食堂でいつもの朝食を作ってもらい、
どこか空いている席はないかと探していると奥の方に神田の姿が見えた。
「ここ、いい?」
向かいの席を指さすと、神田は特に何も言わず再び目線を下に落とした。
相変わらずの不機嫌顔と、相変わらずの蕎麦。
軽く苦笑いをしてアリィンは腰を降ろした。
あれから、神田は任務に出てしまってまともに話せる機会がなかった。
いつもの如く沈黙が続くが、アリィンは意を決して口を開いた。
「……神田くん、ごめんね?」
無理だって諦めたり、女としての一面を見せてしまったり、散々泣いたりして、
その度に神田くんは気にかけてくれて、ただの同情や心配なんかじゃない感情をくれた。
本気で心配してくれて、全身で私にぶつかってきてくれた。
だけど私はいとも簡単にヨリを戻してしまった。
強がりばかり言っていたくせに、都合が良くなればそっちを選んでしまった。
「…………」
「その……今までたくさん酷い事してきて……」
自分に縋ればいいとまで言ってくれた神田くん。
神田くんの私に対する気持ちは『好き』とか恋愛感情じゃないかもしれないけど、
その言葉は限界に達していた自分にとって、少しだけでも確かな捌け口になった。
『守る』と、ただ1人言ってくれた人。
不器用だけど、直球で強くて優しい人。
「でも、神田くんに助けられた事もあって、感謝してるんだよ?」
断る事もできず受け入れる事もできなくて、曖昧なまま利用してしまった。
こんな我が儘な人間でごめん、弱くてどうしようもない人間でごめんね。
結局私は、神田くんに謝る事しかできないんだ。
そして残酷に突き放すだけ。
「ありがとう神田くん……ごめんね……」
「……何勝手に自己完結してんだよ。俺は認めねぇって言っただろ」
一度も目を合わせる事なく、神田くんは淡々と告げた。
「……どうして認めてくれないの?」
嫉妬?意地?……違う、そんなものじゃない。
神田くんの強い瞳には何か他の理由があるような気がして……不安になる。
「…………」
何か言いたそうにしている、ほらやっぱり理由があるんだ。
でもやっぱり答えてはくれなくて、一瞬じっと睨み付けられてまた俯いてしまった。
――「……やり直したって変わらねぇよ」――
以前に言われたその言葉が、未だに針のように全身を突き刺していく。
どういう意味か頭ではわからないのに、何故だか体が理解している感覚。
ようやく掴んだものが零れていく。
越えようと思ってもどうしても越えられないもの。
それはまるで、これからの事を予言しているみたいだった。
「なぁ、アリィンさんと神田って仲良いのか?」
「はぁ?イキナリなんだよ」
「いつも食堂で一緒にいるの見るからさ、もしかしたらそういう関係なんかなって……」
慌ただしい科学班の中でそんな会話がなされていた。
今日で何度目かわからない食堂の光景に、ずっと疑問に思っていたらしい男が口を開いた。
「え?俺はてっきりコムイ室長と付き合ってんのかと思った」
「やっぱりそうなのか?」
「さぁ……でもそういえば神田とも仲良いよな」
「どっちなんだよ」
「そんなの知らねぇよ。だけど、俺じゃねぇのは確かだよなぁ……」
「なんだお前、もしかして狙ってたとか?」
「そこまではいかねぇけど、ちょっと、いいな~とは……そういうお前だってそうだろ?」
「……まぁ、な……」
2人の男の溜息が重なった。
「そうか、神田かぁ……意外と似合ってるかもな」
「だよなぁ……」
「そこ!口動かしてないで手動かせ!」
班長の声にはっとして顔を上げると2人はサァッと青ざめた。
やばっ、コムイ室長がいた……!
会話が聞かれていたかと思うとバツが悪くて目も合わせられない。
しかし班長の青筋立てた表情とは違って、隣にいた室長は何ともないという風に笑った。
「はは、そうかもしれないね」
何に対しての応答なのかという事はとても聞けそうになかった。
34・Insolubly
「あ、お邪魔だった?」
未処理の書類を抱えたアリィンが司令室に顔を出すと、アレンとリナリーが任務から帰ってきた所だった。
「いいよ、こっちの方が長くなりそうだから」
話を中断させてしまったので心の中で2人に謝罪しつつ、
部屋に入っていくとアレン&リナリーが「お疲れ様です」と言うので軽く返す。
「未処理分です、あとこれだけ処理してください」
「わかった。じゃあこれ、リーバーくんに渡しておいて」
「はい。これ渡したら今日はおいとまさせてもらうね、トレーニングしたいし」
「ああ、いつも悪いね」
「いいえ~」
それだけ交わすとアリィンは部屋を出ていく。
いつもと変わらないやり取り、だけどアレンは2人を見てどこか不自然に感じた。
廊下を歩きながらこれからの予定を考えていると、
後ろから誰かが駆けてくる音がする。
「アリィンさん!」
「あ、お疲れ様~アレンくん」
「あの、ごめんなさい、僕達がお邪魔してしまったみたいで……」
「え?……ああ、気を遣わなくてもいいよ、いつもあんな感じだから」
アレンは自分達がいたせいで、恋人同士である2人がロクに会話もできなかった、という事を詫びているのだろう。
だけどアリィンにとっては日常の事であった。
「……いつも、ですか?」
「そうね、いつも」
どうやらアリィン達の状態がお気に召さなかったらしい。
リナリーからアリィンとコムイの事を聞かされていたアレンは納得いかなさそうだった。
「こ、恋人同士、なのにですか?」
一瞬ピクッと反応したが、すぐにアリィンは何でもないような顔に戻した。
「う~ん、室長とエクソシストっていう仕事の関係に慣れちゃったからね。
アレンくんが想像してるような熱~いコトはしてないわよ」
「や、え、あ、ぼ、僕はそんな……っ!」
ふふ、とアリィンは微笑んでアレンの真っ赤な鼻をつついた。
「大丈夫よ、アレンくんのいない所で色んな事してるから」
「………っっ!!」
ボッと顔面を沸騰させたアレンに内心『初々しいなぁ』なんて思いながらアリィンは自分の部屋へ向かった。
思い出されるのは最近のコムイとの会話。
……実際は一度だって『そんなコト』はなかったのに。
「あれから一ヶ月か……」
背中の怪我はとっくに完治していた。
それだけの時が経っていながら、コムイとは未だに『仲間』のままだった。
任務もないからほぼ毎日顔を合わせるのに特別な事は何もない。
「……別に、今のままでいいんだけどね……」
……心からそう思っていたのは、いつまでだっただろうか。
やっぱり、一つ願いが叶うとまた次の欲が湧いてきて。
仲間という関係じゃ物足りなくなってきている。
事務的なものじゃなくて、優しい言葉の一つでもかけて欲しいのに。
何ていうか……昔はもっと、行動とかで愛されてるってわかった。
彼の漆黒の瞳はずいぶん読み辛くなったし、互いに隠す事が上手くなってしまったのかもしれない。
――「こ、恋人同士、なのにですか?」――
恋人のような雰囲気になりたいのは確か。
だけど、昔のようにただ甘えながらすり寄ってみせるほど、私は子供じゃなくなった。
数々の男と寝てきた経験なんて今この時は何の役にも立ちはしない。
彼の前ではやっぱり、子供にも女にも戻れない臆病な人間になってしまうんだ。
我が儘なんて、言えない。彼に対しては一度も口にした事がない。
ましてや今は室長とエクソシストという関係上、一応公私混同はしてはいけない。
まぁ……公『私』なんてないんだけど。
不満はない。
ヨリを戻せただけで、それ以上は何も望まない。望んではいけない。
だから……
…………だけど――
「嫌だな……どんどん暗くなってる……」
アリィンは誰もいない部屋で、同じ事ばかり考えている頭を振り回した。
ベッドの脇に腰をおろすと大きな溜息が溢れた。
『恋人』って何だっけ?
長い間本気になる事を忘れていて、それがどんなものかよくわからなくなってしまった。
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修正しました。
兄さんとヨリ戻してからの心情変化をもっと細かく描写しようという事で、
いくつか間のエピソード増えてます。
特に進展はしませんでしたが怪しい雲行きに。
でも平穏で特に変わらない日常の方が
互いの気持ちがわからなくなる事もあるんです。
3月4日、修正。
6月6日、さらに話を追加。