夢だと思った。
朝起きたらやっぱり私は嫌われたままなんじゃないかって。

重い足取りで司令室に行くと、彼は私に向かって微笑んでいた。
彼の笑顔でやっと安心できて、それで私の一日は始まる。
あとはただ忙しく仕事をこなす毎日で、特別な事や会話なんてほとんどない。
いつもそうしてきたからいきなり変える事なんてできないし、
今は仕事の間柄だから昔のようにはいかない、それを不服に思った事もない。

何でもないような日々、そして私と彼がいる。
日常的すぎて『特別』を実感する時間なんてないけど。
それでもいいんだ。


傍にいられるだけで幸せだなんて、久しぶりに感じたから。






33・Foretaste






「「コーヒー飲む人~?」」
「「「「はぁ~い……」」」」

ぐったりとした科学班の人達が方々で手を上げる。
アリィンとリナリーは分担しながらカップを手渡していった。

「………っ!」

かがんだ姿勢が不味かったのか、アリィンは背中に痛みを感じて思わず息を詰まらせた。

「大丈夫ですかアリィンさん!?あまり無理しちゃダメですよ?」
「……大丈夫よ、ありがとう。これもリハビリのうちだからね」

アリィンは笑ってみせるとまたコーヒーを配り始めた。
リナリーはそれを心配しながらも、テキパキと動くアリィンの背中を眺めては顔を綻ばせていた。

「……ふふっ♪」
「……何か機嫌よさそうだな」

リーバーはリナリーからカップを受け取ると、書類から顔を上げた。

「だって嬉しいんだもん」

リナリーの視線の先には姉のような存在である女性がいた。
怪我をする前の暗い表情は全く見られず、アリィンは柔らかく微笑んでいた。

「ああ……あれか……」

リーバーもリナリーと同じように嬉しかった。
アリィンとコムイが前のように笑い合える関係に戻った事が。

アリィンが司令室に戻ってきた時に『仲直りできてよかったですね』と声をかけると、
彼女は本当に嬉しそうに、それこそ可愛らしい少女のように破顔した。
実際は『うまくいってよかったですね』だったけど、そこは状況を考えて変えた。

「……よかったな、心配してたんだろ?」
「うん……でも本当に、よかった……」

兄の表情は随分と柔らかくなった。

ずっと見てた、ずっと感じていた。
アリィンさんが来てから兄はどこか変わった。
急に落ち込んだり暗くなったり機嫌が悪くなったり、そういう人間的な感情を表すようになった。
感情の起伏が悪い意味じゃなくて激しくなったっていう事は、
それはアリィンさんに揺れてるって事なんだと思う。

始めから感じていた、兄を本当に癒しているのはアリィンさんなんじゃないかって。
アリィンさんがいると、兄は『室長』じゃなくてただの人間に戻る。
だって兄妹なんだから、一番近くでずっと兄を見てきたんだからそれくらいわかるよ。

だから、私だけ愛されてるのは違うの、そうじゃないの。


――『私は誰かの代わりに愛されてる気がするんです……』――


「……やっぱりアリィンさんだったんだぁ……」

兄が本当に愛したかった人は。


……ありがとう、アリィンさん。











「はい、コーヒー」
「ありがと」

傍にいる事を許してくれた私の想い人は、少しだけど顔を上げて笑いかけてくれた。
それに満足しながらコムイの仕事振りを眺める。

「怪我の具合はどう?」
「もうバッチリ、すぐにでも任務に出られるよ」
「何言ってるんだ、まだ背中に気を使って歩いてるクセに」
「……バレてましたか」


……一応、見ててくれてたんだ。

そんな所にジンときてしまった。


足下に散らばった紙を束ねながらその内容に目を通すと、
土地の鉱石やら地質がどうのとか、やっぱり今でもよくわからない事が書いてあった。
昔はただ応援する事ができなかったけど、もう私はエクソシストになっていて、戦うことでコムイの役に立てる。

「……ごめんね、足手まといで」
「もういいって、君のせいじゃない」

傍にいられる事は嬉しいけど、それしかできない事が辛い。

「イノセンスと適合者をちゃんと確保してきたんだ、むしろ褒めるべき事だよ。
神田くんの報告書にも書いてあったよ、君が来てよかったと」
「…………うん」
「よくやってくれた、君のおかげだよ」

そういえばしっかり言った事なかったね、と付け加えてコムイは微笑んだ。

「……ありがとう、コムイ」


やっぱりコムイは優しいなぁ……なんて思ってしまったけど、
今は一応仕事中だからあまり私情はよくないよね。

……仕事以外で会う事ほとんどというか、ないに等しいけど。


――その時、部屋のドアから木特有の音が鳴った。


「入るぞ」

現れたのはよく見知った東洋の少年だった。
少年は私を見つけると一瞬顔を強張らせたけど、
また眉間に皺をよせた不機嫌顔でコムイの前まで歩いてきた。

どこか、私に怒っているような表情だった。

そうだよね……神田くんの気持ち無視してコムイとヨリ戻してるんだから。
認めないって言われちゃったしね――――って……


アリィンはドアに起きた異変に目を丸くさせた。
空色の髪、深い碧の瞳の少女が上半身だけドアから突き抜けさせて、
何か言いたげな表情で神田とコムイを見ていた。


え、な、何!?お化け!?いやいやそんなバカな……っ!!


「ほら、報告書」
「ごくろうさま神田くん」

そんな淡々としたやり取りもアリィンの耳にはほとんど入らなかった。
そして神田はアリィンの事など目もくれずきびすを返した。

上半身だけの少女に神田は特に驚く事なくドアを開けた。
ドアも簡単に体をすり抜け、少女の全身が姿を現す。

「……何してんだよ、入りたいなら入ればいいだろ」

それだけ言うと、神田はさっさと出ていってしまった。
代わりに少女がドアの前に立ち、どこかつまらなさそうな顔をする。

「どうしたんだいラシャン?」


……コムイが笑ってる……


コムイは至極穏やかに微笑んでいた。
リナリーに接するような、どちらかというと『室長』より『兄』という表情で。
そして少女を呼び捨てで呼んだ。

「……コムイさん……私も任務に出たいなぁ……」

ラシャンと呼ばれた少女は首を傾げた。

そういえば以前に少女を見たことがあるような気がする。
どこでだっただろうか……よく思い出せない。

「ラシャンの力はまだ不完全だからね、そんな状態では行かせられないよ」

子供を諭すような優しい口調。

「……でも……私もエクソシストだし……」
「ラシャンのイノセンスは消耗が激しいから。精神体でいればいるほど、本体は衰弱していくんだよ?」
「……うん……わかってる」

俯いたラシャンにそっと近寄り、コムイは碧い瞳を下から覗き込む。
体は通り抜けてしまうのでラシャンの頭を撫でてやる動作だけに留めた。

「力がうまく使えるようになったら、ラシャンにしかできないような仕事あげるから……ね?」
「…………はい……」
「ええっと、コムイ……」

未だ状況が掴めていないような顔をしているアリィン
質問できるタイミングを見計らって声を出すと、
コムイは『ああ……』とアリィンの様子にやっと気がついた。

アリィンは初めてだったね、彼女はラシャン。君が助けた適合者だよ」
「あ……もしかして、あの時神田くんと一緒にいた子?」
「たぶんそうだよ。おいでラシャン、アリィンだよ、君と同じエクソシストの」

初めて目を合わせた少女は、青い髪と碧い瞳でどこか不思議な雰囲気を持っていた。

「よろしくね、ラシャンちゃん」

アリィンが微笑むとラシャンは嬉しそうにはにかんだ。
笑顔でよろしくと言ってきた仕草が可愛いなと思った。

軽く挨拶を済ませるとラシャンは、質量など感じさせないような軽い動きで
またドアをすり抜けて出ていってしまった。

「……ね、ねぇ、体すり抜けてるよ?」
「彼女はね、『精神体』なんだ。いわゆる『幽体』ってやつ」
「……精神体?」

それにしては姿が透けているという訳でもないし、声も発していたし、
体がすり抜ける事を除けば普通の女の子だった。

「……彼女は恐らく寄生型、そして夢を操るんだ」
「夢……?」
「彼女のイノセンスはああやって精神イメージを具現化して自由に動かす事ができる。
だけどイノセンスが発動している間は、彼女の本体とも言うべき肉体はずっと寝ている」

ラシャンは食事をとらない。
それは精神体であるからであって、ずっと寝ている本体にはやはり食事は必要だ。
しかし本体の目が覚める兆しが一向になく、このままでは餓死の危険もあったので今は点滴が外せない状況になっている。
最低限の栄養しか行き交わないため、別室で寝ている本体は酷く痩せている。

「……彼女はああいう特殊な能力を持っているからか、街の人にも随分虐げられてたらしくてね。
仲間、というか家族のような愛情に飢えている。最初に心を開いた神田くんにも懐いてるし」


……そうか、だから『室長』ではなく『兄』のような存在として接していたのか。


「仲良くしてやってね、アリィン
「もちろん、大事な仲間だからね」


とても穏やかな日々だった。











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あまり進展してませ~んごめんなさい。

今でもあまり司令室とコムイ兄さんの部屋の見取り図がよくわかりません。
そもそも兄さんの部屋にドアはあるのか?う~ん……
科学班はどこだ?部屋は繋がってるのか?

次回からは新たな展開にできたらいいなと思いますー。