ここからまた話は発展していきます。